矢嶋武弘の部屋

風林火山
日一日の命 日々新たなり

第2部・啓太がゆく(労働組合騒動・その3)

2017年07月12日 03時17分07秒 | 文学・小説・エッセー

そうして数日がたつうちに、啓太は25歳の誕生日を迎えた。誕生日といっても別にどうってことはない。ああ、そうかという感じだが、このテレビ局は変わった会社でいちいち「記念品」などをくれる。社長の陣内は、そうしたことに気を配るのだろう。家族主義的な会社経営が彼の方針だからだ。
大きなガス爆発事故で例の討論集会は1週間延びたが、その日、ほぼ全員が出席して集会が開かれた。2階の会議室に20数人の社員が集まったが、その中に新入りの高畑伸子が含まれていた。彼女は人事部から移ってきた“庶務担当”の社員で、半年前に入社したばかりの新人だ。
庶務の仕事が増えてきたのと、古参の滝川和江が半年後に25歳の定年を迎えるので、補充の人事だったのだろう。報道部の社員は20数人だが、他にKYODOテレビの関係者が70数人いるから、庶務の仕事はどうしても増えてくるのだ。
集会の冒頭、石浜部長が簡単に挨拶した。
「今日は皆さんの率直な意見を聞こうと思う。これは人事査定とはまったく関係ないので、忌憚のない意見を出してほしい。会社の今後の労使関係にとって、きっと役に立つと思う」
石浜はこう述べたが、討論集会は初めから緊張感に包まれていた。誰も何も発言しない。そこでまず、稲垣デスクが「協議会」発足の意義や経過を説明し、藤森ディレクターがこれに賛同する意見を述べたのでようやくくつろいだ雰囲気になってきた。しかし、稲垣や藤森は労働組合を暗に批判する考えを示したのだ。
すると、組合運動に熱心な国枝久がこれに反発した。
「稲垣さんや藤森さんは労働組合をどう思っているのでしょうか。組合活動は従業員の当然の権利だし、労働三法によっても守られている。われわれ組合員は合法的な当然のことをしているまでで、会社に対し不当な要求や破壊的な活動をしているわけではない。その点を、十分に理解していただきたいと思います」
国枝のさわやかな弁舌が終わると、堰(せき)を切ったようにみんなが意見を述べ出した。組合を最近脱退した窪川治男がすぐそれに反論する。
「組合活動が従業員の当然の権利だというのは分かる。しかし、今の会社が置かれている状況をどう思っているのだろうか。後発のわが社は、先発のテレビ局になかなか追いつけないのが現状だ。石浜部長が言っているように、テレビ局は2つの系列が生き残れるのがやっとだと思う。そんな時に、労使双方が対決して争うようなことは断じて避けなければならない!」
窪川の大声が部屋中に響き渡った。石浜らはわが意を得たりと納得した表情を見せたが、国枝や今村、小出らの組合員は険しい顔つきになった。今村が傍らの啓太にそっとささやく。
「あれは部長への“ごますり”だな」
啓太は苦笑したが、その時、木内典子が手を挙げて発言を求めた。

司会・進行役の稲垣が指名すると、木内は思わず立ち上がろうとしたが、苦笑いを浮かべて腰を下ろし語り始めた。
「今まで総体的なお話が多いようですが、私はもっと身近で具体的な話をしようと思います。何度も言ってきましたが、わが社の“女子25歳定年制”はあまりにも女性を差別化し、現代にそぐわない制度だと思います。こんな制度を実施しているマスメディアは他にほとんどないでしょう。
この報道部でも、滝川和江さんが近いうちにそれに該当します。滝川さんはとても仕事ができ人望もあるというのに、25歳で定年を迎えられるのでしょうか。それは心外です。私は先輩の彼女を尊敬していますが、いつまでもこの職場にいて欲しいと願っています! 組合は25歳定年制を是正するよう、会社に強く訴えています。今こそ社員は一致結束して、この要求を実現しようではありませんか! 協議会にはそういう目標があるのでしょうか? お聞かせください」
木内典子が強い口調で話し終えると、一同は静まり返った。滝川和江の名前が出たので、啓太はその様子をうかがったが、彼女はうつむいたまま顔を上げようとはしない。隣の高畑伸子も緊張しているのか、顔が青ざめて見える。2人は丸顔のせいかまるで“姉妹”のように見え、啓太は少し可笑しくなった。
「協議会ももちろん、女子25歳定年制問題には取り組んでいますよ。前向きに対処したいと思います」
藤森ディレクターが簡単に答えたが、どこか他人事のような感じもする。彼は窪川と違って、協議会に入ったものの組合は脱退していない。いわば“二股(ふたまた)”をかけている形で、協議会にはそういう人が何人もいた。まるで日和見主義ではないか・・・ 啓太はそういう姿勢が嫌いだった。
藤森の発言に小出がすぐに反発した。
「前向きと言ったって具体性がないですね。組合は25歳定年を30歳、いや35歳に延長するようにと具体的に会社側に提案していますよ。これからの話し合いになりますが・・・」
小出が反論したので、そのあとは協議会のメンバーや組合員が次々に意見を述べた。しかし、議論は“水掛け論”のようになってなかなか収拾がつかない。啓太は特に発言しなかったが、やがて石浜がみんなを鎮めるように言い放った。
「分かった、今日はこれまでにしよう。25歳定年制の問題も労働条件などの問題も、次の回にまた大いに議論しよう。今日はとても参考になった。みんな、ご苦労さん」
石浜が締めくくったのでこの日の討論集会は終わったが、かれこれ2時間以上も討論が続いただろうか。大方の部員は少し疲れたような表情を見せていた。

協議会が発足した数日後、報道部を中心に突然 人事異動が行われた。9月末の人事異動など異例のことだが組合員の多くが動かされ、これは組合対策だとみんながそう理解した。事実上の「不当労働行為」かもしれないが、会社側はそんなことはしていないという姿勢だった。
報道の有力な組合員である白井將平(組合書記長)は、新たにできる札幌支局への転勤が決まり多くの人を驚かせた。組合員の小出や今村が憤慨する。
「白井さんが札幌へ行くなんて、完全に“島流し”じゃないか!」
「どうなってるんだ、こんな人事があるか!」
組合員の怒りと嘆きが充満していた。白井ほどではなかったが、報道一本槍の国枝久も編成部への異動が決まった。彼も怒って石浜部長に食い下がり、必ず1年以内に報道へ戻してほしいと嘆願したという。ほかに海外ニュース班の須藤次郎も、慣れない技術部デスクへの配転が決まった。啓太も以前、須藤の下で働いたことがある。
白井、国枝、須藤の3人は、報道では組合のいわば“3本柱”であった。その3人が姿を消し残ったのは啓太や小出、今村や木内らの若手ばかりとなり、組合の勢力はぐっと弱まった。その代わりというか、KYODOテレビから若手の人材が何人も報道に移ってきた。坂井や中野、栗原たちで、彼らの多くは啓太と同じ年頃の若手である。
この中で坂井則夫は特に啓太と仲が良く、すぐに声をかけてきた。
「山本君、よろしくね。内勤整理のことはまったく素人だから」
それも当然で、坂井らはこれまでニュースフィルムの編集ばかりをやっていたのだ。フィルム編集とは、アセトンという接着剤でフィルムを貼り合わせる仕事だが、編集室でフィルムの“切り貼り”をするとても地味な仕事をしていたのだ。だからというか、坂井らは報道の部屋に移ってきたことを喜んでいた。
「ノリ(則夫のこと)さん、こちらこそよろしく」
「うん、でも大変だね、FUJIテレビは。組合騒動があるから」
坂井はそう言ったが、どこか他人事のようで気楽な感じに聞こえた。KYODOテレビは関係ないという風だ。啓太は少し不快な気分になったが、特に反論はしなかった。坂井は思ったことを正直に述べる質(たち)で、むしろその性格に啓太は好感を持っていたのだ。

やがて、10月に入ったある日、先輩の川崎が話があるから一杯飲もうと啓太を誘ってきた。話? どうせ、あの話だろうと啓太はピーンと来たが、川崎とは日頃付き合っている間柄だから、すぐにそれに応じた。
2人は仕事を終えると、夕方、新宿の馴染みの居酒屋へ向かった。ここは駅に近くよく立ち寄る所だが、最近はほとんど来ていなかった。もともとは川崎が常連の店だったが、彼に連れられて来るようになって啓太の馴染みの店にもなったのである。
居酒屋に入ってビールなどを飲むうちに、2人は自然と仕事の話をするようになった。川崎は報道番組のディレクターを続けていたが、最近は長野県の松代(まつしろ)群発地震の企画などで忙しいという。現地にも2度ほど行ったと語っていた。そして、啓太がいる内勤整理班のことなども聞いてきたが、そのうちやや改まった感じで話を変えた。
「ところで、君は協議会のことをどう思う? 入る気にはならないかしら・・・」
やっと本題に移ったなと、啓太は思った。それを言いたくて川崎は彼を誘ったのだが、前置きが少し長くなったようだ。啓太は“ありきたり”の労働組合の意義などについて語り、FUJIの組合が民放労連に加入しているのはおかしいが、組合を脱退する気は少しもないと正直に話した。すると、非組合員の川崎が啓太を諭(さと)すように言った。
「石浜さんが君のことを心配してるんだよ。もういい加減に考え直したらどうなの? 実は石浜さんから、君の気持を聞いてくれと頼まれたんだ」
川崎も正直に言う。しかし、啓太はその話に逆に抵抗感を覚えた。石浜部長がそういう考えなら、なぜ自分に直接 言わないのか。いつもの石浜の態度と違う。それに違和感を覚えた啓太は、言葉を強めて反論した。
「協議会は第2組合ですよ。いや、第2組合でもいい。しかし、今の労働組合を潰そうというのは、はっきり言って“反動”ですよ。僕は“保守”はいいとしても、反動は大嫌いだ。川崎さん、保守と反動は違うんじゃないですか?」
これには川崎もすぐに答えなかったが、暫くしてこう述べた。
「組合を潰そうなんて言ってないよ。組合員のまま協議会に入ることもできるんだ。だから、その辺をもっと柔軟に考えたらどうなんだ。僕は保守か反動かなんて、むずかしい議論をするつもりはない。もっと大局的に、今のFUJIテレビが置かれている状況を考えたらどうなの?」
川崎は現実的なことを言うものだと、啓太は思った。しかし、一旦こういう議論が始まると、彼はどうしても“ムキ”になる癖がある。
「川崎さん、組合員のまま協議会に入るなんて、ずるいじゃないですか。二股膏薬ですよ! そんな洞ヶ峠を決め込むなんて、僕にはできませんよ!」

「そうか・・・君ははっきりと言うね。もうあまり議論をしても始まらない。そういうことを石浜さんに伝えてもいいんだな?」
川崎は諦めたように言った。
「ええ、いいですよ。僕の考えは変わりません。その通り伝えてもらった方が、誤解がなくていいと思います」
啓太の率直な言い方に川崎はかすかに苦笑いを浮かべたが、彼はそれ以上 組合問題に触れなかった。2人はなお暫く飲んでいたが、やがて席を立って帰路についたのである。

それから2,3日して、川崎が喫茶室Fへ啓太を誘った。彼は珍しく眼鏡を外すと、つとめてリラックスした表情で話し出した。
「石浜さんは怒ってたぞ。特に協議会を“反動”だと言ったことに、許せないという感じだったな。僕もそれはおかしいと思う。協議会ができたことは一歩前進じゃないのか。いろいろな見方はあろうが、少なくとも反動ではない。組合を潰すために、わざわざ協議会をつくったんじゃない。その点を理解してほしいね・・・」
啓太は川崎の話を聞いていたが、もう反論する気にはなれなかった。ここは社内の喫茶室だし、他に何人もの社員や部外者がくつろいだ一時を送っている。ここで川崎と論争するのは、あまりに野暮ではないか。啓太は川崎の話を暫く聞いていたが、石浜の反応がだいたい分かったので、彼に礼を言って職場に戻った。
川崎や金森、それに1年先輩の樋口徹(とおる)の3人は、石浜部長の“配慮”でつい最近までWASEDA大学の「夜間部」に通っていた。彼らは高校卒でテレビ局に入ったが、なにかと石浜の世話になったのである。そういう意味で、3人とも石浜に恩義を感じて組合には入らず、協議会ができると同時にそれに加入したのだ。
啓太は彼らの事情をよく知っていたが、自分は違うのだという意識をはっきりと持っていた。しかし、ここに来て自分の気持が少し揺れ動いているのも事実だ。彼はそれを決して表に出すまいと思ったが、なにか考え込むような仕草が目立ってきたのである。
ある日、啓太は家に顔を出した兄の国雄に思い切って聞いてみた。
「兄さん、実は組合問題で困っているんだ。協議会ができたのは知ってるね? それに入れというのが石浜さんの考えだが、もし入った場合、組合の方はどうすればいいんだろう・・・」
啓太がまじめな面持ちで聞いたのに対し、国雄はあっけらかんと答える。
「組合にも協議会にも入っていればいいじゃないか。何にでも入れよ。もし第3組合、第4組合ができても、それに入ればいいんだ」
あまりにも“いい加減”な答えに啓太は唖然とした。
「いいか、誰とでも仲良くすることだ。誰も敵をつくらないことだ。周囲は呆れるかもしれないが、どんどん何にでも入っていけよ。それが処世術っていうもんだ」
これには啓太は呆れた。そんなことが許されるのだろうか。たしかに、組合員のまま協議会に入った社員は何人もいる。いや、これからもっと増えそうだ。しかし、そういう人は何かあると矛盾を感じるのではないか。両方の板挟みになることもあるのではないか。それこそ二股膏薬だ! そんなことはできないと啓太は思った。

しかし、国雄は続ける。
「いいか、啓太、俺は組合活動をやってきたし、組合のいろいろな問題も経験してきた。だから言うんだが、結局 より良い方が支持される。だから何にでも入って、どうなるか眺めていればいいんだ。そうすれば間違いはないよ」
啓太はムッとして答えた。
「それは日和見主義じゃないか。僕はそんなの嫌いだね」
「日和見主義で悪いのか? 俺はそうは思わないよ。だいたい、お前は何でも“決めつける”癖がある。それが当たればいいが、外れたらどうしようもない。お前は真っすぐな性格で正直だが、一歩 間違うと非常に危険だ。学生時代に、あれほど全学連に夢中になったじゃないか。少し退いてものが見られないのか?」
兄は啓太の“もろい”一面をズバリと指摘してきた。
「もう少し考えてみるよ」
啓太はすぐに返事ができず、それだけ言うのが精一杯だった。兄は“現実的”にものを見る。それに比べて、自分はどうも真っすぐ過ぎるのか。たしかに決めつけやすい性格だ。それで失敗したり見誤ったことが何度もある。もう少し考えなければならないと、啓太はそう思いながら引き下がった。

国雄に諭されたものの、彼は憂うつな日々を送っていた。こうなると何か気晴らしでもしたい。しかし、以前のように歓楽街に繰り出して遊ぶ気にもなれなかった。それだけ啓太の悩みは深かったのか。
ある日、会社の地下1階を歩いていたら、人気グループ・サウンズ『ブルー・コメッツ』のメンバーに出会った。井上忠夫や三原綱木がいる。とたんに啓太は元気になった。彼らに会釈をすると、みんなは愛想よく微笑みを返してきた・・・サイン帳を持っていないのが残念だ!
その直後、うしろから園まりが歩いてくる。彼女は「夢は夜ひらく」などの歌がヒットし、今や最も人気のある女性ボーカリストだ。啓太はその甘い歌声と可愛い顔が好きでファンになっている。しばらく園まりに見とれていた。

<参考>「ブルー・シャトウ」https://www.youtube.com/watch?v=Z1HMqBwoa-I

「夢は夜ひらく」https://www.youtube.com/watch?v=51Sllb6gogU

すると、急に吉永ゆかりの面影が脳裏に浮かんでくる。彼女のドラマに付き合っていた日々・・・それは最も忘れられない思い出だ。そして、あの蔵原圭一はどうなったのだろうか・・・自殺未遂から完全に回復したのだろうか。
それらの思いが脳裏に去来して、啓太はしばし“現実”から逃避して別世界に入った気分になった。俺はややこしい組合問題から逃げようとしているのか。しかし、それはしつこく自分にまとわり付いてくる。啓太は再び現実の世界に呼び戻された感じになった。

そして、翌日の午後だったか、彼は石浜部長に報道部の別室に呼ばれた。啓太は組合問題で呼ばれたことを覚悟していたが、石浜は妙に優しい顔つきで語りかけてきた。
「お父さん、お母さんは元気かね。国雄君ともしばらく会ってないな」
彼は大学後輩の兄のことを“国雄君”と親しみを込めて呼ぶ。啓太はみんな元気にやっているとありきたりの返事をしたが、内心はあの問題がいつ出てくるかと警戒していた。石浜は今日は二日酔いだとか言って苦笑いをしていたが、そのうち、啓太をにらみ付けるようにして話し出した。
「ところで、君はこの前、川崎と一緒に飲んだそうだな。話は聞いたよ・・・協議会が“反動”だと君は言ったそうだな」
ついに、本題に移ってきた。覚悟はしていたが、部長から何か尋問を受けている感じだ。
「ええ、そう言いましたよ。組合を潰すための協議会なら、反動と見られても仕方がないと思います。僕はそう考えます」
石浜はしばらく無言だったが、やがて啓太の顔を見据えて重々しい口調で言った。
「それは違う。組合を潰すために協議会をつくったのではない。あくまでも、会社の将来を思ってつくったのだ。それを誤解するな。現に組合員のまま協議会に入った者も何人かいる。そういう社員は今後も増えるだろう。だから、その点をよく考えて君も対処してほしい。どうだ、君は協議会に入る考えはないのか?」
啓太は先日の兄とのやり取りを思い出し、ここは正直に言うべきだと腹をくくった。
「組合員のまま協議会に入る考えはありません。それは二股膏薬と同じです。僕はそういうのが大嫌いなんです」
覚悟を決めた言い方に、石浜の顔が見る見るうちに紅潮した。
「それが君の返事か! 分かった。もう話しても無駄だろう。君との縁はこれで切る! もう帰っていいよ」
吐き捨てるような言葉に、啓太はあわてて一礼すると部屋から出ていった。彼はある程度 覚悟していたものの、石浜の凄まじい剣幕に圧倒された感じがする。「君との縁はこれで切る!」という言葉が、啓太の心に重くのしかかった。しかし、他にどのような対応ができただろうか。自分の気持を正直に述べたまでだと啓太は思った。

それから数日して彼が会社から帰宅すると、父と母が心配そうな顔付きをして待っていた。啓太が「どうしたの?」と聞くと、国義がすぐに尋ねてくる。
「お前は石浜さんと衝突したらしいな。さっき、国雄から聞いたばかりだ」
「兄さんは何て言っていたの?」
「国雄はつい最近、石浜さんからお前との出来事を聞いたと言っていたよ。石浜さんはずいぶん怒っていたそうだな。一体、何があったんだ?」
石浜部長とのやり取りが、兄を通じてついに両親の知るところとなった。

「いや、大したことはないですよ。ただ、石浜さんと議論になっただけさ。話し合えばいずれ片がつくでしょう」
啓太は努めて冷静に何事もなかったかのように話したが、国義はさらに追及してきた。
「本当にそうか? お前は頑固なところがあるから、たぶん石浜さんを怒らせたのだろう。いいか、俺は国雄を通じて彼とは長い付き合いがあるし、一緒に飲んだことも何度かある。石浜さんはいい男だ。お前も入社の時は何かとお世話になったじゃないか。そういう人を怒らせては駄目だ。石浜さんは将来 FUJIテレビをしょって立つ人だ。あの人の言うことを聞いていれば間違いはない。だから組合問題でも何でも、彼の言うことを聞いたらどうだ!」
国義の激しい口調に、啓太はそれ以上 抗弁する気になれなかった。久乃も心配げな表情をして割り込んでくる。
「お父さんの言う通りですよ。もし、石浜さんに失礼な態度を取ったなら、すぐに謝りなさい。そうでなければ、あの人ははっきりしているから、本当に絶縁状態になりますよ。それでいいんですか? よく考えることですね」
両親の執拗な説得に啓太はうんざりしてきた。これ以上、話を聞いても埒が明かない。
「分かったよ、分かった! よく考えるよ」
啓太はそう言い放つと、立ち上がってそそくさと自分の部屋に戻った。両親が自分のことを心配しているのはよく分かるが、だからと言って、自分の立場や信念を曲げるわけにはいかない。彼はますます悩みが深まるのを意識した。

やがて12月に入り、寒さが一段と身に染みる季節になった。報道部ではその年の10大ニュースをまとめる時期になったが、トップはなんと言っても「相次ぐ航空機事故」だった。啓太は3月に起きたカナダ航空の羽田空港墜落事故や、BOAC機の空中分解事故などを思い出していたが、11月にも松山空港沖で全日空機が墜落したばかりである。
いずれも多数の死傷者を出したから、10大ニュースのトップになるのは当然だ。啓太は“専属班”ではなかったが、その手伝いということで制作に関わっていた。専属班には同期の今村も加わっていたが、ある日、彼が啓太に声をかけてきた。
「山本は石浜部長と疎遠になったそうだな。俺はもともと疎遠だから、何の変わりもないけれど」
今村はそう言って苦笑いを浮かべた。
「うむ・・・部長とはいろいろあってね」
啓太が曖昧に答えると、彼はなおも語りかけてきた。
「噂によると、KYODOテレビの社員が来年、FUJIテレビにほとんど移籍するそうだな」

「えっ、そうか。それは初めて聞くね」
啓太はさも初耳だと言わんばかりに答えたが、実はその話は先輩の川崎から前に聞いたことがある。今村は組合の情報に詳しいから、それをもう聞いていたのだろう。
「そうなると、組合員はますます肩身が狭くなるな。だって、KYODOテレビから来る人は組合に入ることはないだろう。事実上の組合潰しだよ」
今村はそう言って苦々しい表情を浮かべた。
「いや、そんなことはないと思うよ。同じ仕事をしているのだから、むしろ“同一労働・同一賃金”になるのは良いことさ。僕は賛成だね」
啓太がそう答えると、今村は口を閉ざしてしまった。報道の組合員が最も複雑な気持になる話だ。同じ報道の仕事をしていても、FUJIとKYODOの社員の間には、賃金などの面で“格差”がある。同一労働・同一賃金ではないから、FUJIの組合員は何か申し訳ない気持になるのだ。
啓太は、KYODOテレビの社員がそのままFUJIに移籍してくることに賛成だ。しかし、今村は組合潰しだと言って警戒し反発している。どちらが正しいかは知らないが、啓太と今村の間には微妙な考えの違いがあるようだ。2人はその他にも考えの相違があった。
例えば、時限ストについて啓太は反対である。これに対し、今村や小出は当然のことだと考えている。組合がストをやるのは当然かもしれないが、先日の報道部の混乱ぶりを見ると、ニュースがきちんと放送されるか危なくて仕方がない。それを思うと、KYODOテレビから社員が移籍し、人員が増えることに啓太は賛同するのだ。2人はそれ以上議論することなく別れたが、組合員同士のこうした考えの相違が次第に亀裂を深めていく。

そうしたある日、啓太は厚生省の記者クラブに出ていた同期の大橋剛と社員食堂でばったり出会った。
「剛ちゃん、久しぶりだな。元気にやってる?」
「うん、まあまあだ。でも、忙しいよ」
啓太の問いかけに大橋は笑いながら答えたが、彼は厚生省のある資料を報道部と人事部に届けに来たのだという。クラブ詰めの記者はこうした資料を会社に届け、みずから説明することがよくあるのだ。2人は食事をしながら“よもやま話”をしていたが、そのうち、話題が労働組合のことに移ってきた。
「君はまだ組合に入っているのか?」
大橋が単刀直入に聞いてきたので啓太が答えた。
「ああ、入っているよ。それがどうしたのだ?」
すると、大橋が呆れたと言わんばかりの顔つきで語気を強めた。
「協議会にも入らず組合一辺倒か。よく考えろよ。来年はKYODOテレビからも大勢 人が移ってくるというのに、会社のことが全然 分かってないんだな!」

「えっ? KYODOテレビから人が移籍してくるのは本当なのか? ずいぶんはっきりと言うね」
啓太が半信半疑で聞き返した。
「本当だとも。まだオフレコだが、俺は“ある人”から聞いたよ。年が明ければはっきりするさ」
大橋は自信あり気に答えた。啓太は彼の話が間違いないという心証を得たので、それ以上 確かめようとはしなかった。大橋の方が自分より情報通なのだろう。
「分かった、剛ちゃんの話は参考にするよ。今いろいろ考えているんだ。また何かあったら教えてね」
それだけ言うと、啓太は食事を終えて報道の職場に戻った。大橋が言う“ある人”というのは石浜部長だろうか、それとも他の人か・・・ いや、そんなことを憶測する前に、もういい加減に自分の立場をはっきりさせなければならない。啓太はそう考えながら、日ごろの仕事に取り組んでいった。

やがて年末になり10大ニュースの放送も無事終了、新しい年である昭和42年・1967年を迎えた。そして新年の全体会議で、果たせるかな陣内社長は会社の経営方針の1つとして、年内にKYODOテレビの報道部門がFUJIテレビに移籍することを正式に表明したのである。
また、全ての職場に「隔週5日制」が実施されることになり、会社の労働環境も他社並みにようやく整備されることになった。これはもちろん、労働組合や協議会が発足したことが大きな原動力になっている。ただし、理想的な「毎週5日制」、つまり「週休2日制」はまだ先の課題となった。
やがて真冬の季節になったが、そんなある日、KYODOテレビの坂井則夫が啓太に声をかけてきた。彼は報道の内勤業務にもうすっかり慣れている。同僚の中野と栗原もそうだった。彼ら3人は年次が啓太と同じ昭和39年組である。
「山本君、今度、中野や栗原たちと一杯やらないか?」
「ああ、いいね。いつでもOKだよ」
啓太は坂井の飲み会への誘いにこころよく応じた。本当は自分の方から誘いたいぐらいに、啓太は思っていたのだ。

陣内社長が新年の全体会議でKYODOテレビ社員のFUJIテレビへの移籍を明言したことで、啓太はすっきりした割り切った気分になった。それは同一労働・同一賃金が可能になるし当然のことだと思う。また、FUJIの報道が強化されるから良いのだ。
だから、坂井たちと飲み会を開くことに何の違和感もなかった。以前はたまに会合を開いても、別会社だからというので、何か“溝”があるような身構える気分になったが、もう遠慮はいらない。開放的にざっくばらんに意見を言い合えばいい。啓太は坂井の誘いをこころよく受けたのだ。
数日後、4人は新宿のある店へ出かけた。ビールなどを飲んで職場の話などを和気あいあいと楽しんだが、やがて、どうしても労働組合の話になってくる。そこで栗原が改まった感じで話しかけてきた。
「山本君は組合員だそうだが、僕らがFUJIの社員になることに抵抗は感じないの? 僕らは組合に入らないことを条件に移籍するそうだが・・・」
来るべき質問が来た。
「僕自身は抵抗はないさ。しかし、組合自体はずいぶん影響を受けると思うね。だって、70数人がいっぺんに移ってくるんだもの」
啓太は正直に答えたが、やがて自分らが職場で浮いた存在になるような気がしてならない。すると、坂井が口を挟んできた。
「みんな、協議会に入ればいいのさ。そうすれば職場でギスギスすることはなくなると思うよ。山本君はどう思う?」
坂井の問いに啓太はすぐ答えられず、しばらく黙っていた。
「うん・・・まあ、よく考えるよ」
彼はそう答えるのが精いっぱいで、あとは沈黙を守った。4人はそのあとたわいない世間話をして別れたが、啓太は何か重苦しい気持に囚われるのだった。

その頃から、啓太は組合脱退を真剣に考えるようになったが、そうすれば敗北したというか、裏切るような気がしてならなかった。今村や小出の顔が脳裏に浮かんでくる。彼らは“裏切る”のかと語りかけてくるようだ。
しかし、その一方で両親や兄、川崎先輩らの言葉を思い出し、脱退するかどうかの悩みがどんどん深まっていった。ついに、啓太は会社へ行くのが嫌だと感じるようになった。
数日、いや1週間ぐらい休みを取ろうか。急病になったと言えば休めるだろう。秩父でもどこでもいいから、誰にも会わず雲隠れしようか・・・さまざまな思いが彼の胸の内を去来した。

そのうち啓太は、思い切って石浜部長に話そうかと思った。石浜とは「君との縁を切る」と言われて以来、ほとんど没交渉になっている。報道の部屋で会っても、互いに素知らぬ振りをする仲だ。かつての親交がウソのように冷え切った関係になっている。
しかし、ここは石浜に詫びを入れ、協議会に入る決意を伝えなければならない。そうでないと、いつ報道を“クビ”になるかもしれない。石浜ははっきりした男だから、どんなことでもするだろう。まして、近いうちにKYODOテレビから70数人もFUJIに移籍してくるから、気に入らない報道部員はどんどん追放すればいいのだ。
そう思ったとたん、啓太は恐怖を感じた。もうすぐ4月の人事異動だ! 石浜はわずかな例外を除いて、労働組合員を追放するだろう。それは職場の都合だと言えば、別に“不当労働行為”でも何でもない。部長の権限と責任において人事異動をすれば良いのだ。そう考えると、啓太は矢も盾もたまらない気持になった。
石浜さんに話そう。しかし、職場では言いにくい。個人的な話として言うしかない。そうなると、直接 電話で話すのがいい。元はと言えば親密な仲ではなかったか。啓太はそう考え、石浜に電話をかける決心をした。
2月のある日、それは日曜日の午後だった。彼は東京・中野区の哲学堂公園の近くに住む石浜の家に電話をかけた。はじめに奥さんの聞き覚えのある声が応対したあと、電話に石浜が出てきた。
「休みだというのに何だ?」
受話器の向こうから、ぶっきらぼうな声が聞こえる。
「山本ですが、お休みのところすみません。協議会に入る決心がつきました。組合は脱退します!」
しばらく無言のままだ。啓太は不気味な感じがしてきた。
「そうか、それはいい。しかし、組合をやめろとは言ってないぞ」
石浜は少し和らいだ声で、啓太を諭すように言った。
「いえ、もう決心しました。組合を脱退します。僕は“二股膏薬”のようなことはしません!」
また、しばらく沈黙が続いた。
「うむ、分かった。君がそうするというなら、それでいいだろう。言いたいことはそれだけか?」
「はい、それだけです。いや、もう1つだけ、協議会を“反動”だと決めつけたことは謝ります。それは撤回します」
「ハッハッハッハッハ、分かったよ。また、話をしよう」
石浜の甲高い笑い声に、啓太は敗北感を、いやそれ以上の完全な降伏感を覚えた。

石浜との電話はいつも短い。彼は用件が済むとさっさと切るので余計な話はしないのだ。電話が終わると啓太はほっと安堵した。石浜への屈服感はあったものの、これで切りが付いたと心底から思った。あとは組合の職場委員である今村に“脱退”を通告すればいい。
その晩、啓太は開放的な気分になり、組合問題で心配している両親に事の次第をすぐに伝えた。国義も久乃も、啓太が石浜の考えに従って組合を脱退し、協議会に加入することを非常に喜んだ。これですべてが落着したのだと安心したらしい。
そして翌日の月曜日、啓太は泊まり勤務だった。彼は夕方までに出社し、機会を見て日勤の今村に話そうと思った。ところが、いざとなると重苦しい気持になり、啓太は彼に伝えることができなかった。組合脱退ということが、こんなにも“重圧”になるのだろうか。なにか仲間を裏切るような気分になって、どうしても気が引けてくるのだ。
「山本君、今日は僕も栗原の代わりに泊まりだよ。よろしくね」
KYODOテレビの中野が気安く声をかけてきた。彼とは先日、新宿で酒を酌み交わしたばかりだ。
「ああ、こちらこそ。初めて泊まりで一緒になるね」
啓太も気持よく挨拶を返した。結局、その日は今村に話せず、彼が出勤してくる翌日に報告することにした。その晩、啓太は中野とともに深夜ニュースの原稿を書いたりしていたが、それほど忙しくはなかった。びっくりするような事件や事故は起きず、泊まりデスクの曽我一郎と世間話などもしていた。彼はKYODOテレビの社員だが、話好きな性格だ。
「FUJIに入る前に、退職金が出るんだってさ。でも、きっと微々たるもんだよ。雀の涙さ。ハッハッハッハッハ」
小太りの曽我がそう言って笑った。
「曽我さんが雀の涙と言うなら、僕らは何ですかね。一滴の雫(しずく)にもならないか」
中野が相槌を打つと、2人は顔を見合わせてまた笑った。
「でも、退職金が出るんならいいですよ。当面の小遣いには不自由しませんね。うらやましいな」
啓太も何か言わねばと思って口を出す。
「ハッハッハッハ、しかし、ローンの返済に消えるよ。おっと、その前にFUJIの人たちと仲良く一杯やりたいね」
曽我が機嫌良く答えた。そんなやり取りをしていると、啓太は憂鬱な気分がほぐれてきた。明日の今村への報告も大したことはないか。そんな感じがしてきた。やがて深夜ニュースが終わり、原稿や通信社のゲラなどを整理していると夜中の2時頃になった。
「山本君、少し休んだら? 今夜は大したことはないよ」
曽我が仮眠を取るように啓太を促す。今のところ事件などはまったく起きていないので、啓太は会釈して仮眠室へと向かった。そこは報道の部屋の片隅にあり、2段ベッドが置かれているだけだ。厳しいデスクだと部下に仮眠を許さない人もいるが、曽我はおおらかな人柄なのかそれを許すのだ。
啓太はベッドに入ると少し寝ようとした。普段なら2~3時間は眠れるのだが、しかしその日は違った。(続く)

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