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既婚女性も振り袖を着ていた?

2016年10月16日 | 作法

都立中央図書館で、江戸城の大奥についての展示があり、
明治になって楊洲周延(ようしゅうちかのぶ)という絵師が元大奥の女性たちから見聞して描いた錦絵「千代田之大奥」があった。
その中で、御台所(将軍の妻)が晴れ着として振り袖を着付けられている絵があった(右図、ネットから引用)
解説にも「振り袖」とあるから間違いではない。
しきたりに最もうるさい江戸城内で作法を間違えるはずがない。
ということは、既婚女性も晴れ着として振り袖を着ていたことになる。

ただしそこに描かれている御台所には眉がある。
彼女に振り袖を着付けている年配女性には眉がない。
このへんが気にはなるが… 

私は江戸時代の風俗には明るくないが、江戸時代中期の故実家・伊勢貞丈の『貞丈雑記』(作法の百科事典)には、振り袖の原型は「脇あけ」という子ども服であると記されている。
それが未婚の若い女性に限定される根拠だと思っていた。

そもそも服装規範は、洋の東西を通じてあてはまる「ドレスダウンの法則」(前時代の平服が次の時代の礼装になる)のように、時代に応じて変化するのが本質だ(”正しい言葉”も同じ)。
服装を変化させる力は、作法の外にあるためだ。
作法は外的要因による変化を追認するにすぎない。
だから、特定の時期の規範を普遍化する発想そのものが、服装規範の法則に反することになる。 

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2 コメント

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御台所の振り袖について (薔薇)
2016-12-12 09:32:22
以前もコメント(小笠原流礼法を習っていた件です)をさせていただいた薔薇です。ずいぶん前に、遠藤幸威著『歴史と史跡をたずねて 和宮』(成美堂出版)に、「御台所は着帯するまでは、いくつになっても振り袖を着ていた」とする記述があったと記憶しています。この情報のソースは書いてありませんでしたが、興味深いお話です。
Unknown (山根)
2016-12-13 01:04:52
薔薇さん、コメントありがとうございます。
御台所は既婚ながら振り袖を着ていたという傍証をいただきました。
服装の規範(作法)が美意識と対立した場合、どうなるかという問題に一般化できます。
作法は価値観の実現であって、作法それ自体が最高価値ではないことを心したいものです。

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