やったくせ

やったくせ

しい愛人を

2017-07-13 15:40:39 | 日記


傍らの白い顔の童が、糸手毬を一つくるくると解いてふっと投げかけると、海神は人型となり、見目麗しくも雅な公達の形になった。
付き添いの侍女たちが、思わず嬌声を上げる。

青い打ち衣らしき、光沢のある直衣の銀色の青海波紋が華やかである。
両手を広げて、龍神はふふっと満足げな声を立てた。

「ふむ。さあ、この形(なり)なら、面(おもて)を上げて話ができるかの?そのほうの良く知る都人の形じゃ。」

臥した弟の耳朶に、龍神は思いがけず優しく問う。

「ははい。」

そっと垣間見た顔は、驚いたことに、弟の敬愛する兄の面にとても良く似ていて、弟は言葉を失い見上げるばかりである。

「さて。その方等の佇まいは、ただの漁師ではあるまい?血筋を言うてみよ。」

二人揃って、素直に頷いた。

「はい。我らは元は、越後源氏の嫡流でございます。」

「源氏の平家のと、権力のみに浅ましく群れ集う日々が虚しくなり、一族が木曽義仲殿に組した折、都を離れ兄弟揃ってこの地へと、流れてまいりました。」

「都では叔父御に散々に裏切られお倒れになった、木曽殿のご最期も聞き及びましたが、お気の毒でございました。」

担ぎ上げるつもりであった、悲運の源氏の御曹司の話をしていたが、龍王は人の世界の事も、詳しく理解していた。

「木曽殿か、武勇に優れた大層な美丈夫であったが。惜しむなら、あれは、少しばかり女道楽が過ぎたのう。戦場にまで連れてゆくような男に、天下はやれぬ。」

「もう一人、船の上を跳んでわたる身の軽い小男が居たが、あれも天下を取る器ではないな、女々しすぎる。」
美しい公達が、視線を向けた。
すうっと、目が優しく細くなる。

「おこと等が現世の不浄の欲を捨ててこれまで居ったから、これが間違えて惹かれ流れ着いたのだろう。醜い心根の元では、天児は人型にはなれぬ。大抵の者には、この姿を見せることはないのだが」

「この、天児(あまがつ)は、わたしが人間であった時に作られた厄落としの形代(かたしろ)で、わたしの代わりに災厄を引き受けるために、比叡山の高僧が息吹きを入れたのじゃ。」

兄弟は、なるほどと思わず合点した。

「三月の上巳の節句に、この形代で身体をなでて、穢れや禍を移し参らせてもう海に流すつもりであった。」

やはり考えどおり、人ではなかったのかと弟は思う。

「上巳の節句を楽しみにしていた、幼い安徳天皇の命が絶えたので、わたしを守ることも出来ず姿を探し求めて波間に浮いていたのだろう。」

しかも、この者は兄は、わたしにどこか似ているようじゃ。天児、長らく捨て置いてすまなかったな。」

兄の抱く天児を軽く引き寄せて、息を吹きかけ九字を切るとふわと中空に浮いた美童は、小さな守り人形になった。

「あぁっ!」

突然、兄が小さく声を上げると、がくりと頭(こうべ)を落とした。

そのまま、はらりと土間に落ちた人形を、恭しく拾い取ると、じっと慈愛の眼差しを注ぐ。
兄は、ほろほろと涙を零しながら、物言わなくなった小さな人形に話しかけた。

「そうか、そうかおまえの慕う主上(おかみ)とは、龍王さまであったのか。」

畏れ多くも、間違ったのだな。思いが通じて良かったのう。」

「だが、わしはこのままそなたを失うのが辛いあれほど慕ってくれたのを、人違いとは虚ことだ。このままもう、人の形には戻らぬか天児。」

頬を寄せると、口のない形代の手が、兄の頬についと伸びて、緩く涙を拭いた。
一方の手は短く、紙人形に戻っても手先は戻っていなかった。
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