弱虫・格闘嫌いのための       武道のすすめ

気が弱く、争いが嫌いだけど、何故か武道に興味がある人への体験メッセージ。

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気が弱い人が気が弱いままでいい武道とは

2017年01月03日 | 日記
あけましておめでとうございます。
久しぶりに、ブログを書きます。

これまで、「弱虫・格闘嫌いのための武道のすすめ」をテーマとして、思いつくままにブログを書いてきました。その中で、自分が書きたかったことがはっきりしてきたので、この辺で、一度話しをまとめてみようと思います。

まず一番始めにはっきりさせておきたいことは、小生がすすめている武道は、弱虫が強くなるための手段ではないということです。むしろ、弱虫が弱いままで、この辛い人生を生きていくための支えとしての武道です。
一般的には、弱虫が、がんばって苦しい練習に耐えて強くなることが、弱虫にとっての武道の意義と考えられているように思われますが、それではやはり強いことが良くて、弱いことは悪い考えていることに変わりはありません。小生は、むしろ弱虫は弱いままで良いんだと主張しているのです。
この点をはっきりさせることから述べていきましょう。

武道の極意の心をつきつめていくと、最終的には争わない心に行きつくと思います。武道の極意の心から見ると、いわゆる無敵とは誰よりも強いという意味ではなく、誰とも争う心がなく、自分にとって敵と思える人がいなくなるということだと思うのです。いわゆる愛の心や人を活かす心のことです。
これまで、武道の世界では、その心は厳しい修行の果てに、ごくわずかな人にのみ達せられる境地と思われてきました。確かに、武術的強さに裏打ちされた極意の心とは、そんなものでしょう。それはある意味で神秘的ですばらしい、武道家の憧れる境地でしょう。
しかし小生は、弱虫こそが武道の極意の心に近く、その極意の心こそが、弱虫がこの辛い人生を生きていく支えになると思うのです。どうしてそれが可能なのかということは、次回以降に小生の体験も含めて述べていきたいと思います。
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