矢嶋武弘の部屋

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世紀の大誤報・天皇狙撃!(後編)

2017年04月20日 02時45分32秒 | 文学・小説・エッセー

「いま、確認中です。待ってください!」
応対した報道部員は忙しそうに答えた。奥山は待つしかなかったが、嫌な予感がしたのである。何人かの報道部員が手分けをして、警察庁や和歌山県庁、和歌山県警や和歌山市役所などに問い合わせをしている。それとは別に、天皇狙撃のニュースにびっくりした視聴者から、数多くの電話がかかってきたらしい。他の報道部員と電話交換手らとの間で、どうなっているのかとか、いま調べているといったやり取りが行なわれていた。
奥山はじりじりとした気持で待っていたが、確認が取れないところを見ると、どうやら“誤報”の可能性が高いのではと思われた。現場の報道部員に聞くと、まずJ通信社から「天皇陛下が狙撃されたらしい」という一報が入ったようだ。
しかし、J通信はその頃“早とちり”の通信社として有名だったから、もちろん慎重に確認作業をする必要がある。報道部員らは当然そうしていたが、その直後に出先の運輸省記者クラブから、天皇陛下狙撃の情報と、パ~ンという破裂音が聞こえたとの連絡が入った。
報道部員はいやが上にも確認作業に追われたが、その最中に、報道のAが「こういう情報も入ってますよ」と、J通信の先の一報をBキャスターに伝えた。伝えたというのは、J通信から入ったファックスをそのまま渡したのである。
Aの行為は明らかに不注意、うっかりミスである。他の報道部員らは確認作業に全力を挙げていたのだ! また、ファックスを受け取ったBキャスターも、事の重大性と「未確認情報」なら一報を伝えるべきではなかった。BもAも日頃から仲の良い友達同士なので、気安い雰囲気だったのだろうか。
おまけに、当日は中国代表権問題で報道の部屋から中継特番が行なわれていた。キャスターと報道部員が“すぐ側”にいたのである。何でも伝わる、何でも伝えようという気分になっていた。これが通常どおり、スタジオから特番が放送されていれば“アクシデント”は起きなかっただろう。
それを言ってももう遅いが、未確認情報とはいえ天皇狙撃のニュースが全国に伝わったのだ。そして、確認作業をしたところ天皇狙撃は誤報であり、先ほどの「パ~ンという破裂音」は、車のタイヤが破裂した音だったらしいことが分かった。
タイヤの破裂音が、ピストルか何かの発射音に間違われ、流言飛語・デマとして広がったのだろう。

 天皇狙撃の報道が全くデタラメと分かると、Fテレビは中継特番を通じて何度も誤報の訂正を行なった。皮肉なものだが、これも「特番」だから簡単にできる。報道の現場からいつでも迅速に伝える態勢が、かえってアダになったのか。事が事だけに、寄せられる声は問い合わせよりも抗議や非難が多かったようだ。
肝心の国連中国代表権問題は、北京政府を安保理常任理事国に迎え入れ、台湾政府を追放するというアルバニア決議案が賛成多数で採択された。まことに歴史的な日となったが、Fテレビはそれどころではなかったのである。
特に右翼や民族派の人たちの怒りは凄まじかった。それはそうだろう。天皇陛下が狙撃されたという誤報を流したのだから。右翼の抗議は当日からあったが、翌日以降も某右翼団体がFテレビに押しかけてくる騒ぎになった。
秀樹は先輩の大場記者からだいたいの事情を聞いた。出先の記者クラブではキャップクラスのベテラン記者が情報をまとめ、社としての意思統一を図ったのである。そうすれば部外者から事の成り行きを聞かれても、理路整然と答えることができるからだ。
案の定、翌日になると他社の記者が何人も事情を聞いてきた。興味本位に質問してくる者もいるが、マスコミの不祥事を未然に防ごうという真面目な趣旨で聞いてくる者もいる。秀樹はだいたいのことを説明したが、そうしているうちにだんだんと“抗弁”したくなった。
「狙撃は未確認情報だと言ってるんですよね。未確認情報なら、完全に誤報とは言えないのでは・・・」
そう抗弁しながらも、秀樹はそれが“屁理屈”だと自分でもすぐに分かった。未確認情報なら伝えないことが一番だ。どんな情報でも、確認を取った上で伝えるのが基本である。まして、天皇狙撃という重大情報なら尚更ではないか。
自分の抗弁に空しさを感じながらも、彼は顔見知りの記者たちに説明した。彼らも秀樹のことをよく知っているので特に追及はせず、誤報の怖さを改めて思い知らされたようである。
一方、Fテレビでは責任者が関係各方面に謝罪するなど、後始末に追われていた。

 宮内庁などに謝罪に行ったCニュース部長(報道部長)は結局、責任を取る形で部長を辞職し配置転換となった。また、A報道部員とBニュースキャスターも誤報の直接の責任を取り、それぞれ業務停止などの処分を受けた。ただ、2人の処分は、C部長の引責辞職に比べれば軽かったと思う。 
S社長肝いりのエリート部長Cさんの辞職は、多くの報道部員に衝撃を与えた。秀樹もショックを受けたのである。Fテレビとしてはこれで“誤報騒動”に何とかケジメを付けたわけだ。
こうして騒ぎは収束するが、この誤報事故は各テレビ局に大きな影響を与えたようだ。一番気になるのがテレビの同時性、生放送の重要性である。 中継の技術が発達していくと生放送が増えてくる。また、生放送は視聴者から歓迎されやすい。しかし、何かアクシデントがあると天皇狙撃の誤報ではないが、瞬時にして視聴者に伝わってしまう。恐ろしいものだ。各局はFテレビの事故を“他山の石”とし、以後、厳重なチェック態勢を取るようになった。

秀樹の個人的感想によれば、テレビは後発のため通信社などに頼り過ぎていたと思う。だから、早とちりのJ通信が「狙撃?」の一報を流すと、簡単にそれに飛びついてしまったのだ。それになんと言っても、報道の現場から国連中国代表権問題の“生放送”をしていたのが運が悪かった。
後日談だが、Fテレビが開局50周年の社史を編集した時、秀樹は1971年(昭和46年)のところに天皇狙撃誤報の件を記すようアンケート調査で主張したが、取り上げられなかった。社史なんて“おめでたい”話ばかり出てくるものだが、時には、自分を戒めるためにもそういうミスを取り上げた方がいい。徳川家康は、三方原の戦いで惨敗した時の自分の無様な絵姿を、自戒のために末永く保存していたというではないか。
あれから何十年・・・関係者以外にはとっくに忘れられた放送事故だが、若いころ報道に命をかけた秀樹には、決して忘れられない話なのである。(完)

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