伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代 …… その一人が綴る偶感録

“PPAP” 団塊の世代的読み解き

2016年10月12日 | Weblog

 自分で言うのもなんだが、人後に落ちぬミーハーである。刻下、嵌まりまくっているのがピコ太郎くんのPPAP。なぜ、年甲斐もなく心を奪われるのか。団塊の世代のひとりとして読み解いてみたい。歌詞は以下の通り。

Pen-Pineapple-Apple-Pen/PIKO-TARO
  〽ppap
   I have a pen.
   I have a apple.
   ummm
   Apple pen!

   I have a pen.
   I have a pineapple.
   ummm
   Pineapple pen!

   Apple pen!  Pineapple pen.
   ummm
   Pen-pineapple Apple-pen!〽

 “ppap”はタイトルの頭文字(歌詞の最終フレーズでもある)を連ねたものだ。まあ、それだけのこと。
 “I have a pen.” これがいい。なんとも、いい。
 中学に上がって、はじめて英語なるものを学んだ。今は愚かにも小学校から始める。団塊の世代は国がこの天下の拙策に走る遙か以前の就学だったために、犠牲にならずに済んだ。時代の僥倖といえる。小学校での英語教育の不埒については、13年12月「おつむもペラペラ」で取り上げた。是非、参照願いたい。
 ともあれ記憶は定かではないが、教科書の最初は“This is a pen.”ではなかったか。なんにせよ、“pen”は初出の単語だった。あるいは、長じて英語の不得手を笑い飛ばす際にこのフレーズを使ったのかもしれない(漫才のギャグにあったか?)。いずれにせよ、習い初めの言葉とフレーズは記憶の古層を擽(クスグ)る。懐かしい。それを四十(シジュウ)年配のおっさんが手振りを交えて(ダンスだから当たり前だが)発語する。余計に郷愁を誘うのだ。
 “I have a apple.” これがまた、いい。“an”じゃないところが涙腺を擽る。わたくしなぞ、「母音で始まる言葉に付ける不定冠詞は……」には悩まされた。なんて英語は七面倒臭いんだ、と嘯いたものだ。今、このおっさんもかつてのように間違えた。これは泣ける。いや、ひょっとするとわざとネグったか。そんなものはどうだっていいんだ、とばかりにボケをカマした。だとすると、これは痛快事だ。グローバリゼーションを洒落のめす一撃である。
 “ummm”の前にはペンでリンゴを刺す振りが入る。これはなんだろう。この発想は常人の閾値を超える。わたしなぞはウィリアム・テルぐらいしか出てこない。まさか息子の命を賭けてまで勝ち取らねばならない自由があるとアピールしているわけではあるまい。“pineapple”も同様に突き刺す。かくて、
 “Apple pen!”“Pineapple pen!”は成る。単なるストレス解消か。あのAppleへの恨みか。んー、謎だ。70年代のゲバ棒と機動隊の盾か。でも、あれは突き通せなかった。やはり、謎だ。ペン繋がりでいくと、パイロット万年筆。死んだ巨泉の「みじかびの、きゃぷりぴとれば、すぎちょびれ、すぎかきすらの、はっぱふみふみ」は団塊の世代には馴染みのCMコピーだ。出鱈目のようだが、それでも意味は取れる。短い、キャップ、取る、すぐ、すらすら、書く、文(フミ)と。しかし、“Apple pen”“Pineapple pen”は言語明瞭意味不明だ。商標ではもちろんない。
 “ppap”はアクセスが数億回(下世話には広告収入は数億に上ると囁かれる)、サウジアラビアをも含む世界各国に拡散しているという。人類的な受けは当然この振りをも含む。もしかすると、ペンとリンゴの合体で異種の融合を暗示するのか。ダイバーシティの表徴か。んー、これも外れていそうだ。そんな大仰なものではなかろう。判らなさがいいのかもしれない。意味を探ろうとする不遜を嗤っているともいえるし、あなたの人生と同じくさしたる意味はないのさといなしているともいえる。はてさて、ウィリアム・テルならなんと答えるか。
  “pineapple”“apple”の連想、尻取り擬きか。ラップのノリか。付け加えると、発音は『パイナッポー』であり『アッポー』である。“プル”ではない。“ポー”だ。ネイティブである。この気遣いが痛々しい。団塊の世代は教室で“ポー”と教わった記憶がない。“プル”だった。BEATLESAPPLEレーベルも“プル”だったし、あのAppleも“プル”だ。御親切にもネイティブで歌ってくださる。その配慮が涙を誘う。“ポー”で隠して“an”で隠せず。このちぐはぐが堪らなく健気ではないか。
  “Pen-pineapple Apple-pen!”はいかにもラップだ。和製ラップが体質に合わない団塊の世代(わたくしだけかも)にも、ここまでなら許せる。なんせ日本語ではない。
 リズムとメロディー、それに振り付けも中毒性が挙げられている。最後の決めポーズなどは「やってしまった。ごめんなさい」、なにやらカマっぽい。
 芸名は古坂(コサカ)大魔王というらしい。古参の芸人で、シンガーソングライター・ピコ太郎と名乗る。TVに引っ張り出されて揉みくちゃにされ、一過性で終わりにならぬか心配だ。拙稿でも取り上げた鼠先輩、ムーディ勝山、8.6秒バズーカと同じ轍を踏まぬよう願いたい。特にワイドショーは敬して遠ざけるべきだ。“Apple pen!”“Pineapple pen!” 謎のままがいい。
 新しそうで、なぜか懐かしい。団塊の世代にとっては郷愁の“ppap”。耳にこびりついて離れない。“Pen-pineapple Apple-pen” さあ、ご一緒に。 □

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