山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

ミサイル非難決議と対華21カ条要求

2006年08月02日 | 日本の外交
7月5日未明、北朝鮮は日本海に向けて7発のミサイルを発射した。米国による金融制裁の解除を狙った挑発行為に対し、国際社会は足並みを揃えて「NO」の意思を表明した。国連安保理は、中国やロシアが当初主張した議長声明やプレス発表文でなく、決議という正攻法で北朝鮮の行動を非難した。

中露両国を含む全会一致で採択された国連安保理決議1695号は、弾道ミサイル計画の中止やミサイル発射凍結の再確認を求めただけでなく、「核開発を公言している北朝鮮の今回のミサイル発射が『地域と周辺の平和、安定、安全を危うくするものである』と確認」(2006年7月16日21時38分 読売新聞)。全加盟国に対してミサイル開発につながる物資や技術を北朝鮮に提供しないよう求めた。

読売の記事は「日本主導の安保理決議案が採択されたのは初めて」と指摘している。日本側が早い時点で、基本的な立場を表明し、国際社会に議論の叩き台を提示したことが功を奏した。日本にとって北朝鮮の弾道ミサイル配備は、米国が経験したキューバ危機に近いインパクトを持っている。長いこと「何を考えているか分からない」「顔が見えない」と言われた日本外交が、明確な意思表示を始めた。

日本側の代表は当初、強制力を伴う国連憲章7章への言及にこだわったようだ。本国からの、おそらくは官邸からの強い指示によるものだったのだろう。

「そんな無茶な要求を強硬に主張しても相手にされない。日本は国際社会で孤立する」という懸念もあったが、日本が7章にこだわった結果、焦点は「7章に言及するか、しないか」に絞られ、中国代表との駆け引き(バーゲニング)を有利に進めることにつながった。外交交渉は結果がすべてだ。

バーゲニングといえば、日本外交史上に残る失敗を思い出す。第一次世界大戦中の1915年1月、当時の大隈重信内閣が、中華民国の袁世凱政権に突き付けた「対華21カ条要求」である。

第一次大戦で日本は、日英同盟を根拠に対独戦に参加したため、中国本土のうちドイツ帝国が租借していた地域が戦場となった。日本の参戦には、日清戦争後の「三国干渉」に対するリベンジの意味合いもあった。

中国政府に対して出された文書は、以下の全5号で構成されていた。
(1号)山東省におけるドイツ権益の継承
(2号)関東州の租借期限の延長
(3号)満鉄に関する権益の期限延長
(4号)沿岸部の不割譲
(5号)中国政府への日本人顧問の採用

第5号は、独立国に対する態度とは到底思えない不当な要求である。実際、日本政府は5号のみ「要求」事項でなく「希望」事項として相手国に提示し、この部分を「秘密」扱いとした。

三国干渉で薪炭を嘗めた反省もあった。日本側にしてみれば、第5号は「願わくば…」という程度の願望であり、その他4号を飲ませるための交渉上の「ノリシロ」のつもりであっただろう。列強の干渉を招かないよう「秘密」扱いとしたのだろうが、その巧みな交渉戦術が裏目に出る。

1カ月後の同年2月、米紙「シカゴ・ヘラルド」が、秘密条項(第5号)を含む21カ条全文をスクープ。米国政府は直ちに「同意できない」旨を日本側に伝達する。 結局、日本政府が第5号を撤回し、中国政府は要求を受諾することとなるが、日米間に拭いがたい不信を残した。

その後、日米両国は石井・ランシング協定(1917年)を締結。第一次大戦後、ワシントン海軍軍縮条約の場を借りた二国間協議で、日本は山東省権益などの放棄を強いられることとなる。

対日批判を呼び起こしたシカゴ・ヘラルドのスクープは、中国政府によるリークであったと見られている。高く吹っ掛けるバーゲニングで攻勢に出たつもりの日本側は、国際世論を敵に回し、結果的に多くを失った。当時の加藤高明外相は、第5号の存在について「『希望条項』だから諸外国にわざわざ伝える必要はないと思った」と弁明したという。

駆け引きが不得意といわれる日本。生き馬の目を抜く国際社会で、巧みな交渉術を身に付けるのは大いに結構なのだが、相手の出方によっては思わぬ失点で足をすくわれ、「策士、策に溺れる」の結末に至らないとも限らない。

対華21カ条要求の失敗が残した教訓は、「常に国際世論を味方に付けながら交渉する」ということだろうか。この点において、北朝鮮ミサイル発射に対する日本政府の対応は合格点だった。

ただし、その成功は、北朝鮮の挑発行為を擁護せんとする中国やロシア、韓国の言い分に今回ばかりは「理」がなかった(あるいは、そう国際社会が判断した)ことに負う部分が大きい。その事実を謙虚に見据え、「国際世論の側にあること」の重要性を改めて噛み締めたい。〔了〕


【参考】
対華21ヶ条要求 - Wikipedia
対華21ヵ条要求 / クリック 20世紀

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