徒然

徒然なるままに日暮らし、心にうつりゆくよしなしことをそこはかとなく書きつくればあやしうこそものぐるおしけれ

乙武ブログ

2006年09月09日 00時28分17秒 | 徒然
五体不満足の乙武さんのブログが、炎上だそうです。
秋篠宮の子どもが生まれたことに、「男の子が生まれたからめでたいの?」って言葉があったことで、1000を超えるコメントがあり、それを受けて書いた謝罪のエントリ(正直謝罪するなら、それだけにしておいたほうがよかったかなって思うけど、自分の気持ちを正しく伝えたかったんだろうなとも思う。あの記事読むと…。)にも、既に1500を超えるコメントが寄せられている。

こんなにたくさんのコメントが寄せられているブログにリンクをはるのはためらわれるので、とりあえず文中ではリンクしません。

んで、コメントを見ると、まあ、肯定的な意見と、否定的な意見、まともな意見とそうでない意見が入り混じってました。
肯定、否定に限らず、まともな意見をかけない人が結構いて、なんとも、悲しくなってきます。まともな教育受けてきたのかな、と。

いや、こういうこというと、教育なんてまともじゃないと、以前紹介した山田玲二あたりも批判してきそうなんですが、私は、まともじゃない教育だとわかるなら、十分まともな教育だったんじゃない?って言いたいですね。

だってまともに思考・判断できてるでしょ?

そして、そのまともな思考・判断からすれば、公の場で、どんな書き方をすればいいかわかりそうなもんなんだけどな…。

なんとなく(あくまで本当になんとなく)、自分が思っている意見の反対意見を、わざと別名でいい加減な書き方して、その意見の勢いを消そうとしているんじゃないかって思ってしまいました。
まともに人の事を否定するんなら、まだましなんですけどね…。(涙)


えっと、ちなみに私の秋篠宮の子に対する意見ですが、以前、紀子さんが懐妊したときに言った意見と一緒です。

一個人として子どもができるのはめでたいけど、それ以上でもそれ以下でもない

ってやつです。

皇族は芸能人でもないので、いちいちあそこまでとりあげんでもいいだろって、まず思います。

まあ国民の象徴ってことで、(いわゆる)アイドル的な存在だったとしても、「○○(芸能人)さんに子どもが生まれましたっ!」ってニュース見て一喜一憂するのは、その○○さんのファンで無い限りそれほど無いと思うので、たいした記事には思えません。
(少なくとも私はタッキーだの、翼だのが、結婚しようが子ども作ろうがあっそう、程度にしか思いません。)


…でも、先ほど華氏さんのブログを見ていたら、このような記事があって、コメントもしてみましたが、天皇家ってのもかわいそうだなって思いました。

つまりは、天皇は神さん(らしい)だから、いままで皇族だった人に、儀式をきっかけに降りてくるものだって言うことで、自分の意思に関係の無い行動をとることは本来当たり前なわけで、仮に望まずに天皇になった人がいたとしたら、「神」という存在による、一個人への『人権侵害』なんじゃないかな、と思ってしまったわけで…。(洗脳しているような感じでしょうか。その人の意識を、行動を自由自在に操るという…。)

私は、無神論者でもあるので、神っていう集合意識みたいなものも、害悪になるなら裁くべきだと思ったりします。

…きっと、(それまでの教育とかの関係で)無いだろうけど、天皇になりたくない皇族が皇位継承権を持ってて、天皇にされそうになって拒否したらどうなるんでしょうね?
典範にはそのあたりの記述があるんだろうか?
罰則なんかは無いんだろうけどさ。


今まではちょっと違った感情だったけど、少なくとも今は、天皇家に生まれてしまった男の子を、少しかわいそうに思っています。
きっと、今の彼は、ただ単に人間としての生きようとする意識以外持っていないだろうから…。


んで、何が最後に言いたいことは二つ。
乙武さんのブログであの程度しか書かないでも1000コメントを超えるけど、うちじゃあ、そんなことは無いってこと。(涙)

あとは、近い内に生まれるであろう私の子どもが、おそらく将来「後○日早く生まれてきたら○○さまと同じ誕生日だったのにね〜。」などといわれるであろうことが予測されて、言われる前から激しく気分が落ち込んでいるってこと。

うちの子はうちの子、誰と誕生日が同じだろうが関係ないわい。
祝ってくれるなら、素直にその誕生を祝ってほしいもんだ…。と、言われる前から愚痴ってみる。(笑)
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3 コメント

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投稿しながら思ってましたが、 (山さん)
2006-09-09 00:29:56
すいません、読み辛い文章を書いていた気がします。
読みやすい文章を書くこともできたんですが、なんとなくこの方が気持ちが伝わるかなって思って、こうかいてみました。
コンセプトは、「投げやりな態度」です。(笑)
Unknown (ひげたま)
2006-09-09 14:00:14
ちょっと前に自分のblogでも本田由紀のblog閉鎖について触れまして色々な反応がありました。

ただ、正直コメントの煽りについては、どう対応してよいのか考えあぐねています。
少なくないblogで、コメントの許可制や削除、コメント欄自体の閉鎖が多くなってきていますし、その正当性を主張する記事も理解できます。

ただ、そうしていく先に何があるのか、blogが他のメディアと同じになっていく先に何があるのか。

確かに議論は無理なのかもしれません。

じゃあどうしたらいいのか。
自分はblogで何をしたいのか。

そんなことを考えたりしています。
今のところ (山さん)
2006-09-10 14:12:14
>ひげたまさん
私はひたすら、「自分の意見を言ってください、ただ文章の穴を見つけるだけでなく…」といっています。
人と意見を交わらせていく場を機能させるために。

私もブログが議論の場でなく、単なる主張の場になるのでは、はっきり言ってブログである意味が半減すると思うので…。

幸い(不幸?)にして私のブログは過疎ブログなので、対応に追われ辛くなるってことは「ほとんど」無かったので、こんなことが言えているんだとは思うんですが。

その人のブログの規模や心情によって、コメントに対する行動は「変わって仕方が無い」のだと思います。

答えになっているかわかりませんが、今の私は、こういうつもりでいます。

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