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米沢部落から


今朝は、強い霜が降りていたので、数回霜に合わせてから漬けるという野沢菜漬けをした。
信州人ではないので、あまり野沢菜の本漬けは好まない。
このところ、切り漬けだけで、本漬けは久しぶり。
農作業をいろいろご伝授いただき、結果、野沢菜ができすぎ、放置するのももったいないので漬けることにした。
今年は、暖冬予報だそうですが、カマキリの卵が、ずいぶん下についています。
地表から10センチあるかないかです。
カマキリの卵が、下の方にある冬は雪が少ないと言われます。
こんなに低い位置で見つけたのは、初めてです。



今日の、部落からの蓼科山、北横岳。



八ヶ岳。



昨日、諏訪湖端のハーモ美術館駐車場より、富士山。



藁ぼっちが、あちこちにでき始めました。
この中には、大根などの保存野菜が入っています。
掘った穴の中には、野菜を縦に入れておくと、より長持ちするそうです。



空気が澄み渡るこれからは、山がきれいに見えるようになります。
この辺では、山に7回雪が降ると里も降り始めるというそうです。
雪をかぶった山が好き。
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母への歌と、TG-3


台風の影響で10月に入り、始めて雨らしい雨が降っている。
9、10、11日は、東京の同期生たちと尾瀬に行く予定。
台風一過の晴天となってくれればよいが・・・。



今日は地区のコミュニテイ祭。
それに出品するつもりで、写真短歌を作った。
コミュニテイ祭には、2年前から参加しているが、初めて参加の時に個人で申し込んだら、部落の婦人部で参加してほしいと言われ、申し込んでおいたのを取り消しに行ったり面倒だった。
昨年も婦人部からの参加。私自身は婦人部には入っていない。
そんなわけで、今年も一般参加の締切日に婦人部の方お2人に、今年はどうするのですかと確認したが、「そのうち何とか言ってくるでしょう」とのことだった。
ところが今年は、何の連絡もなし。
締切も過ぎているので、不参加にした。
今年は、母の一周忌。
その供養で出品しようとプリントしておいたので、こちらで母へ。
写真は、茅野市の写真展「寿齢讃歌」に出品し、翌年のパンフレットにも使っていただいた生前の母の写真。



オリンパスのTG-3は、尾瀬までに目標価格になりませんので購入しないことにしました。
TG-3について、いろいろ教えてくださった方、ありがとうございました。
尾瀬から帰るころに、下がってくることと思われます。 
年明けにモロッコへ行こうという話になり、申し込むばかりになっていたが、主人が、今朝、突然「エボラ出血熱の問題があるからやめにしよう」と言い出した。
そんなわけで、サハラ砂漠用に新しい防塵のカメラを買う必要もなくなった。



ニュースで明日は長野県内各地で、電車が止まる報道をしている。
前泊の日が引っ掛からなくてよかった。
尾瀬の前泊で、8日から上京。
しばらく、ブログをお休みします。

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映画 「小さいおうち」 岡谷スカラ座にて

今日は、朝から雪。

夜から降っていると、我が家の前は県道ということもあり、明け方には雪かきが済んでいるのですが、今朝はまだ。

そんなわけで、テニスもおさぼり。

昨日は、前に兄から見に行くようにとメールが届いていた映画 、山田洋次監督 「小さいおうち」を観に行ってきた。

原作は、中島京子さんの直木賞受賞作。

映画館に足を運んだのは、こちらへ来て2度目。

ずいぶん、久しぶりのこと。

諏訪圏には、もう、ここ一軒だけという岡谷市の「岡谷スカラ座」まで行ってきた。

ホームページからの、入場料1,700円が1,500円になる割引券を持って・・・。

驚いたのは、私の他、観客は富士見からというご夫婦の2人だけ。

これでは、映画館が成り立たないわけですね。

そのうち、ここも閉鎖になり、諏訪圏には映画館 0 という日が来るのでしょうか・・・。

兄がこの映画を見に行くようにと言ってきたのは、倍賞 千恵子さん演じるおばあちゃんが、「母にそっくりだ」ということ。

 

そのおばあちゃんが、若いころ女中奉公に行っていた「小さいおうち」の松 たか子さん演じる奥様との回顧録なのですが、昭和初期を回想している映画ということもあり、ちょっとテンポが遅いなという感じがしなくもない。

倍賞 千恵子さんの若いころを演じる黒木 華さんは、昔、活躍した二木 てるみさんを連想する。

抑えた演技に、光るものがある。

映画の中には、本当に母と瓜2つのおばあちゃんがいた。

もちろん、倍賞 千恵子さんが、ご自分なりに年配の女性のしぐさを研究なさり演じている結果だと思いますが、母は、ケア・ホームに行くとよくこんな恰好をして、字を書いたり、本を読んだりしていました。

兄にとっては、同じ世代の自分の息子が、母と話しているのとだぶったのかもしれません。

晩年、母は、髪の手入れも大変だからとショートカットにしていましたが、その前のヘアスタイルは、全く同じ。夏には、こうした半袖のブラウスをよく着ていました。

母が生きていて、この映画を見せたら、何と言ったでしょう。

「あら、まあ」と目を白黒?

頭の形から、ちょっと下がった眼鏡の位置まで、そっくり。

追記

黒木 華さんが、二木 てるみさんを連想すると書いたが、2月17日の朝日新聞に、この作品で、ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したと載っていた。

二木てるみさんは、1965年の「赤ひげ」(黒沢明監督)出演で、ブルーリボン賞の助演女優賞を当時の史上最年少16歳で受賞している。

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歯の見える葬儀、見えない葬儀

6月10日、夜中に電話のベルで、目を覚ましました。

受話器を取ろうと思ったら、すぐに切れてしまいました。

すぐに切れたのは、夢だったからです。

明け方、兄から「病院から母の様子が急変したとの連絡があった」と電話がありました。

慌てて支度をして、上京。

元々、この日は前の上京から1週間経つので、病院へ様子を見に行く予定でいました。

主人は、あいにく体調が悪く病院へ行く予定。

とりあえず、私だけあずさで上京。

この時、既に母の命はありませんでした。

死亡診断書による母の命の絶えた時間。 

2013年6月10日6時41分。 

この日、姉も3時半頃目が覚め、母に何かあったのではと思ったそうです。

私が夢の電話で、目が覚めたのも同じ頃。

死亡診断書は、医師が出勤して死亡を確認した時刻になりますので、実際には、私と姉が目を覚ました時間頃に亡くなったのかもしれません。

翌11日。

森鴎外、

太宰治の墓のある寺での葬儀となりました。

12日が友引きのため、11日、13日は寺も火葬場も、大変、混雑しているそうです。

母の息子も婿も、既に定年退職済みですので職場の義理もなく、母の生前から家族葬と決めてありました。

私は、前々から母が亡くなる時は、さぞ取り乱すことだろうと思っていたのですが、意外と冷静でした。

母が、94歳まで長生きしてくれたせいでしょうか。。。

担当してくださったお坊様のお話では、「歯の見える葬儀、歯の見えない葬儀」という言い方があるそうです。

母の葬儀は、94歳という天寿を全うした葬儀ですので、列席者の口が開くが、まだお若い方の葬儀ですと悲しみで口も開かない歯の見えない葬儀になるそうです。

「歯の見える葬儀(話し声や笑い声が聞こえる)」は、お坊様も気が楽とのこと。

母の胸の真ん中に、天国へのパスポートが乗せられ、棺が閉じられました。

葬儀のあと、棺は息子、婿、孫、計6名の男性に担がれ車に乗せられました。

母を乗せた車が寺を出て行きます。

火葬場の方の話では、母の骨は大変しっかりしているそうで、のど仏もきれいな形でした。

人によっては、粉々な方もいらっしゃるそうです。

骨壺には、足の方の骨から入れ、上に喉仏、最後に頭の骨で全体を覆うようにして骨壺に蓋をします。

母は、兄が骨壺、兄嫁が位牌、甥が写真を持って、タクシーで兄の家へと向かいました。

これで東京は、母が待つ街では、なくなりました。

私が写した、母の最期の写真。

2013年4月29日、94歳6か月。 

豪徳寺駅前、渡辺薬局の弘ちゃんを捜したくて、FBに登録もしましたが、間に合いませんでした。

 

長生きして、他の方たちのお母様より私たちの傍に長くいてくれてありがとう。

もっと、ずっとずっと、生きていてほしかったけれど仕方がないですね。

死因は、大腸がんによる腸閉そくでした。

合掌。

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母の花鉢 「女王の涙」

2日の日曜日、母に逢いに上京。

母が、大事に育てていた「女王の涙(ヨウラクツツアナナス)」に花芽がついたからです。

ケァ・ホームの自立型の4階から、介護型の2階へ移る際、もう、水やりなどの世話もできなくなるしと我が家に持ち帰ったものです。

冬の間、屋内で育て、5月22日、3鉢に株分けしました。

5月27日には、3鉢で21もの花芽があがりました。

6月1日、いよいよ開花しそうです。

で、2日に上京。

鉢を見た母はとても喜び、「かわいいお花が咲いたからと、みなさんにお部屋に見に来てもらうわ」と言っていました。

ところが、土曜日に便通が無く腹痛がして、職員の方が付き添い病院へ行き、2日間何も食べていないと話します。

「冷蔵庫の中の物から、私の周りに置いてあったお菓子まで、職員の方がきれいに持って行ってしまったの」

口にするのは、ほうじ茶とかポカリスェットなどの水分だけとのこと。

職員の方に伺いましたら、こういう状態の時に、物を食べると、口から戻すためだそうです。

前日、兄にメールをした時に、ホームから母の様子がおかしいと連絡があったので、明日行くなら様子をよく見てきて欲しいとメールがあったのです。

2日間食べていない割には、元気で一日中、よくしゃべり、良く笑いました。

お習字をするというので、部屋の模様替えをし、机を整え習字道具を並べ、いつでも書けるようにしてきました。

ところが、翌月曜日に兄と姉が付き添い病院へ検査結果を聞きに行ったら、即入院となりました。

あんなに元気で、よく笑っていたのですが。。。

腸閉そくで、回復の見込みはないとのこと。

入院生活が始まるので、今日でケァ・ホームは、契約を終わりにすることにして、姉と兄とで部屋を片付けるそうです。

その日、「女王の涙」が開花しました。

母がうれしそうに「皆様をお部屋に呼んで、見ていただくの」と言っていたことは実現できませんでした。

母は入院前に、見ることができたのでしょうか。。。

これから、腸閉そくの原因を調べるため、大腸がんの検査など検査攻めになります。

やせている母が、ますます衰えていくのかと思うと。。。

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100mmマクロで、蓮華を写す

今日は、曇りがちなお天気でした。

ハレーションもないので、遠くからも、一面ピンクに見え始めた蓮華畑を写すことにしました。

f 10

クローバーと混ざり、きれい。

f 7.1

ちょっと、ごちゃごちゃした感じ。

f 5.6

まだかな?

タンポポ同様、蓮華の種も面白い。

f 5.0

このくらいボケて、ちょうど、良いかな?

もっと、ボケても良いようにも思いますが、あまり開放にすると、片方の花もボケてきそう。

f 4.0 でも、試写してみればよかった。

庭で咲き始めた、このミニ薔薇の銘も「蓮華」です。

形だけではなく、咲く時期も同じ頃のようです。

f 7.1

明日も、試したいですが、母の様子を見てきたいと思います。

明日までのラファエロよりも、やはり、母の方が大事。

ラファエロ、今度は何年後かなぁ。。。

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母に、ごめんなさい!

昨夜は、音がして雨が降っていましたが、途中から雪になったのか、朝、福寿草に雪がありました。

融け始めてキラキラしています。

東京では、満開だった梅も標高900では、まだ、ようやく蕾が色付き始めたところです。

マクロでは無理かと思い写した雀の学校。

きれいに、撮れました。

もうじき開きそうなアブラチャンにも、葉痕がありました。

さて、何でしょう?

わぉ!久しぶりの札束。次回は、いつ会えるでしょう。

福沢諭吉さん、眉が太いですね。

先日、母に、何か必要なものはないかと聞いたら「黛が欲しいの。最近なんだか眉が薄くなった気がするの」とのことでした。

母は、若い時からお化粧などしない人でした。

私は冗談で言っているのかと思い「黛なんか買っても上手に描けないでしょう?福笑いの眉でも買ってきて付ける方が簡単なのじゃない。」などとかまいました。

「そんなの、売っているの?}と聞きます。

「う?本気なのかしら?}と思いましたが、それで済ませてしまいました。

でも、帰りの車中で、そのことが気になって仕方がありません。

帰宅後近くに住む姪に、母に確認して買ってきてあげて欲しい旨メールをしました。

「おばあちゃん、美容師さんが来た時に眉を描いてもらったそうです。たぶん、本気なのだと思うので、なにか適当なのを届けておきます」とのこと。

まさか、今までお化粧などしなかった母が94歳になって、今まで描いたこともない眉を描きたいなどと思っているとは思ってもみませんでした。

ごめんなさい!

これからはしたいことは何でもしてもらわなくてはと思っているのに、いざとなるとこんな私です。

本当にごめんなさい。

震える手で上手に眉を描くことはできないでしょうが、生きることに前向きになってきたようで、うれしい!

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東京は、梅が満開でした。

前ボケ練習をしましたが難しい。

前回は、転んだ直後で弱気になっていた母も、昨日は元気にしていました。

シルクの帽子のサイズは、こんな感じで良かったようです。

眼鏡がずり落ちていますが、メガネ店できちんと合わせていただいたのでは耳が圧迫され痛いと言います。

眼鏡の度が合わなくなったと言いますが、検眼は、眼鏡をきちんとした位置でしますので、これでは、レンズの性能通りに機能しないのではと思います。

ケア・ホームの庭で。

要介護階に移ってからは、一人での外出は、たとえ庭でも許可されませんので行った時は出来るだけ外に連れ出します。

車椅子予備軍ということで、駐車場の車椅子マークとコラボしました。

あまり人物が小さくなってもと加減しましたが、もう少しマークが入った方が良かったですね。

後ろの柵内は、保育園。

このケア・ホームは、1階がエントランスと会議室、事務所、保育園になっていて2階以上がケア・ホーム。

ときどき、保育園児と入所者の交流会があるようです。

次回は手押し車の椅子に座って、身障者マークと並び手を伸ばした同じ姿勢で写してみましょう。

「あら、いやね」と笑うかもしれませんが。。。

 

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笹子トンネル開通、母に会いに上京。

雪の日と雪の日の間の昨日、笹子トンネル崩落事故以来、久しぶりで母のケァ・ホームに行ってきました。

談話室で、10時のお茶の時間でした。

お部屋に戻り、早速、お土産の帽子をかぶっています。

母には、ちょっとサイズが大きかったようです。

後ろで4センチほどつまんで、次回までは、これで我慢してもらうことに。。。

折り返しも、もっと狭いほうがよさそうです。

甥が、お正月に買ってきてくれたというお守りを出して見せてくれているところです。

また、転んだそうで、手に包帯をしています。

要介護ルームに移ってから、既に11回も転んだとのこと。

我が家に連れてくる潮時かもしれません。

「そろそろ、家に来たら」と話したら、「何にもお手伝いできないわ」と言っています。

子は、親に育ててもらう時に何を遠慮すろこともなく無条件で愛しんでもらったのに、親が助けを必要とする時になると子供の負担になってはいけないとか、いろいろなことを考えるようです。

このところ、便通が無く下剤をのみ、「30分くらいしたら、トイレに行きたくなるから」と言われたのに、すぐに薬が効きトイレに行くのが間に合わず、お粗相をしたとのこと。

歩くのもおぼつかなくなっていますので、仕方がありませんね。

その後始末をして下さったのが若い男性ヘルパーさんとのことで、申し訳ながっています。

孫と重なるのかもしれません。

申し訳ないので、兄が、必要な時に使うようにとおいて行った500円玉が入った貯金箱を「お手数をかけたので、お嫁さんをもらうとき用に貯金をしておいてね」と渡そうとしたそうですが、「僕、ちゃんと貯金しているので心配しなくて大丈夫ですよ。」と断られてしまったとのこと。

ヘルパーさんも困りますよね。訪問先で物をいただいてはいけないと資格をとる時に勉強しています。

「5月になったら、家に来るように」と話したら「yakkoちゃんも、お別れに来てくれたし、それまでは生きていられないのじゃないかしら」などと、悲しいことを言っています。

往きも帰りも、富士山がきれいに見えました。

レンズ雲がかかっていたので、「明日は、お天気が悪くなるわね」と話していたのですが、案の定、雪になりました。

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