真珠子にゅうす

真珠子の公式公開日記。

真珠子個展 in 台湾Mangasick のステイトメントが書けました。

2016-03-21 20:12:45 | 個展

 

真珠子個展 in 台湾Mangasick のステイトメントが書けました。

展示、楽しんでいただけたらいいな~。


どうぞよろしくお願いしますっ!

 



「通りゃんせ通りゃんせ~私の通過儀礼~」

「通りゃんせ」とは、日本の子どもたちが昔からよく遊んでいるわらべ歌の1つだ。

2人の子どもが向かい合って立ち、両手を上げて繋いでトンネルのような形を作り、

他の子どもたちが行列になってその手の下をくぐって廻る遊戯。

この時に、「通りゃんせ。通りゃんせ。」と、歌っていて歌の終わりで、手のトンネルがさっと降りてきて、

その下に捕らえられた子が次はトンネル役をするという決まりになっている。

私は今までどうやったら自分の作品を世界の人々にもっと観てもらえるのか七転八倒していた。

メセナのコンペに応募するためにまず1年間オンライン英会話をやってみたり、

渡航費を稼ぐために人生初のデザイナーとして雇われてみたり、ドイツに視察に行ってみたり、

そうやって私は現代美術にさらに近づきたく勉強していくうちに根本である「宗教」について考えるようになっていたが

あまりピンときてはいなかった。そんな矢先の今年の年明け、義父の死と直面した。

最後、苦しんで亡くなっていった父を目の前にしてどうか安らかに天国で眠ってほしいと願った。

うちは無宗教だったが、その時期、何日も深夜まで看病にあたり朦朧とした頭で、家族で心から願ったことは、

「お葬式をしてお経をあげてもらおう。」ということだった。この時、初めて私も日本人なんだな。ということがわかった。

それから仏教について知りたくなり調べるようになった。日本人は、縄文時代から多神教のアミニズムを信仰していた民族だった。

仏教においては海外よりもたらされた「幸福」という”好機を掴むことによって与えられる感覚”はなく、

「幸福」に似通って日本にずっとあったのは、「安心」という概念だったということもわかった。

今回は台湾で展示をするにあたって、このように日本をちょっと離れて観てみようという趣旨で展示する。

幼い頃歌っていたわらべ歌もその一つである。それを体現しているのは、子どもの頃、お裁縫クラブで夕焼けの中、

至福感に包まれながら作ったことを思い出しながら制作した抱き布人形たちである。


「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神さまの細道じゃ
ちょっと通してくだささんせ ご用のないもの通させぬ
この子の七つのお祝いに お札を納めに 参ります。 」


昔は乳幼児死亡率が高く、7歳まで生きることが難しかった。そのために無事に成長を願うために赤ん坊が産まれた直後、

紙を人の形に切ったものをお札にし神棚へまつり7歳までの守り神にするという儀式が行われていたそうだ。

遊戯の通りゃんせのトンネルは、関所を意味する。

今回の真珠子個展では、私が今まで経験してきたことを快楽原則にしたがってフレキシブルに

アウトプットした漫画と、布人形、テーマソングと映像とパフォーマンスで、

「私の通過儀礼」を現す。


                                 2016年3月21日 真珠子



真珠子個展 in 台灣Mangasick 展覽概念
「通過吧通過吧~我的通過儀式~」

  「通過吧」是日本的小朋友自古以來就常唱的一首童謠,對應的遊戲是:兩個小朋友面對面站立,牽起雙手後高高抬成隧道狀,其他小朋友則排成隊伍鑽過隧道下方,同時唱「通過吧,通過吧」。歌曲唱完後,原本搭成隧道的雙手便會往下壓,抓住正好通過的人。被抓到的人就要負責當下一輪遊戲的「隧道」。
  到底該如何讓世界各地的人欣賞我的作品呢?為了尋找解答,我花了好一段時間,把自己搞得七葷八素。投案爭取企業贊助前,先是學了一年線上英語會話課程;為了賺機票錢,我這輩子第一次進公司當美編,然後再去國考察。就像這樣,我為了接近當代藝術的世界,學習著各式各樣的東西。學習的過程中也開始思考作為藝術根本的「宗教」相關問題,但實在沒想出個所以然。就在這關頭,今年年初,我遭逢了公公辭世。他最後痛苦地流失著生命力,一旁的我則為他祈禱:希望他能在天國安詳地長眠。我們家沒有宗教信仰,但在那時期,在連續好幾天看顧他到深夜、腦袋昏沉之際,我們有了一個發自內心的願望:想要舉辦葬禮,為他誦經。這時我才第一次明白,原來我也是日本人呢。從那之後我想更加了解佛教,就去查了一些資料。日本人從繩文時代就是信仰多神教泛靈論的民族,本地佛教中並沒有所謂幸福(=把握良機所獲得的感受)的概念,它其實是外來的,而與它相近,且始終存在於日本文化中的概念是「安心」才對──這些事情我過去都不知道。在本次台灣個展,我也會像這樣採取「稍微退遠一點看日本」的方針來展示作品。小時候就開始唱的童謠是其中一個切入點,而具現童謠的就是我製作的布偶抱枕了。製作時,我總是回想著自己小時候在裁縫俱樂部的狀況:夕陽下,無上的幸福包裹著縫東縫西的我。
  「通過吧/通過吧/這是哪裡的小路/是天神大人的小路/能讓我過一下嗎/沒事的人不准過/這孩子七歲生日了/我來送禮物」
  以前的嬰兒死亡率很高,要活到七歲是困難的事。為了祈求孩子平安長大,古人會在嬰兒出生後就剪一個紙人送給他,並供奉於神壇上,舉辦儀式,使紙人成為孩童七歲前的守護神。而「通過吧」遊戲中的隧道代表了「關卡」。
  本次真珠子個展,我將透過漫畫(內容是:我遵從快樂原則、收放自如地外顯出的種種個人經驗)、布偶、主題曲、影像和演出來呈現「我的通過儀式」。

                                                   2016年3月21日 真珠子





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