後藤和弘のブログ

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突然ですが、宮沢賢治の「慟哭」という詩とその朗読をお送りします

2011年11月01日 | 日記・エッセイ・コラム

ここ数日、織田美保子遺稿集「風を愛したひと」を読んで悲しい気持ちで過ごしています。そして「推薦したいブログ」の中にある「mika さんのブログ」の宮沢賢治の「無声慟哭」の朗読を思い出しながら考えています。

ガンの全身転移で夫や子供に囲まれながら旅立って行った美保子さんと、結核で弱って旅立って行った賢治の妹さんと重ねて想われるのです。その朗読と詩を下にお送り致します。

=========Mikaさんの朗読ブログ===========

http://koto-dama.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_ad40.html

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『無声慟哭』

こんなにみんなにみまもられながら 
おまへはまだここでくるしまなければならないか
 
ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ
 
また純粋やちいさな徳性のかずをうしなひ
 
わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
 
おまへはじぶんにさだめられたみちを
 
ひとりさびしく往かうとするか
 
信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが
 
あかるくつめたい精進(しやうじん)のみちからかなしくつかれてゐて
 
毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
 
おまへはひとりどこへ行かうとするのだ

     (おら、おかないふうしてらべ)

何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながら 
またわたくしのどんなちいさな表情も
 
けつして見遁さないやうにしながら

おまへはけなげに母に訊()くのだ

     (うんにや ずゐぶん立派だぢやい
      けふはほんとに立派だぢやい)

ほんたうにさうだ 
髪だつていつさうくろいし
 
まるでこどもの苹果の頬だ
 
どうかきれいな頬をして
 
あたらしく天にうまれてくれ

     (それでもからだくさえがべ?)
     (うんにや いつかう)

ほんたうにそんなことはない 
かへつてここはなつののはらの
 
ちいさな白い花の匂でいつぱいだから
 
ただわたくしはそれをいま言へないのだ

     (わたくしは修羅をあるいてゐるのだから)

わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのは 
わたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだ
 
ああそんなに
 
かなしく眼をそらしてはいけない

そして、下に残された夫の織田寧人さんの詩を添えておきます。

「夏が往く」

また夏が往く。

半開きのままの

あじさいの花を散らせて。

夾竹桃の紅い花は、

乳色の毒をその胎内に宿して、

逞しく咲き誇っているというのに。

また夏が往く。

心を灼き尽くさんばかりの

魂の叫びを残して。

墳丘の木漏れ陽の下、

降り注ぐ蝉時雨を浴びて

鎮魂の祈りを捧げているというのに。

白い夢すだれの向こうに、

また秋が来る

===出典:織田美保子遺稿集「風を愛したひと」、208,209ページ===

この詩を織田寧人さんは1984年に書きました。そしてそれ以来、何度も、何度も夏が往き、秋が来たのです。

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