伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

「ナッシュ均衡」か?

2017年10月17日 | Weblog

  容疑者2人に対して、取調官が別々にこう迫る。
「2人とも自白すれば、どちらも16年の刑。2人とも黙秘すれば、2年の刑。どちらか一方が自白し片方が黙秘すれば、自白した者は無罪放免となり黙秘した者は30年の刑」
 さて、どうなる? もちろんベストは2人とも黙秘だが、そうはならない。隔離された中で、互いに読み合いを始める。相手が自白するか黙秘か、それは判らない。自分が黙秘しても相手が自白すれば30年。それは危ない選択だ。自分が自白しても最悪16年か、うまくいけば無罪。で、2人とも同様に思案し各自自白して16年の刑。これが結末である。無罪、2年、16年、30年の選択肢の内、最良の選択ではないと判っていても最後は16年を選ぶ。無罪は言うに及ばず、ベストチョイスの2年も逃してしまう。
 有名な「囚人のジレンマ」である。〈お互い協力する方が協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者が利益を得る状況では互いに協力しなくなる、というジレンマである〉と説明される。「ゲーム理論」の説明によく使われる例だ。「ゲーム理論」はアメリカのノーベル賞受賞者ジョン・ナッシュが大成させた学説である。相手がどう出ても自らが損をしないように行動する時の均衡状態を「ナッシュ均衡」と呼ぶ。「ゲーム」とは駆け引きの謂である。人間関係を数理の俎上に載せたともいえる。理屈通りにいかない人の世を理屈で解くとでもいおうか、なんともおもしろい。
 予測は自民圧勝である。敵失によるのは明らかだ。野党の自堕落は「囚人のジレンマ」であろう。囚人とはまことに失礼だが、K望の党を巡るドタバタは「相手がどう出ても自らが損をしないように行動」したとしか見えない。その「ナッシュ均衡」を引き起こしたのはK池氏の「排除」だ。取調官になったつもりがとんだ仇になった。
 突飛だが、本邦には三方一両損の故事がある。
 左官の金太郎が3両拾った。落とし主である大工の吉五郎に届けるが、吉五郎はいっぺん落としたものは自分のものではないと強情を張って受け取らない。裁きを委ねられた大岡越前守は自らの財布から1両を足して4両とし、両人に2両ずつ渡して三方1両損。これにて一件落着という話である。金太郎には善行の褒美、吉五郎には頑固の咎めと一徹への折り合い。見事ではあるが、越前守はなぜ謂れのない損をしたのか? ポケットマネーを出すのは明らかに職掌を超える。勘ぐれば、越前守は1両以上のベネフィットを狙ったのではないか。それはお上への慫慂である。お上は蛇でも鬼でもない、情けのわかる頼もしき父親のごときものだ、と。つまりはパターナリズムの宣揚である。ならば、1両なぞ安い。
 約めれば、取調官は「ナッシュ均衡」を呼び、越前守はそれを超えた。K池氏は越前守ではなかったということか。それにしても気鬱なことである。 □

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