後藤和弘のブログ

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古民家の趣味への憧れ、そして今は亡き恩人の思い出

2017年06月14日 | 日記・エッセイ・コラム
一生の間に一度はしてみたいという趣味があります。しかし81歳の老境に至った現在は儚い夢として終わりそうです。
その趣味は田園地帯に古い民家を丁寧に復元して住んでみるという趣味です。それを別荘のようにして四季折々数日泊りに行くような趣味です。
もう随分昔のことですが、そのような趣味を持っていたスウェーデンの人にその古民家に招待され泊まったことがありました。
私をストックホルム王立工科大学の集中講義に招待してくれたエケトルプ先生が古民家を復元する趣味を持っていたのです。
驚いたことに先生は中世のスウェーデンの古民家の構造を詳しく調べ、忠実に復元していました。
ストックホルムの郊外のプラタナスの大樹の下に、藁葺と白壁の中世風の農家を復元して住んでいるのです。
昔の農家の設計図を探し出し、忠実に再現した古民家です。
家の再現で苦労したのは釘を一本も使わないで造ることだったと言います。内装はすべて白っぽい北国の板材、柱は太い丸太の表面を磨いたもの。屋根は意外にもそんなに厚くない麦藁葺。年間雨量の少ない乾燥した北国なので、日本の合掌造りの屋根のように急斜面で部厚くはないのです。
建坪50坪ぐらいで、大きな室内は、寝室、食堂、炊事場、風呂場、トイレを北欧の材木で区切り、ドアもすべて同じ板材です。木製の蝶番(ちょうつがい)と閂(かんぬき)が付いています。
一番の特徴は一階の右半分を使用した炊事場兼食堂。部屋の真ん中に石造りの大きな竃(かまど)があり、その上には分厚い鉄板が乗せてあります。炊事の時にはその鉄板の上に鍋を三、四個置き、薪で煮炊きをするのです。深い鉄鍋を逆さに伏せればオーブンにもなります。
大きな石組みの煙突が家の中心を貫き、その余熱で二階の寝室の暖房にするのです。
寝室には電気が無く、灯りはローソクです。
昔のスウェーデンの農家との違いは炊事場と食堂に電燈と冷蔵庫があるだけでした。テレビはありませんでした。
木の香を楽しみ、夕食後は石の竃(かまど)の前に座り、コケモモでピンクに色づけしたスウェーデンの蒸留酒を飲みます。古い農家を再現するときの苦労話を聞きながらその強い酒を少しずつ飲みます。
夜が更ければ寝室へ引き揚げます。窓の外には白夜の牧草地が薄暗く広がっていて、遠くに馬の親子が立っているのがぼんやり見えます。このような白夜の風景が珍しく、いつまでも外を眺めていたものでした。
当時はデジカメがありませんでした。写真も撮りませんでした。そこで昔泊めて貰ったあのスウェーデンの古民家に似た画像をいろいろ探しました。似ている古民家の写真を見つけましたので下にお送りいたします。

1番目の写真はスウェーデンの古民家です。
写真の出典は、http://fuucaarchi.exblog.jp/tags/%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3/ です。1番目の写真の古民家では外壁が板壁になっていますが、私が泊まった家は窓から上の部分は白い土壁でした。屋根は藁葺でした。

2番目の写真はスウェーデンの古民家の室内の様子です。
写真の出典は、http://hanatomo31.exblog.jp/16424403 です。

日本でも古民家を復元して住んでいる人がいます。羨ましい趣味です。私はこの趣味に憧れていましたが、儚い夢として終わりそうです。
スウェーデンで古民家に招待してくれたエケトルプ先生には公私ともに大変お世話になりました。その恩人も亡くなって随分年月が経ちました。亡くなったとき花束を贈っただけでした。
日本のテレビでは時々古民家を復元して住んでいる人を紹介する番組があります。それ見るたびにスウェーデンの古民家に泊めてくれたエケトルプ先生をしみじみ懐かしく思い出します。お元気だったころのお顔や姿が思い出されるのです。


ついでにもう一つの思い出も書かせて下さい。
これも昔のことですが、1989年、オハイオ州コロンバスの郊外にサラブレットを八頭も飼っている中年女性に会ったことがありました。
彼女は当時私が研究をしていた大学で計測器の操作を担当していた技術者でした。
毎年夏の終わりごろ、職場の教授、学生を家族連れで彼女の馬小屋前のバーベキューパーテイーに招待してくれるのです。
子供も大人もおとなしいサラブレットに乗れるので人気があるパーティです。
馬小屋の内部には、中心の通路に向かい八頭の馬の個室があります。
そして通路の先は百坪ぐらいの屋内乗馬スペースになっています。冬でも馬に乗れるようになっているのです。
女性用の乗馬服に身を固めた飼い主が客の座っているテーブルを回りながら談笑します。私のテーブルにも回って来ました。
私が、「8頭とも姿が素晴らしい。馬を飼うとは良い趣味ですね」と言いました。
彼女は「とてもお金がかかるのですよ」と答えます。そして続けて言ったのです。「幸い、いや不幸と言うべきか、5年前の離婚の時、大きな慰謝料を貰ったのです。それで少女時代からの夢であった馬を飼うことにしたのです」と。何か少し淋しそうです。
「いつまでも続けるのですか?」「学科主任に契約は延長しないと言われたので、来年は馬も手放してコロンバスから出ていきます。仕事も面白かったし、念願の馬も八頭も飼えたし、この土地には楽しい思い出だけです」「お元気で引越しをなさってください」「有難うございます。またいつか会えるでしょう」
それ以来、彼女に会うことはない。消えてしまった人です。しかし、馬を見る度に彼女の輝く、そして少し淋しそうな顔を思い出します。何故か人生の儚さを感じる思い出です。
馬を飼う趣味は日本にもあります。
木曾の御岳山の中腹で日本古来の木曽駒を飼っているのを見たこともあります。そこで、その写真を下に示します。

写真の出典は、http://ameblo.jp/rv9084/entry-10717580893.html です。


話は変わりますが、家内は大学時代に乗馬クラブにいたので、その影響で私も馬が好きになりました。九州の野生馬や北海道の道産馬も見に行ったことがあります。九州の「都井岬」には、江戸時代の高鍋藩の藩営牧場があり、100頭ほどの「御崎馬」が野生化して自然の中に棲んでいます。
そして木曽駒は5、6回も見に行きました。ここの感動的なことは広い牧場を数頭の木曽駒が何時も走り回って、遊んでいることです。馬が遊びで疾駆している光景は感動的な光景です。厩舎に入って馬にも触れますし、乗馬もできます。家内が乗馬を楽しんでいました。
それも随分と昔になったものです。
馬を飼うという趣味もこの世の儚い夢として終りそうです。

このような古民家に住む趣味と馬を飼う趣味は出来ませんでしたが、心残りはありません。そのような趣味があることを知っただけでも幸せでした。さて皆様はどのような趣味をし残したでしょうか?お聞かせくだされば幸せです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)
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