矢嶋武弘の部屋

日一日の命 日々新たなり
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サハリン物語(18)

2017年10月31日 03時51分37秒 | 小説『サハリン物語』

 ここでマリアやベラ、ナディアについてもっと詳しく述べたいと思います。マトリョーシカについては詳しく述べてきたつもりですが、他の3人については十分でありません。
まずマリアですが、マトリョーシカの侍女として最も気心の知れた仲の良い娘です。叔母のカリンカの跡を継いで侍女になり、マトリョーシカとはほとんど行動を共にしてきました。「あなたは20歳になっても背が伸びるのね」とマトリョーシカにからかわれるほど、4人の中では最も背が高く190センチ近くもありました。大女ですね(笑)。
次にベラですが、マトリョーシカの恋人・アレクサンドルの妹です。4人の中では最も優美で女らしく、その立ち居振る舞いは若い男性の憧れの的でした。兄妹そろって美男美女、こういう兄妹もいるんですね。
最後にナディアです。ボーイッシュな風貌はマリアに似ていますが、前にも言ったように運動神経は抜群で、剣法や弓矢の術に至るまで皆のリーダー格でした。それぞれ特色のある4人の乙女が、こうして固い絆で結ばれるのは魅力的です。今や4人はサハリンの自由と独立の象徴であり、中でもマトリョーシカはその中心にあって注目を集めていたのです。

さて、ヤマト帝国参戦ですが、皇帝カワミミノミコトが今回は非常に積極的であったため、様相が変わってきました。皇帝自らが陣頭指揮を執るというのです! これにはフジワラノフササキ宰相ら重臣たちが慎重論を唱えましたが、カワミミノミコトの決意には固いものがありました。
一つには最新兵器である「飛行船」の威力を見たいという動機がありましたが、もう一つは、シベリアのスターリン皇帝と雌雄を決したいという思いがありました。スターリンは上手くいけば、北海道をも手に入れたいと願っているでしょう。そういう領土的野心に対し、ヤマト帝国の皇帝としてはっきりと「ノー」の意思を表したかったのです。スターリンに負けてはならじという、強い決意があったのですね。
カワミミノミコト親征を最も喜んだのが、タケルノミコトとスサノオノミコトでした。2人とも第1次サハリン戦争の時は、大変な苦労をしました。あの時のことが忘れられません。今度は皇帝の陣頭指揮のもと、サハリンで戦うことができるという“武運”を喜んだのです。

 ヤマト帝国軍がサハリンに上陸するとなれば、やはりオオドマリ(大泊)が最も有力でしょう。これは第1次サハリン戦争の時にイヤと言うほど説明してきたので省きますが、オオドマリはサハリン島最南端のアニワ湾に面する漁港で、宗谷海峡を挟んで北海道・稚内(わっかない)のすぐ北にあります。
皇帝カワミミノミコトが率いるヤマト帝国軍は、その稚内に集結しました。総兵力は約3万人という大部隊ですが、サハリンは目と鼻の先にあります。当然、シベリア帝国軍もヤマト軍の動向を監視し、オオドマリ上陸の可能性が高いと判断しました。オオドマリに上陸すれば、旧都・トヨハラ(今のユジノサハリンスク)まではわずか20数キロしかありません。つまり、この一帯が主戦場になることは誰もが予測することでした。
問題は、ヤマト帝国軍が無事オオドマリに上陸できるかどうかということで、上陸に成功すればヤマト・サハリン連合軍の勝利、失敗すればシベリア軍が凱歌を挙げることになります。
この“オオドマリ決戦”へ向けてさまざまな動きが出てきました。シベリア帝国のスターリン皇帝が陣頭指揮を執ることになったのは当然ですが、マトリョーシカら“ジャンヌ・ダルク軍団”も決戦の舞台をオオドマリ周辺に絞り込みました。
また、シベリア軍のアレクセイ総司令官や弟のピョートル、チェーホフやガガーリンらの将軍も総力を挙げて臨むことになりました。一方、ヤマト軍の方も前に言ったタケルノミコトやスサノオノミコト、それにまだ健在であるマミヤリンゾウ、ミヤザワケンジといった古参の将軍らも参戦することになりました。
いわば、ヤマト・サハリン連合軍もシベリア軍も、一大決戦への布陣を敷いたことになります。両陣営とも、この戦いがサハリンの運命を決するものだと知っていたからでしょう。
総兵力・約6万人で優位に立つシベリア側は、オオドマリだけでなくマオカなど主な港に兵を配備し、徹底した「水際作戦」を取ることになりました。これに対し、マトリョーシカらの“ジャンヌ・ダルク軍団”は、敵の後方や側面から攻撃を加え、味方の上陸作戦を援護しなければならないのです。

 参照・アニワ湾⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%9C%E5%BA%AD%E6%B9%BE

 マトリョーシカらの一隊は、ほとんど毎日出撃していました。特にヤマト帝国軍が稚内に集結すると、いつ総攻撃があってもおかしくありません。オオドマリ決戦が必至の情勢となり、出撃の回数も増えたのです。
一方、スターリン皇帝もマオカからオオドマリに着き、シベリア側も最終決戦の構えに入りました。シベリア軍はこの地で敵の主力を叩き、戦局を一気に有利に導こうという目算がありましたが、それよりも何よりも、宿敵・ヤマト帝国の皇帝を撃破するチャンスでもあります。スターリンはカワミミノミコトに闘志を燃やしていました。ヤマト帝国の皇帝を破る絶好の機会が到来したのです。

 ある晩のこと、マトリョーシカらは馬にまたがり敵陣深く突入しました。その軍勢はせいぜい30騎ほどですが、今日はアレクサンドルら別のゲリラ部隊が戦闘中に、敵の補給基地を襲撃しようというものです。アレクサンドルのゲリラ部隊にはマリアの弟ニコライや、ナディアの弟ニキータらも加わっていました。姉弟たちが手分けをして敵と戦っていたのです。
アレクサンドルらの部隊と交戦中、隙ができた敵の補給基地はマトリョーシカ部隊から“火矢”の集中攻撃を受け、ほとんど炎上しました。大変な損害です。この日はたまたまマトリョーシカらが火矢作戦を担当しましたが、毎日任務が変わります。ゲリラ部隊とはそういうものなんですね。
オオドマリの補給基地が大損害を受けたことは、すぐにスターリンの耳にも届きました。彼はマトリョーシカの生け捕り作戦を急ぐよう命じましたが、「生け捕り」というのは、敵を討つよりもずっと難しいことです。どうやら、オオドマリ決戦の前にマトリョーシカを捕らえることは無理になったようです。
そうこうするうちに、稚内に集結したヤマト帝国軍が出撃する日がやって来ました。総勢3万人、シベリア帝国軍より劣るとはいえ大兵力です。しかも皇帝カワミミノミコトが陣頭指揮をするとあって、いやが上にも士気が上がっています。時あたかも6月の初旬、何をするにもいい季節ですね。

 ヤマト艦隊の総指揮は、タケルノミコト大将軍が執っていました。タケルノミコトは第1次サハリン戦争の時も総指揮を執っていたので、再任ということになりますね。皇帝カワミミノミコトを事実上、補佐していました。
彼は何百隻もの軍船に大号令をかけると、稚内を出港しました。海軍力に自信のあるヤマト帝国としては、まさに“必勝”を期しての出陣です。一方、シベリア帝国は先のサハリン戦争でヤマト海軍に苦杯を喫したため、その後10数年間、海軍力の強化に全力を挙げてきました。このため、今やシベリア海軍も世界有数の実力を備えるようになったのです。いわば、世界的な海軍力を身につけた両帝国が、雌雄を決しようと相対したのが、この“オオドマリ決戦”でした。
ヤマト艦隊はオオドマリ港に近づくと、旗艦「大和」に大きな幟(のぼり)を翻しました。「興国の興廃 この一戦にあり、各員一層 奮励努力せよ」 皇帝カワミミノミコトの檄に、ヤマト帝国艦隊の士気は燃え上がり、全員一丸となってシベリア艦隊に向かっていったのです。

ちょうどその頃、陸上ではサハリン軍が行動を起こしていました。正規軍も人民義勇軍も一体となって、オオドマリ港があるアニワ湾一帯で総攻撃をかけようとしていました。ヤマト軍の出陣については伝書鳩で知っており、またオオドマリ決戦の段取りについても狼煙(のろし)で連絡を取り合うことになっていたのです。
マトリョーシカの一隊も出撃の準備を終え、その時を待っていました。先日は敵の補給基地を襲撃し大きな戦果を挙げましたが、今度は敵部隊との遭遇戦を念頭に置いています。 ここで彼女たちの特徴について触れておきますが、マリアとナディアはボーイッシュで活動的なためか敵から狙われやすく、怪我をよくします。逆にベラの場合は、身の“こなし”が優雅で女性的なためか、まず敵に狙われることがありません。不思議なものですね。
同じように敵に対しているのに、どうして違うのでしょうか。マトリョーシカの場合もベラに似ていて、それほど女性的でないのにまず狙われません。話が脱線しますが、不思議です。ここで大いに脱線しますが、戦国時代の勇将で徳川家康の家臣だった本多平八郎忠勝は、生涯57回も合戦に出たのに、かすり傷一つ負わなかったということです。もちろん、戦場で逃げ回っていたわけではありません(笑)。忠勝の場合は天下の豪傑ですから、敵が逃げ回ることは予測されますが。
同じように戦場に出るのに、一方は全く怪我をしない、他方はしょっちゅう怪我をするといった事例をよく見ます。運不運もありますが、これがやがて大きな悲劇となるのです。

 話が脱線しましたが、先に進めましょう。タケルノミコトに指揮されたヤマト艦隊はついにアニワ湾に入り、オオドマリ港を目指しました。大小数百の軍船が入り乱れ、壮観な海戦シーンを予想させます。迎え撃つシベリア艦隊も数百の軍船を抱え、ヤマト艦隊に負けない陣容を誇っていました。
両国の艦隊は午後2時過ぎ、前哨戦を繰り広げるようになりました。軍船同士がぶつかり合い敵を圧倒しようとします。この時、ヤマト艦隊の実戦の指揮を執ったのが、かつて「海のマミヤリンゾウ、陸のミヤザワケンジ」と称されたあのマミヤ司令官です。マミヤ司令官は10数年ぶりの実戦に張り切っていました。
彼はほどなくして、薪(たきぎ)や藁(わら)に火をつけた「火船」を何十隻も放ち、敵の軍船を焼き討ちしようとしました。シベリア側も始めのうちは善戦健闘しましたが、やがてヤマト側に“風上”に立たれることが多くなり、次第に苦戦を強いられるようになったのです。
それでもシベリア側は、ガガーリン将軍やスターリンの次男・ピョートルらが指揮して、積極的に「気球」を飛ばしました。ヤマト側も気球を飛ばし、空中戦では互角の展開になったのです。双方とも気球から火矢を射かけるなど、戦いは最高潮に達しました。
その時、ヤマト側の旗艦「大和」など数隻から、幾つもの巨大な“飛行物体”がゆっくりと浮上しました。長さが20メートル以上あって幅が数メートルでしょうか、多数の兵士が乗っています。これを見て、シベリア側は仰天しました。こんな飛行物体は今まで見たことがありません。そうです。これこそヤマト帝国自慢の「飛行船」なのです。
皇帝カワミミノミコトが秘かに開発した最新兵器で、実戦面では初登場でした。飛行船が敵の気球にぶつかると、気球は火を噴いて炎上、墜落していくのです。これにはシベリア軍はたまりません。飛行船にも“弱点”があるはずですが、なにしろ初めての登場とあって、シベリア側は慌てふためくばかりです。
こうして、幾つもの飛行船が敵の気球を撃ち落としたり、大勢の兵士が上空から矢を射かけるなど、戦いはヤマト側が優勢になってきました。そして、夕方を迎える頃、風上に立った火船(かせん)が断然威力を発揮し、敵の軍船を次々に焼き討ちしたため、シベリア艦隊は大混乱に陥り総崩れとなりました。
勝負は完全にヤマト艦隊のものとなり、シベリア側はあちこちで衝突・炎上する船も出てきました。結局、このオオドマリ決戦は、飛行船や火船を十分に用意したヤマト側の態勢が見事でしたが、皇帝カワミミノミコトの「興国の興廃 この一戦にあり」とした勝利への信念、決意といったものが大きかったのではないでしょうか。

 オオドマリの海戦はヤマト艦隊の圧勝に終わりましたが、陸上でも苛烈な戦いが繰り広げられました。マトリョーシカの一隊も、この時とばかりに激しいゲリラ戦を展開したのでした。 銀色の甲冑を身に着けたマトリョーシカが現われると、多くの人が奮い立ちます。まさに“ジャンヌ・ダルク”の登場と同じですね。その後にマリア、ベラ、ナディアらが続きます。彼女たちの他にも、ニコライやニキータら男の子たちの部隊も続いているのです。
こうした若い男女の部隊は、人民義勇軍の“華”でした。自分の息子や娘たち、その友人らが入っている部隊を誰が応援せずにいられるでしょうか。人々はこぞって義勇軍の世話をしたり、便宜を計りました。「人民の海」という言葉がありますが、ゲリラ・遊撃隊は人民の支援を受けている時、最も活躍の場を広げることができるのです。
マトリョーシカらの一隊は正規軍の司令下に入っていましたが、行動は比較的自由です。オオドマリの戦いに敗れたシベリア勢を追撃したり、敵陣に攻め入ったりとよく戦いましたが、若いだけにともすると攻め急ぐきらいがあります。自分勝手に突き進むんですね。
この日もナディアら数人が隊から離れて、敵の猛反撃を受ける場面がありました。幸い犠牲者は出ませんでしたが、ナディアは右肩に重傷を負ったのです。弟の二キータらが必死にナディアを援護し彼女は助かったのですが、危ういところでした。マトリョーシカやベラがナディアの応急手当をしましたが、あとは救護班に任せざるを得ません。ナディアは暫く戦場を離脱しました。
戦いとは苛烈なものです。マトリョーシカらは負傷した何人もの手当や看護をしましたが、時には敵・シベリア勢の負傷兵の面倒も見ました。また、敵味方を問わず、戦場で戦死する人達も見てきました。そういう場合、マトリョーシカはただ“呪文”のように唱えるのが精一杯です。「運命です。何ごとも運命です」と。
さて、ヤマト艦隊に完敗したシベリア軍ですが、スターリン皇帝はひとまず撤退を余儀なくされました。オオドマリ港付近にいたシベリア艦隊は大半が焼き討ちされ、アニワ湾を脱出できた軍船もわずかなものでした。
陸上部隊も大いに撃たれ、まさに大敗・完敗です。シベリア軍はマオカ(真岡)方面などサハリン西海岸への撤退を余儀なくされました。後わずかでサハリン全島を征服しようとしていたスターリン皇帝は退却中、自嘲気味に呟いたそうです。 「もう少しでマトリョーシカを生け捕りにできたのに、俺が逆に生け捕りにされそうになったよ」

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