「花の詩」(新規)&「古都逍遥 京都・奈良編」

 京都・奈良を中心に古刹・名刹を紹介。「花の詩」は花にかかわる詩や短歌、エピソードなどを紹介。

【花の詩】「百日紅(サルスベリ)」

2017年07月14日 15時51分06秒 | 花の詩


  花言葉は、「雄弁」「愛敬」「活動」「世話好き」

 中国南部を原産とする夏を代表する花木の一つで、冬は落葉します。日本にやってきた正確な時代は不明ですが、大和本草(1708年)に載っているところから、それ以前だと考えられます。
 春に伸びた枝の先端に夏から秋にかけて花を咲かせます。花色は白、ピンク、紅、紅紫などがあります。花びらは6枚でフチが強く波打ちます。満開時期の姿はよく目立ちます。花後に球形や楕円形の果実をつけ、熟すとはじけてタネが散ります。
タネには薄い羽のような翼(よく)が付いています。樹皮は褐色で所々はがれて白い肌があらわれ、縞模様になります。樹皮のはがれた部分はつるつるしているところから、「猿も滑って落ちる」というイメージから「猿滑り」というのが由来とされている。漢字では
「百日紅」という漢字を当てますが、これは開花期間が長いところにちなんでいる。
 愛らしいお花には古くから様々な伝説があるもので、中でも悲恋のお話は大変多く、この百日紅にも朝鮮半島に一つの伝説がある。
『旅の王子が、竜神の生贄にされていた生娘を救うため、勇敢に闘って竜神を退治したのち、その娘と恋に落ちるが、使命を終えるまでは暫しの別れと、百日後の再会を約束して旅を続けることになった。
 ところが、待ちわびた約束の日を目前に、あろうことか娘は亡くなってしまい、帰還した王子は嘆き悲しみにふける。
やがて娘のお墓からは一本の木が生えて紅色の可憐な花を咲かせ、いつまでも咲き続けたため、百日もの間恋人を待ち続けた娘の生まれ変わりに違いないと、村人達はこの花を百日紅と名づけました。』
 私が生まれた家の庭の池のたもとに百日紅の木が1本あった。幹も枝もしっかりしており、兄が太い枝と枝に間に床板を何枚か置いてその上にムシロを敷き「ターザンの家」を作ってくれた。
まだ幼児の頃で毎日ターザンの家で遊んでいた。幸い猿でなかったので滑らずにすんだのだろうか。懐かしく思い出される。
[俳句](正岡子規)
◇「青天に咲きひろげゝり百日紅」
◇「てらてらと小鳥も鳴かず百日紅」
◇「きらきらと照るや野寺の百日紅」
◇「小祭の獅子舞はせけり百日紅」
◇「百日紅咲くや小村の駄菓子店」
◇「酒好の昼から飲むや百日紅」
◇「散れば咲き散れば咲きして百日紅」(加賀千代女)

[和歌]
◇「はつはつに咲きふふみつつあしびきの暴風(あらし)にゆるる百日紅(さるすべり)のはな」
(斎藤茂吉第二歌集『あらたま』)
◇「足引の山のかけぢのさるなめりすべらかにても世をわたらばや」
(『夫木和歌抄』 (猿滑) 藤原為家)

[漢詩]
「看百日紅」(玄齋(上平聲一東韻))
「人間少看百年翁 籬畔孤高百日紅
病客求君移枕簟 紫微宮女覘叢中」
《現代語訳》
題「サルスベリの花を見る」
「人間の世界では百年も生きるおじいさんを見ることはまれにしかないのですが、垣根のそばで一人で百日紅(さるすべり)がその名の通り、百日もの長い間、その紅い花を咲かせているのです。病気の身の私は、そんなあなた(百日紅の花)を求めて枕とむしろの寝具の位置を移すと、紫微宮(しびきゅう)、つまり王宮に仕えている美しい当時の女の人の姿を草むらの中にうかがい見ることができるのです。」

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