山 崎 泰(やまざき たい)のデイリーブログ
新宿区のTFS国際税理士法人理事長 山崎 泰が、「心に残る出来事」「忘れられない想い」をホンネで綴る、ズッコケ珍道中!
 



昨日、菩提寺でもらった一冊の冊子。

法話カレンダー膵臓集『今日(こんにち)の言葉』(東本願寺出版)。

 

2011年3月に起こった、あの東日本大震災の被災者の声を紹介しながら、

金石潤導・北海道教区開正寺住職による、こんな一文が載っていた。

 

人とは、その生において一度きりの代替不能な、

やり直すことも許されない唯一無二の体現者であります。

それ故、その境遇を担い引き受けていくものは、

誰でもない我一人なのでありましょう。

しかし、その覚悟と勇気は、どこから来るというのでしょうか。、当烈


北海道には、トド松という樹木が多く生息しています。

その木は、氷点下25度を下回る極寒にさらされると、凍列という現象を起こします。

まさに泣き叫ぶがごとき音を発し、その幹が大きく裂けていくのです。

(中略)

実は、人もまた凍列するのでありましょう。

身が裂けるような思い、心が凍るような出来事が、人生には起こります。

その中で、凍え悶え傷だらけになりながらも

耐えて生きてきたのでありましょう。


樹木は、大地に根を降ろすことにより、枝が折れようと幹が裂けようとも「いのち」のままに生き続けます。

しかし、その根にとって地中には「障り」となる大きな堅い岩や石があります。

樹木は、その「障り」を避け根を張るのではなく、むしのその「障り」を抱きしめることにより、

自らがそこに立つ支えや力としているというのです。

陸前高田の「奇跡の一本松」は、我々に何を語りかけていたのでしょうか。


人生の目の前に立ちはだかる「障り」、人生の様々なハードルを

避けるのではなく、むしろ抱きしめて、自らの支えや力としていく生き方。

なまじ知恵があるばかりに、人は目の前の「障り」を避けて生きようとする。。。のかもしれない。

目に見えない「自然の摂理」を教えてくれているようだ。



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