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2017年05月27日 03時34分52秒 | 過去の記事

福田赳夫氏の回顧録から

2階の書棚を眺めていたら、まだ読んでいない福田赳夫氏(元首相)の『回顧九十年』という本が目に留まった。この本は15年ほど前、福田氏の卒寿(90歳)を記念して岩波書店から発行されたものだが、その記念パーティーでもらったまま中身はほとんど読んでいなかった。
 昔、福田さんの番記者を3年やったので記念に取って置いたのだが、少し興味を持ったので読み始めた。すると、旧大蔵省に入省してからの若い頃の福田氏の話が面白かった。戦後の福田氏の政治歴はだいたい分かっているが、戦前の彼の仕事のことなどはほとんど知らなかったからだ。
 興味を持ったのは、世界大恐慌(1929年)のあと彼がロンドンに赴任していた頃の話だ。ニューヨーク・ウォール街での株価の大暴落のあと世界経済は大混乱に陥ったが、各国が一斉に保護貿易主義に走ったため世界経済は年々縮小、パニック発生以来4年間で、世界貿易が40%、世界のGNP(国民総生産)が30%も縮減したというのだ。これには驚いた。信じられないような話だ。
 日本経済ももちろん最悪の事態になり、農村を支える「米価」は半値に下落、もう一つの目玉である「生糸価格」も6割減になったというのだ。このため、日本の農家は深刻な打撃を受け、娘を売り飛ばしたり夜逃げをする者が続出したという。
 こういう話を読むと、一昨年のリーマン・ショックがいかに凄かったとはいえ、世界経済が30%~40%も縮小したわけではない。昭和初頭の大恐慌に比べれば“可愛い”ものである。そして、どうしようもない状態を脱却するため、1931年(昭和6年)に、軍部はついに「満州事変」を起こす。
 
もう一つ興味を持ったのは、福田氏が帰国後暫くして、陸軍省担当の主計官を7年もやったことだ。当時の陸軍は“日本最強”の組織だったから、その対応は大変だったらしい。(想像しただけでも嫌になる。)軍刀で脅されたり、ある件で憲兵の取り調べを受けたりしているのだ。
 最も印象的だったのは、日本が軍国主義化していく中で、昭和11年度予算をめぐる陸軍省と大蔵省の攻防である。詳しいことを書くスペースはないが、この時は高橋是清大臣を筆頭にして大蔵省が大健闘、3日間・延べ36時間にわたる閣議での闘いを経て、強硬な予算要求をする陸軍に対し、大蔵省は6~7割がたの主張を通したというのだ。
 いわば大蔵省の“判定勝ち”だったのだが、それからわずか3カ月後に2・26事件が勃発、高橋是清大臣は陸軍・皇道派によって惨殺された。それ以降、軍部に睨まれた大蔵省の幹部は次々に“左遷”されていく。福田氏はまだ若く地位が低かったので、陸軍省担当の主計官として残った。(ご苦労さま!)
 
こうした話の中で、私が最も驚いたのが当時の「国家予算」である。昭和11年度予算は大蔵省が善戦健闘したので、軍事予算をだいぶ抑え込んだという。しかし、総枠22億8200万円のうち、軍事費(陸海軍予算)は10億7800万円、実に全体の47,2%を占めているのだ。
 ところが、2・26事件を経て昭和12年度予算になると、軍事費は何と69,0%に跳ね上がった! 総枠47億4200万円のうち、軍事費が32億7100万円になったのである。この急激な軍事費の膨張は、ほとんどが公債で賄われた。大蔵省にとっては最悪のパターンであったろう。
 こうして、日本は来たるべき大戦争へ向けて着々と準備を進めていったが、一主計官に過ぎない“福田君”にとっては、いかんともしがたい事態だったと思う。
 戦後の福田氏の政治歴はだいたい知っているので興味はないが、彼が青雲の志を抱いて大蔵官僚になった若い頃の姿が微笑ましい。あの日本最強の陸軍を相手に、奮闘している「主計官」の姿が凛々しい。福田氏も言っているが、“男子の本懐”とはこういうことなのだろうか。(2010年9月10日)

 

塩野七生さんと桐島洋子さん

ふと女性のことを書きたくなった。と言っても私は女性に詳しくないので、かつて面談したことのある人の中から、印象に残る2人について書いてみたい。前もって断っておくが、ろくな文章にはならないと思うのでお許しを(笑)。
 さて、20年ぐらい前だったか、私が某テレビ局の夜のニュースを担当していた時、キャスターの木村太郎氏(現在も活躍中)と相談して、毎晩“時の人”をゲストに迎えいろいろ話をしてもらったことがある。大抵は政治家や財界人などの男性が多かったが、時には文化人、評論家、作家らにも出てもらったりした。その中にはむろん女性もいたのだが、今でも印象に残る人が2人いる。それが塩野七生(ななみ)さんと桐島洋子さんだ。
 拙文を書く前に、経歴でも知っておこうと下調べをしたら笑ってしまった。お二人とも1937年(昭和12年)生まれの73歳で、なんと桐島さんが7月6日、塩野さんが7月7日の誕生日で一日違いなのだ。偶然とはいえ、これには驚いた。1937年生まれの女性は印象に残るのだろうか。
 
さて、20年も前のことだから、お二人が話した内容などほとんど忘れてしまった。ただし、2人とも実に“雰囲気”が良かったのを覚えている。全く違う雰囲気(オーラ)だったが、塩野さんは優雅な中にも毅然とした佇まいがあった。
 作家の彼女は『ローマ人の物語』などで有名だが、当時はたしか世の男性たちを叱咤激励するエッセイを書いて話題になっていたと思う。調べてみたら、『男たちへ フツウの男をフツウでない男にするための54章』というのを書いていた。このエッセイが話題になったから、ゲスト出演してもらったのだろう。
 その本は読んでいないが、塩野さんの話ではたしか、日本の男性は柔弱で臆病でプライドがなく、要するに“男らしくない”のが多いというキツイお叱りだったと思う。普通の男である私なんか耳が痛くなるが、塩野さんはジュリアス・シーザーやチェーザレ・ボルジアなど、いつもローマの英雄ばかりを語っているから、情けない日本人男性に活を入れたくなったのだろう。日本の男よ、強くなれ! ということだが、時代も国柄も違うので、そうはいかないよと塩野さんに反論したいところだが、墓穴を掘るから止めておこう(笑)。
 
一方、桐島さんは当時50歳を超えていたものの、独特の女らしさを醸し出していた。はっきり言って、女の“色気”を感じさせる人だ。彼女は「シングル・マザー」の元祖みたいに言われ、その破天荒な生き方は世の女性たちの憧れの的だったらしい。ちょうど、男女雇用機会均等法(85年法)が施行されて間もない頃だっただけに、桐島さんの生き方が注目を集めていたのだろう。
 調べてみると、彼女は50歳過ぎを“林住期”と位置づけ、『華やぎの午後のために』といったエッセーを書いているが、人生の秋を迎えてもまことに“華やいだ”雰囲気に見えた。桐島さんのような女性は珍しい。一種の女傑だ。普通の女性が真似をしようと思っても、ヤケドをするから止めた方が良いのではないか。
 自由奔放な生き方をした桐島さんも、45歳で12歳年下の男性と結婚した時は、世のシングル・マザーたちはショックを受けたという。これを“クロワッサン症候群”と言うのだそうだ。まあ、50歳を過ぎても艶っぽい女性というのは少ないだろう。
 以上、心に残る2人の女性のことを書いたが、ご健在であることを祈りたい。(2010年7月20日)

 

鳩山首相はケレンスキーか
 
今の鳩山総理を見ていると、まるで“ケレンスキー”みたいだ。ケレンスキーはロシア2月革命の後に臨時政府の首相になったが、結局、第1次世界大戦への参戦を打ち切ることができず、10月革命でレーニンのボルシェビキに打倒される。
 もし、ケレンスキーが戦争継続を打ち切っていれば、権力を固めてレーニンに打倒されることはなかったかもしれない。歴史に「もしも」の仮定はあり得ないが、革命と反革命の間で揺れ動いていたケレンスキー政権は、今の鳩山政権にとてもよく似ていると思ってしまうのだ。
 
つまり、鳩山政権は日米安保体制の中で「駐留なき安保」を実現できるのか、それとも旧態依然とした「米軍駐留」を踏襲するのかの間で揺れ動いているのだ。
 その象徴的な例が普天間基地移設問題で、鳩山(以下、敬称略)は初め移設先は「国外」がベストだと思っていただろう。それが彼の「駐留なき安保」のポリシーであったはずだ。
 しかし、現実は腰砕けになって、普天間の県内移設を進めざるを得なくなっている。
 これは、厭戦気分が高まった第1次世界大戦中のロシアで、せっかく戦争打ち切りのチャンスがあったにも関わらず、それを実行できなかったケレンスキーによく似ているのだ。 ケレンスキーは「戦争」で失敗し、鳩山は今や「基地」で失敗しようとしている。
 
ケレンスキーも鳩山も、社会の大きな変革期に熱烈な支持を受けて登場してきた。革命と政権交代では状況がもちろん違うが、両者とも大変な期待をかけられ政権を担ったのである。
 ちなみにケレンスキーは、当時の首都・ペテルブルクの「ソビエト」を代表して臨時政府に入閣した。労働者や兵士の人気は抜群でやがて首相に就任したのだ。
 同じように鳩山は昨年の総選挙で圧勝し、組閣すると支持率が70%を超えるという絶大な人気を誇った。
 ところが、ケレンスキーは戦争継続とその失敗で支持を失い、急速に没落していく。鳩山は“政治とカネ”の問題もあるが、普天間問題で沖縄県民らの怒りを買い、急速に支持を失いつつある。非常によく似ているのだ。
 
問題はこれからである。ケレンスキーはレーニンらの革命派と軍部などの反革命派の双方から攻撃され、やがて没落していったが、鳩山政権も基地問題で左右両派の挟撃に遭っている。まだ政権は維持しているが、基地や日米安保の問題で左右両派の伸長を許す状況になっている。
 つまり、鳩山は普天間問題で手こずり、外交の基軸である「日米同盟」に疑問を生じさせる結果になったのだ。日米安保体制が維持されるのか、それとも変質していくのか、あるいは安保解消に向かうのかは知らないが、少なくとも結果的に、「日米安保体制」を問題視する方向に鳩山が誘導したことは間違いない。これは、自民党政権時代には考えられなかったことだ。
 
ケレンスキー政権は左右両翼の台頭で崩壊していった。鳩山政権、つまり民主党政権はどうなるか知らないが、基地と安保問題に火をつけたために、必ず左右両陣営の攻撃を許す結果になるだろう。
 国民の目から覆い隠されていた基地と安保問題が顕在化したのである。いったん火がついた問題はなかなか鎮まらない。日米安保廃棄論、憲法改正論、自主防衛論、核武装論などが一挙に浮上してくる可能性がある。それもこれも、鳩山政権が意図したものではないが、結果的にそういう状況を作り出したのだ。
 変革期には必ず、ケレンスキーや鳩山のような“中途半端”な指導者が出てくる。そして、一定の歴史的役割を終えて姿を消すのだ。
 
「いや、鳩山は実は“大石内蔵助”を演じているのだよ」という見方も出てきた。鳩山が大石内蔵助ならもっと面白い展開が予想されるが、その話は今日は止めておこう。
 以上、歴史好きな私はあえてケレンスキーと鳩山をダブらせてみたのだが、歴史好きということでお許し願いたい。(10年5月7日)

 

鳩山首相は大石内蔵助だって?
 
沖縄の普天間基地移設問題を巡って鳩山総理(以下、敬称略)の迷走が続いているようだが、実はこれは“落とし所”を考えていろいろ演じているのだという見方がある。つまり、鳩山は大石内蔵助を演じているのだという説だ。
 これは、人気凋落の鳩山に対するずいぶん好意的な見方だと思うが、もしかすると「宇宙人」は、地球人には分からない行動を取っているのかもしれない。
 
鳩山は大石内蔵助のような“大人物”にはとても見えない。内蔵助は主君の仇を討つために、敵を欺き味方も欺いた。忠臣蔵の話を詳しくするつもりはないが、内蔵助は自ら“馬鹿者”を演じ、昼行燈(ひるあんどん)とも呼ばれた。
 大業(仇討ち)を成就するためには敵を油断させ、味方にも悟られてはならない。内蔵助くらいの覚悟と信念、策略が鳩山にあるだろうか。とてもそのようには見えないが・・・単なるloopy(馬鹿)かもしれない(アメリカのワシントン・ポストが評したコメント)。
 しかし、一国の総理をそう簡単に馬鹿者に見たくないというのも人情だ。そこで一縷(いちる)の望みを抱いて、鳩山を大石内蔵助に見立てようというのだが、はたしてどうなるだろうか。万が一にも、鳩山が内蔵助のように鮮やかなことを成し遂げれば、拍手喝采を送ろう。普天間基地の「国外移設」ということだ。(10年5月8日)

 

“中国人様々”ではないか!
 
きょうのテレビ朝日の「Sフロントライン」を見ていたら、日本の中流層がどんどん少なくなって、上流と下層の2極分化の方向がはっきりしてきたと放送していた。
 この場合の中流層とは年収500万~800万円の階層だが、たしかにそのクラスの世帯が減っているのは間違いない。日本はかつて「総中流社会」と言われ理想的な社会構造だったが、今やそれは完全に崩壊したと言わざるを得ない。まことに残念である。
 上流と下層の2極分化と言っても、もちろん下層世帯が増えているわけで、年収1500万円以上の上流はごく一部である。本来は中流層を増やしていくべきだが、日本の社会構造はもはやそれが無理な状況になっているのだろうか。
 
ここで経済対策を議論するつもりはない。私がテレビを見てホウ~と思ったのは、購買力が落ちた日本人に取って代わるかのように、中国の中流層が最近大いに日本にやって来て買物をしている事実だ。
 この場合の中国の中流層とは年収が500万~800万円ということではない。もっと低いのだが、中国にはその中流層が4億人ぐらいいると言われる。テレビでは、静岡・御殿場市のアウトレットに押し寄せる中国人観光客の模様を放送していたが、最近は大変な人数だそうだ。
 詳しい内容は忘れたが、この人たちは年収200万~300万円程度だろうか。しかし、中国では中流層に入るのだそうだ。その人たちが、日本の製品や品質は良いというので、日用雑貨や衣類などをどんどん買っている。アウトレットの売り上げに大いに貢献しているのだ。
 
こういう傾向が今や日本中に現われているそうで、政府は一部に限っている中国人へのビザ発給を近い内に大幅に緩和するそうだ。そうなると、中国の中流層が一段と来日する可能性が高まる。そして、日本でどんどん買物をし金を落としていってくれれば商売繁盛で万々歳である。
 つまり、日本人の購買力減少を補う形で、中国人が日本経済の活性化に寄与している側面があるのだ。昔は、日本人がアメリカなどへ行って大いに金を使ったものだが、今や中国人が日本などに来て金を落としていってくれるのだ。昔われわれがやったことを、いま中国人がやっている。「中国需要」と言うのだろうか。
 その背景には、先進資本主義国である日本の製品や品質が良いという理由があるが、中国人の日本への“憧れ”もあるようだ。それは大変結構なことであり誇りにすべきである。
 
テレビでは最後の方で、北海道の網走や阿寒湖だったか、中国制作の人気ドラマのロケ地になったというので、中国人観光客が大挙して訪れているのを放送していた。地元の観光業界は中国人スタッフを雇ったり従業員に簡単な中国語を習得させていたが、こうしたこともこれから増えるのだろうか。“ヨン様”を追いかけて日本人が韓国へ行くのと逆の現象である。
 まあ、日中間の外交問題は別として、民間レベルでは日中両国の交流が一段と増進している。アメリカだって中国との交流は深まるばかりだ。政治や外交の話は別として、経済ではこうした動きは今や当然のことで、これからますます進化していくだろう。
 日本の中流層の没落は残念だが、その穴を埋めるかのように中国人が日本で大いに金を使ってくれることは歓迎すべきことである。(2010年5月16日)

 

デフレと市場原理
 
市場とは売り手と買い手が商品を取り引きする場所である。その実勢を尊重するのが市場原理主義だと理解する。
 そうすると、売り手が良い商品を安く提供すれば必ず買い手がつくはずである。逆に、悪い(良くない)商品を高く売ろうとしても買い手がつくはずがない。そういう状況で商品の適正な価格が形成されていくのだろう。
 つまり、良い商品は高く売れる可能性があり、悪い商品は安くしなければ見向きもされない。それがマーケットであり、実態はそういうことだと理解する。
 さて、最近はデフレ問題がよく取り上げられているが、消費者(買い手)は良い商品・サービスを出来るだけ安く手に入れようとするのが当然である。「同じ品質」の商品であれば、1円でも安い物を買おうというのが人情だ。わざわざ高い物に手を出す馬鹿や阿呆はいない。それが市場原理である。
 
経済が拡大し景気が回復すれば、デフレなどおのずから解消される。逆にインフレの方が危惧されるのだ。インフレも市場原理でそうなるのだろう。
 ある商品・サービスに買い手が殺到すれば、その価格は高騰するに決まっている。逆に買い手が少なければ、物やサービスは余ってくるので価格が落ちて当然である。こんなことは経済学の初歩だから、デフレが悪い・悪いと声高に言っても仕方がないではないか。
 物価は下がる所まで下がれば、それ以上は下がらない。“理屈”から言えば、デフレを早く脱却したいのなら、出来るだけ早く物価を急落させれば良い。そうすれば、それ以上は物価は下がらないから、今度は逆に物価は上向きになるはずだ。
 一番良くないのが、ダラダラと少しずつ物価が下がることである。そうなると、いつデフレから脱却できるか見通しがつかない。
 
したがって、乱暴な言い方だが、デフレに拍車を掛ければ良い。そうすれば物価は必ず底を突いて、その後反転して上昇する傾向になる。
 デフレの進行中に「より高い物を買いましょう」なんて言ったって、市場原理から見れば無理に決まっている。そんなものは焼け石に水だ。
 経済の理想から言えば、インフレもデフレもない状態が“最善”だろう。しかし、自由主義経済の下では、必ずインフレ局面とデフレ局面が交互にやって来ると思っている。それが市場原理ではないのか。
 ただし、急激なインフレやデフレは好ましくないので、政府や日銀が調整する。それはそれで良い。出来るだけ“なだらかに”インフレやデフレを進めるということだ。
 
私の言い方は無茶だろうか。私は経済の専門家ではないが、市場原理の理屈から言えばそうなるということだ。要はデフレにもインフレにも強くなることである。
 デフレが来ようがインフレになろうが、平ちゃらというのが一番良い。そんなことを言われても困るという人が大勢いるだろう。しかし、自由主義経済・市場原理とはそういうものだ。そうでなければ「統制経済」になる。
 経済は生き物だから伸びたり縮んだりする。伸縮自在な生き物だ。だから伸びた後は必ず縮む、縮んだ後は必ず伸びると思っていれば良い。
 
それよりも、経済はあくまでも人間の“所業”であるから、デフレになろうとインフレになろうと、泰然自若としていることが肝心だ。あとは政府・日銀が対応してくれる。
 いたずらに騒ぐこと自体がナンセンスだ。騒いだところで何の効果もない。それが経済というものだ。
 「水は高きより低きに流れる」・・・これが鉄則である。水は低きより高きには、絶対に流れない。(2010年4月19日)

 

マスコミは自由を失ったのか

昔はマスコミ、つまりジャーナリズムに「自由」があったと思う。ところが、最近はそれを失ったのではないかと危惧する。 フリージャーナリスト(今は休業中)の上杉隆氏がその点を鋭く指摘しているが、彼の言っていることが全て正しいとは思わない。いや、思いたくない。 しかし、上杉氏が原発事故関連で今のマスコミを厳しく糾弾している点は、非常に痛烈である。(以下の記事を参照・http://blogs.yahoo.co.jp/permer4_4/27856955.html
ちなみに、私はかつて某テレビ局で情報番組のアドバイザーをしていたが、コメンテーターとしての上杉隆氏の発言を高く評価していた。その頃、彼は政治を中心にしてコメントしていたが、いつの間にかテレビから姿を消してしまった。色々な事情があっただろうが、残念である。
それはともかく、昔、テレビ局の報道にいた私は、あの頃の方が今よりずっと自由だったのではと思うのだ。今のマスコミの実情を詳しく知っているわけではないが、あの頃はもっと自由で伸び伸びしていたと思う。
例えば、70年安保闘争の直前だったか、その年の締めくくりとして「今年の100人」という特別番組のスタッフをしたことがある。その年に話題になった政治家や財界人、スポーツ選手や芸能人らをスタジオに招いたのだ。 私が驚いたのは、革マル全学連の成岡庸司委員長も招かれたのだ。そして、自らの主張を訴えていた。革マル全学連と言えば、反体制派の急先鋒である。革命を目指す組織である。 いかにその年に脚光を浴びたとはいえ、そういう人物を招くとは、今のテレビ界では想像もつかないだろう。それぐらい自由だった。 私がいたテレビ局は“財界テレビ”と揶揄されていたのに、大胆なプロデューサーは平気でそういうことをしたのだ。なお、革マル派と対立する中核派の委員長にも声をかけたが、残念ながらこちらは断られた。いずれにしろ、そういうことを自由奔放にやっていたのだ。

また、金大中事件が起きた1973年の「10大ニュース」では、この事件を徹底的に検証しようとした。金大中氏(後の韓国大統領)が都内のホテルから拉致され、数日後にソウルで見つかるという歴史的大事件だった。覚えている人も多いだろう。
この事件の背景には、韓国のKCIAが絡んでいたのは間違いなく、日韓関係を揺さぶる大きな外交問題に発展した。それほどの事件だから、10大ニュースのトップとして徹底的に検証して当然だ。 われわれスタッフは40分ぐらいの企画VTRを作った。ところが、放送前日にY報道局長からクレームが付いた。「そんなに長くやるな」と言うのだ。
「何を言うか!」とOプロデューサーは怒った。それでY局長とO氏らわれわれスタッフとの間で深夜、延々と議論になった。 結局、“業務命令”だというのだ。Y局長の命令で、われわれは泣く泣くVTRを15分程度の短いものにせざるを得なかった。徹底検証は挫折したのだ。 しかし、われわれは最後まで抵抗した。そこにレジスタンス・抵抗する自由はあったのだ。 たぶん、日韓関係を重視する何らかの政治的圧力が(政府から)あったのだろう。
徹底検証は挫折したが、そういう抵抗する自由がいまテレビ局にあるのか!? 上司の言うがままにしているのではないか? それは分からないが、全てが「管理社会」になった今の日本では、自由が失われていると思う。だから、閉塞感が漂っているのだ。まして、ジャーナリズムが自由を失えば、もうその存在価値はない。
今日は明かしたくない事まで明かしてしまったが、ジャーナリズムと自由、ジャーナリズムの良心について、関係者は真摯に考えるべきである。(2012年1月23日)

 

原発エゴイズムは止めろ!

<原発を誘致した側にも責任がある>

 あえて厳しいことを言いたい。
 福島原発の放射能漏れ事故は、東京電力が第一の責任を負わなければならない。これは誰もが同じ認識だろう。原子力安全・保安院の責任もあるが、これは二の次の話だと思う。問題は原発を誘致した側の責任である。
 受け入れ側の地元住民は放射能漏れで避難を余儀なくされ、あたかも“被害者”のような態度を取っている。しかし、それはおかしい。
 原子力関係の施設受け入れについては、全国の至る所で問題になっている。町長や村長らが受け入れを表明したら、住民が猛反発して騒動になった所は幾らでもある。つまり「安全」を取るか、「金」を取るかの問題なのだ。
 例えば、高知県東洋町では4年前、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の受け入れをめぐって、推進派と反対派が激しく対立、町長選挙で反対派の候補が勝利を収めた。このため、処分場を受け入れなかったのである。
 ところが、福島第一原発については、地元の大熊町と双葉町が議会で受け入れを決めた。つまり、地元の町にも責任があるということだ。
 
原発を受け入れれば、国から多額の交付金などが支給される。地元が今までいくらもらったか知らないが、町興しや雇用、インフラ整備などにプラスになったことは間違いない。それは結構なことだが、原発を容認した見返りなのだ。
 もちろん、東電から「絶対安全」と言われたろうが、今回、安全どころか「極めて危険」であることが立証された。これは地元の自己責任、自業自得というものだ。
 そればかりではない。放射能は福島県内の周辺地域、さらに茨城や栃木など関東にも拡散し、首都圏にも水道水などの被害をもたらした。自分らが被害を受けるのは当然だが、それをはるかに上回る被害を東北から関東地方にかけてもたらしたのだ。(経済的損失は計り知れない。)
 朝日新聞(3月29日)の記事によれば、双葉町は福島第一原発7、8号機の増設誘致に関して、毎年9億8千万円もの初期対策交付金を受け取ったという。これも「金」に目がくらんでのことだろう。交付金というのは、もちろん我々の税金から出ているのだ。地元が潤うのは良いが、そうした“ツケ”が原発事故で他の国民にも跳ね返ってきたのだ。
 
地元の町会議員らは「議会の責任は免れない」とか、「町民に申し訳ない」などと言っているそうだが、他県や周辺地域の人たちに「申し訳ない」と思っているのか。
 ある町民がテレビのインタビューに対し、「我々は首都圏の電気の3分の1を供給してきたのだ」と開き直っていたが、冗談じゃない! ついでに放射能も供給したのか! 原発が無くても、火力発電所などが動いていれば電力は十分に供給されるのだ。(注・今度の大地震と津波で、東電管内の火力発電所も被害を受けた。)
 他県や国民に対して、済まないといった気持がほとんど感じられない。ある方のブログにも、原発従業者が「(原発に)反対している人には悪いけど、これからも動かせるものなら動かしてほしい」と言ったという静岡新聞の記事が紹介されていた。(末尾にリンクしておく)
 要するに、自分らの仕事が無くなることだけを心配しているのだ。こんな大事故を起こしておいて、よくも抜け抜けと言えるものだと呆れた。原発の操業停止で何千人が職を失うのか知らないが、他に何十万、いや何百万人もの国民が迷惑をこうむったことが分かっていないのだ。全く“エゴイズム”そのものである。
 
こんな話を聞くと、原発関係者に「ざまあ見ろ!」と叫びたくなる。しかし、何の関係もない国民が被曝の危険にさらされていることを思えば、そんなことは言ってられない。これは国民全体の問題なのだ。
 安全なエネルギーは他にも色々あるだろう。太陽光、風力、地熱、マグマなど自然エネルギーが沢山あるのだ。何故それらを活用しないのか。最も危険な原発だけに頼っている地元の関係者に、エゴは止めてくれと言いたい。
 先ほども述べたように、「金よりも安全」を選択して、原子力関係施設の受け入れを拒否した地方自治体は沢山ある。自分らの仕事が無くなるから、これからも原発を動かしてくれなどとよく言えたものだ。
 少し厳しいことを言ったが、これ以上記事を書いていくと、私自身が“爆発”しそうだからもう止めよう。最後に一言・・・原発エゴイズムは止めてくれ! (2011年4月1日)
 
天空さんのブログ記事・・・http://blogs.yahoo.co.jp/jigenryu007/64224259.html
 

 

小沢一郎氏、ネット重視を宣言
 
ある方のブログを訪問したら、25日付の「asahi.com」の記事を紹介しながら、民主党の小沢一郎元代表がインターネットを重視していく姿勢について論評しておられた。(http://blogs.yahoo.co.jp/jigenryu007/63318884.html
 とても参考になったので、私なりに意見を述べたい。「asahi.com」の記事にあるように、小沢氏は「インターネットを通じ、自分の本当の姿、率直な意見を伝える機会を数多く持ちたい」と語った。
 また、「既存の新聞、テレビに作られた世論でなく、みなさんが真実を知ることで世論を形成し、政治に反映するのが優れた方法だ」と強調したという。
 
これは、小沢氏が既存のマスコミに「ノー!」を突き付けた発言と見て良いだろう。既存のマスコミが善いか悪いかは各人の判断するところであるが、小沢氏は明らかにマスコミの“存在理由”を否定したと理解できる。
 彼は最近、新聞やテレビのインタビューを控えているそうだが、これは「政治とカネ」問題で、マスコミの報道の仕方に強い疑問と反発を覚えているからだと考えられる。
 小沢氏の「政治とカネ」問題は、これも各人が判断することなのでここでとやかく言うつもりはない。それを言い出したら切りがない。
 
私が言いたいのは、既存のマスコミに対抗して、新しい「ネットジャーナリズム」が誕生し、それが今後ますます花開こうとしているということだ。日本中の関心を集めた先の尖閣・中国漁船衝突事件も、そのビデオは「ユーチューブ」から流出した。少し前なら、どこかのテレビ局から流出したはずである。
 CNNがビデオを廃棄したかどうかは知らないが、世の中は大きく変わろうとしている。当然、既存のマスコミは生き残りをかけて「ネット対策」を推し進めるだろう。 しかし、テレビ局OBの私でさえ、ネットジャーナリズムが確立されようとしている“気配”を感じるのだ。
 小沢氏は今後ますます既存のマスコミから攻撃を受けるだろう。それはマスコミが存在を否定されたからだ。小沢対マスコミの戦いはさらに熾烈になる。
 
しかし、問題は小沢氏一個人の話ではない。かつて、テレビが誕生した時、既存の映画会社がこぞって“テレビ包囲網”を作り、新旧映像メディアの熾烈な戦いが繰り広げられた。それと同じように、今や古いメディアとなったテレビ、そして新聞が、新興メディアの「インターネット」といかに対峙し、生き残れるかが焦点になってきたのである。
 これは新たな“文明の戦い”である。この戦いに打ち勝ったものが21世紀を制することになるだろう。小沢問題から話が発展して申し訳なかった。(2010年11月27日)
 

 若者はなぜ怒らないのか!?
 
今日、ひどい話を聞いた。朝のテレビ情報番組で、JAL・日本航空の採用内定取り消しの放送をしていたが、私が驚いたのは、“不当にも”内定を取り消された若者2人が一向に怒らないのである。
 内心は怒っているのかもしれないが、テレビ局のインタビューに淡々と紳士的に答えているのだ。スマートと言うか“草食系”なのか知らないが、なぜもっと激しく怒らないのだろう。世の中はこんなものかと諦めているのか。あるいは、激しく怒った音声がテレビ局の編集でカットされたのか。そう考えたくなるほど、穏やかで紳士的な対応に終始していた。
 
2人の若者は1年半前に採用内定通知を受けていたのだ。1年半前! この期間は、就職氷河期の学生にとっては非常に長い時間だと思う。要するに、1年半を棒に振ったのだ! 「入社式」をきちんと済ませ、さらにJAL側から「ぜひ入社してください」といった催促通知まで受けている。
 JALが経営再建で大変だということは分かっている。だからと言って、勝手に内定を取り消すというのはどういうことか。これは訴訟ものだ!
 放送の内容を逐一覚えていないが、2人の若者は競争率が100倍以上の難関であるパイロット枠で入社を決めていたのだ。その後、JALの経営再建策が固まったせいか、パイロットでなく地上勤務でとか、関連企業へ行かないかとかいろいろ言われ、最後は90万円の一時金を払うから考えてくれといった通知を受け、26人中20人が一時金を受けてJALから去っていった。ところが、結局、残る6人も採用内定取り消しになったのである。
 
これは明らかにJAL側の失態である。詐欺行為と同じだ。どれほど経営再建計画が難しいとはいえ、若者たちの夢を不当にも打ち砕いたのだ。われわれが若い頃だったら、「冗談じゃない! 約束違反だ!」と言って怒っただろう。こんなことは許せないからだ。
 ところが、今の若者は「仕方がない」といった感じなのである。なぜ怒らないのか。それどころか、JALの将来を心配して「経営再建が上手く行きますように」とインタビューに答えていた。
 まるで、神様か仏様のような答え方ではないか! よほど人間が出来ているのか上品なのか知らないが、私は聞いていて歯がゆくなった。今の若者はこんなにも優しく高尚なのだろうか。しかし、怒るべきところでは怒るのが筋ではないのか。
 
われわれの年代の者は若い頃、食うものも満足に食えずハングリーだった。また、全体的に貧しかったからか、不当な仕打ちを受けたら断固抗議したものである。自分の利害とは関係がなくても、社会的な不正、不当な行為があれば、デモでもストライキにでも立ち上がり、「おかしいじゃないか!」と叫んで断固とした抗議行動をしたものである。
 大学の授業料値上げ反対闘争は、毎年必ずどこかの大学で起きていた。それは当然のことである。ところが、今や授業料値上げ反対闘争など起きているのか。まず聞いたことがない。若者たちは“怒り”を忘れたのか。社会の動きにただ唯々諾々として従っているだけではないのか。みんな“草食系”の従順な人間になってしまったのか。
 それも良いかもしれない・・・しかし、不当で不正な行為があれば、それに抗議して立ち上がるのが若者らしい姿ではないのか。いつから“ハングリー精神”が無くなったのか。
 
日本は「閉鎖社会」になったと言われる。昨今はなにか「閉塞感」に満ち溢れている。今日の放送を聞いていたら、若者たちがこれではそうなるのも仕方がないと思った。何もかも受動的なのだ。完全に飼い慣らされた感じである。
 社会に不正や不当な行為があれば、それに立ち向かっていくのが若者の義務だろう。そうでなければ、社会を改革したり是正することは出来ない。それとも、政治家に全てを任せようというのか。しかし、今の政治家には社会を本当に改革する能力や意欲が欠けている。若者たちが立ち上がらなければならないのだ。
 ところが、まるで“去勢”された老人みたいではないか。若者たちが神様や仏様になるのはまだ早い。怒るべき時は本気で怒り、社会を変えてもらいたい。そうでなければ、日本はますます閉塞感に満ちた活気のない社会に落ち込んでいくだろう。 若者たちよ、怒れ!! (2011年2月3日)

 

明日への遺言・・・岡田陸軍中将
 
映画『明日(あした)への遺言』(2008年公開)のDVDを見た。第2次大戦後、米軍捕虜虐待の罪で絞首刑になった岡田資(たすく)陸軍中将の姿を描いたものだ。
 岡田中将は大戦の末期(1945年)に東海軍管区司令官を務めていたが、5月の「名古屋空襲」の際、撃墜され捕虜となった米軍機搭乗員27名を処刑した罪で戦後、B級戦犯として軍事裁判に掛けられた。
 一般市民への無差別爆撃は国際法(ハーグ条約)で固く禁じられているため、岡田中将は「搭乗員は国際法違反の戦犯だ。捕虜虐待ではない」と強く主張した。しかし、軍事法廷は結局、捕虜虐待の罪で岡田中将に死刑の判決を下すのだ。(彼はこの裁判を“法戦”と呼んで戦った。)
 その間、彼は「一切の責任は私にある」と述べ、同じく裁判に掛けられた多くの部下の責任を認めなかった。つまり、全ての責任を自分に背負ったのだ。この結果、部下たちは減刑となり死刑を免れることになった。司令官として、まことにあっ晴れな態度と言わざるを得ない。
 死刑判決を受けた直後、岡田は傍聴席にいた妻に対し「本望だ」と述べるところがある。胸に迫るシーンであった。彼はその後も部下たちを励まし、立派に生き抜くよう諭す。岡田は熱心な日蓮宗の信者でもあった。
 こうして、彼は1949年(昭和24年)9月に絞首台の露と消えるが、刑場に向かう際にも部下たちを激励する。部下たちは最後に唱歌『故郷』を歌って岡田を見送った。
 日本の軍人はいろいろ批判されるが、中にはこのように部下思いの立派な将校がいたことを忘れてはならない。岡田中将には藤田まことが扮していた。それにしても、戦争は残酷で悲惨である。(2011年2月18日)

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