エホバの証人再考

まもなくイエス・キリストは再びこの組織を検分されます!

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ヤコブ級の神々への伝道(中間報告2)

2017-06-28 18:14:27 | 論文サイトから
ヤコブ級の神々への伝道(中間報告2)
2017.06.28.

 

中間報告1の続きです。引き続き、2回目の40日40夜が続いています。先回は、13日目の6月19日で、岡山市まで到着したところまででした。


6月20日(火) 14日目

岡山市のネットカフェで、6時間ぶっ続けで執筆しました。朝6時にカフェを経ち、近くの公園で朝食・休憩。近所の子ども数名が来て、短距離走の練習をしていました。一人の子は、全国大会にも行ったのだそうです。

その後、2号線のバイパスを東へ東へ進みました。バイパスはず~っと道が延々と続いているような気がして、少し疲れました。事故の相手方との約束もあり、お金を振り込むために、郵便局へ。でも、通帳なしでは直接振り込めないとのことで、中国銀行へ案内されました。そこのATMで振込みを完了。

その銀行の近くに、きつねの神社がある公園があり、そこで昼食・休憩。雨が降りそうな曇り空になってきました。予報は、まもなく、雨とのこと。実は、銀行に寄る関係で、2号線から外れて、あちこち回っていたために、2号線に戻らなければなりませんでした。近くの永安橋のもう一つ上の橋が、多分、2号線だろうと思い、河川敷を上って行ったのですが、はて?、おかしい。

ところで、自転車のタイヤが相当おかしくなっており、しばらく押して歩くことにしました。ですから、進むペースは、1/3か、1/4ぐらいに。進んで行き、地元の人に尋ねると、実は、2号線からずいぶん離れていることが判明。でも、このまま川沿いに上がっていくと、2号線に出るとのことで、引き続き進みました。こうして、意図せずに、瀬戸内市を通ることになりました。

夕方近く、スーパーで食料を購入。コロッケ(4つ入り)があったので、それを食べ食べ進みました。でも、う~ん、最近、食べ過ぎの傾向。確かに、事故の支払いが終わり、予定よりも少ない額だったので、余裕ができたわけですが・・・。その日は、自転車がダメになって歩いて歩いて疲れて、道に迷ってここどこなんだろう?と不安になり、雨も降り出しそうだったし、いろいろ重なって、ブルーな気分になっていました。そういう時こそ、エホバ神に依り頼むべきなのですが、しかし、「コロッケに依り頼む」私なのでした・・・(泣)。私は、ストレス食いする傾向があります。最初の2週間は、気持ちにハリというか、緊張感もあって、自分を律していましたが、ここに来て、中だるみしてきたようです。

ようやく、2号線に合流して、備前市に入りました。新幹線と併走しつつ、進んでいます。夕方、ついさっき、事故でが起きたらしく、タクシーの前がかなりメチャメチャになっていました。多分、死亡はしていないものの、ただでは済まなかったでしょう。事故の恐ろしさを改めて感じました。

暗くなってから、道沿いのやぶの中に、神社が見えたので、行ってみると、そこには、屋根だけの神楽を舞うところ(?)がありました。雨も降ってきそうだったので、そこで一晩休むことにしました。でも、壁が2面にしかも、半分しかなかったので、夜、雨と、そして、風がずいぶん吹いたのですが、雨のしぶきが入ってきて大変でした。でも、ブルーシートを持っていたので、それで何とか凌げました。


6月21日(水) 15日目

朝になると、雨が上がっていました。よかった。朝、さらに2号線を進みました。MARUNAKAで食料品を買い、その交差点から、国道250号線に入りました。海岸線を通るルートなので、2号線よりも起伏が少ないのでは?と思ってのルート決定です。

備前市の図書館に寄って、新聞を読みました。その後、自転車を進めようとしたのですが、タイヤがスポークから何度も脱輪するため、近くの100円ショップに戻って、針金で固定しました。その後、自転車には乗れるようになりました。

日中は暑いので、木陰で休憩し、その後、進んで、日生(ひなせ)に入りました。個人的に、いい名前だな~と思うのですが・・・、どう? 夕方だったので、「みなとが見える丘公園」という看板に釣られて、進んでいくと、山を登れども登れども、あれ?、これどこまで続くの?・・・、で、ようやく着いたものの、う~ん、何にもナイスなところでした。とりあえず、自転車の修理をして、もう暗くなってきたので、そこの展望台にある庵で休みました。確かに、海や大橋を臨む風景、また、町の夜景などは綺麗でしたね。


6月22日(木) 16日目

自転車はとりあえず治ったようです。日生の峠を越えると、そこに「岡山へ」と大きな文字の彫られた岩がありました。おお!、ここで、岡山県はおしまいというわけです。これにて、中国地方を通り抜け、次は、兵庫県に入ることになりました。

さっそく入ったのは、あの忠臣蔵で有名な、播州赤穂(あこう)市です。城跡近くの運動公園まで大回りし、そこで休憩しました。その後、ダイソーで、ブレーキを買い、替えました。ZAG ZAGというスーパーで、40%OFFの、8円焼きそばを買い、お得な気分に。ちくさ川の河川敷の陰で、休憩。 

坂を登って登って、高取峠に到着。そこには、4人で籠を担いた男たちのモニュメントが。1701年に、浅野巧匠頭(あさのたくみのかみ)が起こした江戸城での事件を知らせる第一報を持ち帰った2人の藩士にまつわるものだそうです。それいによると、江戸からこの赤穂まで約600kmとのこと。彼らは、昼夜4日半籠で走って、高取峠まで着いたのだとか。


・・・ということは、今回の別府~東京の旅を、大体、1200kmと見ていますが、その約半分は終えたということのようです。

その後、相生市に入り、図書館に立ち寄りました。その晩は、その近くの中央公園で休みました。


6月23日(金) 17日目

相生市の図書館にもう一度行きました。でも、9時ではなく、10時開館だったので、しばらく外で待っていました。その際に、本旅での命題である、神々への癒しのための、執り成しの祈りを捧げました。それが、先日投稿した内容です。


その後、たつの市に入りました。250号線の海岸線沿いで、「七曲がり」という名称のごとく、くねくね蛇行した道を行きました。意外と高低差は少なかったように思えます。この道は、「はりまシーサイドロード」と呼ばれているらしく、サイクリングの人たちも多いです。


ようやく、海岸線沿いの道も終わり、いよいよ姫路市へ。だんだん、都会の雰囲気になってきました。街路沿いの緑地帯で休みました。


6月24日(土) 18日目

姫路市の250号線を進んでいます。ここら辺の公園は、草ぼうぼうで、ちょっと荒れているな・・・という印象を受けました。う~ん、季節的な問題なのか? 

ところで、実は、250号線が2つに分岐しているところがあって、間違って、木場港という行き詰まりまで行き着いてしまいました。まあ、でも、そこで、海を眺めつつ、ちょっと早い夕食を食べ、それから、自転車のタイヤがもう、本当にダメになってきたので、針金で固定して、その後、再出発。なんとか、250号線に出ました。

高砂市に入りました。250号線から分かれて、より海沿いの県道718号線を進みました。雨が降るという予報だったので、雨宿り場所を探しています。地図によると、海浜公園があるとのことだったので、そこに行きました。隣接する向島公園に雨宿りできそうなところがあったので、そこで休みました。案の定、夜は雨でしたが、何とか凌げました。


6月25日(日) 19日目

朝、明るくなって気付いたのですが、向島公園には、クジャクなどの鳥類が飼われています。綺麗な羽をしていましたね。ノラ猫もいましたが。雨は、朝方ようやく降り止み、9:30ごろに出発しました。天気が走行に影響せずに本当によかったです。少なくとも、1日30kmは進まなければならないので。

その後、加古川市へ。イトーヨーカドーでラーメンを購入。その後、播磨市へ。吉富公民館前の庵で休憩していると、ちょうど雨が。しばらく、そこにいました。

自転車がダメになり、押して歩くことにしました。とぼとぼと明石市へ。今、県道718号線を走っていますが、地図によると、少し上を並走している国道250号線に安いスーパー(ラ・ムー)があるらしいので、そちらへ行きました。95円だったかな、それぐらいの値段でいっぱい入ったポップコーンを買い、食べ食べ、また、自転車を押し押し、てくてく歩いていきました。

ところで、今度、7月2日には、兵庫県知事選挙があるらしいです。4人の候補が出ています。そう言えば、勝谷さんって聞いたことあるような・・・。兵庫にも、新しい風が吹くのでしょうか?


夕方、明石城跡の公園に着きました。そこで休みました。


6月26日(月) 20日目

今、明石城跡にいます。ところで、もう、旅も半ばであり、先日の祈りにも調和して、イエス様からの返答を求めていました。そして、その朝方に、確かに、イエス様からと思われる返事があったと、私は考えています。とはいえ、はっきりとした姿で現われたというのではなく、声だけで、しかし、確かに、的確な仕方で、お言葉を述べられました。

今までにも、これはイエス様か?と思えるような声は聞こえましたが、大概、サタンの偽物だったりしたものです。それで、その点で、注意深くしているのですが、それでも尚、私には、イエス様からとしか思えないお言葉があったと考えている次第です。

朝になり、そのお言葉について黙想し、自分なりに整理整頓してみました。それは、以下の通りです。

①今までと同じスタイルを維持するように。
②今後、臨む試練に立ち向かう覚悟ができているか?

まず、①についてですが、私は、イエス様に、「ぜひ、その栄光を見させてください」とお願いしたのですが、私の目の前にサタンが見え、おや?と思っていると、「なぜ、あなたは私とは反対の方を向いているのですか? この業は、肉によってではなく、霊によって完成されていくのです」とたしなめられました。私は、イエス様の方ではなく、サタンの方を向いたいたのです。つまり、劇的な幻や、霊やみ使いの登場などによる、見た目の「壮大さ」など、そのようにセンセーショナルな仕方で、「おおお!」と驚嘆させ、心を動かすようなものではない、という意味だと思います。それなら、誰でも関心し、付いて行くでしょう。

そうではなく、本当に、霊的な識別力のある、心の正直な者だけが、ご自身に付いて来ることを、イエス様は望んでおられ、それゆえに、そのような壮大な仕方での演出は控えておられるようです。しかし、そうではあっても、実際、これまでに、私が真理の理解を得てきた方法というのは、そういう劇的な仕方によるものではなく、様々な出来事と聖書の事例とを対比し、黙想し、推論することで、一定の結論を出していくものでした。もちろん、その思考過程で、聖霊とイエス様のお導きがあったわけです。

先日、中間報告1で、私の「ガミガミ説教」は間違いで、エホバの辛抱強い教え方とは異なっているという点を挙げました。前者は「説明型」で、後者は「推論型」です。それで、イエス様は、今まで、ご自身の姿を現わして、逐一くどくどと説明されるようなことをせず、むしろ、ご自身の姿を隠し、そのようにして私への圧力が極力かからないようにしながら、私が自由にのびのびと思考できるような仕方で、正しい結論へと導いてくださいました。

それで、「今後も、そのようなスタイルで、教えていきますよ。そして、あなたが民に教える際に取るべきなのも、このスタイル(推論型)ですよ」と、イエス様は言われているのだというのが、私の結論でした。

また、②についてですが、今後、ヤコブ級がイエス様の栄光をもって公の業を始めると、今までの極貧の辛抱生活とは一転して、物も金も、権力や発言力も、この上なく恵まれた状態に置かれるでしょう。一見、良いことのように思えますが、イエス様は、「このような状況が、あなたをダメにすることを心配している」と述べられました。

確かに、人は、権力や富が与えられると、途端に謙遜さを失い、堕落してしまいがちです。サウル王がそうでしたし、あのダビデでさえも、そのような状況下で、大きな罪を犯してしまいました。ですから、私についても、同様に高められた時に、それは、かえって、誘惑となる試練になるのはまず間違いありません。

私は、もし、ダビデのように重大な間違いを犯してしまったなら、どうなるだろうか?とも思いました。しかし、たとえ、そうなって、大恥をかき、泣くことになるとしても、そう、本当に、自分の愚かさに悲嘆し、明けても暮れても涙を流し続けることになるとしても、それでも、私は、そのために、私の不完全さのために、この業を遅らせるわけにはいかず、少しでも早く先に進めるべきであるという認識のもと(最速の構え)に、「たとえ、そうなろうとも、私は、それを甘んじて受けます。そして、ダビデがそうであったように、あなたは私を立ち直らせ、それを乗り越えるようにさせることもおできになるはずです。ですから、ぜひ、業を進ませてください」と返答しました。

ですから、このように、私は、イエス様からの問いかけの①②のどちらにも、イエスと答えました。これまで通りのスタイルを継続していきますし、今後、試練が臨もうとも甘受する覚悟はできています。さて、イエス様からのお返事はどう返ってくるでしょうか。

_

昼から明石市を出発し、神戸市に入りました。明石海峡大橋を右手に眺めつつ、走行し(あ、自転車、治しました。なんとか走っています・・・)、須磨区の海浜公園で休みました。夜、ぱらっと小雨が降りましたが。


6月27日(火) 21日目

須磨区の海浜公園です。朝、眠くて眠くて、何度も朝寝しました。その後、いろいろ黙想したのですが、サタンが私にまだ憑いており、その点をどうすべきかを、イエス様は懸念しておられるようだと察しました。

このように、イエス様とのやり取りというのは、逐一説明する「説明型」ではなく、研究生である私に推論させ、自分で結論を出させる「推論型」なので、私が、イエス様のおっしゃりたいことを「忖度」しなければなりません。イエス様は、この点で、私を徹底的に仕込むおつもりのようです。私も頑張って付いて行きます!

それで、サタンは私から未だに離れていません。ところで、イエス様とヤコブ級の関係というのは、1世紀の勝利の入城で言うと、イエス様ご自身と「駄獣の子なる子ろば」です! サラブレッドのような雄々しい立派な馬ではなく、「駄獣の子」なのです。そして、イエス様は、そのような「駄獣」に乗って、「謙遜」に入城なさいました。そして、この現代版は、イエス様が、子ろばであるヤコブ級に乗って来られるというものです。マタイ21:5「駄獣の子なる子ろば」、ゼカリヤ9:9「謙遜であり」をご覧ください。

の4節も復習なさってみてください。

ところで、今、私は、パンクしたガタガタ自転車に乗って、一路東京を目指しているところです。実は、これにも、預言的な意味があるようです。つまり、イエス様が、謙遜に、不完全で不完成なヤコブ級に座して乗って来られるというのであれば、ヤコブ級もまた、謙遜になって、不完全なパンク自転車で乗り進むべきであるというわけです。また、逆に言えば、ヤコブ級がパンク自転車に乗っているというのであれば、イエス様は尚のこと、ヤコブ級がたとえ不完成であっても、それを用いてくださるという点を確信することができました。私はまだ自分が罪深く、不完成であるという点を、自覚しています。しかし、イエス様は、それでも、その巧みな指導により、愛と知恵と辛抱をもって、私を用いてくださることでしょう。これは、イザヤ6:5-8とも対応している点です。

それで、イエス様は、恐らく、これは恐らくなのですが、ヤコブ級にお乗りになり、東京に入城なさるでしょう。もちろん、今までの論文では、アメリカの世界本部に行く時に、勝利の入城の現代版が成就すると説明してきました。しかし、それは、2度、成就するのかもしれません。1度目は、東京への入城であり、次いで、ニューヨークへの入城の際にです。

それで、イエス様が、子ろばであるヤコブ級にお乗りになるはずなのですが、しかし、現行では、未だにサタンが憑いているのです。それで、彼を何とか離れさせなければなりません。その点で、どうなるのか??? 祈っているところです。

_

ところで、神戸市を国道2号線沿いに東に進んでいます。神戸では、自転車を停めるのも大変です。有料のところも多いです。

その後、芦屋市に入り、2号線からはずっと海に下りて、そこの中央公園で休みました。夜は予報通り、雨でした。


6月28日(水) 22日目

芦屋市の中央公園です。朝は、午前中まで小雨で、足止めされてしまいました。しかし、その間、昨日の点をいろいろ黙想できました。

基本的に、サタンも悪霊の神々も、私の親戚のようなものであると考えています。確かに、今までは、神の敵でしたが、私により明らかにされた新しい取り決めによると、彼らもまた、ゆくゆくは、神の子の立場に復帰して、永遠の命を受け継ぐ者となるはずであり、兄弟家族となるからです。それゆえに、彼らのために、執り成しの祈りを捧げるわけであり、敵対者であると考えているなら、そのようなことはしないでしょう。

そういう認識なので、私は、サタンに対して基本的に、敵意も悪意も抱いていません。できれば、彼らも、エホバ神からの恵みにあずかってほしいと心から願っています。そして、私は、神の民(天使側)であると同時に、サタンの世(悪魔側)の出身でもある、いわば、ハイブリッド種なので、彼らの性向や思考も理解できます。そして、彼らの間違った性格の一部をやはり、私は受け継いでもいて、それと格闘し、克服しようとしているのです。

そのような私の態度について、サタン自身も、一定の理解を示しているようです。私とサタンの関係というのは、聖書物語で言えば、ダビデとサウル王のような関係です。サウルは、ダビデに猜疑心を抱いてはいましたが、同時に、ダビデの弾く音楽で癒しを得ていました。同様に、サタンも、ヤコブ級の台頭を、自分の権益を損ねかねない脅威をみなしてはいますが、同時に、私から出る霊を彼は少なからず受けており、それにより、慰めを得てもいるのです。

そういう理由で、彼は、ヤコブ級から離れません。しかし、私は、彼を説得しました。彼は神々の中でも最も高い地位にあるゆえに、「公」よりも「私」を優先すると、他の神々に多大の影響が及びます。事実、彼がヤコブ級から離れないゆえに、業が停滞し、本来、ヤコブ級から益が得られるはずの神々が、その益を得られないという事態が発生しているのです。例えると、ヤコブ級は、聖霊を受ける「聖なる器」です。しかし、サタンは、そこに汚れた手を突き出して、その霊を取って行きます。そして、その器が汚されているゆえに、聖霊の流れは留められます。本当なら、その器には、霊がいっぱいになって、溢れ出るはずなのです。そして、その溢れ出た霊を、神々は、「食卓の下に落ちるパン屑」として拾って食べることになっています。(マタイ15:27)。しかし、サタンが憑いているゆえに、その器、ヤコブ級からは、霊がなかなか溢れ出ません。

サタンは、今後、モーセが荒野で銅の蛇を挙げたのと同じように、挙げられねばなりません。(ヨハネ3:14)。1世紀には、イエス様が挙げられました。しかし、現代では、サタンが挙げられるのです。実際、銅の「蛇」は、サタン自身を現わしています。イエス様は、かつて挙げられ、今や統治を始まます。一方、サタンは、かつて世の支配者でしたが、今や挙げられるのです。選手交代です。それで、1世紀に、イエス様が挙げられたのと同じようにして、サタンは挙げられる、つまり、公に示されることになるでしょう。それが、具体的にどのようにかは、明白ではありませんが、いくつかのパターンは考えられます。多分、イエス様と2人の罪人は、サタンとアッシリア、バビロンの悪霊を指していますが、これら神々の長たる3人がヤコブ級に服することを公に示す(つまり、公に挙げられる、掲げられる、掲示される)ことにより、他の神々も、今や神の王国の下に服すべきことが知らされ、そのようにして、王国の傘下に入って、益を得、癒されるのかもしれません。あるいは、もし、サタンが飽くまでも頑なであれば、強制排除もあり得ます。その際、イエス様が、ユダから裏切られたように、サタンも自分の部下から裏切られて、刑柱に掛けられ、さらし者とされるでしょう。私は、できれば、自発的に服する前者の方であってほしいと願い、サタンにも、そのように説得しています。後は、彼の態度次第でしょう。

このように、いずれにしても、サタンは挙げられねばなりません。その時、かつて大祭司カヤファが言ったこのことが再び成就するでしょう。こう言いました。「あなた方は何も分かっていない。そして,一人の人が民のために死んで国民全体の滅ぼされないほうがあなた方の益になる,ということをよく考えていないのだ」(ヨハネ11:49-50)。つまり、サタンの「私(的な感情、希望、都合)」を犠牲にすることで、神々全体に、「公」の益が及ぶようになるということです。

これまで、サタンは、ヤコブ級から、霊を盗んできました。そして、彼はヤコブ級との関係により、少なからず、快さを感じてもいたのです。しかし、そのようなことはやめるべき時が来ました。実際、イエス様が、今や、本当に来られて、ヤコブ級にお乗りになり、入城なさるのです。それを妨げるようなことをすべきではありません。ですから、彼は、是非とも強制排除されるような悲惨なことになる前に、自発的に、ヤコブ級から退き、イエス様に道を譲るべきです。そうすれば、サタン自身にも、また、神々全体にも、益が及ぶようになります。サタンの犠牲により、彼と彼の民は癒されるようになるのです。ですから、その犠牲をいとわずに、神々の最高責任者として、支払ってくれることを願っています。

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さて、芦屋市から、西宮市に入りました。先日、針金を買っていて、それを使って、かなり強力に、タイヤを固定しました。今、市内のネットカフェで執筆中です。もう、大阪まで、ほんの20kmぐらいの距離です。うまくいけば今日には、あるいは、明日には、着くでしょう。

う~ん。大阪から東京は、イエス様がヤコブ級に乗って凱旋行進なさるのでは???とも思っていますが、果たしてどうなるのか。いずれにしても、旅は、半ばを過ぎました。たとえどういう展開になろうとも、これからも、忠実に、また謙遜に、旅を続けていくつもりです。

 

 


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