エホバの証人再考

まもなくイエス・キリストは再びこの組織を検分されます!

詳しくは左下の自己紹介のサイトを見てください!

ヤコブ級の神々への伝道(中間報告1)

2017-06-20 05:25:04 | 論文サイトから
ヤコブ級の神々への伝道(中間報告1)
2017.06.20.


さて、2回目の40日40夜と、ヤコブ級の神々への伝道が始まったことを、先日、説明しました。


今、執筆している段階で、14日目、ちょうど2週間が経ったのですが、今回は、その中間報告をしてみたいと思います。


6月7日(水) 1日目

朝、8:20頃に、裏路地の交差点で、小雨の中、自動車と自転車(私)が出合い頭の事故を起こしてしまいました。その点は、上記リンクでも説明しましたが、事故の補償の関係で、山口にいる母の家に一旦帰る必要が生じました。

ネットで、道などを調べ、また、ブログに一時休止のお知らせを貼り、また、掲示板も一旦閉じて、それから、昼少し休んで、小雨が上がり始めたので、午後3時半頃から、別府市を出発しました。

相手方には、3日待ってほしいと言っており、その約束に間に合うように帰らねばなりません。もう、心境としては、走れメロスのようでしたね。とにかく、急ぎました。別府から日出(ひじ)へ、キティちゃんのいる(ハーモニーランド)赤松峠を越えて、杵築(きつき)を通り、立石峠など、いくつかの峠をアップダウンしながら、宇佐神宮のある宇佐へ下り、あとは、福沢諭吉で有名な中津を通り、その先の、行橋にある航空自衛隊の基地まで、ようやくたどり着き、そこで、一晩休みました。

もちろん、野宿です。でも、気温が夜でも、10℃以上なので、少し肌寒くはありますが、過ごせないほどではありません。ジャンバーも毛布も持参していますし。
 

6月8日(木) 2日目

朝、5時頃に目が起きて、一路、福岡の北九州に向かいました。門司駅の前を通って、そのそばに、レトロなレンガ造りの街並みがあり、観光地となっているのですが、その港の風景を見ながら、少し早いお昼ご飯を食べました。その後、関門トンネル(人道)を通りました。自転車、バイクは、通行料20円が要ります。でも、人は無料なので、結構、運動で歩いたり、走ったりしている人が多いようです。長さは、780m。結構長いです。


その後、山口県に入り、下関から、山陽小野田宇部を過ぎて、長沢池という池があるのですが、その近くで夜、休みました。

とにかく、今回の旅は、以前の徒歩旅行に比べると、はるかに楽だと感じました。すでに、この時点で、一日半がけで170kmは走破していて、徒歩の時(1日せいぜい30km)の約3~4倍のスピードです。アスリート並みの走行能力ですね。しかも、荷物を背負わないので、とても楽です。本当に自転車とは便利な道具です。ただ、今回は、とても急いでいて、無理をしたため、膝が痛くなってしまいました。
 

6月9日(金) 3日目

防府を過ぎて、郊外で、自転車の後輪がパンクしてしまいました。そんなこともあろうかと、100均でパンク修理セットを買っておいたので、それで修理しました。でも、何だか、調子が悪いみたいです。チューブがタイヤからはみ出している部分があり・・・。でも、何とか転がるようなので、無理を押して、進むことにしました。

この時点で、右膝がすっごく痛くて痛くて、どうしようと思っていたのですが、ちょうど風邪薬を持っていたので、それが鎮痛効果があるかもしれないと思って飲んだところ、てきめん、よく効いたらしく、何とか、その日は、痛みを抑えることができました。
 
その後、周南下松、つまり、山口県の瀬戸内海側、国道2号線を進み、脇道に入って、へ。その後、自宅のある平生に着くまでに、夕方になってしまいました。その後、母と面会し、事故の件で、相手方にも電話をし、向こうからの返事を日曜日まで待つということになりました。


6月10日(土) 4日目

相手方からの連絡を待つ間、近隣の柳井に行きました。市内の図書館で、いつもの数学(ひとり)談議をしていて、時間が過ぎました。ルート計算の云々・・・。


6月11日(日) 5日目

この日は、隣の田布施で過ごしました。役場近くにある小高い山の上の公園にいたのですが、そこで、いろいろと、今回起きた出来事の意味について、祈り、黙想しました。その点は、冒頭で挙げたリンク先の論文で説明した通りです。


結局、今回の出来事は、確かに、私が以前から予想していた6月7日を起点として生じており、また、自分の意図しない仕方で、別府市から再び、東京の方向へと旅を始めさせられたわけです。エホバ神は、どのような意図で、このような出来事を、私の前に置かれたのでしょうか。やはり、これは、「2回目の40日40夜」が始まったということだと結論せざるを得ませんでした。自分が想像していたのとは、ずいぶん異なった展開ではありますが、現状を見る限り、そう判断しました。

そして、この旅の意義は、各地の神々に対するヤコブ級の「お披露目」であり、神とキリストの代表者であるヤコブ級に対して、神々がどのような反応をもって応じるかが明らかにされる機会となることでしょう。

そのような神々への伝道を始めるにあたり、今までの「乞食生活」を改めるべきことも示されたので、では、そのために、神の王国から、食べるものと住む家とをお授けください、またそのための給料をいただけますようにと祈りました。
 
ところで、この日の夕方に、例の事故の相手からの電話があり、過失割合を出して、その額を出し合うということで話が付きました。保険屋さんと話し合い、後日、メールアドレスにその結果を通知することになりました。



6月12日(月) 6日目
 
母の家を出発する際、事故の補償の3万円とは別に、1万円を餞別にくれました。しかし、早く住所変更して、一人立ちしなさいと念を押されました。全く、当然のことです。

これは、母に会う前に黙想したことなのですが、実際、このように、40を過ぎた息子が、70過ぎの母に、おんぶにだっこで、本当に情けないと思っています。しかし、それでも、母は、結局、必要な経費を出してくれました。苦言は呈しましたが。

そこで、私が考えさせられたのは、ヤコブ級が、権威を与えられて公に登場する際に、母や、その他の、ヤコブ級に連なる人たちに、ヤコブ級はどう接するべきかという点でした。つまり、私の予想では、ヤコブ級に権威が付与される時、ソロモン王の時のように、彼は、豊かな知恵と富、名声や発言力をも得るでしょう。もちろん、それは、世界安定化プロジェクトと、最後の世界的な伝道活動を成功させるために用いられます。

しかし、ヤコブ級に、神の民エホバの証人の兄弟姉妹ではなく、例えば、母のように、世の諸国民の者(いわゆる世の人)が助けを求めてきた場合は、どうすべきでしょうか。それは、今回、答えがはっきり出ました。実際、母は、私に、(ヤコブ級とかそういう事情は知らないが)、母観点では、とても馬鹿馬鹿しいと思える状況であっても、それでも、支援をしてくれたわけです。ですから、今度は、逆に、母のような諸国民の者が、借金だとか、その他、自業自得のように思えるような事情で、ヤコブ級に助けを求めてくる場合であっても、それを快く受け入れ、助けるべきであるというのが、ご意志であろうということです。

ただし、「愚かではあるが真摯に助けを求める人」と、「計算ずくでヤコブ級を利用してしようとするずる賢い人」との違いを、見極めるようにとの教えも、同時に与えられました。

このように、今回、起きた出来事には、いろいろと意味があるということに気付き始めました。

ところで、この日の日中は、平生で過ごしました。ナフコで、4500円の折り畳みテントがあったので、おお、これは!と思い、買いました。その他、必要品を買い、近くの図書館のベンチで休憩していたところ、近所のおじいさんが、ゴルフクラブを杖代わりにしてやって来て、運動をし始めました。お話してみると、何でも、いくつもの病気を経験し、手術も何度もされたそうで、しかし、その人は、それにもくじけず、自分は体をまだまだ鍛えていますと、話してくれました。

私は、ここ数日の柳井、田布施、平生でのこのような出来事から、この地にいる神々の性格が、とても温厚で、人当たりがよく、礼儀正しくて、かつ、芯の強い性格であると、見受けました。上のおじいさんのような、気合というか、根性というか、さすが、長州藩の地なだけあるな・・・という感じです。

夕方近くになり、光市へ逆戻りするような形で移動しました。室積(むろづみ)海水浴場で、テントを張り、そこで一晩過ごしました。いわば、「王国ハウス」の初住まいというわけです。しかし・・・。
 

6月13日(火) 7日目

朝になり、テントを収納しようと思ったのですが、あれ?、どうやるんだろ?、分からず、あれこれ、う~ん???。このテントは、折り畳み式で、袋から出すと、ポーンと自動的に形が出来上がるタイプです。でも、折り畳む時が、ちょっと難しく、多分、一度覚えると簡単なのでしょうけども・・・。こうひねって、あそこで曲げて・・・と、そうこうしているうちに、テントの金具が、ぴょーんと飛び出して壊れてしまいました。えーい、もう仕方がないと思って、中の長~い金具を抜き出し、骨なしの皮だけのテントになってしまいました。何と、王国ハウス、一夜にして・・・。

気を取り直して、上記リンクの論文を執筆することにとりかかり、そして、掲載しました。その後、夕方、光市を出発。岩国の境界へ入った頃、川べりで、自転車がパンクしてしまい、その近くの野原で、骨なしテントを張りました。近くの竹の棒などで、下から突っ張り、何とか形を保ちました。実は、その前日に、風が入ってくるため、裁縫道具で、テントの気密性を上げていたのですが、そのため、見事に結露! テントの中は露だらけの大惨事となってしまいました。

露と言えば、梅雨も気になるところです。もうすでに、梅雨の季節のはずですが、なぜだか天気続きで・・・。一応、雨の用意はしているのですが・・・。
 

6月14日(水) 8日目

パンクは治らず・・・。やむなく、チューブを引き切ることにしました。後輪は、チューブなし。でも、意外や意外、ちょっと強引に踏めば、ちゃんと走ります。ちょっと、ふらふらするものの・・・。それで、とりあえず、このまま、旅を続けることにしました。

ここから学んだ点は、こうです。つまり、今、経験している事柄というのは、つまり、ヤコブ級が今後行なうはずの業の「型」「予表」であるということです。自転車は、パンクし、チューブなしのガタガタになってしまいました。乗り物というのは、エゼキエルの幻の天の兵車と同じく、その人物の用いる組織のことです。ヤコブ級が今後、用いるのは、神の民エホバの証人だけではなく、姉と妹の女神、つまり、天照大御神(日本)と自由の女神(アメリカ民主党)とも協力して、諸国民に平和と安全をもたらすことになっています。

つまり、ヤコブ級は、世の諸国民の組織を用いて、それらの業を成し遂げなければなりません。そして、彼らは、神の民エホバの証人の組織と比較すれば、こう言うとアレですが、いわば、片端ものの組織です。ガタガタ自転車と同じです。しかし、それを愛と辛抱と知恵をもって、用いていかねばなりません。ガタガタ自転車を、最高の状態の自転車と比較すれば、確かに、不平が出ます。しかし、ガタガタとはいえ、やはり、それなりにスピードはでますし、何と言っても、荷物を背負わない分、本当に楽です。自転車なしの時に比べれば、断然、いいに決まっています。それで、後者の観点で、この自転車と向き合おうと思いました。そして、そういう思考や精神は、今後、ヤコブ級が、世の諸国民と協力して業を行なう時に、きっと役に立つと考えています。

ところで、岩国市街に入り、図書館に寄りました。今後の行く先の地図等を確認しました。また、事故の相手からは未だ連絡はなく。どうしたんだろう???

夕方、かば公園というところの木陰で過ごし、(日中は暑いので)、その後、広島県に入りました。また、夜、骨なしのテントを張って、休みました。今度は、メッシュの窓を開けたままだったので、あまり結露せずに済んだようです。
 

6月15(木) 9日目

広島市へ向かいました。しかし、何と、何と、途中で、あの骨抜きテントが、自転車の後ろの荷台から落っこちていたらしいことに気付き・・・。え~???、もういいや・・・とあきらめ、前に進むことにしました。王国ハウスは4日で、ジ・エンドとなってしまったのです。でも、ヤコブ級が今後、行なう世界安定化プロジェクトの一つに、安価住宅の構想があるのですが、やはり、テントは結露という問題があるということを身をもって体験するよい機会となりました。それだけでも、あのテントで過ごした価値はあったと考えています。

その後、どうも、途中で、道を間違えたらしく・・・、あれれ???。とにかく、坂道を降りて行くと、広島工業大学があり、その先に、ようやく、本筋の国道2号線がありました。よかった。楽々園という駅があるあたりに出ました。以前、最初の東京への徒歩旅行の時にも、通ったルートなので、覚えていました。

その先にある、ネットカフェに寄り、例の事故の相手からのメールが来ていないか、チェックしましたが、未だ連絡なし。う~ん、どうした???

ところで、経済的な事情もあり、ご飯は、マックスバリューの30円ラーメンです。それをタッパーに水と一緒に入れて、30分ぐらいすると、食べられる状態になり、いわば、冷やしラーメンの出来上がりです。結構、ちゃんとしたおいしいラーメンになります。しかし、どういうわけか、私が旅を始めた頃から、おや?、店舗から30円ラーメンが消えてしまいました。それで、今は、40円ラーメンを買っています。また、日持ちは悪いのですが、生うどんもいいですね。27円とかで売っていたりします。別のお店では、14円とか、半額で19円とか、5つで78円とか、いろいろありました。それから、ラーメンばかりでは何だかお通じが悪くなりそうな気もするので、おからなども一緒に食べています。あと、カットわかめなども。

その後、夕方に、広島市街を抜けて、本道の国道2号ではなく、起伏の少ないと思われる海沿いの県道31号線を通ることにしました。これも、一度目の東京徒歩旅行の時に通ったルートです。夜に、呉市のボートピアの公園に着き、木の下のベンチの上で寝ました。

結局、自前のテント、王国ハウスはなくなったのですが、いろいろ考えてみると、今回の旅は、ヤコブ級の神々への伝道であるわけです。ヤコブ級がガタガタ自転車をえいしょこらしょと踏み漕いで、各地を回っていき、そして、宿を求めます。そのあたりに、神々の、ヤコブ級への反応が表われるものと思われます。
 

6月16(金) 10日目

呉市街地に入りました。呉と言えば、戦艦大和! 大和ミュージアムは有料だったので寄りませんでしたが、その目の前に、おお、何と、でっかい潜水艦が堂々と展示してあるではありませんか。「鉄のくじら」なのだそうです。つまり、海上自衛隊の資料館で、無料で入れることもあり、立ち寄りました。潜水艦の中にも実際に入ることができました。


ところで、例の事故の相手から一向に連絡が来ないため、多分、私のメアドを電話で聞き損ねて、連絡できないのかな?と思い、改めて、ハガキで書いて送ることにしました。それで、コンビニでハガキを買って、書いたのはいいのですが、はて、郵便番号が分からず・・・。それで、郵便局に行くことにしましたが、あれ、あれ、あれれ?、行けども行けども、郵便局が出てこない・・・。日中は暑かったですし、ガタガタ自転車を漕ぐのも、結構な力も要り、膝もまだ痛くて・・・、もう、早く、ハガキを出したいのに、遅れると、明日の扱いになって一日遅れるし。・・・と、あれこれあって、「えーい!、郵便局はまだかー!!!」と憤ってしまう私でした。

でも、冷静になって考えてみると、これは、エジプトを出たイスラエルの民が、荒野で「水がない!」と不平を言ったのと同じ思考だな、と思いました。また、マタイ6:33の聖句に反して、「どうやって生活できるのか!?」と言い出す人も同様です。つまり、私は、信仰をもって行動していませんでした。確かに、私のしようとしたこと(相手方にハガキを出すこと)は、間違ったことではなく、むしろ、しなければならない事柄であったわけです。しかし、私は、それを信仰のうちにそうしていませんでした。だから、イライラして、いきり立ったのです。

これも、結局は、(H)ひとの、(S)せいに、(S)する、HSS症候群の一種であろうと思われます。容易に、人やものや、状況のせいにして、不平を募らせるという思考です。私にも、まだそういう罪深い傾向があるのだな・・・と実感させられました。しかし、そこを思い直し、自分が信仰のうちに行動しなかったこと、つまり、「ご意志であれば、きちんと、郵便局はいずれ見付かるはずだし、ちゃんとハガキは出せるはずだ」という確信を持たずに、場当たり的に行動していた、自分の愚かさにこそ注意を向け、自己反省をしました。

その日は、安芸津(あきつ)駅の近くで野宿しました。


6月17日(土) 11日目

瀬戸内海を右手に眺めながら走る「しまなみ海道」を進んでいます。朝、竹原市に入りました。そこの道の駅で休憩。図書館にも行きましたが、特に収穫はなし。近くの藤三スーパーで生うどん(見切り品)5パックで78円だったので、それを買いました。
 
ところで、この生うどん、1パック、カロリーが200キロカロリーのようです。マックスバリューのラーメンは、スープも入れて350キロカロリーのよう。それを3食食べても、1000キロカロリーちょっとです。おまけに、自転車を一生懸命、数時間は漕いでいるわけで・・・。その結果、少~しだけ、お腹回りの肉が削げたような気がします。

途中、忠海(ただのうみ)というところがあります。以前、通った時、駅で休憩したのを覚えていました。何となく、いい名前だな~とか思っています。その先の幸崎(さいざき)には、今治造船所があり、「IMABARI SHIPBUILDING」と書いてある、どでかいUFOキャッチャーのようなクレーンが数台見え、壮観でした。


その造船所を見ながらですが・・・、道沿いの山に、時々、ビワがなっていて、それを何度か食べました。もちろん、個人の土地のは取りませんが。また、この時期、大きな梅の実も落ちています。時期は違いますが、以前は、柿とか、山ぶどう、黒ぐわとかもありましたね。

この日は、海沿いの公園があったので、そこで寝ました。100均で、ブルーシートを買ったので、それを敷きました。ところで、暑いので、よく汗をかきます。一応、一日に一度は水浴びをしているところです。また、着ているシャツとズボンも時々洗います。今、神々への伝道を行なっているからです。それで、私の伝道スタイルは、ワイシャツとスラックスです。まあ、ノーソックスですけども。一応、まともな恰好をしています。・・・で、スラックスの生地は薄いので、あちこちのコンクリートなどの上に座ると、すぐに擦れそうな気がするので、気を使っています。その点で、ブルーシートは有用です。
 

6月18日(日) 12日目

朝、三原市街地を通り抜けました。再び、国道2号線に戻りました。午前9時には、尾道に入りました。向島への渡し船のあるところのベンチで少し休憩。その後、福山に入り、ラ・ムーというスーパーに寄ったのですが、そこがまた、激安で、袋ラーメン5パック158円! 思わず、2袋買いました。これで、3日分はあります。また、浮いた分で、納豆も仕入れました。ガタガタ自転車を漕ぐのに、結構余計な力が要るので、あちこち筋肉痛になっており、ちょうど、たんぱく質を必要としていたからです。その後、その日も暑かったので、近くの神社の木陰にて、長めの休憩を。

確か、この日ぐらいだったと思いますが、とうとう、前輪のタイヤもパンクしてしまいました。それで、前輪からもチューブを除去することに。もうダメかな~とあきらめていたのですが、これまた意外や意外、両輪チューブなしでも、案外転がるものです。ただ、地面の目が粗かったり、滑り止めなどが施されていると、ガタガタがひどくなかなか前に進みませんが、地面の目が滑らかだと、スムーズに動いてくれます。まあ、考え方によっては、今後、絶っ対にパンクしない、不死身のノーパンクタイヤに生まれ変わった・・・とも言えるかな(?)

ところで、この旅でも時々生じるのですが、水がなくて困ることがあります。行けども行けども、公園がなく・・・。この日も、のどが渇きつつ、行軍していきましたが、ようやく、福山市街地に、公園を見付け、そこで水を得ました。

その後、福山市街地を抜けて、山手に入り、そこの野っ原の木の下で、ブルーシートを敷いて寝ました。でも、蚊がいて・・・。しかし、蚊取り線香も持っていたので、それを焚き、対処しました。冬なら、防寒さえすれば、どこででも寝れるんですが、夏は、そういうわけにはいかず、虫で困ることがあります。

福山を抜けたので、これで、広島県は終わり。次は、岡山県です。
 

6月19日(月) 13日目

山を下って、笠岡市街地へ。島が多いらしく、各島へのフェリーの渡り場がありました。次いで、浅口市へ。やはり、昼は暑いです。そこにあるハピータウンというお店に寄り、休憩。よく冷房がかかっていて、寒いくらいでした。浅口では、何となくですが、神々からのよい霊が示されたように思います。

浅口市とは、全く気にも留めていなかった都市の名前で、初めて聞いたような気もするのですが、いろいろな気遣いが示されました。私は、そこで、3回、聖書通読をし、講話(解説)もしました。これが、神々への伝道なのだと思います。よい霊が示され、聞く耳のある者がいるところでは、聖書に基づく教えが施されるようです。

重要なのは、謙遜さ、へりくだるということです。一方、私は、「行き過ぎた自由主義者」と戦争をしている!と宣言しているのですが、神の王国を小馬鹿にし、その真理に価値がないと考えて、自分の方こそが何か偉い者でもあるかのように思い上がった者のためには、決して祈りません。そして、その者を一切、ヤコブ級に連なる者とも認めません。したがって、そのような者は、ヤコブ級から、何の益も得られないでしょう。

また、この地では、結構、大切な今後の構想も得ました。その一つは、「礼儀検定」。これはまた、後日、また説明します。

ところで、次の行く、倉敷市の市役所の近くにいつも行くソフト食べ放題のネットカフェがあることを地図で知ったので、例の事故の相手からの返事を確認するために、立ち寄ることにしました。・・・が、行けども行けども、あれ?、市役所への案内版が出てこない・・・。途中でもう一度地図を見てみると、もうすでに、ずっと後ろの方にあり、通り越した後でした。それでも、後帰らずに、先に進めば、きっともう一軒ぐらい見付かるさ~と進んでみたのですが、行けども行けども・・・。

でも、とうとう見付けました! もう、夜の12時になろうとしていた頃でしたが、ようやく、ネットカフェに着きました。すでに、岡山市に入っています。そして、こうやって、真夜中に、コーヒーをすすりつつ、この中間報告を書いています。

ところで、ようやく、事故の相手からのメールが来ており、私3割、相手7割ということで話が付きました。明日、入金する予定です。ひとまずは、これで解決となりそうです。



 
それから・・・
 
こうして、「2度目の40日40夜」の最初の約2週間が過ぎました。九州を抜けて、山口県、広島県、そして、今、岡山県です。
 
地図で見てみると、だいたい、下関~広島、広島~岡山、岡山~大阪、大阪~名古屋、名古屋~静岡、静岡~東京あたりが、同じぐらいの距離です。まあ、150kmぐらいでしょうか。以前の旅では、神戸の姫路でちょうど20日目でした。今回は、自転車の旅でもあり、少しだけペースが速いようです。でも、梅雨の時期ですから、今後は、雨で足止めされることもあるでしょう。今までの2週間、一回も雨に遭っていないのですが。でも、早速、今度の水曜日は雨の予報が出ているようです。果たして、どうなるやら。
 
_
 
旅の途中で、ヨハネによる書を読んでいて気付いたのは、イエス様は、いつも例えとか比喩で語られるんだな、ということでした。でも、弟子たちでさえもそれをなかなか悟りませんでした。例えば、「パリサイ人のパン種に・・・」とイエス様が言っても、文字通りのパンの心配をし出すわけです。
 
では、私とイエス様との関係ではどうなのかな?と、今回、改めて考えました。実際、私に対しても、比喩や例えで、語っておられるように思えます。すなわち、私の前に生じる、あらゆる出来事というのは、意図があって、イエス様が「例え」としてお示しになっておられるものであるということです。ですから、私としては、是非とも、その意味を悟るように心掛け、その教えから益を得るべきであると考えます。まさに、最近流行りの言葉の「忖度(そんたく)」ですね。
 
_
 
そして、そのような静かな、本当に静かな、イエス様の教え方と、自分の「ガミガミ説教」を比較してもみました。全然、違いますね。エホバ神もイエス様も、私に対して、私が他の人に時々するようにガミガミ説教されたことがありません。私は、以前、Yumiさんに対して、そうしてしまいました。彼女は、そういう私の性格に対して反対していますが、しかし、私の示す聖書預言には同意しています。やはり、彼女の識別眼は確かなようです。
 
つまり、私は、相手に対して、理屈をもって語り、かつ、「えい、これでどうだ!」と言わんばかりに「結論」を突き付けて、見得を切っているわけですが、そのようではなく、相手が自発的に正しい「結論」を出すことができるように上手に導くことこそが、重要であるということです。JWの研究司会で言う、「説明型」ではなく、「推論型」というのと同じです。確かに、私は、正しい「結論」を述べているかもしれません。しかし、相手は、相手自身の思考力をもって、一定の思考過程を経て、そのような「結論」に自ら達する必要があります。ですから、私が、「結論」を先に突き付けてしまえば、その人の自発的な思考過程を経る機会が失われてしまいかねません。
 
・・・と、いうふうに、実際に、私は、イエス様から、「全く君は、これこれがこうこうで、ここがダメ、あそこもダメで・・・」とガミガミ説教されずに、本当に自由な立場で推論することにより、こういう「結論」を出すことができました。「結論」とは、数学で言えば、計算結果のことであり、しかるべき計算過程を経た結果です。その過程を経ることができるように、イエス様は、本当に、私を辛抱強く導いてくださいました。ですから、私も、今後は、そのようにしていくべきであることを強く銘記させられた次第です。今までに、私からガミガミ説教された方々、ごめんなさい…(反省)。
 
_
 
ところで、山口県、広島県の神々の反応は、すこぶるよかったと思います。嫌悪の表現は一切ありませんでした。むしろ、敬意をもって接してくれたぐらいです。私は、だいたい一日に一都市ぐらいのペースで移動して行っていますが、そのような好意的な霊の示されるところでは、その土地の神々に、エホバ神からの恵みと祝福とがあることを祈っています。
 
これから、まだ27日もあり、神々への伝道は続きます。また、区切りの良いところで、中間報告する予定です。
 
 
 
 
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