後藤和弘のブログ

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八ヶ岳、白樺湖、霧ヶ峰、蓼科湖への旅

2017年09月15日 | 日記・エッセイ・コラム
秋の晴天の日々を天気予報で調べ、久しぶりに甲斐駒の麓の小屋に行きました。その後は八ヶ岳の大泉高原、清里の清泉寮、野辺山に遊び夜は何時もの八ヶ岳ロイヤルホテルに泊まりました。
翌日も秋の青空に太陽が輝いています。大泉のホテルから八ヶ岳高原ラインを小淵沢に下り、中央高速で茅野・諏訪湖まで走りました。後は大門街道とビーナスラインで白樺湖、蓼科山、車山、そして霧ヶ峰までの雄大な風景を楽しみます。
やはり自然の風景にまさるものはものは無いと感動したので帰路も樹林の中を走ることにしました。樹林の続く北八ヶ岳の麓を根気よく走り蓼科温泉に出ました。蓼科湖の湖畔を散歩して帰って来ました。
帰りは中央高速の茅野・諏訪湖インターから入り一路、府中出口まで帰って来ました。
天気に恵まれたので風景写真が良く撮れと思います。写真をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。

1番目の写真は甲斐駒の麓の小屋です。1975年に作ってから42年間、楽しんだ小屋です。今回は家内が持参した長靴を履いて、小屋の前を流れる小川の中に入り、川床の清掃をしました。

2番目の写真は大泉高原から間近かに見た八ヶ岳の峰々です。

3番目の写真は清里の清泉寮の前の牧場で遊ぶ子供達の風景です。この清泉寮の建設や清里の開拓はアメリカ人宣教師のポール・ラッシュによって行われました。清里は山間高冷地で米作に適さなかったのですが酪農、西洋野菜の栽培促進による開拓支援を行ったのです。
ポール・ラッシュはインディアナ州で生まれました、。1923年の関東大震災後の日本のキリスト教青年会拠点を立て直すために1925年に来日しました。清泉寮の奥には彼の記念館があります。

4番目の写真は八ヶ岳の西側にある白樺湖です。八ヶ岳を下りて茅野市から大門街道とビーナスラインを登った高原にある美しい湖です。

5番目の写真は白樺湖の背後にある蓼科山です。伊藤左千夫が、「信濃には 八十の群山(やそのむらやま)あると言へど 女神山(めのかみやま)の蓼科われは」と詠んだように優しい形の山です。40年ほど前に家内と登ったのを思い出しました。

6番目の写真は霧ヶ峰です。このようになだらかな形をした草山が幾つも並んで広がっています。この辺を車山高原や霧ヶ峰高原とい言います。

7番目の写真は蓼科湖です。昔、蓼科温泉の「滝の湯」という旅館に家族と泊まったころと同じに静かな高原の湖の風景は寸分変わっていません。
このように蓼科湖をはじめ白樺湖、蓼科山、車山、そして霧ヶ峰などの風景は時が止まったように何十年たっても変わらないのです。
そして八ヶ岳の大泉高原、清里の清泉寮、野辺山などの風景も何十年も経過しても変わりません。都会の風景はどんどん変わりますが大自然は変わらないのです。
何故か悠然とした気分です。
紅葉で霧ヶ峰や車山の草の丘やナナカマドが美しく輝くころまた行くことにしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたしす。後藤和弘(藤山杜人)
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