矢嶋武弘の部屋

ロシアと中国が 仲裁に入れ!
アジアの平和のために アメリカと北朝鮮は和解せよ!

矢嶋じゃなくて、失嶋(しつじま)だって! hahahaha

2017年06月23日 03時19分55秒 | フジテレビ関係

<以下の記事を再録します。>

以前、ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授の話を聞いていたら、思わず大笑いしたことがある。それは山中教授が研修医だった若い頃、手術が相当に下手だったようで、上手な医師なら10分ほどで終わるものを、なんと1時間以上もかかったというのだ。このため、先輩や同僚から「山中でなく、邪魔中(じゃまなか)だ」と皮肉られたという。これには笑ってしまったが、山中先生の話を聞いて、急に自分の若い頃を思い出した。ノーベル賞受賞者でさえそうだから、普通の人間ならなおさら失敗が多いだろう。にわかに自分の恥を書きたくなった。

私がフジテレビの報道に入り暫くして、たしか「番組部」に配属されたと思う。詳しいことは覚えていないが、ある報道番組を担当した時、ミス・失敗ばかりを重ねていた。例えば、BGMを流すというので、当時はレコードを10数枚も用意した。レコードを回すから、これを俗に“皿回し”と呼んでいた。 
ある日のこと、私が皿回しを担当することになり、PDの指示でレコードを次々にかけた。ところが、それが全く上手くいかず、心地よいBGMどころか、滅茶苦茶な“狂想曲”みたいになったのである。要するに、狂った雑音が次々に出てきたのだ。この番組は生放送だったので、動転したPDが「もう、止めろ!」と怒鳴る。私もあわてて皿回しを止め、BGMは不発に終わった。
そんなミスが幾つも続いたので、ある日、そのPDは私に対し「お前は矢嶋(やじま)ではなく、失嶋(しつじま)だな。失敗の失だよ」と言う。はあ~~ 失嶋だって? 私が解せない顔をしていると、彼は「矢嶋の矢が、真ん中の棒が上に突き抜けて“失”になったんだよ」と解説する。これには参った。
それから、このPDは私と顔を合わせる度に「おい、失嶋!」と呼ぶようになった。私が失敗を重ねるので、よほど腹に据えかねたのだろう。失嶋と呼ばれてこちらも穏やかではない。できるだけ知らん顔をしていたが、やがて人事異動で彼とは別れることになった。
そういうことで“失嶋時代”は終わったが、他にも失敗談はいくらでもある。もちろん、37年半も会社にいたから、立派な仕事をしたこともある。しかし、ここは自慢話をする所ではない。山中教授の失敗談に触発されてこんな話をしてしまった。考えてみると、フジテレビにはけっこう迷惑をかけたものだ(笑)。今日は少し謙虚な気持になって、フジテレビに感謝しておこう。 スパシーバ(ありがとう)! でも、読者諸氏は私のことを「失嶋」とは絶対に呼ばないようにお願いしたい(爆)。

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4 コメント

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は、は、は。 (希土暁宣)
2012-10-11 06:12:33
 傑作です。私も、いろんな会社に迷惑をかけてきたと思います。ただ1社、リクルートを除いては、感謝しています。リクルートでは、上司が元阪大の黒ヘルで、部下たちは、「切れば緑の血が出る男」と噂していました。それを聞いて、なるほど、と思う残忍な側面を持った男でした。これは、あまり笑い話になりませんね。
自戒 (矢嶋武弘)
2012-10-11 06:45:22
誰でも失敗はありますが、ともすると自分の失敗や欠点を忘れることがあります。
自戒の念を込めてやっていきたいですね。
身につまされます (コーヒー・ブレイク)
2016-07-03 10:03:26
若いころの失敗って
今思うと貴重な体験だったのですね。
失敗を重ねて成長してゆくものですから。
私にも思い出すと顔から火が出そうな
失敗たくさんあります。
不器用です (矢嶋武弘)
2016-07-03 15:34:12
私はもともと不器用なので、いろいろな失敗を重ねました。特に「皿回し」の失敗は何回かありましたね。
いま思えば恥ずかしい限りですが、年を取るとかえって懐かしくさえ感じます。
そうは言っても失敗は良くありません。せめて余生を、失敗を少なくして過ごしたいものです。もっとも、認知症になれば別ですが(笑)。

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