矢嶋武弘の部屋

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米朝関係の緊迫で「プエブロ号事件」を思い出す

2017年08月13日 16時36分49秒 | 政治・外交・防衛

<以下の文を復刻します。>

アメリカと北朝鮮の関係が緊迫しているが、ふと、そうとう昔の「プエブロ号事件」を思い出した。この事件は1968年に起きたもので、アメリカの情報収集艦プエブロが北朝鮮に拿捕されたものである。
情報収集艦とは要するに「スパイ船」のことで、1968年1月23日、プエブロは北朝鮮東岸の元山(ウォンサン)沖の洋上で活動中、領海侵犯を理由に北朝鮮警備艇などから攻撃を受けて拿捕されたものだ。この際、乗組員1人が死亡、82人が身柄を拘束された。
これに対しアメリカは、プエブロの活動は公海上で領海を侵犯したものではないと反発し、ただちに空母艦隊を日本海に派遣して乗組員らの釈放を強く求めた。しかし、北朝鮮は逆に領海侵犯を謝罪しろと言ってアメリカの要求を拒絶し、両国関係は一触即発の事態にまで緊迫したのである。
その結果、米朝両国は板門店で交渉を重ねることになったが、アメリカは当時 ベトナム戦争の真っ最中で、北朝鮮にまで戦争を仕かけるわけにはいかなかったのか、あるいは当時のソ連が両国に強く自制を求めたためか、武力攻撃までには至らなかった。
結局、両国の交渉は11カ月も続き、その年の12月にアメリカがスパイ活動を認める「謝罪文書」に調印して、乗組員82人の解放をようやく実現したのである。ただし、肝心のプエブロ号は返還されず、北朝鮮はこれを“戦利品”として拿捕したままになった。
アメリカにとっては屈辱的な結末になったが、一方、北朝鮮は「アメリカに勝った」という宣伝に大いに利用し、今もプエブロの船体をピョンヤンの大同江に係留している。
私が6年前に北朝鮮を旅行した時、ガイドがぜひ行こうと言ってその場に案内されたことがある。要は“観光の目玉”だが、それほど大した船には見えない。この事件が北朝鮮の瀬戸際外交の始まりだと言う人がいる。また、アメリカに勝ったということで、キム・イルソン(金日成)主席への個人崇拝がますます強まったとも言われる。
その評価は別として、北朝鮮は何をするか分からないところがある。プエブロ号事件の前後には、韓国のパク・チョンヒ(朴正煕)大統領暗殺未遂事件が2度も起きている。また、事件から10年もたたないうちに日本人拉致事件が始まった。それらを考えると、緊迫した米朝両国の関係で不測の事態が起きないよう願うばかりだ。
最後に、北朝鮮を旅行した時のプエブロ号の写真を載せておこう。

 

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