後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
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80歳になると趣味が無くなり、一つだけ残った

2016年11月26日 | 日記・エッセイ・コラム
誰でもそうでしょうが老化すると体力が無くなります。すると体力がないと出来ない趣味は続けられなくなります。
その上、知的な能力も次第に衰え、難しい本を読み続ける根気も無くなりがちです。
この状態を「あの人は枯れてきて立派だ」と褒める人もいます。
本人は達観の境地だ、いや諦観の境地だと言いながら、心静かに日々の流れに身を任せます。

しかし若い人から見れば趣味の数も減り、あまり読書もしない老境は悲しいものと映るようです。
若い頃、私も老境は悲しい時期に違いないと考えていました。

体力が無くなったので25年続けて来たヨットの趣味を75歳ですっぱり止めました。
近くの高尾山や旧甲州街道の小仏峠に何度も登る趣味も去年で止めました。
自転車で遠方に行く趣味も十年前に出来なくなりました。
難しい本を読み続ける趣味も消えて久しいものです。
止めてしまった幾つもの趣味には未練はありません。楽しい思い出が沢山残りました。

馬齢を重ね、80歳になって気がついてみると私の趣味はたった一つだけになってしまったのです。
たった一つの趣味とは山林の中の小屋へ行って、ただ周囲の自然の風景を眺めることです。
四季折々、何時行ってもその風景を眺めて時を過ごします。気持ちが豊かになります。この世の憂いも忘れます。とても幸せな気分になります。
これを趣味と言えるか疑問ですが、私は残されたただ一つの趣味だと思っています。
先週もその小屋の周囲の紅葉を眺めて時を過ごしてきました。写真をお送りしましょう。

1番目の写真は松林の向こうに黄葉した雑木林を写した写真です。この光景を私は好きなのです。
四季折々、暗い松林の幹の向こうに明るく陽の射した雑木林が見えるのです。それを眺めて時を過ごします。

2番目の写真は冬に薪拾いをする雑木林です。美しい紅葉もすっかり落葉すると林の中が明るくなります。枯れ枝が沢山落ちていて薪拾いが楽しく出来ます。

3番目の写真は小屋の窓からみた紅葉です。小川が流れています。その向こうは斜面になっていて岡の上に登る小道が作ってあります。昔、この急坂を子供や孫たちが登っていた姿を思い出して笑みが湧いてきます。「イノチガケ」と小学生の孫が名づけました。

4番目の写真は実にシンプルな薪ストーブです。非常に簡単な構造ですが薪がすぐに燃え上がり、室内が急速に温まるのです。薄い鉄板で出来ていますが10年以上の寿命があります。

5番目の写真は粗末な小屋の写真です。質素な小屋だけに泊まると苦労が多いのです。
水道が無いので小川の水を使います。小川の有難味が身に沁みます。そんなことが楽しかったのです。この小屋の光景は42年間変わっていません。すこしペンキが剥げかかっているだけで。
この白い小屋が周囲の紅葉の風景を一層引き立てているようです。

さて一般的に考えてみると趣味は人それぞれです。
若い時の趣味を高齢になっても相変わらず続けている人もいます。

身近にいる家人をつぶさに観察していると趣味は私と随分と違います。流石に茶道の趣味は止めましたが、花を世話をする趣味や読書の趣味は相変わらずです。特に源氏物語や現代文学の読書は熱心に続けています。これには自分の家人ながら感心しています。
もう一つの趣味は広い公園を走る趣味です。今でも広い場所に行くと走り出します。しかし精密に観察していると走る速度が遅くなっています。歩幅も小さくなっています。しかし直立した姿勢だけは昔のままです。家人の自慢は止めます。

さて皆様は年齢とともにどのように趣味が変わっていったでしょうか?お話をお聞かせ頂けたら嬉しく思います。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)


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