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打楽器奏者山本毅が、打楽器について、音楽について、その他いろいろ順不同で語ります。

バッハをマリンバで(その3) 「調性、音域」

2009年04月03日 16時29分00秒 | バッハ アンサンブルフィリア
バッハをマリンバで(その3) 「調性、音域」

バッハの曲をマリンバで演奏する際、調性や音域の変更・・・要検討です。

あ、あくまで要検討というだけで、変更しなければならないということではありません。

しかし、検討の価値は大いにあります。

たとえば、無伴奏ヴァイオリン曲を1オクターブ下げて演奏したり、レイ・スティーブンス氏のように7度下げて演奏することは、大いに検討すべきことだと思います。

無伴奏チェロ組曲を1オクターブ上げて演奏することも有力な選択肢の一つです。

なぜなら、バッハの多くの作品で、調性や音域はその曲を演奏する楽器の特性に合わせて決定されていると思われるからです。

無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番ホ長調、この曲がなぜホ長調なのか?
なぜあの音域で書かれているのか?

その理由の第一番目か第二番目に『ヴァイオリンで演奏する曲だから』というのがあると思います。

というのも、バッハはこの曲のプレリュードを別のカンタータに転用しています。
 *カンタータ第29番
   「われら汝に感謝す、神よ、われら感謝す」BWV29

そこでは同じ曲がニ長調に変更されています。
楽器はオーケストラですからホ長調のままで演奏してもなんら問題ないのですが、
わざわざ二度下げてニ長調に変更しているのです。

また、このパルティータはリュートのためのヴァージョンもあります。
それは、ほぼバッハ自身による編曲と思われますが、
もし、他者のアレンジであったとしても間違いなくバッハと非常に近い関係にあった人物によるものです。

そこでは、調性こそ同じホ長調ですが、音域は1オクターブ下げられています。

また、無伴奏ヴァイオリンソナタの第一番ト短調
この曲のフーガをバッハはリュートのためにもパイプオルガンのためにも編曲しています。
リュート版では同じ調性で一オクターブ下げていますし、
パイプオルガン版ではニ短調に変更しています。

バッハの作品を見渡すと同じような例がたくさんあります。

バイオリン協奏曲ホ長調はチェンバロ協奏曲にもなっています。
バイオリンではホ長調、チェンバロではニ長調です。

無伴奏チェロ組曲ハ短調はリュート版ではト短調です。

バイオリン曲をチェンバロに編曲した例は他にもいくつかあるのですが、その際バッハは調性を変更しています。
チェンバロはいうまでもなくどんな調性でも弾ける楽器です。
にもかかわらずバッハ自身が調性を変更して編曲しているのです。

バッハ自身が自分の作品を他の楽器のために編曲する場合、
楽器の特性を考えて調性や音域を変更した例は数多くあるのです。

とすれば、われわれがバッハの作品をマリンバで演奏する際、
マリンバという楽器の特性を考えて音域や調性の変更を検討することは、大いに推奨されるべきことだといえるのではないでしょうか?

また、バッハ作品のアレンジではギター奏者たちはわれわれの一歩も二歩も先を歩んでいます。
彼らはバッハの作品の多くをギターのためにアレンジしてレパートリーに取り入れ、すばらしい成果を挙げています。

しかし、ギター版へのアレンジでは調性変更は極めて当たり前のことです。
なぜなら、ギターという楽器はフラット系の調を演奏するのが困難な楽器だからです。

音域の点でも制約が多く、
10弦ギターとかでない限りあまり低音までは出せないので、いろいろと変更したりの工夫が不可欠です。

しかし、その変更の結果は決して悪いものにはなっていません。

ですから、マリンバでバッハを弾く場合、調性や音域の変更は許容されるべきですし、
それどころか、大いに検討すべき事なのです。

なんせ、バッハの生存中にはマリンバという楽器は存在していなかったからですし、
マリンバにはマリンバの特性というものがあるからです。
その個性は生かすべきであって、無視したり、制限すべきものではありません。

ただし、注意すべき点もあります。

バッハの作品の中には音域はともかく、調性は変更すべきでない作品があります。
宗教的な背景を持った曲にはその調性が選ばれた背景に神学的なメッセージがある場合があります。
その場合は決して調性を変更してはならないのです。

たとえば「ロ短調ミサ」、
これをハ短調や変ロ短調、イ短調で演奏したのでは、曲の意味内容が変わってしまいます。
この曲はどうしてもロ短調(ニ長調)でなければならないのです。

純器楽曲でも、無伴奏チェロ組曲第3番には調性と結びついた神学的なメッセージがあると考えられますから、
この曲はどうしてもハ長調でなければならないと思います。

平均率クラヴィーア曲集も調性を変更してしまうと曲の意味が変わってしまう場合が多々出てくるので、調性変更は不可です。

また、もう一つ注意すべき点はマリンバという楽器の特性を考慮するだけではなく、演奏する人の性格も考えないといけません。

声種にもソプラノとアルト、テナーとバスやバリトンなど、様々ありますね。
シューベルトのリート、例えば「冬の旅」にはテナー版、バリトン版、バス版があるように、
マリンバを演奏する人のキャラクターにもソプラノ的な感性の持ち主、アルト的な人、バス的な人、テノール的な人など種々様々です。

それによっても調性、音域の最適値は変わってきて当然です。

かつて私が教えたマリンビストで同い年の二人の女性がいました。
私は彼らがそれぞれ同じ時期にバッハの無伴奏ヴァイオリン作品を演奏した際、
一人には音域の変更を提案しましたが、もう一人にはしませんでした。

それは、それぞれの音楽的感性を考えると、一人はそのまま弾くほうがあってると思ったし、
もう一人は1オクターブ下げたほうがその人らしさが出ると思ったからです。

結果はどちらも成功だったと思います。
どちらの演奏もとてもよいものでしたし、二人ともその演奏を持って某芸大の難しい入試を見事に突破してくれました。


また、
一度レイ・スティーブンスのセミナーに参加したとき、彼がバッハの無伴奏ソナタ第一番ト短調をなぜイ短調で演奏するかを語ってくれたことがあります。

彼曰く、

「マリンバの魅力は低音にあると思う。
自分は出来れば1オクターブ下げてこの曲を演奏したかった。
しかし、自分がこの曲をマリンバ用に編曲したころのマリンバは最低音がAだった。
だから、この曲の最低音Gを7度下げて、Aに設定したんだ」

ということでした。

この発言には一定の説得力があります。

というわけで、無伴奏ヴァイオリンソナタ・パルティータをマリンバで演奏する際、
調性、音域を変更することは、それほど素っ頓狂なことではありません。

私は個人的に、無伴奏ヴァイオリンソナタト短調、
5度下げてハ短調で演奏するか、1オクターブ下げて演奏するのがよいのではないかと考えています。

しかし、シャープ系の調に変更することはあまり賛成できません。
スティーブンスさんのようにA-mollで演奏することもどちらかといえば反対です。

なぜなら、フラット系の調性には独特のやわらかさと色があると思うからです。
それは平均率で調律された楽器、ピアノやマリンバでもはっきりと聴き取れることです。

ですから、
この曲だったら、ぼくは、記譜どおり、5度下げてハ短調、1オクターブ下げたト短調の中から、演奏者の感性に合致するものを選んだらよいのではと考えています。

また、バッハ自身がフーガでニ短調を採用したことを考えて、ニ短調で弾くのも有力な選択肢です。

というわけで、
バッハの作品をマリンバで演奏する際、
調性や音域は変更することも大いに検討に値します。

変更しなければならないわけではありません。
しかし、検討の価値は大いにあるのです。

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