後藤和弘のブログ

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山々の葉が色づく季節が待たれます

2016年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム



この季節になると毎日、毎日、紅葉黄葉の風景に憧れるようになります。
東京の郊外に住んでいるので雑木林が多いのですが一向に紅葉する気配がありません。この近辺では11月の終りにならないと紅葉しないのです。
皆様のお住まいの所の紅葉の時期は何時頃でしょうか?
北海道や東北の山々は文字通り錦織りなす絢爛とした紅葉に覆われていることでしょう。
そんな風景が待遠しいので2010年の11月に撮った紅葉の写真を朝から眺めて楽しんでいます。
ここに示す紅葉の風景は山梨県の甲斐駒岳の山麓にある自分の小屋の付近で撮った写真です。
そして毎年、紅葉の風景を見ると、高校時代に習った漢詩を思い出します。紅葉を焚いて酒を温めるという白居易の漢詩です。
毎年この時期になると何故か決まって思い出すのです。

唐の詩人、白居易が昔遊んだ仙遊寺の林で紅葉を焚いて酒を温めたことを回想する漢詩です。
もう自分は遠方の仙遊寺の林へは行く事も無い。しかしそこへ帰って行く君が羨ましい。そんな内容の詩です。
この句は皆様も高校時代に習ったことがあると思います。平家物語にも出て来てよく知られている漢詩です。

寄題送王十八帰山仙遊寺   白居易

曽於太白峰前住
数到仙遊寺裏来
黒水澄時潭底出
白雲破処洞門開
林間煖酒焼紅葉
石上題詩掃緑苔
惆悵旧遊復無到
菊花時節羨君廻

その昔、私が太白峰の麓に住んでいた頃はよく仙遊寺へ出かけたものだ。
水が澄む秋の季節には、川淵の底まで透けて見え、白雲が切れた辺りに
仙遊寺の山門があった。また仙遊寺の林間では散り落ちた紅葉を焚いて
酒を煖めたり、緑苔を払った石の上に詩を書いたりしたものだ。
ああ残念ながら、昔遊んだあの地に私はもう二度とは行くことはないだろう。
菊の花の咲くこの季節に、そこに帰っていく君が羨ましいよ。
(以上の訳の出典は、以上の出典:http://plaza.rakuten.co.jp/1492colon/diary/200812110000/ です)

ついでに語句の解説も示しておきます。
・王十八・・・・排行(兄弟・従兄弟の順の十八番目)、の意。
・寄題・・・・・その場所から離れている地で詠ずる、の意。
・太白峰・・・・都長安の県城南方20kmにある秦嶺山脈の主峰のひとつ。
                海抜3767m、李白の「太白峰に登る」で有名。
・仙遊寺・・・・唐の都、長安の郊外にあった寺。
・黒水・・・・・秋の川の水、の意。
・曾遊の地・・・以前に遊んだ土地。
・潭・・・・・・川の淵、の意。
・惆悵・・・・・恨み嘆く、の意。

嗚呼、紅葉が待遠しいです。山に行って落ち葉を掃き集めて焚火を楽しみたいです。
でも焚火禁止の場所が多いので、自分の小屋の中の薪ストーブで落葉を焚きます。煙突から出る煙の良い香りが林間に漂います。
その雑木林も写真に示すように黄葉しているのです。
そんなことを思い出す今日この頃です。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)




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