水無月より

つれづれなるままにブログというものを書き綴ってみます。

きくいも

2016-09-30 09:23:26 | 
 今日で9月も終わりです。

久々のお天気になりました。 

明日も晴れマークのようです。

明日といえば、米坂線米沢・今泉間開業90周年記念のセレモニーが

10時30分よりJR今泉駅で行われます。快速「べにばな」を

快速「米坂線米沢・今泉間開業90周年記念べにばな」として運転するそうです。

残念ながら私は午前中仕事で見に行けません。




 先週の日曜日のことです。

雨が降らなかったので久しぶりに堤防裏の花畑を見に行きました。

その途中寄り道して、菊芋が植えられているところを見てきました。











とても背が高く、はるかに私の背を越していました。

「見て良し、食べて良し」の菊芋だそうです。


私の畑(花しか植えていません)では、シオンが真っ盛り



ムラサキシキブ


とてもワイルドな状態になっていました。


クコの花でしょうか。思わぬものを発見しました。

そういえば以前挿し木したような記憶も・・・。

実がなると嬉しいです。
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善寶寺からの帰り道

2016-09-29 10:00:08 | おでかけ
 9月ももうすぐ終わりですね。

今日も朝から雨でした。

長袖にしようか半袖にしようか迷います。



 さて、善寶寺から海の方へ行ってみました。




日本海 湯野浜温泉

空が曇っていたので、海もこんな感じでした。

くらげで有名な加茂水族館が近くにあるので

行ってみましたが、駐車場の混雑ぶりを見て今回は断念しました。

新しくなってからはまだ行ったことがありません。

また今度トライしましょう。


帰り道、立ち寄ったのが道の駅月山です。


ふれあい橋




その吊り橋から眺める梵字川渓谷


山ぶどうソフト 330円
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善寶寺~人面魚発祥の地

2016-09-28 09:54:27 | 神社・仏閣
 9月28日(水)、今日は朝から雨が降っています。

お天気予報どおりでした。


 さて、昨日の続きです。

ご尊体を拝見した後、二龍神の棲み家と伝えられる

貝喰(かいばみ)の池と奥の院へ向かいました。






杖なども用意されていました。






むかし話題になった人面魚の発祥の地です。


亀とスッポンがいるそうですが、どれがどれやら・・・。






鯉のえさも売っていたので、購入。

楽しくてもう一袋買ってしまいました。

鯉だけではなくナマズも亀も寄ってきました。




金色と銀色の鯉が角度によって、人面魚に見えます。




キバナアキギリが群生していました。






こんなキノコも見かけました。



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善寶寺~4

2016-09-27 09:52:56 | 神社・仏閣
 9月27日(火)です。昨夜の雨は上がりました。

日差しも差している朝です。



 さて、昨日の続きです。






感應殿正面(本堂)



開基 龍華妙達上人 生誕1150年祭で、龍王殿ご尊体が初の御開帳。

龍王殿の扉の中には、お位牌とお厨子がご尊体として祀られていました。

貴重な体験でした。




「蛇紋石(じゃもんせき)」探し企画がありました。

宮城県岩沼市にある金蛇水(かなへびすい)神社にも奉納された

たくさんの蛇紋石がありました。石に蛇の模様がある不思議な石です。

生誕祭を記念して、善寳寺1階各所に8体の「蛇紋石」が配置されており、

それを全部探すというものです。ヘビの頭からしっぽの方へ手を触れて、

身体の悪いところに手を当てると良くなるそうです。

もちろん、8つすべてを触ってきました。そして自分の頭に手を

当てました。龍神様のご加護がありますように・・・。




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善寶寺~3

2016-09-26 11:29:42 | 神社・仏閣
 月曜日の今日はハッキリしないお天気です。

雨が落ちてきたかと思うと、日が差したり

今はまたどんよりと曇っています。

午後からお仕事ですが、雨が降っていないといいなぁ。




 鶴岡市・善寶寺の続きです。






毘沙門天


韋駄尊天

寺の山門には通常、仁王像が安置されることが多いのですが、

善寶寺の山門を守るこの毘沙門天様と韋駄尊天様は、

もとは羽黒山におりました。明治元年に廃仏毀釈を逃れて

善寶寺に安置されました。














弥勒尊像



かつて宝暦年中に当地方を未曾有の大飢饉が襲い、悪病が流行しました。
当時の住職(23世喝禅方丈)はこれを深く嘆き、病魔退散、五穀豊熟を強く願い、
この巨大な弥勒尊像を建立しました。この弥勒様は大阪で完成し、海上を船で輸送されて
きましたが、陸揚げの際誤って首を海中に落としてしまいました。機械力のない時代、
それをどうしても引き上げることが出来ず「海の鎮護ならん」と願い、胴体のみを運び、
庄内に到着後に首を造作されたと言い伝えられています。
弥勒様の周囲に安置されている七体のお地蔵様はもともと羽黒山におりました。
明治初期の廃仏毀釈の際、川に沈められようとしていたお地蔵様を当時の住職
(33世禅山方丈)が聞き及び、それを譲り受けてここに安置したものです。
正面の額は「龍華楼」(りゅうげろう)と読みます。











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