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書評『世界はなぜ「ある」のか?』

2017年08月05日 | 作品・作家評

刹那滅の話(直前の記事)をしたついでに、存在論の書、しかも読みやすくてお勧めの書を紹介したい。

ジム・ホルト著(寺町朋子訳)『世界はなぜ「ある」のか?』—実存をめぐる科学・哲学的探究 早川書房

この書はアメリカの哲学者である著者が、17世紀のライプニッツが発した存在論的問い
「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」
に対する回答を求めて、様々な哲学者・科学者と対話していくものである(米、仏、英を渡り歩いて)。
その中には、ノーベル物理学賞をとったワインバーグや、数学者にして理論物理学者のペンローズも含まれている。
欧米人なのでキリスト教神学者とも対話をしている。

本書を読んでいる最中の感想は、「実にエキサイティング」であった。
私は通常、複数の書を同時並行的に読み進めているが(読書中の本が複数あるということ)、この書だけは、とにかく空き時間があれば読みたくて仕方なく、最優先で読み、そして読んでいて楽しく、読み終わるのが残念だった。
そういう本って、面白い小説なら度々あるが、まさか哲学書でそうなるとは…。
それは本書が堅苦しい学術書の体裁ではなく、記述(著者の思考)がノンフィクション的生々しさ・具体性に満ちているからである。

本書はタイトルにあるように、存在を「世界」側から問う。
だから、当然物理学的この世界が視野に入り、現代物理学における宇宙の開闢(ビッグバン)が問題になり、そこでは多元的宇宙やひも理論も登場し、量子論的回答に導かれる。
この回答と「無」の数学的、物理学的定義に達する中盤部分は、本書のひとつのヤマ場ともいえる。
ただし、これで終らず、あとがきによれば、結果的に83通りもの回答が出現する。

哲学的問いが真の問いとなるには、自らが暗黙の前提としている、すなわち回答を事前に用意している部分を最小にしなくてはならない。
なので、本書は「何もないことが単純で自然なデフォルト状態だ」(あとがきの表現)という前提に気づき、存在だけでなく「無」とは何かも問題にする。

やがて存在を「自己」側から問う視点(実存論)に切り替わるのは、上の探究の結果だけでなく、身近におきた死の経験からでもある(その描写には心打たれた)。
その過程で紹介される「死への恐怖」を誤魔化すことなく語る現代哲学者がいることにホッとした。
私自身、小学校4年頃から、誤魔化しのきかない「自分の死」への絶望的恐怖に襲われてきた(これに共感してくれる友人は一人もいなかった)。

そして、15章も続いた本論のエピローグに登場するのは、90歳の誕生会でのレヴィ=ストロースだった。
あの「自己は存在しない」と豪語した構造主義の泰斗。
氏の誕生会での挨拶が、その「自己」への言及であった点が面白かった。

本書を読み進めていて不満だったのは、ハイデガーの後期存在論(「性起」がキーワード)と仏教的存在論に触れられていない点だった(ショーペンハウアーの仏教的厭世論とブッダの引用はあったが)。
だが、
前者についてはヘーゲルの存在と無の弁証法的解釈がそれにつながっている事が判ったからそれでいい。
後者については、エピローグの後半になってやっと登場した。
そこでは、本書と同じ問いをテーマにしたフランスのテレビの討論番組(このようなハイレベルな番組があることがうらやましい)の中での仏教僧侶の言葉を、最後の回答例として紹介している。
その言葉は、仏教徒にはおなじみの、言ってみれば存在(有)と無との概念的対立を止揚した上位概念である(まさにヘーゲルにつながる)。
もっとも西洋の”有”を前提にした哲学・神学的思考に馴染んできた著者には、それは素直には受け入れがたいものであり(確かに実感的じゃないし)、最後に紹介されたからといって、それが最終解とはみなされない。
ただそれによって次の新たな一歩が始まる予感がする。

本書には、訳者によって、日本語で読める参考文献も紹介されているのがありがたい。
今では文庫本になっているので廉価で手に入る(私は電子書籍版を購入)。
量的に500頁におよぶが、エキサイティングな知的探求の話をそれだけ長く読めるのだから、むしろ喜んでいい。
ただし、実はキリスト教神学者による回答箇所に限り、退屈だったので読み飛ばしたことは正直に述べておく(本書の理解にとってそこは重要でない)。 

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