矢嶋武弘の部屋

日一日の命 日々新たなり
われ『記す者』
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国際正義に反する“不条理”なNPT・核拡散防止条約

2017年09月04日 09時43分02秒 | 政治・外交・防衛

<以下の記事は2006年11月に書いたものですが、基本的な考えは今でも変わっていません。一部修正して復刻します。>

1) 北朝鮮の衝撃的な核実験(2006年10月9日)から間もなく1カ月になるが、この出来事は核の問題についてさまざまなことを考えさせてくれた。とりわけ、北朝鮮が脱退した核拡散防止条約(以下、NPTと言う)については、これが現在の世界にとって有効なのか、あるいはその存在意義がどうなのかといったことが問われたと思う。
私もNPTについて少し調べたが、考えれば考えるほど空しい気持になるとともに、憤りさえ感じてくるのである。 この条約は1970年に発効され、日本もその年に署名し1976年に批准している。それはそれで良いのだが、発効後36年経ってさまざまな矛盾や問題が生じている。
ご承知のように、北朝鮮は2003年にこの条約から脱退して核武装への道を突き進んできたが、非加盟のインド、パキスタンはその間に核保有国となった。同じく非加盟国のイスラエルも核兵器を持ったという。 一方、初めから核を保有している国々の核軍縮はまったく進展していない。核拡散を防止しようというのに、現実は拡散が進行しているばかりだ。

 もとより、新たな核保有国の誕生に際してはいろいろな制裁が実施されてきたが、効果はほとんど上がっていない。 それどころか、インドやパキスタンに加えられていた制裁はその後、国際情勢の変化によって緩和されたり解除されたりして、核兵器の保有は不問に付されている。インドは今やアメリカとの間に、原子力協力を結んでいるというのだ。
これでは、何のためのNPTなのか? 疑問に思う人は大勢いるはずである。核兵器を縮小しようというのに、現実は核がどんどん拡散している。NPTに対する不信が高まる中で、日本の隣国である北朝鮮までが、とうとう核兵器保有国になったのだ。

2) 私はここで、NPTそのものへの疑問を呈示したい。 そもそも、この条約は「核兵器国」と「非核兵器国」を峻別し、核兵器国をアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国(米露英仏中)の5カ国とし、その他の国を非核兵器国と規定している。アメリカなど5カ国は核兵器の保有を認められ、それ以外の国は核兵器の製造も取得も禁止されている。
これは1967年1月の時点で核兵器の保有国と認められた5カ国が、そのまま優位な地位を確保していくことを保障するもので、それ以外の国は核兵器を保有してはならないというのだ。 どのような政治的理由があるにせよ、これではまるで優等国と劣等国に仕分けしたみたいではないか。こんな不平等で差別的な条約が他にあるだろうか!?
北朝鮮の核保有は、近隣の日本にとってまったく許し難いものではあるが、こんな不公正で差別的な内容の条約であれば、脱退して核兵器を持とうと思う国が出てきても何ら不思議ではない。 国際政治というのは平等、公正が原則ではないのか。国と国との間に差別があってはならないはずだ。そういう視点から考えると、北朝鮮の核実験は“暴挙”と言うよりも、むしろ「よくやった」と評価したいくらいだ。

 こう言うと「何を馬鹿なことを言うのか」とお叱りを受けそうだが、国際政治の原則とは、どのような超大国であろうともどのような弱小国であろうとも、平等・公正な関係でなければならないと考える。それが「国際法」の精神ではないのか。従って、国連加盟の192カ国は平等で公正な立場から国際政治を進めているはずだ。
核の廃絶を唱えるのであれば、全ての国が核兵器を放棄すべきである。核の保有を認めるのであれば、全ての国が核兵器を持って良いはずである。これが平等・公正というものだ。「天は国の上に国をつくらず、国の下に国をつくらず」というのが原則である。独立国というのは“大小強弱”に関わらず、国家の自立と尊厳を保持しているのだ。そうでなければ、植民地や属領になってしまうだろう。
そう考えると、自分の国は有り余るほど核兵器を持っているのに、「お前の国は一切持ってはならない」と規定する権利がどこにあるだろうか。これこそ「核保有国」の醜いエゴイズムである。 他者に対して「持ってはならない」と言うのなら、自らまず核を放棄してから言うべきである。それが道理というものだ。

3) 核保有国の醜いエゴイズムによって、核軍縮はまったく進展していない。悲しいかな、これがNPTの現実である。 しかし、もう少し考えれば、NPTそのものが不平等と不公正の“典型”のような条約であるから、こういう事態になったのも当然と言えるかもしれない。
核の廃絶は、人類の祈りであり悲願だろう。悪魔のような核兵器を地球上から一掃することは、誰でも願っているに違いない。 それならば、米露英仏中の5カ国はなぜ「核軍縮」を真剣に行おうとしないのか。米中両国も核実験全面禁止条約(CTBT)を早期に批准して、5カ国で年次計画を立てて核兵器を削減していくプロセスを明らかにすべきではないか。
それも出来ないようであれば、他の国々がどうして5カ国を信用するだろうか。自分らだけが「核大国」であり続けようという意図が見受けられる限り、そんな姿勢は誰も容認しないだろう。 こんな5カ国がNPTの優等国になっているのだから、核軍縮などは“お先真っ暗”だ! 第二、第三の“北朝鮮”が現れてきて当然である。
こういう現状では、私はNPTそのものの「改廃」が必要だと考える。先ほども述べたように、この条約は不平等と不公正の典型である。第2次世界大戦の戦勝国(連合国)の優位性を、未来永劫にわたって保持しようというものである。

 しかし、国際社会において“未来永劫”というものは一つもない。未来永劫とは「神の世界」のものであり「人類の世界」には有り得ないものだ。 まして矛盾や問題に満ちあふれたNPTには、永続性などは考えられないことだ。国際社会は今こそ、このNPTの「改廃」について真剣に議論していくべきである。
核保有国の醜いエゴイズムがある限り、核の廃絶などは絶対に有り得ない。まして現実には「核抑止力」というものが厳然として存在しているのだから、将来例えば、核兵器を超える“光線兵器”といったものが出現してこない限り、核は必ず存在し続けるだろう。
国際政治の上で、NPTは一定の役割を果たしてきたことは間違いない。それは認める。しかし、戦後60年以上が経って、NPTが持つ不平等で不公正な本質が“あからさま”になった。それは諸々の矛盾や問題が契機となって顕在化したのである。
私ははっきりと言いたい。政治的にはある時期に有効な条約であっても、不平等で不公正、差別的な内容のものであれば、必ず見直されるようになるだろうと。 いま私は哲学的な一つの言葉を思い出した。それは「不条理」である。NPTほど不条理な条約は他にない! これは国際正義に反するものだ。(2006年11月7日)

<あとがき> 自分らだけはさんざん美味いものを食べて、他人には「いっさい食うな」と言っているのと同じだ! 

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