後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
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男はどのような女性と結婚したら幸せになれるか?、旧約聖書によると、

2017年11月19日 | 日記・エッセイ・コラム
今から2500年位も前から旧約聖書は書かれてきました。
その始めは創世記です。こんなことが書いてあります。
「はじめに神は天と地とを創造された。 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。・・・以下省略 」

教会のミサでは旧約聖書と使徒行録と福音書の一部を朗読します。
今日の旧約聖書の朗読の部分は箴言の第 31 章からの抜粋でした。
その内容が男はどのような女性と結婚したら幸せになれか?という現在でも大切な問題を取り上げているので面白かったです。そこで以下に箴言の第 31 章からの抜粋を示します。

だれが賢い妻を見つけることができるか、彼女は宝石よりもすぐれて尊い。
その夫の心は彼女を信頼して、収益に欠けることはない。
彼女は生きながらえている間、その夫のために良いことをして、悪いことをしない。
彼女は羊の毛や亜麻を求めて、手ずから望みのように、それを仕上げる。
また商人の舟のように、遠い国から食糧を運んでくる。
彼女はまだ夜のあけぬうちに起きて、その家の者の食べ物を備え、その女たちに日用の分を与える。
あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまである、しかし主を恐れる女はほめたたえられる。

現在これから結婚しようとする男性が妻にする女性を選ぶ時、重要なことが書いてあるのです。
あでやかさは偽りであり、美しさはつかのまであるから女性の心と能力を見て判断しなさいと教えているのです。賢い女性はよく家族のために働き、その夫のために良いことをして、悪いことをしないから夫を生涯幸せにするのです。
現在の多くの男性はこのようなことは百も承知しています。しかしどうしても女性のあでやかさや美しさに惑わされるのです。
箴言の第 31 章にわざわざ書いてあるのは、当時のユダヤの男性も女性のあでやかさや美しさに惑わされていたことを暗示しています。
当時は一旦結婚すると離婚は出来ませんでした。
現在はキリスト教徒でも離婚をします。
カトリックでは離婚は原則的には禁止ですが、現実には離婚も多いのが実態です。
しかし夫婦はお互いに我慢して添い遂げることも幸せになる知恵かも知れません。
しかし離婚によって幸せになれるなら、それも仕方がありません。この場合でも子供の幸せも深く考えるべきです。難しい問題です。正解の無い問題です。そんなことを考えながら、国立市の青柳北緑地の紅葉の写真を撮って来ました。









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人生と旅(2)アメリカの大学の壮大さに吃驚

2017年11月19日 | 日記・エッセイ・コラム
今日はアメリカに行けるようにしてくれたフルブライト制度への感謝を書こうと思っていました。生活費を出してくれたセント・ピエール先生への感謝を書こうと思っていました。
しかしそれは次回にして今日はオハイオ州立大学の規模があまりにも壮大な事実を書いてみようと思います。
写真にしたがってご紹介しますが、写真には写っていない施設をまず2つほど書きます。
それは大学専用の飛行場を持っていることです。そして大学の教職員と学生が格安で使える18ホールのコースを2つ揃えたゴルフ場を持っていることです。
その広さは日本の大学と比べようもありません。
アメリカ全土には、同じように壮大な規模の大学が数十あると聞いて、私は度肝を抜かれました。そうしてこんなにも豊かな国と戦争をした日本民族の愚かさをしみじみ想ったのです。
国力の差で戦争に負けたとさんざん聞いていましたが、その差があまりに大きいことに愕然としたのです。
はるばる遠いオハイオ州まで旅をして日米の国力の決定的な相違を始めて知ったのです。
それはさておきオハイオ州立大学の風景を写真に従ってご紹介します。

1番目の写真は大学構内にある散歩道とミラーレイクという池の写真です。アメリカの大学は広大な公園の中に建物を建てています。
その様子は街の中の古い建物をそのまま校舎として使っているヨーロッパの大学とは大いに違います。

2番目の写真は校地の中央にある芝生の広場とそれを囲む建物群の写真です。このような広い芝生の広場がもう一つありました。芝生の中に交差している通路は学生たちが芝生を踏まないように舗装した通路です。

3番目の写真は数万人を収容する巨大なスタジアムです。写真の下方に写っている自動車と比較してみるとスタジアムの巨大さが分かります。
この大学はアメリカン・フットボールが強いので有名なので、スタジアムも立派なのです。試合のある時は入場券が売れすぎて入手が困難なのです。私はフルブライト留学生だったので地元の新聞社、コロンバス・デスパッチ社がすぐに招待してくれたお陰で観戦することが出来ました。いずれ書きたいと思いますが、アメリカでは、いろいろな国の政策に民間会社や個人が寄付して協力する社会なのです。

4番目の写真は私達が使っていた3階建てのロードホールという建物です。この写真では右のほうに玄関がありますが、その右の1階には、私が作った実験措置が置いてあった部屋があり、2階には講義室がありました。
夜遅くまで実験をしているとメキシコ人の掃除人が掃除をしに回ってきます。人気のないガランとした建物ですので、すぐに仲良くなりました。当時は人種差別が厳しく大学には黒人がいませんでした。掃除人はメキシコ人と決まっていたようです。
ある時、彼が深刻な顔をして私に話しかけました。構内は厳格に禁酒なので、間違っても缶ビールの空き缶を捨てないようにと注意したのです。空き缶を見つけると大学当局に報告する決まりになっていると言うのです。
後年、ドイツの研究所でも働きましたが、ドイツでは実験室に必ず冷蔵庫があり常にビールを飲みながら実験をしているのです。外国に旅をするといろいろな国の違いも大きいことに驚きます。

5番目の写真はこの大学の金属工学科の入っている主な建物です。玄関を入ってすぐ右に学科主任のフォンタナ教授の部屋があります。
イタリア系の人でいシシリー島のギャングの親玉の風貌をしていました。とても優しい性格の教授で、彼の講義は分かり易く、その上試験に出す問題の内容をほぼ教えてくれるので学生に人気がありました。
この写真に写っている建物はフォンタナ教授の寄付で作ったのです。そのせいで現在でも「フォンタナ実験室棟」という名前になっています。
そして学科主任の秘書はヘレンという面倒見の良い上品な女性でした。学科主任にアポ無しで何時行ってもニコニコしてすぐに学科主任に会わせてくれたのです。彼女はその後、代々行った日本人留学生も親切に面倒をみてくれました。ヘレンが引退したとき、日本に観光旅行に来ました。帝国ホテルの泊まったのでそこに昔世話になった日本人留学生が集まり歓迎会をしました。
もっともっと書きたいことがありますが長くなるので、この辺で止めます。

茫々、あれから50数年です。親切に接してくれた全ての人に感謝の気持ちがいっぱいです。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

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