エホバの証人再考

まもなくイエス・キリストは再びこの組織を検分されます!

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エホバの証人の創始者ラッセルはフリーメーソンと関係があるか?

2017-05-16 12:27:30 | 知恵ノートより

以下は過去の知恵袋で次の質問に対して回答したものです。

 

>ものみの塔(エホバの証人)の創始者ラッセルはフリーメーソンと関係があるのではないか? 彼の墓標には、「十字架と王冠」のマークがある。それはフリーメーソンのマークではないのか?

 

 

私の回答:

 

(結論から)

 

私の調べた感じでは、ものみの塔がフリーメーソンの影響を受けていたというよりも、ラッセル以前の古いキリスト教(テンプル騎士団など)の影響を、ものみの塔協会も、フリーメーソンも、また他の教会も受けていた、あるいは継承してきた(各々独自に)と見るべきではないかと思いました。

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英文サイトをいろいろ調べました。その中から・・・
http://pastorrussell.blogspot.jp/2008/09/cross-or-stake-stauros.htm...

以下私の日本語訳です。(不正確かも)。

他の見解の変化は、1981年1月の発行で始まるものみの塔誌の表紙に登場する「十字架と王冠」のマークでした。事実、長年にわたって多くの聖書研究者が、この種のピンを身に着けていました。その説明として、C.W.バーバーはこう書いています。「それは本当に月桂樹の花輪に十字架が斜めに通ったバッチでした。それは魅力的に見えましたし、私たちの「十字架」を取り上げ、勝利の冠を着けることができるようにするために期限内にキリスト・イエスに従うことを意味した私たちの当時のアイデアでした」。

「十字架と王冠のピン」の着用に関するリリー.R.パーネルのコメント:「ラザフォード兄弟の考えではこれはバビロン的であり中止すべきでした。私たちが人々の家に行って語ることそれ自体が証人であると、彼は私たちに言いました」。それに応じて、ミシガン州デトロイトでの1928年の聖書研究者大会を振り返り、スイター兄弟はこう書いています。「協議会で、十字架と王冠の紋章は不必要なだけでなく不快なものであることが示されました。それで、私たちは装身具であるそれらを廃棄しました」。その3年後以降、1931年10月15日号のものみの塔誌以降、もはやその表紙に十字架と王冠のマークを表示していません。

ーエホバの証人の年鑑1975

(引用終わり)。
-

つまり、そのマークは、フリーメーソンとの関連とではなく、キリストに従うことの象徴とみなされていたことが分かりますね。他の教会では今でもそのようなマークを使うところもあるとのこと。だからと言って、その教会がフリーメーソンと関係があるとは言えないとの指摘もありました。

私の調べた感じでは、ものみの塔がフリーメーソンの影響を受けていたというよりも、ラッセル以前の古いキリスト教(テンプル騎士団など)の影響を、ものみの塔協会も、フリーメーソンも、また他の教会も受けていた、あるいは継承してきた(各々独自に)と見るべきではないかと思いました。

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