岐阜 柳ケ瀬お化け屋敷「恐怖の細道」公式ブログ

山口敏太郎プロデュース!岐阜市・柳ケ瀬商店街にて開催されるお化け屋敷「恐怖の細道」の公式ブログです。

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今年の第一号のお客様は美川憲一さん!&7/22「歌とトークのチャリティショー」ご報告

2016-07-25 23:26:12 | 日記

 7月23日土曜日、「恐怖の細道」第四章~あの曲がり角から~は無事オープンを迎えることが出来ました。
初日からたいへん多くのお客様にご来場いただき、誠にありがとうございます。

 そして、オープン日の23日には、我々「やながもん」の名誉顧問である、美川憲一さんが柳ケ瀬商店街に登場。発売50周年を迎えた「柳ケ瀬ブルース」を柳ケ瀬商店街で歌うメモリアルイベント、「憲ちゃんまつり」も開催され、こちらも多数のお客様にお越しいただきました。そんな、大いに盛り上がったお化け屋敷のオープニングおよび「憲ちゃんまつり」の模様は別記事にて報告させていただくとして、今回のブログではオープン前々日の21日に、今年の第一号のお客様として美川さんにご来場いただいた際のリポート、そして22日(金)に開催した「美川憲一 歌とトークのチャリティショー」の模様をお伝えします。

7月21日(木)名誉顧問・美川憲一さんご来場!

 「恐怖の細道」~あの曲がり角から~のオープンを翌々日に控えた7月21日、「やながもん」名誉顧問である美川憲一さんがお化け屋敷にご来場!吉村代表によるエッセイ「やながもんの唄」でもご紹介したとおり、美川さんは第一回の「恐怖の細道」からずっと我々を応援し続けていただいているのですが、これまでの3回の開催時はスケジュールが合わず、会場にお越しいただくことは叶いませんでした。

 今回、「憲ちゃんまつり」「歌とトークのチャリティショー」のために岐阜入りしていただく美川さんにダメ元でご来場を依頼したところ快諾をいただき、我々にとって念願のご来場が実現したのでした。

この模様は東海テレビさん「みんなのニュースONE」内で生中継されましたので、御覧頂いた方も多いのでは。
写真は美川さん、山口敏太郎プロデューサーとアナウンサーさん。お化け屋敷の看板前で柳ヶ瀬に対する思いを語っていただいた後、いよいよ美川さんが「恐怖の細道」に入場!完成ヴァージョンの「あの曲がり角から」への第一号のお客様として、お化け屋敷を体験していただきました。


 

 「お化け屋敷なんて何十年ぶり」と語る美川さんが口裂け女たちに出会った時、いったい何が起きたのか?それは番組を御覧頂いた方だけのお楽しみ。
 「恐怖の細道」には毎回、昭和の柳ケ瀬商店街をモチーフにしたエリアが存在しているのですが今回は「柳ヶ瀬ブルース」発売時、50年前の柳ヶ瀬を意識した作りになっています。
 「恐怖の細道」の特徴の一つは、毎回「昭和」「岐阜」「柳ヶ瀬」というコンセプトは維持しつつ、毎回一から会場を作っていること。今回のお化け屋敷はどんな作りになっているのか、そして「あの曲がり角」から何が姿を見せるのか?ぜひ、会場に足を運んで確かめてみてください。

 

7月22日(金)「美川憲一 歌とトークのチャリティショー」


 そして翌日22日(金)は、グランヴェール岐山さんにて「美川憲一 歌とトークのチャリティショー」を開催しました。220人収容の会場は満員状態!今回、美川憲一さんを招聘するにあたり、我々が掲げたテーマは「歌と街の50年ものがたり」というもの。「デビューした頃から応援している」というご年配の方、柳ヶ瀬のために一肌脱いでくださった美川さんにお礼をしたい、と集まってくれた若い世代の方。さまざまな世代の方を惹きつける、美川さんの魅力、歌の魅力を目の当たりにしました。

 この日のステージは、美川さんの歌とトークを楽しんでいただく第一部と、まちおこしのためのチャリティオークション「憲ちゃんオークション」の二部構成で行われました。午後8時、ステージに美川憲一さんが登場。往年のヒット曲「さそり座の女」から新曲「吾妻橋で待つ女」まで、メドレーを含めて10曲以上のナンバーをご披露いただきました。MCの際は、ステージから降りて集まっていただいたお客さま一人ひとりと握手を交わす場面も。

 そしてもちろん、発売から50周年を迎えた「柳ヶ瀬ブルース」も!美川さんは長野県の出身なのですが、「美川」という芸名は当時のマネージャーが岐阜県を流れる長良川・揖斐川・木曽川の三つの清流から名付けたものであるということ、そしてデビュー当時は青春歌謡路線だった美川さんが、初めてムード歌謡に挑戦し、その結果大ヒットとなったのがこの「柳ヶ瀬ブルース」であることと、岐阜とは不思議な縁があります。「私にとって、岐阜は故郷みたいなものよ」という美川さんの言葉に、目頭を押さえるご婦人の姿もありました。

 続いての第二部冒頭では、「やながもん」代表の吉村が主催者を代表してご挨拶。美川さんを交えて、「柳ヶ瀬ブルース」50周年記念イベントを開催した経緯、そして「恐怖の細道」と美川さんとの関わりについて語りました。

「時々、なぜお化け屋敷の製作委員会が美川さんを呼ぶのか?と聞かれることがあります。我々を応援していただいている美川さんの心意気に応えたい、という理由がまず一つあります。そして、我々「やながもん」は元々柳ヶ瀬のまちおこしを目的として立ち上がった団体であり、まちおこしの手法として「お化け屋敷」という方法を選択しているということ。美川さんの「柳ヶ瀬ブルース」がこの次の50年も歌い継がれるように、柳ヶ瀬を盛り上げるために今回のイベントを開催しました」

 そして、この後行われるオークションの収益は、柳ヶ瀬の次の50年に向けたまちおこし基金「憲ちゃん基金」として使われることが吉村代表から発表されました。

 さて、いよいよオークションがスタート。柳ヶ瀬商店街振興組合理事長の林さんは、愛用のティーセットをご出品。

 そして、何と出品者として「恐怖の細道」の口裂け女が登場する一幕も。何と愛用の赤いコートを出品!無事落札されましたが、コートを失った口裂け女はこれからどうするのでしょう…?

 今回の目玉商品・柳ヶ瀬画廊の市川オーナーご提供の、熊谷守一の版画2点!売価ウン十万円の貴重な品をご出品いただきました。

 そして、真打ちは何と、美川さんご自身の愛用品の数々!写真のバッグをはじめ、ストールやキーホルダーなど、全部で7点ものアイテムをご出品いただきました。誠にありがとうございます。
「憲ちゃんオークション」は盛況のうちに幕を下ろし、総額40数万円の収益が集まりました。落札いただいた皆様、心より御礼を申し上げます。

ショー終了後、お客さまから「憲ちゃんに会えて嬉しかった」「また来年も呼んで欲しい」など、嬉しい声を多数いただきました。最後に「やながもん」のメンバーと美川さんで記念写真。美川さんの心意気に応えるべく、私たちはこれからも柳ヶ瀬のために汗を流し続けていきます。

翌23日に開催された「憲ちゃんまつり」、そして美川さんと口裂け女が並んでお菓子まきを行った「恐怖の細道」オープニングセレモニーの模様は、別記事にてアップします。

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