後藤和弘のブログ

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「性的マイノリティと基本的人権の問題(2)性的マイノリティは胎児期の遺伝子とホルモンの作用で生まれる」

2017年02月08日 | 日記・エッセイ・コラム
欧米諸国では生まれつきの障碍者は「マイノリティ(少数者)」として保護すべしという思想が定着しているのです。
そして遺伝子的原因による生まれつきの精神障碍者も大切にしているのです。
しかし現在の日本ではこのような考えが定着しているとは言えません。
特に同性婚をしている性的マイノリティの人に対しては厳しく差別し、法律的にも保護されていません。不道徳なことをしているのだから差別するのが当然だと公言する人が多いのです。これは自分の無知を宣伝しているのです。大変間違った考え方なのです。
性的マイノリティの人は実は胎児期の遺伝子とホルモンの作用で生まれるのです。
欧米では医学生理学的にその科学的原因が解明され、人々は差別しなくなったのです。
迷信と因習の闇の世界にある日本では欧米で一般的に信じられている性的マイノリティの科学的理由を信じようとする人があまりにも少ないのです。
健全な夫婦と同じように同性婚をしている人々が欧米では立派な職業について大きな社会的貢献をしています。そのような人々を差別し人権を無視することは非常に間違っているのです。近頃日本でも欧米の考え方をする風潮が見えて来ました。
同性婚をしている私の友人は倫理的に正しい人です。約束は守る。言ったことは実行する。見かけは男性ですが脳が女性なのです。ですから男性としか一緒に暮らせないのです。ある欧米の国に住んでいて普通の結婚と全く同様の法律的保護を受けています。差別されないので幸せに暮らしています。

さて性的マイノリティは何故生まれるのでしょうか?
一番分かり易い例は不妊症の女性が生まれる「ロキタンスキー症候群」について簡略に説明します。
赤子が母の胎内で受胎後に遺伝子とホルモンの作用で性別がはっきりして行きます。女性としての性差が次第に育って行く過程で、異常が発生し子宮がないまま女性として生まれる場合があります。これを「ロキタンスキー症候群」というそうです。
生まれつきの障害者なので、保護して、条件が良ければ母親などの他の女性から子宮を移植するのが当然です。
このようなことは幸せな結婚をしてから分かるのです。
貴女は子宮の無い女性を差別しますか? 虐めますか?
美しい女性で健全な夫婦関係にあるのです。その女性は職場でも尊敬されています。
欧米では母親から子宮を移植するのが普通だそうです。
しかるに日本ではこれから子宮移植の倫理的な議論を始めるというのですからこれも随分と遅れているのです。子宮を移植するのに何故論理的な問題があるのでしょうか? 私は怒りしか感じません。
やっぱり日本は古い因習にとらわれた闇の世界なのです。
子宮の無い女性が生まれる原因は科学的に解明されています。差別すべきでないと誰でも考えています。

さて同性婚をしている私の友人は男性の体に女性の脳を持っている人です。
女性の優しさ、細やかさなどの女性の良さを持っているのです。女性なので国際政治や政治的な問題には一切興味を示しません。
そのような見かけは男で心は女性という人はどのようにして生まれて来るのでしょうか?

欧米では同性婚の場合の税金の控除や遺産相続の権利は正常な男女の結婚と全く同じ法律が適用されているのです。
日本では考えられないことです。
男の体に女性の精神構造が乗る現象は胎児期の遺伝子とホルモンの作用でできる厳粛な自然現象なのです。
性分化の臨界期である胎生期に、分化した脳に男性ホルモンが作用しなかったことによって、脳の思索機能を持っ部位に異常が起き女性型になったという説明が欧米では信じられています。

一般に男女の違いは、精神病の問題ではなく上記のように医学生理学上の差異であって、生命の緻密で微妙な作用の結果なのです。
私には到底この分野の研究の詳細を完全には理解出来ません。しかし科学的に解明されていることは信じています。
専門的な研究論文にご興味のある方は、「脳の性分化」の研究、
http://endocrine.seitai.saitama-u.ac.jp/research_tsukahara1.html もご覧ください。

「おとこおんな」や「おんなおとこ」が生まれつきの少数マイノリティである以上、差別すべきではないと言うのが欧米の社会に定着している考え方なのです。

身体障碍者や性的マイノリティに対する差別は欧米人と日本の意識には大きな相違があるのは事実です。
欧米の宗教的な人は全てのマイノリティは神の創造したものだから大切にしなければならないと考えています。

日本では人権への侵害に対する罪悪感が無いのです。同和問題もその一例です。この種の問題には、国民全体が見て見ぬふりをする日本特有の風土があるのです。つまりまだ村社会が色濃く残っているということでしょう。
確かに、事なかれ主義は官僚機構の特徴でしょう。

このように欧米の良い点を強調して書くと必ず反論があります。「貴方は日本を愛していないのですか? 書き方が自虐的過ぎます」と攻撃し、果ては欧米人の南米植民地の残虐ぶりを書いてくるのです。笑止千万です。日本を愛すからこそ書いているのです。
そして私は怒っているのです。私の友人が日本で受けた残酷な仕打ちに怒っているのです。
この国はマイノリティにとって残酷過ぎる国なのです。

今日の挿し絵代わりの写真は4年前の3月に千葉の白浜に泊まった時、南房総っで撮った花の写真です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)





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