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郷土史、登山、スキーなどを写真と共に書き綴っております

Kennyの神社参拝: 第五回目ー後半

2016-09-18 09:18:44 | 寺院・神社・風習

 4人の爺さん、自転車を漕いで  
         神社参り:第五回目 その後半         
               野洲市(滋賀県)のお宮さん参り  
        後半も祭神に触れます

                  Kennyの滋賀から情報発信   
                 (この日記の掲載期間:9月23日~9月29日

祭 神
三上山の
山頂で他府県からの登山客に御上神社の祭神を訊ね
られました。 
しかし私、とっさにはお答え
出来なかったんです。

一時期、御上神社の神様くらいは覚えておこうと、暗記に努めてき
たのですが・・。 

以来それぞれの神社の祭神に少し興味を抱きまして、この神社参
りを機会に前回に続き今回もネット検索、以下に掲載した次第です。


(祭神の詳細は、ウィキペディア、その他のところをクリックしてください)

生和(いくわ)神社
  主祭神 
生和兵庫介藤原忠重公  
(藤原鎌足の末孫)
                       
 滋賀県神社庁のHP
 
土安(てやす)神社
              童子命、瀬尾兼康命  (祇王井川開拓の神)

      
                                 現地案内板  (赤い線は私の追記)
      
 「祇王井川」 は当ブログの前半(先週)、屋棟神社で触れました

野上神社  譽田別尊 (ホンダワケノミコト)
                            
滋賀県神社庁のHPでは八幡神社となっています。
               住所、写真で見る本殿や境内
野上神社と全く同
              じです。合祀  されたのかな? 
         野上神社 譽田別尊については 
滋賀県神社庁

                  

さて、いつもの出発前の風景です、ちょっと一服!

                側壁に銅鐸の絵 背後に三上山の山容を 団地の道路から

私達の町、野洲市は日本一大きな銅鐸134.7センチ)が発掘された
所です。 そして銅鐸が出てきた数(発掘数24個)でも日本有数です。
             (ご参考:一番は島根県加茂岩倉遺跡の39個だったか?)

弥生時代のお話です。  お米が伝来し、米は今の貨幣と同じ存在、
その結果豪族が生まれ祭祀に権力の象徴として銅鐸を使いました。

上の写真は側壁に彫られたその銅鐸と農耕、その当時の様子を表
わしています。

ここは団地の中で三上山を眺める好きなポイントの一つなんです。
その一角に東屋があります。 そこが4爺の集合場所です。



                    その東屋で打ち合わせ  全員ママチャリです 
                     今日はYASさんがお休みで3爺です

では出発です

          野洲市はまだまだこうした長閑な田園地帯が大部分で嬉しいですね


生和(いくわ)神社 (冨波乙)


平安時代中期に冨波一の沢の大蛇を退治し住民の窮地を救った
と言われている生和兵庫介藤原忠重を徳として祭っています。 


              
   檜皮葺本殿は 重要文化財 に指定

 
                  
さすがに時代を感じる手水舎、狛犬


土安(てやす)神社 (永原)
土安の名前の由来は、野洲の土地と住民が 安泰して暮らせるように
とこのような名前に名づけられたそうです。



このお宮さん、もうひとつ分かりにくいのです、私には。 で下に案内
版を掲げました。



今から800年ほど前、平清盛に仕えていた祇王と妓女の姉妹に由
来し、祭神は上に掲げる案内板の通り祇王井川の工事が蹉跌(挫折)
しかけた時に夢に現れた童子だとか。 確かに近くに祇王井川と童子
川も流れています。




                     TAMさん(右)、KAKさん    お賽銭を納めてお祈りを



 
野上神社  (上屋)
ちょっと迷い、惑いました。確かに神社ですが、社名を示すものが見当た
りません。でも地図と、住所から「野上神社」としか考えられません。ネット
ではなかなか出て来なくて、滋賀県神社庁のHPで検索すると「八幡神社」
、となっています。
上屋自治会館の向いも間違いなく、ここを野上神社とし
ます。 二社が合祀されたのでしょうか。



               社名(神社の名称)がみつかりません
                                         みんなで探しましたが


                            このかまどみたいなのはなんだ?

私のふるさとの神社では毎年春先か、神事があり大きな鉄鍋
に湯を沸かし、神主さんが笹の葉っぱ(確か)でそのお湯を参拝
者に降りかけるように祝詞をあげていました。 ここも黒い煤が
付いていたので、同じような 神事のかまどではないでしょうか。

      
                  滋賀県神社庁のHPに八幡神社として掲載の境内の写真
                               

                           

          今日もご覧下さいましてありがとうございました

                                  *********

                   番外
                三上山から下山して

 
                     
 彼岸花が咲きはじめました
 早速アゲハが朝ごはんの最中でした。私に多少は警戒の様子
 ですが、直ぐ傍まで、それもガサゴソと音を立てない限り食事に
 集中でした。

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4 コメント

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良いところにお住まいで! (ちひろ)
2016-09-22 19:37:53
kennyさま、こんばんわ。
何といっても三上山を正面に眺めてのお住まい、羨ましい限りです!
野洲は誇り高き歴史の街ですね!
野洲の魅力が伝わってきます。
生和神社は広々として立派な神社ですね!
ママチャリ行脚も1冊の手引きになりますね!
期待しています。

アゲハチョウはおしとやかで絵になりますね!
ピントばっちりで素敵ですね!
クロアゲハは羽を休めることが無くて、写真には苦労します!
毎日とは言わないまでも・・ (Kenny)
2016-09-23 20:58:41
三上山を意識したのは、野洲市にお世話になった(越してきて)、もう40年も前の事です。 大阪への通勤車窓から見える三上山、それが出会いです。 と云っても特別の感情もなく、三角の火山みたいな、くらいでした。

暇になって運動のために散歩をするようになって、野洲川の堤を。 そうや、運動なら山の方か効率がいいかと三上山を登り始めました。 

以来、何度もこのブログで取りあげた通りです。 毎日ではないですが、寝室からベランダへ、そこからまず三上山を眺めます。上1/3だけですがその日の様子が分かります。 ありがたいことです。

クロアゲハ、ネット検索の写真を見ましたが、実に繊細な模様、綺麗な羽をもつ蝶なんですね。驚きました。

ちひろさん、いつもコメントありがとうございます。
祇王井川 (めりい)
2016-09-23 21:14:26
祇王さんが、清盛に懇願して造られたのが「祇王井川」だと思っていましたが、その名前が付いているのは上流部分だけで、下流は「童子川」と言うのですか。
あら~~知らなかったな~~
生和神社で二流れに (Kenny)
2016-09-25 07:18:19
めりいさん、おはようございます。 昨日は金勝アルプスにある狛坂磨崖仏を見に行ってきました。

さて、祇王井川ですが、生和神社で東西に分かれており両流れとも家棟川に通じています。西が童子川で同じく家棟川に合流します。

さて・・・、どちらが清盛が開いた川か? は自身がありません。が、西なんでしょうね。 では東はいつ? 同時に? 調べておきます (汗);

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