後藤和弘のブログ

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純粋な仏教を感じる禅宗の平林寺

2016年12月10日 | 日記・エッセイ・コラム
始めから私事で恐縮ですが、私はお寺の中を散歩するのが大好きです。仏教が好きなのです。
お寺へ行くと必ず山門の前の説明版を丁寧に読みます。その多くは推敲を重ねた文章なので読むと心地良いのです。そしてその寺の謂れ因縁が分かります。
境内を散歩しながら本堂のお本尊さまへ遠くから合掌します。散歩させて頂き有難う御座いますと祈ります。
そして墓地の方を見ます。どのような人のお墓があるかによってそのお寺の仏教に対する考え方がそこはかと分かるのです。
お釈迦様は死んだら遺骨を野に捨てよと言って亡くなりました。お墓を作ってはいけないのです。しかし弱い人間はお墓を作ってしまいます。
その墓の作り方や保存の仕方でお寺の仏教に対する精神が分かるのです。
有名な権力者のお墓が沢山あるお寺はいけません。無名の人々の無縁仏の墓を大切にしているお寺が大好きです。お釈迦さまの無限の慈悲の心が感じられて幸せな気分になります。
そのようなお寺に昨日も行ってきました。
平林寺という禅宗の臨済宗のお寺です。
早速昨日撮って来たお墓の写真を示します。

1番目の写真は修行なかばにして死んでしまった禅僧のお墓です。このお寺は南北朝の頃に創建され江戸時代には川越城主の松平家のお寺として栄えました。ですから立派な松平家の代々のお墓が並んだ墓地もあります。
そしてお寺の右奥には歴代住職のお墓が並んだ墓地もあります。

しかしそれとは別にこのお寺で病没した禅僧たちのお墓が丁寧に保存されているのです。
彼等の子孫は何処に行ったか分かりせん。無縁墓です。しかし現在でも線香を上げる台が新しく作ってあります。

2番目の写真はおもに江戸時代の無縁仏です。

3番目の写真も江戸時代のお墓です。
この2つの写真を見ると江戸時代でも金持のお墓は立派で貧乏な人のお墓は小さな石です。
そして平林寺では江戸時代にお墓を建てた位置を動かさないでそのままにしているようです。墓石が傾いてても自然のままにしています。
この無縁墓の写真の奥の方に立派な現代のお墓が出来ているのが見えます。多分、古いお墓の子孫が同じ場所に立て直したようです。
平林寺の右奥には新しいお墓が並んだ檀家専用の立派な墓地があります。そことは随分と離れた無縁仏の墓地に新しいお墓があるのです。
何かいろいろと考えさせられます
こうした修行なかばにして死んでしまった禅僧のお墓や江戸時代の無縁仏のお墓は公開されています。
多くの人々が名残りの紅葉を求めて無縁墓の脇を急ぎ足で通り過ぎていきます。
でも数は少ないのですが何人かの人はこの無縁仏の墓地に入って来ます。そして頭を少し垂れながら静かに歩いています。
お釈迦さまのお慈悲が全ての無縁の人々にありますようにと祈っているのかも知れません。

このお寺ではより純粋な仏教を感じます。お釈迦さまを身近に感じます。
総門を入って山門をくぐると古めかしい茅葺きの仏殿があります。そのご本尊様は釈迦如来坐像です。南北朝時代の開基以来の本尊です。
そして仏殿の奥にある本堂のご本尊も釈迦如来坐像です。お寺の本尊はよく大日如来や薬師如来や弘法大師だったりしますが平林寺ではあくまでもお釈迦様なのです。
そして本堂の左奥の僧堂では座禅をする修行僧の姿が絶えません。

平林寺は関東で随一の禅宗の修行道場なのです。本山は京都の正法山、妙心寺です。臨済宗の妙法寺派のお寺です。
昨日、家内と一緒に散策した平林寺をご紹介いたしました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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