矢嶋武弘の部屋

あらゆる分野の興味や関心のあることを論じ、小説などの創作を行なう

青春流転(17・第1部完)

2017年10月01日 03時21分44秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』

 彼は精神的にも肉体的にも疲れ切っていたが、その日の午後、渋谷の東急プラネタリウムに出かけた。(その当時、ここは最新の天文博物館として人気を集めていた。) プラネタリウムに着くと、小学生のグループが教師に引率されて見学に来ていた。大勢の小学生の中に、青白い顔をしてやつれ切った行雄がいるのは、なんとも異様な光景だったかもしれない。

 しかし、彼はそんなことには構っていられなかった。小学生と一緒に天文博物館に入る。 やがて場内が暗くなると、丸天井のスクリーンにいろいろな星座が映し出され、解説者の声が聞こえてきた。

「わあー、きれい」と子供達の歓声が上がる。北極星を中心に小熊、大熊、カシオペヤなどの星座が光を放つ。 美しい。宇宙の生命と神秘の中に引きずり込まれていくようだ。 季節ごとに、次々と星座が映し出されていく。うっとりとそれらを眺めていると、行雄は、自分の苦悩や悲哀が、宇宙の彼方へ吸い取られていくような気がした。

 宇宙は永遠に生きている。そして、宇宙はなんと広く、限りなく、美しいのだろう。 それに比べて、自分という存在は、なんと限りなくちっぽけなものだろうか。そう考えると、行雄には自分がたまらなく“いじらしい”ものに思えてきた。

 塵や芥のような存在である自分が、こうして無限の宇宙の中に生きている。 それがどんなに小さなものであっても、無限の宇宙と共に生きているのだ。それが真実ではないか。 行雄は自分の存在の確かさに、いま初めて気がついたような思いがした。自分の存在の貴重さに、初めて目が開かれたような思いがした。

 人間のどんな苦悩も、喜びも悲哀も、宇宙は受け入れ吸い取ってしまうのだ。 無限の宇宙から見れば、人間の存在というものは、かくも微小で“無”に等しいものなのだろうか。それが人間というものだ。 塵や芥のような人間だからこそ、微小な命を生きていく価値があるのだと思う。

 どんな人間も生きていく価値があるはずだ。 無限の宇宙から見れば、善人も悪人も、幸せな人も悩める人も問題ではない。そんなものは、宇宙には関係のないことだろう。人間が生きようが死のうが、そんなものは宇宙にはまったく関係のないことだ。 行雄は様々な星座を眺めながら、そう考えていた。

 

 プラネタリウムを出ると、行雄は渋谷の繁華街を歩き始めた。 以前、日本アナキスト連盟を脱退した直後に、この街をぶらついた時のことを思い出す。あの時は全ての思想から放り出されて、言い様のない不安におののいていた。 しかし、今はだいぶ違う。彼は宇宙の生命と神秘に触れた思いから、久しぶりに澄み切った心境になっていた。

 無限の宇宙の中で、無限の空間と時間の中で、人生は瞬時にして終る。 だからこそ、人間は生きていく価値があるのだ。それが真理ではないのか。 プラネタリウムがそれを教えてくれたように思う。 

 俺はなぜ、敦子に遺書を書いたのだろう。苦悩に耐えかね、絶望の果てに、激情の赴くところ俺は死を選ぼうとしたのだ。 なぜ生き急ぎ、死に急ぐのか。そんな必要はないではないか。仮に生きていく意味がなくとも、人生は一瞬の内に終るのだ。

 こうして渋谷の街を行き交う人達も、やがて全員が死んでいく。自分が哀れな人間なら、この人達も同様に哀れな人間ではないか。 そう考えると、行雄は周囲の人達が無性に恋しく思われ、「やあ、こんにちわ」と声をかけたい衝動に駆られた。

 解放感に浸りながら、彼は渋谷駅から帰りの国電に乗った。 夕方のラッシュ時だったので、電車の中はオーバーなどで着膨れした乗客ですし詰め状態になっており、身動きが取れなかった。

 しかし、行雄は久しぶりに爽やかな気分になっていたので、前後左右から人波に押されながらも、きつく暖かい接触に身を委ねていた。 赤羽駅に着くと、彼は多くの乗客と共に電車からホームへ吐き出された。

 乗換え用の階段を上っていると、すぐ側を七十歳位いの老女が大きな風呂敷包みを背負って、重そうに足を運んでいる。 行雄はとっさに風呂敷包みを後ろから両手で支え、一緒に階段を上っていった。老女はびっくりした顔付きで行雄の方を振り返ったが、階段を上り切ると、嬉しそうな表情を浮かべ彼にお辞儀をした。 行雄は思わず頬が火照ったが、すぐにお辞儀を返した。

 その晩、彼はベッドに入っても、あのプラネタリウムの星座の美しさが脳裏にこびりついて、なかなか寝付けなかった。 今日の爽快な気分は全て、あの星座からもたらされたように思えてならなかった。

 無限にして神秘な宇宙。そして、限りなく小さな哀れむべき人間。塵や芥のような自分の存在。 自分は間違いなく、宇宙の中に生きているのだと思う。それだけが真実であり、それだけが確かなのだと思う。 行雄は敦子宛に書いた遺書を、枕の下にそっと仕舞い込んだ。

 プラネタリウムでの体験から行雄は、全ての人間はもとより、この世に存在する全てのものに価値があるという考えを持つようになった。 そういう考えを持つことで、全ての存在を容認し、自分自身の存在も認めようとしたのである。

 自分に存在価値がある限り、自分の命を抹殺することはできない。 だから、自分は「生きることを許されている」と思うのだった。挫折し転向しようとも、敗北者の烙印を押されようとも、生きていくことは許されると思うのだった。

 この時点で、行雄自身は意識していなかったが、その思想がくっきりと「汎神論」に傾いていったことを、彼は後に分かるようになる。 その頃は汎神論も分からず、日一日生きていくことで精神的格闘を繰り広げていた。

 

 そんなある日、行雄は大学を出てから西早稲田の界隈を散歩してみた。 相変らず考えに耽りながら歩いていたが、プラネタリウムへ行ってからは苦悩もやや治まっていた。 学生用のアパートなどが密集する狭い路地をふらついていると、どこからともなく、メロディーを口ずさむ男の声が聞こえてくる。

 そのメロディーは緩やかに大らかに、朗々として伝わってきた。 なんと安らかで美しいメロディーだろうか。行雄は立ち止まって男の声に聞き惚れた。 暫く聴いていると、彼は心が晴れ晴れとして解放されていく感じがした。男は一節を繰り返し口ずさんでいく。

 そのメロディーはまるで、行雄に「生きよ、生きよ」と語りかけてくるようだった。 やがて男の歌声が終ると、行雄は救われたような思いがした。 あのメロディーは一体なんの曲なのか。どこかで聞いたことがあるような気がするが、曲名は分からない。 彼は同じメロディーを何度も何度も口ずさみながら散歩を続けた。(後に、その曲はベートーヴェンの交響曲第六番「田園」の第五楽章『牧人の歌』と分かる。)

 それから数日後、行雄は新宿のK書店に立ち寄ってから、近くの喫茶店に入って一服していた。 苦悩や煩悶からはすでに解放されていたが、期末試験が近づいてきたため憂うつな気分だった。 彼は大学の講義にほとんど出席していなかったので、試験にはまったく自信がなかったのである。

 しかし、じたばたしても始まらない。なるようになれという心境だった。 西早稲田で聞いた、あの安らかで美しいメロディーがすっかり気に入り、行雄は繰り返しそれを口ずさんでいた。そうしていると心が癒されてくるのである。どんな憂いも消えていくような感じがするのだ。

 彼は長い間、物思いに耽ったりメロディーを口ずさんだりした後、喫茶店を出た。 もう夕刻になっていたので、帰宅を急ぐサラリーマンやOL、若者達が人波をつくって新宿駅の方へと流れていく。 行雄も人の流れに身を任せるようにして駅に向った。

 ラッシュの人込みが今日はヤケに神経に障る。群集に押しつぶされるような思いで、彼は改札口を通った。 駅構内のガヤガヤした騒音、電車の発着する音、スピーカーから流れ出る駅員の甲高い声・・・それらが混然としてうるさく耳に響いてくる。

 行雄はなにか“もうろう”とした気分になって、山手線のホームに通じる階段をうつむきながら上っていった。彼の意識は間違いなく“ぼんやり”していた。 そして、ホームに出て顔を上げた瞬間、彼は愕然として立ちすくんだ。

 その時、行雄ははっきりと見たのだ。 一瞬、群集の動きが“静止”したかと思うと、また動き出したのだ。その時、彼の頭脳を何かがはっきりと強く直撃した。 行雄は目眩を起こしホームの端の手すりにつかまった。後方から階段を上ってきた人達が、いぶかし気に彼の方を振り向いて通り過ぎていく。

 これだ! この思想だ! 行雄は心の中で叫んだ。 彼が見たのは、全ての群集が寸分の狂いもなく、己(おのれ)の運命に従って決められた通り歩いていることだった。サラリーマンもOLも、アベックも親子連れも、男も女も皆そうだ。 その瞬間、行雄は「全てが必然」だと知った。

 全てがなるようになった。全てがなるようになっている。そして、全てがなるようになっていく。つまり全てが必然なのだ。 行雄は“救われた”と思った。この思想が真理だと思った。 世の中には、偶然などというものは一切ない! 全てが必然なのだ。

 行雄は興奮を抑えることができなかった。彼は電車に乗り込んだが身体中に震えが起きて、興奮のやり場がなかった。 両手の拳を力一杯握り締めていたが、ラッシュの人込みの中では耐えるのが困難であった。

 やむをえず、彼は途中の高田馬場駅で降りると、大学の方へ向って歩き始めた。 雨がかなり強く降り出してきたが、そんなものは問題でなかった。興奮しているため、冷たい雨雫が頬を伝って流れるのが、かえって気持良く感じられた。

 この世に偶然はない! 偶然というものは、浅はかな人間が考え出した“便宜的”な一つの概念にすぎない。偶然と思われるものも、実は全て必然の中にあるのだ。 例えば人間は皆、自由意思か、規則や命令の中で動いている。実はそれ自体が、必然の中にあるのだ。

 もし、人間が思わぬ“偶発的”な事故や災難に遭ったとしよう。 人間は誰しも、事故や災難を嫌う。誰もそんなものには遭いたくないと思っている。 しかし、事故や災難はしばしば起きる。そこには、人間の意思を超越したものがあるのだ。 そして、そこには必ず然るべき“原因”があるのだ。

 ということは、誰もが嫌がる事故や災難は、初めからそれが起きるように運命付けられているのだ。 これは天災、人災を問わない。起こるべくして起きるのだ。 人間は誰しもミス(過失)を好まない。しかし、誰かのミスで人災が起きれば、そのミスが原因となる。 そのミスはなぜ起きるのか。誰もが嫌がるミスは、人間の意思や能力を超えて起きるのだ。

 人間の意思を超越したものは「運命」である。 ところで、われわれ人間は、大なり小なり「自由意思」を持って行動する。 一見して、運命や宿命に抗しようと思っているかもしれない。あるいは、運命や宿命を無視しようとしているかもしれない。 しかし、人間という動物が「自由意思」を持つのは当然であり、それ自体が人間に与えられた「必然」なのである。 もし人間が自由意思を持たなかったら、人間ではなくなってしまう。単なる猿と同じだ。

 だからこそ、人間は大いなる必然の中で、自由意思を大切にして行動しなければならない。それが人間の証明ということになる。 人間のみに与えられた「自由意思」も、天から見れば「必然」そのものではないか。だから全ては必然の中にある。

 行雄は雨に濡れながらそう考えていた。 必然の中で、万物は流転する(パンタ レイ)のだ。 万物が絶えず生成変化していくように、人間も一時たりとも生成変化を止めない。だから自分も、己の必然の中で変ってきたのだ。そして、変っていく。俺の青春流転だと思う。

 人間は己の自由意思で、必然の中に“生々流転”しているのだ。これこそ真理である。「ああ、運命の神よ。僕は自分の必然の中で、精一杯に生きていきます」と行雄はつぶやいた。

 生きるために生きる、死ぬまで生きる。 行雄はそう思いながら、いつしか早稲田大学のキャンパスにたどり着いていた。降りしきる雨の中、人影はほとんど見えなかった。 彼は暗い空を見上げ、そして叫んだ。「俺は生きるぞ! 生きてやるぞ! 徹底的に生きてやるぞ!」 (第一部完。2003年3月14日)

 

《参考文献・・・「1960年5月19日」(日高六郎編・岩波新書) 「全学連」(中島誠編著・三一新書) 「安保闘争史」(斎藤一郎著・三一書房) 「中核VS革マル」(立花隆著・講談社) 「全学連」(大野明男著・講談社) 「全学連各派」(社会問題研究会編・双葉社) 「共産党宣言」(大内兵衛、向坂逸郎監修・新潮社) 「マルクス伝」(向坂逸郎著・新潮社) 「石川啄木詩集」(伊藤信吉編・角川文庫) 「大杉栄集」(大沢正道 編集解説・筑摩書房) 「青春の墓標」(奥浩平著・文藝春秋) 「ロシア革命」(松田道雄編・平凡社) 「ロシアの革命」(松田道雄著・河出書房新社) 「ロシア革命史」(猪木正道著・中公文庫) 「昭和史全記録」(毎日新聞社) 「哲学事典」(平凡社) 「万有百科大事典」(小学館) 「日本語大辞典」(講談社) 「広辞苑」(岩波書店)》 

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2 コメント

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有難うございました。 (ヒロシ)
2016-03-01 20:42:26
矢嶋様
 60年安保という見出しが目に入り、何心なく読み始めた作品でしたが、ぐいぐいと引き込まれて一気に読了させていただきました。まずお礼を申し上げたいです。
 読者を引っ張っていく推進力なったのは、なにより主人公の誠実な生き方とそれを支える熱情ではないかと思いました。その姿勢が行間ににじみ出ていればこそ小生は感応したのです。
 往時あの闘争に関わった人たちにはぜひとも読んでもらいたいです。また、シールズの若者達にも読んでもらいたいですね。先輩に見習えというのではありません。かってこのような闘争があり、それを献身的に支えた若者たちがいたということ、その赤裸々な姿がここにあることを伝えたいです。
 最後にこれほどの作品、活字にはなさらなかったのでしようか・・。
お礼を言いたいのは私の方です。 (矢嶋武弘)
2016-03-02 05:11:44
ヒロシ様
最後まで読んでいただき、また素晴らしいコメントをありがとうございました。これほど評価していただいたことは滅多にありません。
これからもよろしくお願いいたします。
なお、この作品は36年ほど前に一度、自費出版で出したことがあります。
たしか100部程度で、友人や知人らに寄贈しました。また一部は浦和市の書店(現さいたま市)に置いてもらって数冊売れたと思います。残りはわずかですが、自分で保管しています。

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