武弘・Takehiroの部屋

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サハリン物語(12)

2024年04月20日 03時15分24秒 | 小説『サハリン物語』

クラスノヤルスク攻防戦は大変な激戦になりましたが、結局、スターリン軍が勝利を収めました。この戦いの詳細は省きますが、問題はその後の処置です。スターリンは反対派の息の根を止めるために、ここで“大虐殺”を行なったのです。それは極めて残酷・苛烈なもので、降伏しない者や抵抗する者は次々にその場で殺されました。 また、捕らわれたジノヴィエフやカーメネフら敵の将軍たちは、簡単な裁判の結果、全員「国家反逆罪」で処刑されたのです。国家反逆罪と言っても、ただ勝者が敗者を裁く一方的なものでした。さらに、降伏した兵士たちもその後、シベリアの奥地や辺境に集団で移送され、強制収容所に入れられて過酷な労働を強いられたのです。このため、何万人という兵士たちが飢えや疲労で死んでいきました。スターリンはまことに恐るべき人物だったのです。
こうして勝利したスターリンは、首都ヤクーツクに凱旋しました。やがて、重臣会議で彼は次期皇帝に推戴され、形式的に各部族長の投票が行なわれた結果、スターリンは満票で新皇帝に選ばれました。もちろん、各部族長はクラスノヤルスクの大虐殺を知っていたので、恐れおののいてスターリンに投票したのです。間もなく、彼は空位だった皇帝の座に就きました。イワン・レーニン前皇帝が亡くなってから、2年余りのことです。
ここで余談になりますが、先に旧ロマンス国から亡命してきたラスプーチン宰相も、結局、強制収容所に送られました。彼は旧知のスターリンを頼って来たのですが、旧カラフト国に内通していたことが明らかになり、スターリンの怒りを買ったのです。本来なら処刑されるところですが、さすがのスターリンもそれはしませんでした。ただし、ラスプーチンは極寒の強制収容所で過酷な労働を強いられ、数ヵ月後に死去したのです。まことに哀れな末路だと言うしかありません。

スターリンが新皇帝に就任した頃、サハリン王国では、ヒゲモジャ・ツルハゲ両国王の共同統治が順調に進んでいました。国王の“実務”は1年交代ですることになり、まず地元のツルハゲ王が職務を遂行していました。このため、ヒゲモジャ王はかなり余裕ができて、まだ訪れたことがないノグリキの周辺などをよく視察しました。そして、故リューバ妃の喪が明け、娘のナターシャがスサノオノミコトと連れ立って王の前に現れたのです。

 ヒゲモジャ王夫妻は故スパシーバ王子から話を聞いていたので、ナターシャとスサノオノミコトの関係をもちろん知っていました。今日は2人からの正式な結婚の申し入れということです。
ナターシャがまず口を切りました。「お父様、お母様。私たちは心から愛し合っています。どうぞ2人の気持を察して頂いて、婚姻をお許し願いたいと思います」 続いて、スサノオノミコトが深々と一礼した後こう述べました。「私はナターシャ姫を心から愛しています。これからどんな事が起きようとも、姫を必ずお守りすることを誓います。どうぞこの気持をお汲み取りください。お願いいたします」 豪放らい落な男にしては、いたって神妙な態度でした。
ヒゲモジャ王は「話はスパシーバからも聞いていました。スサノオノミコト殿、どうぞナターシャを宜しくお願いしますぞ。貴殿なら私も安心です」と答えました。 これで王の正式な結婚の承諾が出たわけですが、次いで、ソーニャ王妃がこう言いました。「2人の末永い幸せを祈っています。ナターシャは遠いヤマト帝国へ行くのですが、どうぞ体を大切にしてくださいね。それから、年に1度でも良いから、元気な姿を私たちに見せてください」 母親らしい慈愛に満ちた言葉でした。
「王様、王妃様。むろん、ナターシャ姫は年に1度と言わず、サハリン王国に“里帰り”してもらいます。私はサハリン・ヤマト両国の永遠の友好を願っています。私もまた、貴国にお邪魔したいと思っています」と、スサノオノミコトが答えました。それから4人は打ち解けた話を交わしましたが、ナターシャもスサノオノミコトも、亡きスパシーバ王子の面影が脳裏に浮かんでいました。スパシーバこそ、2人にとって最良の理解者でしたから。

 こうしてスサノオノミコトとナターシャは晴れて結婚し、ヤマト帝国へ向かうことになりました。サハリンの王室もずいぶん自由で開放的になりましたが、全ての人がそうだったわけではありません。前にも述べましたが、ナターシャ姫の侍女頭であるカリーナは保守的でヤマト帝国を警戒していたので、姫に随行するのを嫌がりました。一方、同じ侍女でもスサノオノミコトに好意的だったベルカは、ナターシャに従って行くことになったのです。ナターシャはカリーナのことをとやかく言わず、彼女をサハリンに残しました。 そして、スサノオノミコトとナターシャは最後の船でヤマト帝国へ向かったのです。

 

第2部・マトリョーシカ女王

 サハリン王国に長い平和が訪れ、国土は戦争の被害から回復し人々の暮らしも豊かになりました。スパシーバ王子とリューバ妃の“一粒種”であるマトリョーシカも、すくすくと育っていきました。成長するにつれて、彼女は母親似の素晴らしい美人になると誰もが思うようになったのです。
マトリョーシカは両親がいないことで寂しい気持になることもありましたが、4人の祖父母からこよなく愛されました。4人のジジババは、このスパシーバとリューバの“愛の結晶”を、目に入れても痛くないほど可愛がったのです。このため、マトリョーシカはやや甘やかされた面もありましたが、将来の女王としての帝王教育もしっかりと受けたのでした。
リューバ妃の侍女頭だったカリンカはもう相当な年齢になっていましたが、マトリョーシカに対し、礼儀作法や躾などをしっかりと教えました。カリンカから見れば、彼女は正にリューバ姫の“生まれかわり”だったのです。また、何人もの家庭教師がマトリョーシカに対し、当時としては最高水準の学問や知識、技能などを教えました。これが後に、女王になった彼女にとって、大いに役立ったことは言うまでもありません。

こうして更に数年がたち、マトリョーシカは18歳になりました。誰もが思っていたように、彼女は母親に似て輝くような美しさを見せています。それは良いとしても、甘やかされたこともあって少し“わがまま”な所がありました。カリンカが何かと注意するのですが、そ知らぬふりをすることもあるのです。
そして背が高く、母よりは活動的でした。馬に乗って平気で遠出をするし、弓をひいたり手に剣を持つこともありました。その点は父親ゆずりだったのでしょうか。故オテンバ姫の侍女だったアクシーニャが、「王女はオテンバ姫によく似てますね」と言ったところを見ると、マトリョーシカは活発で男勝りの性格だったのでしょう。
その頃、ヒゲモジャ王が病の床につきました。この件はヤマト帝国にいるナターシャ妃にもすぐに知らされ、彼女は特別の気球に乗ってノグリキの王宮にやって来ました。ナターシャは何度も里帰りをしていましたが、今度ばかりは長い滞在になりそうですね。
病床の傍らには母のソーニャ王妃、ツルハゲ王夫妻らが詰めていましたが、マトリョーシカももちろんいました。ナターシャはすでに3人の子持ちでしたが、彼女が急に背が伸びたのを見て驚いたのです。

「暫く会わないうちに、ずいぶん背が高くなりましたね」
「あら、叔母様。遠いところをご苦労さまです。スサノオノミコト殿はお元気ですか」
「ええ、お陰さまで。子供たちも元気にやっています」 ナターシャとマトリョーシカの会話はいつも滑らかで、久しぶりに会っても何の屈託もない様子です。ただ、今はヒゲモジャ王が病床に伏しているので、あまり多くを語りません。老王は2~3年前から体調を崩しがちでしたが、とうとう重い病に倒れたのです。
彼は床から上半身を起こすと、次のように口を切りました。「久しぶりに皆が集まってくれたね。ツルハゲ王もいらっしゃるので、今後のことを言っておきたいのです」 王はその上で、自分が亡くなったらマトリョーシカに跡を継いでほしいと述べました。これは以前からツルハゲ王とも相談していたことで、2人の間では了解に達していたのです。どちらかの王が亡くなれば、そうしようということでした。
しかし、マトリョーシカはまだ18歳です。若すぎてやや不安な面がありますが、案の定、彼女が言いました。「お爺様のおっしゃることは分かりますが、私はまだ若いのでお引き受けするには荷が重すぎます。もう少し、考え直していただけないでしょうか」

「マトリョーシカの言うことも分かる。18歳ではどうも・・・ ヒゲモジャ王殿、それより今はあなたが全快することが一番です。そういう話はもうやめましょう。仮に万一のことがあっても、後のことはご心配なく」 ツルハゲ王がそう述べて話を引き取りました。
ヒゲモジャ王もうなずき跡継ぎ問題の話は終わりましたが、マトリョーシカはこの若さで王位に就くのにはどうしても抵抗感があります。彼女はまだ伸び伸びとした青春時代を送りたいのです。ヒゲモジャ王に万一のことがあれば、後はツルハゲ王とよく話し合うしかありません。いくら帝王教育を受けてきたとはいえ、いざとなると彼女は“逃げ腰”になってしまうのです。 こういう時、マトリョーシカはいつも父母が健在でいてくれたらと思うのでした。
しかし、それから10日ほどして、ヒゲモジャ王は安らかに大往生を遂げたのです。

 ヒゲモジャ王の葬儀が終わり、皆が喪に服しました。そして喪が明けると、ツルハゲ王が早速マトリョーシカを呼び出し、次のように述べたのです。
「マトリョーシカ、お前はまだ若すぎる。だから20歳になったら王位をお前に譲りたい。それでどうか」
「お爺様、ありがとうございます。あと2年、よく考えさせてください」 マトリョーシカはこう答えましたが、ツルハゲ王は「わしも歳だ。疲れやすくなったし、そろそろゆっくりしたい。2年後にはぜひ継いでくれ」と言いました。
その場は済みましたが、マトリョーシカは最も頼りにしているナターシャに会い、自分の気持を伝えました。「叔母様、2年後に王位に就くようにと言われましたが、私としてはそれでも早すぎると思っています。何とかならないでしょうか」

 「マトリョーシカ、あなたの気持は分かりますが、はっきりと言います。あなたはただ一人の王位継承者ですよ。帝王教育もしっかり受けてきたのだし、もうこれ以上わがままを通すことはできません。覚悟を決めなさい。ツルハゲ王もお歳だし、お爺様の気持を察してあげなくてはなりません」
優しいナターシャにしては、珍しく凜(りん)とした言い方でした。これにはマトリョーシカも感じるところがあり、黙ってうつむいてしまったのです。ナターシャは自分がスサノオノミコトの妃になり、ヤマト帝国の皇族の一員になって苦労した話を続けました。サハリン王国とヤマト帝国では、慣習やしきたりが余りにも違う上に、ナターシャへの偏見もあったのですが、彼女はそれにもめげず生きてきたことを話したのです。
「私はスサノオノミコト殿を愛して嫁いだのですから、そのくらいのことは我慢して当然でしょうが・・・」 そう言って、ナターシャは微笑みました。
「叔母様、弟が生きていてくれたらといつも思うのですよ」 マトリョーシカが正直に胸の内を明かしました。弟は母のリューバ妃の難産で死亡しましたからね。亡き弟、幻の弟に対する想いは深いものがあったのです。
「あなたは、弟君の分まで背負う運命にあったのです。いえ、父君(スパシーバ王子)の分まで背負ったのです。これは運命でしょう。あなたは父君に似て活発で責任感が強いので、きっと立派な女王になれると信じています。さあ、自信を持って進んでください」 ナターシャの言葉に、マトリョーシカはただ聞き入るばかりでした。

 王室に生まれ、次の国王になることが自分の「運命」だと知らされ、マトリョーシカはそれを受け入れるしかありませんでした。敬愛するナターシャの言葉はずしりと胸に響いたのです。
ヒゲモジャ王が亡くなって、ツルハゲ王の仕事が増えました。共同統治王として1年交代で実務を担当していたルールが無くなったのです。しかし、ツルハゲ王はいずれマトリョーシカに王位を譲るまではと、気持を新たにして職務に励むことになりました。
ちょうどその頃、侍女頭のカリンカがマトリョーシカにお願いがあると言ってきました。「王女様、私も歳のせいで病気をしたり、体が存分に動けなくなりました。これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきません。つきましては、後任の侍女についてお話をさせてもらいたいのです」
そう言えば、最近、カリンカは体調不良で休みがちになったり、以前のようなきびきびとした動作が見られなくなったのです。故リューバ妃の子供の頃から、長い間ずっと侍女の役目を果たしてきましたからね。
「後任と言っても、誰かふさわしい人がいるのかしら」と、マトリョーシカが聞きました。
「ええ、おります。私の姪にマリアという者がいますが、王女様と同じ歳でとても活発な娘です。きっと話も合うでしょうし、何かあれば私からマリアにいろいろ教えることもできます。身内の者でなんですが、一度お会いになって頂けないでしょうか」
自分と同じ歳だと聞いて、マトリョーシカは急に会いたくなりました。「ええ、いいですよ。いつでも連れていらっしゃい」 マトリョーシカの返事に、カリンカは嬉しそうな表情を浮かべその場を下がりました。

 それから数日後、カリンカが姪のマリアを連れて参上しました。マトリョーシカは彼女を一目見て驚きました。なんと可愛い娘でしょうか。色白で大きな目がぱっちりと輝き、背もマトリョーシカほど高くて抜群のプロポーショーンをしているのです。
マトリョーシカは気持が弾んで、幾つかの質問をしてみました。すると、マリアは実に的確に淀みなく答えるのす。この娘(こ)は頭も良いのかな~と、マトリョーシカは思いました。日頃、年配の人たちに囲まれて生活している彼女は、マリアからそれはそれは新鮮な印象を受けたのです。

マトリョーシカはマリアがすっかり気に入りました。彼女となら何でも率直に話せそうだし、同い年なので良き相談相手にもなってくれるでしょう。早速、その旨をカリンカに伝え、後任の侍女になってもらうことにしました。 カリンカもとても喜んで「これからはマリアがお側に就きますが、何かあれば私がいろいろ教えます」と述べました。こうして、マリアが正式に後任の侍女になったのです。
そして、マトリョーシカは叔母のナターシャが滞在している間に、父や母のゆかりの地をぜひ訪れたいと考えました。幸い、ナターシャはすぐにヤマト帝国に帰らなくても良いようです。マトリョーシカはツルハゲ王に願い出て、ナターシャやマリアと共にまずサハリン国の南部を訪問することになりました。
初めに訪れたのは、幼少のマトリョーシカが育ったトヨハラ(豊原)です。旧カラフト国の首都で、その王宮は焼け落ちていましたが、ナターシャが昔の思い出をいろいろ語ってくれました。マトリョーシカはよく覚えていませんが、生前の父や母とここで暮らしたのかと思うと、何か懐かしさが込み上げてくるようでした。あの頃は、旧カラフト国と旧ロマンス国がここで死闘を繰り広げていたのです。
ナターシャは戦争の話もいろいろしました。彼女にとっても忘れられない悲劇が数多くあったのです。特に、トヨハラを脱出して南へ逃げ延びる途中でロマンス軍に包囲され、従姉妹のオテンバ姫らが討ち死にしたことは痛恨の極みでした。その話をすると、母のリューバ妃も一緒に逃げ延びただけに、マトリョーシカは深い悲しみに沈みました。日ごろ明るい性格のマリアも、神妙な面持ちで聞き入っていたのです。

トヨハラの次に、旧カラフト軍が追い詰められ背水の陣を敷いたオオドマリ(大泊)へ向かいました。ここでマトリョーシカが生まれたのです。その話は祖父母から聞いていましたが、彼女は戦いの最中にカラフト軍の陣営内で生まれました。そんな痕跡は今や何もありませんが、ここが自分の生まれ故郷かと思うと、マトリョーシカは深い感慨に耽ったのでした。 もう一度、その時の模様を振り返ってみましょう。

『 戦いが続く中で、リューバ姫がついに陣痛を起こしました。なにせカラフト軍の陣営内なので、ある隅の場所に垂れ幕を下ろし、その中に産婆や侍女のカリンカら女性が入りました。男性は入室禁止です。スパシーバ王子は幕の外で待機しました。リューバ姫の呻き声が続きます。それがだんだん高まったと思うと・・・やがて、元気の良い産声が聞こえました。無事、出産です。王子は我慢できず垂れ幕の中に入ってしまいました。いけないな~(笑)。 玉のように可愛い女の子です。王子はすぐにその赤ちゃんに「マトリョーシカ」と名付けました。こうして、後の女王・マトリョーシカが誕生したのです。


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