後藤和弘のブログ

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天皇、皇后も訪れた日本一の長寿村・山梨県の棡原村に遊ぶ

2017年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム
皆様は山梨県の棡原村(ゆずりはらむら)という名前をご存じでしょうか?ここはかつて日本一の長寿村として名を馳せていました。
この村は1950年に上野原町に合併されてしまいますが、棡原地区には現在でも『ふるさと長寿館』があり観光客で賑わっています。
この『ふるさと長寿館』へは今上天皇と美智子皇后が平成8年4月25日にご訪問されました。
そのこともあって多くの人々が長寿を願って、『ふるさと長寿館』の健康的な山の農作物を中心にした食事をしに訪れています。
昨日は皐月晴れです。上野原町の中心地から山道を根気良く車で走り訪れました。

1番目の写真は平成8年4月25日に訪問なさった天皇さまと皇后さまのお写真です。
この『ふるさと長寿館』には山ウドやタラノ芽、セリや山菜を売っているので時々行きます。
山の斜面にわずかの畑があり主食にする小麦やジャガイモを栽培しています。山菜や野菜類も作っています。
水田が無いので昔は米を食べなかったのです。それでも長寿の老人が多かったので「長寿村」と言い出す学者や医者がいました。
菜食主義者が熱心にこの『ふるさと長寿館』を支援したようです。
私は特に菜食主義者でもありませんが棡原地区の自然が美しいので時々行きます。山梨県の上野原町から山道を登り、『ふるさと長寿館』で一休みします。その後は山道をさらに登って「甲武トンネル」をくぐって東京都の檜原村に抜けます。
このドライブコースは美しい緑の森が続き、その森には草花やアヤメが咲き、見上げると野生の桐の花や朴木の花が咲いています。

2番目の写真は休耕の畑に咲いていた花です。

3番目の写真は同じような休耕の畑に咲いていたアヤメです。

4番目の写真は山の中にあった桐の大木の花です。

5番目の写真はかなり登ったところに咲いていた朴(ホウ)の木に咲いていた花です。

さて何故、山梨県の棡原村(ゆずりはらむら)は日本一の長寿の村と言われたのでしょうか?
平成29年5月1日現在の棡原地区には65歳以上の高齢者が460人住んでいます。これは棡原地区の人口の46.4%にあたります。
従って棡原地区の平均年齢は60歳以上になります。ですから長寿村と言うのです。
しかし若者が皆都会に出ていった過疎村は全国に沢山あります。
過疎村の平均年齢は高いのは当然です。
それなのに何故、日本一の長寿村と言われたのでしょうか?
理由は過疎とか高齢者とか平均年齢などという概念がまだ普及してなかった時代に「日本一の長寿村」と言い出したからです。独創的な発想でした。
かつての日本一の長寿村・山梨県棡原村で医師をしていた古守豊甫先生が言い出したようです。
その言葉は、『 人の寿命は 食べた野菜の量に比例する! 』という情緒的なスロ-ガンでした。科学的根拠などありません。
棡原地区の人々は山の畑で採れるイモ類、主にジャガイモと里芋や 雑穀類、野菜類、豆腐、納豆、味噌などばかり食べ、 時々川魚を食べていました。
このような食生活で本当に長生き出来るのでしょうか?
まあ科学的な詮索は止めましょう。
兎に角、野菜をたくさん食べましょう。野菜は間違いなく健康に良いのです。その上野菜をたくさん食べると人は優しい気分になるようです。

今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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