矢嶋武弘の部屋

われ「記す者」なり
すばらしい出来事、すばらしい人物などに文章を捧げる

青春流転(6)

2017年09月20日 05時15分56秒 | 小説・『青春流転』と『青春の苦しみ』

6)初めてのデモ

翌日以降も連日、行雄は大川から教えられたマルクス主義の文献を読んでいった。 彼はみるみるうちに、自分が確固としたマルキストになっていくのを自覚した。 そして、十月三十日の全学連統一行動が近づくにつれて、行雄はみずからアジビラやポスターを書くことを思いつき、わら半紙やノート用紙に全学連のデモに結集するよう、激しい調子の文章を書き込んでいった。

 行雄はまるで不滅の信仰に目覚めた信徒のように、自分の体内に、何ものにも屈しない不思議な力が湧き上ってくるのを感じた。 頭のてっぺんから爪先まで、マルクス主義・社会主義に貫かれた自分を見い出す時、彼は全身に新たな力がみなぎってくるのを覚えるのだった。 そして、おのれのこの信念の前には、何ものも恐れるものはないことを知ったのである。

 そんなある日、行雄が帰宅すると、久乃がニコニコ笑いながら「敦子さんから、あなたに手紙が届いていますよ」と知らせてくれた。 彼は思わずハッとしたが、同時に喜びが込み上がってきた。 実は行雄は、大川と話し合ったあの運命的な日から、敦子のことをほとんど忘れていたのだ。急いで自分の部屋に戻ると、机の上に彼女からのエアメールが置かれている。

 どんなことが書かれているのだろうかと、期待と不安に胸をときめかせながら封を切る。不安とは、行雄が先に、敦子を罵倒した手紙を送ったことへの危惧なのである。 それでも彼は、高ぶる気持を感じながら手紙を読み始めた。 敦子らしい伸び伸びとした字体が目に入る。

「その後、お変わりありませんか。アメリカへ来てからもう一ヵ月半がたちました。 その間、貴方にお手紙を書かなくてはと思っていましたが、本当に忙しくてその暇もありませんでした。 英語の学習にも追われ、とても骨が折れました。

 ようやくシカゴの生活にも慣れてきて、シニア・ハイスクールの学業にも溶け込んできたところです。 私がお世話になっているジョーンズさん一家の人達や、ハイスクールの先生、クラスメートの皆さんはとても親切にしてくれ、私は充実した毎日を送っています。健康の方も大丈夫です。

 アメリカの人達は皆さん率直で、また陽気な人が多く、おつき合いしていてとても楽しいのです。英会話の方もなんとか慣れてきました。 この前の休日に、ジョーンズさん一家の人達に連れられて、ナイアガラ瀑布へドライブしてきました。

 ナイアガラの壮大さには本当に目を見張りましたが、アメリカは日本にくらべて、何事もけた違いに広く大きいのには驚きました。 道路も幅が何十メートルもあり、高速・ノンストップで車を飛ばすことができます。 こんなに大きくて素晴らしい国にこれて、私は幸せですし、外国を見ることはつくづく勉強になるものだと思いました。

 とても充実した楽しい毎日を送っているのに、ただ一つ残念なことは、貴方がこの前の手紙で、私のことをエゴイストとか、冷血漢などと書いてきたことです。 私は本当に忙しく慣れないことばかり多く、また気持の整理もつけられなかったので、なかなか貴方に手紙を出すことができなかったのです。 私がエゴイスト、冷血漢などと見られるのは心外です。

 貴方に冷たいと思われるかもしれませんが、私はこれから、こちらの生活や勉強に専念していかなければなりません。 貴方もそちらでの勉強や、日々の生活に励んで下さい。お互いにそれぞれの場所で努力していくことが、一番大切なことだと思います。

 それではまた暫くの間、お手紙を出すことができないかもしれませんが、お元気でどうか頑張って下さい。 最後におじ様、おば様によろしくお伝え下さい。 さよなら 敦子より」

 手紙を読み終えると行雄はほっとするとともに、この前彼女に、あんなに乱暴な文章を書いたことを申し訳ないと思った。 同時に、アメリカで充実した幸せな毎日を過ごしている敦子がうらやましく思えたが、日本に比べて、アメリカをことさら美化しているような文面に反発を感じた。

 そんなにアメリカが良いのか・・・資本主義の牙城ではないか。 そのアメリカの極東軍事体制の中に、いまや日本は組み込まれているのだ。アメリカは、日本を軍事基地として自由に使っているではないか。 アメリカ帝国主義の好きなように、日本が手先となっていることを敦子は知らないのか。

 行雄は大川から教えられた、全学連の反米と日米安保条約破棄の主張が、むらむらと胸に込み上がってくるのを覚えた。 それならば、敦子に返事を書いてやろう。自分がマルキスト、社会主義者になったこと、そして日米安保条約改定阻止のために断固闘う決意を書いてやろう。 彼女はきっとびっくりするだろう、と行雄は思った。

 彼は万年筆をとると、まずこの前、敦子に対して「エゴイスト」などと罵倒したことを謝り、次いで自分がどういう経緯で全学連の主張に賛同し、マルキストになっていったかを説明した。 そして、搾取され虐げられているプロレタリアートを解放するため、自分は社会主義革命に命を捧げる決意であることをつづっていった。

 そして最後に、行雄は次のように書いた。「君と僕との、いま置かれている境遇はあまりに違ってしまったのです。 君は勿論、アメリカで頑張って下さい。僕も全学連という新しい場において、全力を傾けて頑張るつもりです。 

 お互いに自分の信ずる所で努力していけば、たとえそれがどんなに違った方向のものであっても、それで良いのだと思います。 忌避すべきことは、なんの目標も信念も思想もなく、ただ毎日ぶらぶらと意味のない生活を送ることです。 君も僕も、そのような唾棄すべき生活はいま送っていないはずです。

 お互いに自分の進む道について、誇りを持ってやっていきましょう。 今度また君に手紙を書く時には、僕はもっと変わった、もっと社会主義に徹した人間になっていることでしょう。 それでは、お元気で。 行雄より」

 敦子への手紙を書き終えると、行雄は爽やかな気持になっていた。 彼女に自分の真実を知らせたし、それで彼女と隔たりができても納得がいくように思えた。 むしろ今、彼女から自分が遠ざかっていくことに、甘酸っぱい“メランコリー”を感じていた。

 敦子が自分から離れていこうとも、それは革命の大義の前には忍ばなくてはならないことだ。これでいい、と行雄は考えた。 不思議なことに、彼はクラスメートや学友を全学連に引きずり込みたいという欲求は強かったが、敦子を自分の考えに共鳴させようという気持はほとんどなかった。

 彼女に対しては、むしろ自分の思想に変化があったことを弁明するような態度であり、また開き直った姿勢という趣きだった。

 敦子から手紙が届いたことで、久乃が皮肉な口調で「敦子さんは敏子おばさんに、行雄ちゃんの“生意気”な鼻をへし折ってあげるような手紙を書きます、と言ってきたそうだけど、どうだったの?」と尋ねてきた。

 行雄は母になにも答えなかったが、「生意気な鼻をへし折る」というわりには、彼女の手紙は穏やかなものだったと感じつつ、彼はそんなことを言っている敦子がとても可愛らしく思えるのだった。

 

 十月三十日の数日前になって、行雄は大川に、全学連の統一行動に学友を動員するため、アジビラやポスターを書いたことを打ち明けた。 行雄は学友を動員するためと言ったが、全学連のデモに高等学院の生徒を少数でも連れていけるとは思わなかった。 それよりも、早稲田精神の一片もなく、ふにゃけてしまったような学院生に喝を入れてやりたいという衝動で、アジビラなどを書いたのだ。

 大川は行雄が急速に変わり、自分達の運動に積極的に参加しようというその熱心さに、半ば満足するとともに半ば驚いていた。 どちらかと言うとクラスメートから離れがちで、孤独を好んでいたこの大人しい学友が、自分が狙いを定めてオルグしたとはいえ、突然、大胆で力強く、確信に満ちた学生運動家に変身してしまったからである。

 十月二十九日。 行雄はいつもより遅く上石神井駅に着くと、午前中の授業をサボって、学院に通じる道路の電柱などにアジビラやポスターを次々と貼っていった。

「高等学院の諸君、明日三十日の全学連統一行動に参加せよ!」「日米安保条約改定、絶対反対!」「岸反動内閣を打倒せよ!」「自民党内閣を粉砕し、労働者・農民の手による社会主義政権を樹立せよ!」・・・

 はては「早稲田の在野精神を奮い起こして立ち上がれ!」「ロマン・ロランは言った、“革命によって平和を”と。諸君、革命に決起せよ!」「早稲田の先覚者・大山郁夫先生に続け!」などと書いたものを貼っていったのである。

 行雄は大山郁夫のことをよく知っていたわけではなかったが、この際、早稲田に関係のある人物を引用して、少しでも早稲田の在野精神、反逆精神を呼び起こしたいという気持になっていたのだ。

 道行く人達が不審そうに、あるいは興味深げに行雄を見ながら通り過ぎていったが、彼はまったく平気だった。 いやむしろ、これがわが学生運動における初めての活動だと思うと、誇りと優越感を覚えながらビラなどを丁寧に貼っていった。彼は完全に英雄的な気分に浸っていたのである。

 行雄は午後の授業には出たが、やったぞという快感と興奮に酔いしれていた。 放課後、彼はクラスメートが姿を消してから帰路についた。それは、ビラなどが破られるのではないかという心配があったからだが、ビラは元どおりのままになっていた。

  翌朝、行雄は母に、今夜は遅く帰るとだけ言って家を出た。 あいにくの天気で小雨が降っていたが、今日は生まれて初めてのデモ参加ということで、彼は朝から武者震いする思いであった。 学院に着くと大川が、微笑みながら「君のビラは相当扇動的だね」と語りかけてきた。 やや皮肉を込めた口調にも聞こえたが、彼の表情は満更でもないという風に見えた。

 十月三十日。 この日は全国で、全学連の「安保改定阻止、岸内閣打倒総決起大会」が開かれた。 夕方になって行雄は大川とともに、日比谷の野外音楽堂での決起大会に駆けつけたが、午後いったん止んでいた雨がまた降り出してきた。

 しかし、野外音学堂には続々と学生達がつめかけ、赤い自治会旗が林立し、会場に入りきれない学生が音学堂の外にもあふれるようになった。その総数はおよそ一万人に達するかに見えた。

 決起大会は、喚声や拍手が入り交じる熱っぽい雰囲気の中で進められ、各学生自治会の代表が、壇上から激しい口調で安保改定阻止や岸内閣打倒を訴えた。 行雄は身体中に緊迫感を覚えながら、大集会への参加に酔いしれていた。

 素晴らしいではないか。 これほど大勢の学生が同じ目標の下に結集し、闘志を燃やしているのを目の当たりにするのは初めてのことだ。 学生歌や労働歌をまとめた小さなパンフレットが配られ、集会は最後に決議を採択したあと、全員で「インターナショナル」を合唱した。

「立て 飢えたる者よ 今ぞ日は近し 覚めよ我がはらから 暁はきぬ・・・・・・いざ闘わんいざ 奮い立ていざ ああインターナショナル われらがもの」

 歌声が野外音学堂の内外にこだまし、それが大音響となって耳を聾するばかりである。 学生達は次々に隊列を組んで、いよいよデモに出発する。 雨脚が一段と強まってきたが、デモ隊の人いきれと熱気で、そんなものは消し飛んでいくように感じられた。

 がっちりとスクラムを組む。 両脇の学生が誰なのか知らないが、行雄には昔からの同志、戦友のように思えた。 規制に当たっている機動隊の装甲車、隊員達のヘルメットが暗闇の中で雨に濡れ、不気味な光を放っている。

 デモ隊の喚声が上がった。出発だ! よーしっ、やるぞーっ、腹の底から闘志が湧き上ってきて、スクラムを組む両腕にも思わず力が入る。 一万人に上るデモ隊は、日比谷公園から続々と街頭に繰り出していった。

「安保条約 絶対フンサーイ!」「岸反動内閣を倒せーっ!」「われわれは 最後まで闘うぞーっ!」「全学連は 断固闘うぞーっ!」 学生達のシュプレヒコールが、雨の降りしきる夜空にとどろく。行雄も声を限りに叫び続けた。

 デモ隊は交差点に来るとジグザグ行進や渦巻きデモを繰り返し、規制に当たる機動隊と激しくもみ合った。 そのあとに駆け足行進、そしてまた渦巻きデモ、ジグザグ行進・・・行雄は脚が棒のように疲れ、呼吸も乱れてきたが必死に頑張った。 これがデモだ、これが闘いなんだと自分に言い聞かせた。

 学生達の吐く大量の白い息か、デモ隊の熱気で雨が水蒸気になったのか、林立する赤旗の波が“もや”に包まれて見えた。 その時、地鳴りのように突然湧き上がる「国際学連の歌」・・・

「学生の歌声に 若き友よ 手をのべよ 輝く太陽 青空を 再び戦火で乱すな・・・闘志は 火と燃え 平和のために闘わん 団結固く 我がゆく手を守れ 我がゆく手を守れ」

 歌声は夜中の繁華街にとどろき渡り、他の全ての音を圧殺した。 行雄も野外音学堂で配られた歌集を見ながら、声も嗄れよと歌い続けた。 一万人のデモ隊は、まるで凱旋部隊のように意気揚々と、解散地点の土橋に到着した。そしてまた「インターナショナル」がとどろき渡る。

 行雄は、学生服もズボンも靴の中までも雨水でぐっしょりと濡れ、疲労を感じていたが、初めてのデモ行進をやり遂げたことで爽快な気分になっていた。 一万人の“大部隊”が解散すると、さすがに皆腹が減ったので、行雄は大川ら数人と近くのラーメン屋に入った。

 四十円のラーメンの味と暖かさが、胃の中に染みとおるようだ。「今日のデモは盛り上がったな」「このままいけば、俺達の力で岸の訪米だって阻止できるぞ」「十一月にまた、ドカンとやってやろうじゃないか!」「それに比べると、代々木(日本共産党)のデモは冴えないな」「今度はもっと動員するぞ!」

 威勢のいい言葉が、ラーメンをすする仲間達の口からぽんぽんと飛び出してくる。 行雄は黙って聞いていたが、空腹感が満たされるとともに、なんとも言えない充実した気持になっていた。 今日のデモに参加できて、本当に良かったではないか。

 これで俺も全学連の闘士、活動家になったのだ。もう怖いものは何もない。 こうやって、全学連の仲間と一緒に徹底的に闘っていくこと、これが俺の進むべき道なのだと、心の中で誓いを新たにするのだった。

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