エホバの証人再考

まもなくイエス・キリストは再びこの組織を検分されます!

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日々の聖句 5/27 その2

2016-09-19 15:38:18 | 日々の聖句(再掲載)

http://wol.jw.org/ja/wol/dt/r7/lp-j/2016/5/27
より引用。

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5月27日,金曜日

あらゆる強欲に警戒しなさい。―ルカ 12:15。


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(以下は、この日々の聖句の討議部分より抜粋)。

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★読者Bより

内省することは大事ですよね。

罪を犯し、罪の意識に苛まされ続ける人は内省出来てる人なんでしょうね。そんな人たちをイエスは今も昔も救ってこられました。「心を抱く」ってこんな事かなと思った次第です。

今日の聖句はあらゆるの意味を考察してみました。内からでる強欲もありますし、外からの強欲で受ける危険もありそうですね。

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★読者より

アロンは人々に振り回されて子牛の像を造らされてしまいましたよね。
確かに強欲は他人にも影響しますね。

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★yangmask

なるほど。外部からの強欲ですね。どう対処しましょうか。何か知恵がありますでしょうか。

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★読者Bより

アロンは良くも悪くも人をまとめようという欲が出たんじゃないですかね、人々の欲とアロンの欲の相乗効果です。それで自らの法まで犯してしまった。

人を本当にまとめられるのは神だけです。

欲に対抗するにはそれが本当に神からきている行動(言葉)か良く吟味する必要がありそうです。

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★yangmask

アロンは、モーセがシナイ山に登っている間、留守を任されていたわけですよね。まあ、自らしゃしゃり出て、目立とう精神で指導的な立場になったわけではないと思います。

例えば、会社で、ある作業チームが仕事を割り当てられて、「そんじゃ、君がリーダーになってみんなをまとめてくれ」と上司から申し付けられたような状況ですね。ところが、チームのみんなは、あれやこれや言いたい放題・・・。



確かに、ご指摘のように、それが本当に神から来ているかどうかを見極めることが必要ですね。ところが、エバがアダムを誘った時のように、他の人の貪欲な傾向は、それが神の命令に反するものであることが明らかな場合が多いのにもかかわらず、それに迎合・屈服してしまう場合が少なくありませんね。ソロモンを背教させた異教の妻たちもしかり。

あるいは、「欲」とは、自分の(アロンの)欲の方でしたか? いずれにしても、貪欲にしても、ののしりにしても、他の人からのいろんな言動でも動じることのない、確固たる信念、自分の「芯」を持っている必要があるのではないでしょうか。会社でチームのリーダーを任された場合、どうすればいいでしょうね。

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★読者Bより

指導側もされる側も相互監視が必要ですよね。

対等に発言出来ないと相互監視が出来ない。意見がたくさんでるのは相互監視が上手く行ってる証拠ではないでしょうか、まとめるのは大変ですけど、それゆえのリーダーです。芯の強さも必要ですが、誤った方向に行ってしまうと大変です。

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★yangmask

なるほど。確かに一理あるでしょうね。単に頑固な独裁者では付いて行く方も大変でしょうからね。

ただ、現代人は、民主主義、自由主義の「副作用」を強く受けていると懸念しているところです。もちろん、それらの良い点も認めているのですが、間違った側面もありますね。

例えば、リーダーに対する敬意が失われていると思います。一国の総理大臣でさえも、民衆からバカ呼ばわりされていますね。

例えば、部活とか同好会などのスポーツチームについて想像してみてください。もちろん、コーチがいますが、その他に、チームメイトの中からキャプテンが選ばれて立てられますよね。では、チームメイトがキャプテンに反発するなら、どうやってそのチームは試合にて好成績を上げられるでしょうか。

このように、民が指導者に敬意を払い、その指示に服するというのは、組織の中では当然求められることであるにもかかわらず、自由主義的な教育・環境で育った人たち(の中のある一部の人たち)は、そういう「服従」を、「屈従」ととらえ、自由を束縛するものだと勘違いしているように思います。



実は、このことと現代人にうつ病が多いのは、関係があると、私は見ています。自由主義というのは、取り違えると、容易にミーイズム、自分中心の思考になってしまいますよね。例えば、しつけをされず、わがままに育った犬を見たことがありますか? その犬は、幸福そうにしていたでしょうか。いいえ、むしろ、いつも不満げで、何かに当り散らしているような、そういう状態ではありませんでしたか。

それと同様に、「私は誰にも服従しない、私は私の生きたいように生きるんだ!」という、超ミーイズムな人は、上記の犬と同じく、「指導者が○○してくれない!、もっと△△すべきだ!」といつも不満を口にし、満たされていないかもしれません。



リーダーが道理にかなった指導を行なうべきことは論ずるまでもありませんが、それを監視するのは、神権的には、そのリーダーの任命・監督者である神であって、民ではありませんね。それよりも、現代人は、民がリーダーの指導に服するという基本的な務めをきちんと果たしてこそ、ものを言うべきであろうと思います。

私に言わせると、歴史的に比較してみて、現行の(日本の政治的な)指導者は80点以上のらくらく合格点です。人をむやみに殺すわけでも、戦争に行かせるわけでもないでしょう。一方、国民の方は、30点以下の、ほとんど落第点ですね。こんなにわがままな国民は、歴史上未だかつて起きたことがありません。

それでいて、そのような不合格国民が、合格指導者をバカ呼ばわりし、あれこれ文句を言っているのですから、これはもうナンセンスとしか言いようがありませんね。でも、私たちは、そういう自由主義の「副作用」を少なからず受けていると思われます。これが、今日の聖句にもある、貪欲ともつながってきますね。貪欲も、不敬も、不従順も、根は同じです。つまり、自分さえよければいいという利己心です。これらは、私たち全員が本当に真摯に考え直すべき点だろうと思います。

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★読者Bより

それでは同じ群れをつくる生き物という観点で犬を考察しますね。

犬はカ関係でリーダーを選びます。また力関係で自分の順位を決めます、順位に不服があるときはけんかします。リーダーは群れを守るカがなくてはなくてはならないからです。しつけをされていない犬は自分が人間のリーダーであり、群れを守らないといけません。人間にはそれが不満のある犬と見えるのではないでしょうか?

民主主義の欠点もあると思います。

犬のけんかと同じく人間も多数決という力を使い物事を決めます。また多数決の欠点を認めているからこそ、誰でも対等に発言できることは大切なのではないですか?

キャプテンの選び方もチームを守れる、好成績をあげれる人を任命権がある人が選ぶのであって、そうでない人が選ばれたら、チームは分解し、キャプテンを選んだ人の責任が問われます。

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★yangmask

興味深い討議ですね。以下で答えてみます。


>しつけをされていない犬は自分が人間のリーダーで

うーん。では、餌を与え、散歩に連れて行き、世話をするのは誰でしょうか。また、その犬をどうするかを決める一切の権限を持っているのは? その犬が自分がリーダーだと思っているなら、完全に勘違いですね。

自由主義の副作用を受けると、人間もそうなり得ます。そういう主従の関係という自然律に逆らって生きる時、人であれ、獣であれ、幸福に生きることはできないというのが事実ではないでしょうか。



>誰でも対等に発言できることは大切なのではないですか?

はい。発言することはできると思いますよ。古代の王政の時代でさえも、必要があれば民は王に請願や訴訟を起こすことができたでしょう。ただ、自由主義が間違っているのは、リーダーに対するふさわしい敬意をもって話さないことです。

そのような主従関係の基本的なひな形は、家庭内の親子関係にあるわけですが、子が親と対等なはずがありませんね。同様に、指導者(親分)と民(子分)が対等なはずがありません。この点で、自由主義は、自分勝手な論理を展開しており、自由とわがままとを混同している悪い一面がありますね。



>順位に不服があるときはけんかします。

この点を、聖書は、そのような闘争心は「動物的」であり、無秩序をもたらすとしていて否定しています。(ヤコブ3:14-16)。むしろ、クリスチャンは、たとえ「気難しい所有者」に対しても敬意をもって服するように勧めています。(ペテロ第一2:18-20)。



要するに、自由主義の副作用は、自分の立場をわきまえていないという点にあります。「自分は指導者から存分に顧みてもらう権利がある」と主張するものの、ところが、自分は民として指導者に敬意をもって従うという基本的な義務を果たしていません。

このように、義務をきちんと果たしていないのに、権利だけを主張しているゆえに、全く自分中心のわがままな論理だと評価せざるを得ません。民主主義の最大の欠陥は、指導者の資質云々よりも、それに従う民の資質にこそ問題があると、私は読んでいます。それは、先程、不合格国民が合格指導者をバカにすると述べた通りです。

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★読者Bより

>リーダーが道理にかなった指導を行なうべきことは論ずるまでもありませんが、それを監視するのは、神権的には、そのリーダーの任命・監督者である神であって、民ではありませんね。

(ここまではその通りです)

>それよりも、現代人は、民がリーダーの指導に服するという基本的な務めをきちんと果たしてこそ、ものを言うべきであろうと思います。

(現代人は民がリーダーを多数決で決めます、それゆえ少数派から不満がでます)。

では少数の人たちの声は無視して良いですか?

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★yangmask

先のコメントでも述べましたが、発言そのものが悪いと言っているのではありませんね。そうではなく、大切なのは、リーダーに対して意見を言う場合には、しかるべき敬意をもってそうするべきだという点です。

(↑これが直接的な回答ですね)。



各人は、そういうリーダーに対する敬意を抱き、チームの中における自分自身の役割・立場・ポジションをよく考えるみる必要がありますね。そうやって初めて、チームはうまく機能します。「俺は外野手なんて嫌だ、ピッチャーをやらせろ!」などとみんなが言い始めたらどうなるでしょうか。

各自は、今、自分に与えられている立場や役割、ポジションに不平を言うのではなく、チームにおけるその役割の必要性について、もっと深く吟味し、その意義を見出すべきです。何一つ無駄なポジションはないものです。それに、未来永劫同じポジションでもないでしょうしね。

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★読者Bより

>そうではなく、大切なのは、リーダーに対して意見を言う場合には、しかるべき敬意をもってそうするべきだという点です。

―しかるべき敬意をもたれてないのは、それはもうリーダーじゃありませんよ、多数の敬意を勝ち得たからリーダーなのです。民主主義を公認するならそうなります。問題はリーダーを認めない人をどうするかですよね。説得するのか無視するのか、力でねじ伏せる手もありますね。

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★yangmask

>―しかるべき敬意をもたれてないのは、それはもうリーダーじゃありませんよ、多数の敬意を勝ち得たからリーダーなのです。民主主義を公認するならそうなります。


現状はそうではないですね。一国の総理大臣がバカ呼ばわりされ、また、子供たちは親や先生を友達であるかのように見ています。明らかに、目上の人に対するしかるべき敬意が欠けており、そういう主従関係という自然律に逆らう自己中心的な思考が、現代人を精神的に病ませているのです。

ですから、それを踏まえて、この同じ世に生活する私たちは、そのような思考が普通であるかのような錯覚に陥って、害を被らないように注意した方がよいと思います。これが、先に出てきた、外部の人の貪欲にどう応じるべきか?という点とつながってきますね。



>問題はリーダーを認めない人をどうするかですよね。説得するのか無視するのか、力でねじ伏せる手もありますね。


道理にかなった範囲で説得すべきだろうと思います。その上で、どうしても改善がなされず、その人の言動がその組織の運営に支障をきたすと判断した場合、その人の組織に対する影響力を制限、あるいは除去するのが普通の対応でしょうね。



いやいや、しかし、かなり深く突っ込んだ討議になりましたね。

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★読者Bより

>一国の総理大臣がバカ呼ばわりされ、また、子供たちは親や先生を友達であるかのように見ています。明らかに、目上の人に対するしかるべき敬意が欠けており
 
これは道徳の問題点ですね。民主主義あるいは自由主義が道徳の低下を引き起こしているとおっしゃりたいのなら、それはそれで興味があります。また別機会に議論しましょう。

>道理にかなった範囲で説得すべきだろうと思います。その上で、どうしても改善がなされず、その人の言動がその組織の運営に支障をきたすと判断した場合、その人の組織に対する影響力を制限、あるいは除去するのが普通の対応でしょうね。

民主主義は本来それが出来ないはずなのです。なぜなら少数派が多数派に代わった瞬間、正義が入れ替る善悪の判断をもたないシステムだからです。

今日は前提があやふやで話を広げすぎました。

いろいろおもしろかったですけどね、またお願いします。

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★yangmask

こちらこそ大変有意義な討議でした。ありがとうございます。この掲示板の運営にも関係のある点ですからね。また是非、お願いします。

とりあえず、ここまでで一旦閉じまーす。

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★編集後記

皆さんは、後半の民主主義に関する討議をどう思われましたか。私たちが抱いている価値観は、今の時代の社会環境に大きく影響されているわけですね。それで、昨今の自由主義的な考え方が、「普通」であると錯覚するとしても不思議ではありません。

そこで、大切なのは、歴史や世界中の文化について勉強し、自分の持つ価値観と比較検討してみることです。そうすれば、自由主義の良い点も良くない点も両方見えてきます。

そう言えば、最近、Yahoo知恵袋にて、そのような討論をしました。よければ参考に見てみてください。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12164054122
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