老頭児おじさん奮闘記

老頭児(ロートル)になっても、何事にも興味を持って行動をしているおじさんの奮闘記。

垣根と庭木の剪定

2014年09月21日 | 日記
平成26年9月20日(土)、岳父の家の垣根と庭木の剪定をしてきました。

柘植の垣根
剪定前

剪定後


剪定前

剪定後


剪定前

剪定後


剪定前

剪定後


庭木
剪定前

剪定後


剪定前

剪定後


散髪後のようにさっぱりしました。
気持ちがいいですね。
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高尾山に登ってきました

2014年09月15日 | トレッキング
平成26年9月13日(土)、久方ぶりに高尾山に登ってきました。
飯盛山へ登ってから、近くの山を少しづつ登るようにしようと思っています。
今回は、最近人気急上昇中の「高尾山」です。

高尾山(たかおさん)は、東京都八王子市にある標高599mの山である。東京都心から近く、年間を通して多くの観光客や登山者が訪れる。古くから修験道の霊山とされた。
関東山地の東縁に位置する山のひとつ。明治の森高尾国定公園に指定されており、キャンプやバーベキューなど、また、植物の採取、鳥類の捕獲も禁止されている。
中腹には、数多くの建物や文化財を有する高尾山薬王院の他、サル園・野草園や標高500mからの夜景を楽しめる高尾山ビアマウント(夏季限定)等がある。山頂には、展望台や高尾ビジターセンターがある。長さ1,697kmの東海自然歩道の起点でもある。また明治以降、高尾山薬王院の参拝客に元気をつけてもらおうと振る舞ったのが始まりのとろろそばは高尾山の名物であり、ふもとから山頂に点在する各店がそれぞれメニューを提供している。
暖温帯系の照葉樹林帯(カシなどの常緑広葉樹)と冷温帯系の落葉広葉樹林(ブナ・イヌブナ・ナラ・ホオノキなど)・中間温帯林(モミ・ツガなどの針葉樹林)の境界に位置するため植生が豊かであり、しかも都市部に近い割には比較的よく保たれている。
高尾山は、東京近郊の行楽地として有名であるが、元来は修験道の霊場であり、真言宗智山派大本山高尾山薬王院有喜寺の寺域となっている。高尾山という名前から真言密教の聖地の一つ・京都高雄山神護寺に見立てられたこともあり、天然の森林が守られてきた。中世には、八王子城(慈護寺城)主北条氏康・北条氏照親子がこの山を保護し、氏照による「本山の竹木の伐採を禁じる」という制札が薬王院に残されている。江戸時代にも幕府直轄領となり八王子代官・大久保長安が山林保護政策をとり、その書状が同じく薬王院に残されている。その後も帝室御料林、国有林と常に保護されてきた。明治以降、牧野富太郎をはじめ、多くの研究者により高尾山が最初の発見地として新しい植物が発表された。
山頂から東側は八王子市や相模原市などを中心とした関東平野の街並や、筑波山、房総半島、江の島まで眺めることができる。また西側は丹沢山地や富士山を見渡せる。冬至の前後数日間には、富士山の真上に太陽が沈むダイヤモンド富士を見ることができる。また八王子八十八景にも選ばれている。また、高尾山には古くから天狗が存在しているとの伝説もある。


稲荷山コースに挑戦です。
先ずは、お稲荷さんに無事を祈願して登り始めましたよ。


登り始めてすぐの登り坂です。


途中の休憩所です。

休憩所からの景色です。
新宿、池袋方面もよく見えていました。


以前にはなかった木道も出来ていました。


途中の花々紹介。
山アジサイ

ホトトギス









案内図です。


山頂です。


帰路は、薬王院を参拝して下山することとしました。

高尾山薬王院(たかおさんやくおういん)は、東京都八王子市の高尾山にある寺院。真言宗智山派の関東三大本山のひとつである。 正式な寺名は高尾山薬王院有喜寺だが、一般には単に「高尾山」あるいは「高尾山薬王院」と呼ばれる。薬王院と参道のスギ並木は八王子八十八景に選ばれている。











花を愛でながらのんびりと下山しました。
1号路は大勢の登山客・観光客で大変賑わっていました。
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山陰山陽の旅(第7日目)

2014年09月14日 | 旅行
平成26年9が地9日(火)、山陰山陽の旅7日目いよいよ最終日です。
1週間は長いかなと最初は感じていましたが、過ぎてしまえば短く感じます。

さて、最終日の今日は「天橋立」観光です。

途中「あさいち城崎」と言う市場で珍しい烏賊を見ました。
「赤烏賊」と言うそうです。写真の大きいのは10.3Kgあるそうで、値段は12,000円とのことでした。


天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる砂州である。日本三景の一つです。
天橋立は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔て、全長3.6キロメートル及ぶ湾口砂州とされる。形成についての詳細には諸説ある。2万年前に宮津湾が完全陸地化して後、約7~8千年前に氷河期が終わって海面上昇が落ち着くなか当初水中堆積で発達が始まり、縄文時代の後氷期(完新世、約6千年前)に急速に成長し、2~3千年前に地震により大量に流出した土砂により海上に姿をみせ、有史時代に現在の姿にまで成長したとされる 。 砂嘴の幅は20メートルから最長170メートルに達し公路となっている。宮津湾の西側沿岸流により砂礫が海流によって運ばれ、天橋立西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかることにより、海中にほぼ真っ直ぐに砂礫が堆積して形成されたとされている。日本では、外洋に面さない湾内の砂州としては唯一のものであり、白砂青松を具現するかのごとく一帯には約8,000本の松林が生え、東側には白い砂浜が広がる。風土記(丹後国風土記逸文)では、伊射奈芸命(いざなぎのみこと)が天に通うために梯子を作って立てたため「天の橋立」といったが、大神が寝ている間に倒れて現在の姿になったとされる。



股覗きをしています。


今夏感じに見えますよ。


見晴らし台からリフトで麓へおります。眼下に天橋立が見えて気持ちの良い景色でした。


天橋立を後に一路、京都へ向かいました。
京都からは新幹線で帰京しました。
総勢14名という、こじんまりとしたツアーで楽しい7日間を過ごしてきました。
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山陰山陽の旅(第6日目)

2014年09月14日 | 旅行
平成26年9月8日(月)、「ぐるっと周遊山陰山陽7日間」の旅6日目です。

湖上の露天風呂を満喫した「はわい温泉」を後にして鳥取砂丘に向かいました。

鳥取砂丘(とっとりさきゅう)は、鳥取県鳥取市の日本海海岸に広がる広大な砂礫地で、代表的な海岸砂丘。日本三大砂丘の1つである。山陰海岸国立公園の特別保護地区に指定されており、南北2.4km、東西16kmに広がる日本最大の観光可能な砂丘である。(一般に立ち入れない物も含めると、日本最大の砂丘は青森県の猿ヶ森砂丘)。
1955年(昭和30年)に国の天然記念物に指定された。2007年(平成19年)には日本の地質百選に選定された。

早速、「砂の美術館」を見学「砂で世界旅行・ロシア編」が開催されていました。
思っていた以上の大きさと迫力と精緻さでした。
大きな枠に砂と水を入れ空気を抜き突き固めた枠を外し、それを削って作品を作るそうです。

屋外展示:大きな株カブです。


屋内展示場の作品です。












砂の美術館の後、リフトで鳥取砂丘見学です。


砂丘でパラグライダーの講習をやっていました。
久しぶりに飛んでみたくなりました。


つづいては遊覧船に乗って海から浦富海岸めぐりです。

浦富海岸(うらどめかいがん)は、鳥取県岩美郡岩美町にある約15キロメートルにわたるリアス式海岸である。但馬御火浦の西に位置する。
国の名勝、天然記念物に指定され(1928年)「日本百景」、「日本の白砂青松百選」、「日本の渚百選」、「平成にっぽん観光地百選」などに選ばれている日本海沿岸の自然景勝地である。海岸西部には海水等の侵食による花崗岩の断崖、奇岩、洞門が続き、海面上に大小の島や岩が散在する風景が宮城県の松島に似ていることから「山陰の松島」と呼ばれることもある。海岸東部には遠浅の砂浜が広がり、夏は海水浴場としてにぎわう。




日本海です。


次は、余部鉄橋です。
余部橋梁(あまるべきょうりょう)は、兵庫県美方郡香美町香住区(旧・城崎郡香住町)余部、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線鎧駅 - 餘部駅間にある橋梁(単線鉄道橋)である。



出石の街並見学です。
出石(いずし)は兵庫県豊岡市にある地区で、かつての出石城の城下町。城下町として整備された町割が碁盤の目状であることなどから、但馬の小京都と呼ばれている。豊岡市出石伝統的建造物群保存地区の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

日本最古の時計塔「辰鼓楼」です。


沢庵ゆかりのお寺「宗鏡寺」です。


宿泊は城崎温泉「西村屋招月庭」です。
城崎温泉は外湯巡りが有名と言うことで、外湯をまわってみました。

鴻の湯です。


柳湯です。


慌ただしく外湯巡りをしましたが、やはり宿の内湯が最高でした。
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山陰山陽の旅(第5日目)

2014年09月12日 | 旅行
平成26年9月7日(日)、大山(鳥取県)から島根県へ逆戻りして、足立美術館から見学です。

宿泊した「大山ロイヤルホテル」です。
天気は最高ですね。


足立美術館です。
足立美術館は地元出身の実業家・足立全康(あだちぜんこう、1899年 - 1990年)が1970年(昭和45年)、71歳のときに開館したものである。質量ともに日本一として知られる大観の作品は総数130点にのぼり、足立コレクションの柱となっている。大観のほかにも、竹内栖鳳、橋本関雪、川合玉堂、上村松園ら近代日本画壇の巨匠たちの作品のほか、北大路魯山人、河井寛次郎の陶芸、林義雄、鈴木寿雄らの童画、平櫛田中の木彫なども収蔵している。
足立全康は裸一貫から事業を起こし、一代で大コレクションをつくりあげたが、その絵画収集にかける情熱は並外れたものであったらしく、数々の逸話が残されている。なかでも大観の名作『紅葉』と『雨霽る』(あめはる)を含む「北沢コレクション」を1979年(昭和54年)に入手した際の武勇談は有名である。
足立美術館のもう一つの特色は、その広大な日本庭園である。庭園は「枯山水庭」「白砂青松庭」「苔庭」「池庭」など6つに分かれ、面積5万坪に及ぶ。全康自らが、全国を歩いて庭石や松の木などを捜してきたという。 専属の庭師や美術館スタッフが、毎日手入れや清掃を行っていて「庭園もまた一幅の絵画である」という全康の言葉通り、絵画のように美しい庭園は国内はもとより海外でも評価が高い。 日本庭園における造園技法のひとつである借景の手法が採られ、彼方の山や木々までも取り込んで織り成す造形美は秀逸である。

庭園です。



日本画と庭園を鑑賞しました。

つづいて訪れたのは、松江です。
松江では、二手に分かれての観光となりました。
遊覧船でめぐる堀川巡りと、松江城見学です。
後者の松江城見学に出かけました。

松江城(まつえじょう)は、島根県松江市殿町にある日本の城。別名・千鳥城。天守が現存し、国の重要文化財に指定されている。城跡は国の史跡に指定されている。この他に日本さくら名所100選や都市景観100選に選ばれている。
平山城で江戸時代には松江藩の藩庁として、出雲地方の政治経済の中心となったが、明治時代初頭に廃城令によって存城処分(陸軍省所管)となったため、天守以外の建物はすべて払い下げられ撤去された。城跡は現在、松江城山公園として利用され、また、江戸時代初期建造の天守を有する城跡であり、天守は山陰地方の現存例としては唯一である。天守からは宍道湖を眺望できる。天守内部には松江市街のミニチュア模型が展示されている。

天守閣です。


館内展示の鯱鉾です。


天守閣最上階です。


最上階からの展望です。



偶然、別班の堀川めぐりの舟と遭遇しました。


つづいて、昼食は大根島の由志園です。
ここでは一年中牡丹の花が見られるそうです。


庭園も素晴らしかったですよ。


大根島に架かる橋はダイハツの軽自動車のCMで有名になった別名「ベタ踏み坂」と呼ばれ、観光客が訪れているようです。


次は、「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な境港の「水木しげるロード」です。
水木しげるロード(みずきしげるロード)は、日本の鳥取県境港市にある商店街の名称。観光対応型商店街[1]であり、漫画家・水木しげるが描く妖怪の世界観をテーマとした観光名所として日本では[注 1]広く知られている。
境港駅から本町アーケードまでの全長約800メートルの間に、水木の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターを中心として日本各地の妖怪たちをモチーフとした銅像など多数のオブジェが設置されており、商店街は、同じ主題、共通のイメージコンセプトをもって思い思いの販売・サービスを展開する各種店舗・施設の集合体に成長している。

水木しげる記念館内部、妖怪たちがお出迎えです。


「砂かけばばあ」と記念撮影です。


宿泊は、「はわい温泉 望湖楼」でした。
湖上の露天風呂が気持ちよかったですよ。

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