矢嶋武弘の部屋

われ「記す者」なり
すばらしい出来事、すばらしい人物などに文章を捧げる

サハリン物語(9)

2017年07月01日 11時22分41秒 | 小説『サハリン物語』

ノグリキの王宮では、ツルハゲ王とカチューシャ王妃が不安な日々を送っていました。王夫妻は、娘のリューバ妃と孫のマトリョーシカのことがいつも気になっていましたが、どうしようもありません。ツルハゲ王は時々後悔していました。 カラフト国と和平を結んでいれば、今ごろ娘や孫とも会えたかもしれません。和平のチャンスは何度もあったのです。
それがシベリア帝国などの甘言に乗せられ、サハリン統一王朝を実現しようと戦いを起こしたのが大動乱の始まりでした。しかし、あの頃は「娘のリューバを返せ」が大義名分だったので、父親としては当然だったかもしれません。 ところが、シベリア軍が半分以上も帰国したため、今やロマンス国は大変な危機に陥ってしまったのです。運が悪いと言えばそれまでですが、ツルハゲ王の胸の内には、ひょっとしたら「降伏」もという思いが去来していました。しかし、そんなことを周りの重臣や将軍らに言うことはできません。たぶん、猛反対されるでしょう。とにかく戦うしかないのですが、ツルハゲ王はだいぶ弱気になっていました。

いよいよ、カラフト・ヤマト軍の総攻撃が始まります。タケルノミコトやスサノオノミコト、またジューコフ将軍やスパシーバ王子らは、首都決戦に全力を挙げる構えでした。ノグリキを落とせば、もう勝利は間違いありません。
総攻撃を前に開かれた作戦会議では、“夜襲”が最も良いという意見が数多く出ました。結局、敵に夜襲をかけることになりましたが、王宮を“焼き討ち”するかどうかでははっきりと意見が分かれました。タケルノミコトやジューコフ将軍は焼き討ちすべきだと主張しましたが、スパシーバ王子らがこれに強く反対したのです。
スパシーバは以前、トヨハラの王宮が炎上し消失したことが忘れられません。あの時の悲しみや嘆きを思い出すと、たとえ敵の王宮だろうと、野蛮な攻撃は控えるべきだと主張したのです。戦いに勝つことが目標であって、それ以上の理不尽な行為は慎むべきだと述べました。 
スパシーバにとっては、リューバ妃の両親であるツルハゲ王夫妻のことが心から離れないのです。トヨハラの悲劇を義理の両親に味わわせたくはありません。その思いが強くあったのです。幸い、スサノオノミコトがその意見に賛成しました。他の人たちもスパシーバの思いを汲み取ってくれたようです。会議は結局、夜襲をかけるが王宮は焼き討ちしない方針を決めました。

しかし、ロマンス・シベリア軍も、敵が夜襲を仕掛けてくることは当然予想していました。チェーホフやジェルジンスキーらの将軍はその防御策をとる一方、逆に打って出る作戦も練っていたのです。
ついに、カラフト・ヤマト軍が夜襲をかける日が来ました。 しかし、夜なので得意の気球戦法は思うように使えません。今回は第1陣の歩兵軍団に新たに“槍”を持たせ、中央突破を図ろうというものです。そして、騎兵部隊で敵の両翼を襲撃する作戦を立てていましたが、ロマンス・シベリア側もそのくらいのことは予測していました。激しい一斉攻撃が始まりましたが、守る方も必死に戦いました。
騎兵部隊の来襲に対しては、ジェルジンスキーやプーシキンの一隊が果敢に応戦し、むしろ敵を撃退するぐらいでした。歩兵の中央突破作戦に対しても、チェーホフの巧妙な指揮で一歩も譲りません。むしろ敵の重装歩兵を分断するぐらいでした。攻防は一進一退を繰り返し、いつ戦闘が終わるかも分からない状況となったのです。
カラフト・ヤマト側は王宮が炎上してはならないと、“火矢”を控えたのが攻撃を鈍らせたのでしょうか。これに対して、ロマンス・シベリア軍は敵に火矢をどんどん射かけてきました。その辺の差が影響したのかもしれません。タケルノミコト大将軍はとうとう攻撃を停止しました。カラフト・ヤマト軍はいったん退却することになったのです。

その後も、夜襲作戦は続きましたが、なかなか思うようにいきません。ロマンス・シベリア側の必死の防戦で、戦いは長期化の様相を見せてきました。 そんなある日、スサノオノミコトがタケルノミコトに対し、「こうなったら、味方の損害を少なくするためにも、敵を“兵糧攻め”にするしかないでしょう」と提案しました。
タケルノミコトもそれは考えていましたが、強硬派のジューコフ将軍らの手前もあって、なかなか言い出せなかったのです。しかし、スサノオノミコトが提案したことにより、彼はスパシーバ王子やジューコフら幹部とも相談しました。 その結果、シベリア帝国からすぐに援軍が来る状況でもないので、ここは味方の損傷を減らすためにも兵糧攻めでいこうということになりました。多少は長期戦になってもやむを得ません。
タケルノミコトはすぐに、伝書鳩を使ってこの方針をヤマト帝国に伝えました。母国でもサハリンの戦いがどうなっているか心配しているでしょう。 ところが、この時、ヤマト帝国では皇帝イワレヒコノミコトが病(やまい)に伏せっていたのです。高齢の皇帝がそうなっているとは、タケルノミコトもスサノオノミコトも全く知りませんでした。イワレヒコノミコトの病状がどうなっていくかは、後でじっくりと話しましょう。

 兵糧攻めにするとなると、敵を包囲しているカラフト・ヤマト軍の方が断然有利になるでしょう。食糧の補給路を断ってしまえば良いのです。ロマンス・シベリア軍は食糧をかなり備蓄していましたが、それでも1ヶ月、2ヶ月もたてば次第に苦しくなるのは目に見えています。 また、ロマンス・シベリア側は海軍力が弱いので、オホーツク海から物資をノグリキに送ることはまず無理です。それどころか、シベリア帝国はいま内戦状態なのでとても手が回りません。
こうなると、敵が衰弱したのを見計らって総攻撃するか、あるいは破れかぶれで反撃に出てきたところを討てば良いでしょう。持久戦になって、カラフト・ヤマト側が優勢になったことは明らかです。
ロマンス・シベリア側は食糧も減り、徐々に追い詰められていきました。ツルハゲ王を中心に対策を協議しますが、議論はどうしても堂々巡りになってしまいます。結局、自滅する前に打って出るしかないということになりました。ただ、この協議中に、ツルハゲ王は思わず「降伏はないのか」と漏らしました。降伏して王宮を明け渡すということです。王はつい口に出してしまいましたが、内心はとても弱気になっていたのです。それに、これ以上戦いを続けても、犠牲者を増やすだけで敵に勝つ見込みはほとんどありません。

 しかし、これには重臣や将軍らがみな反対しました。降伏すれば、ロマンス国は事実上消滅し、後はどんな悲惨な“運命”が待っているかもしれません。チェーホフ将軍もシベリア帝国を代表する形で、降伏論には強く反対しました。降伏するぐらいなら、全軍を引き連れて直ちに国に帰ると言いました。サハリンが事実上カラフト国によって統一されれば、もうシベリアの出る幕はありません。全島がヤマト帝国の影響下に置かれてしまうのです。
こうして、ロマンス・シベリア側は最後の戦いを挑むことになりましたが、敗北が濃厚なだけに、具体的な日取りなどは決められませんでした。追って協議することになったのですが、ツルハゲ王はもう“脱出”の方策をあれこれ考えていたのです。これに対して、勇猛なジェルジンスキー将軍とプーシキンは、首都決戦に最後の望みを繋いでいました。また、ラスプーチン宰相は、首都が陥落した場合の自分の“生き残り策”についていろいろ考えていました。彼はツルハゲ王を見捨て、シベリア帝国に保護してもらうことも視野に入れていたのです。

 ロマンス・シベリア軍の糧食もあと僅かになった時、チェーホフとジェルジンスキーは決断しました。全軍の兵士に残りの食糧を腹いっぱい食べさせ、決死の反撃に出ることになったのです。一か八(ばち)かの勝負です。2人の将軍は、あえて「夜戦」を選びました。その方が敵は気球戦術が使いにくく、また火矢もあまり用いないと判断したからです。
そして、決戦の夜を迎えました。敗戦の場合は、ツルハゲ王一族が王宮から脱出する手筈も整えていました。それにラスプーチンら文官が従い、護衛の兵士が一行を守って北方へ逃げるというものです。 まず、ジェルジンスキーとプーシキンの指揮する騎兵部隊が、敵の両翼に攻めかかりました。また中央から、チェーホフ指揮の歩兵部隊が猛烈な勢いで進撃していきます。カラフト・ヤマト軍も満を持してその時を待っていただけに、両軍の間で激しい戦闘が繰り広げられました。
始めはロマンス・シベリア軍が優勢に戦いを進めましたが、カラフト・ヤマト軍の防戦も手堅く、一進一退の攻防が続きます。しかし、やがて兵力に勝るカラフト・ヤマト軍が徐々にロマンス・シベリア軍を圧迫していきました。騎兵戦でも、スパシーバ王子とミヤザワケンジ将軍の部隊が縦横に駆け回り、敵の進撃を食いとめて逆襲に転じたのです。 戦いは2時間ほど続いたでしょうか。ついにロマンス・シベリア軍は敵に圧倒され、陣形も乱れてあちこちで崩壊していきました。この状況を見て、ツルハゲ王らは王宮から脱出します。「降伏」が許されない以上、仕方のないことでしょう。

やがてロマンス・シベリア軍は総崩れとなり、将軍も兵士もみな落ち延びていきました。カラフト・ヤマト軍は勝利の勝ちどきを上げると、ノグリキの王宮を占拠しました。スパシーバ王子もそこに入りましたが、かつてトヨハラの王宮が炎上・消失したのとは逆に、無事に保存されたことに一安心したのです。
彼は王宮内を見て回りました。リューバ姫の居室だった所もそのまま残っています。スパシーバは以前、そこで彼女と“密会”していたことなどを思い返しました。あれから、何といろいろなことがあったでしょうか・・・ 彼はやや感傷に浸りながら、一日も早くリューバ妃をここへ連れてきたいと思うのでした。

 ノグリキで完敗したロマンス・シベリア軍は、遠い北方のオハを目指しました。目指すと言えば聞こえは良いですが、カラフト・ヤマト軍の追撃を受け北へ北へと逃げるしかなかったのです。オハはサハリン島の最北端にある町で、これより先は小さな半島しかありません。つまり、ロマンス・シベリア勢は島の最北端に閉じ込められる形になり、まさに絶体絶命のピンチを迎えたのです。
オハへ向かう途中は荒地が多く人影もまばらで、実にわびしい逃避行になりました。ツルハゲ王一族は、自らの悲惨な運命を嘆いたことでしょう。かつて、カラフト国のヒゲモジャ王一族が、島の最南端・オオドマリに閉じ込められたと同じように哀れな境遇になったのです。もしオハが陥落するようなことになれば、敵に降伏するか、シベリア帝国に亡命するしかありません。
ロマンス・シベリア軍はまさに背水の陣を敷くわけですが、シベリア帝国からは依然として援軍が来る気配はありません。チェーホフ将軍はスターリン総司令官に対し再三 窮状を訴えたのですが、当のスターリンはトロツキー軍との戦いでそれどころではなかったのです。

 ここでシベリア情勢の話をすると、内戦の始めはトロツキー軍が敵を一方的に攻めていましたが、スターリン、ジノヴィエフ、カーメネフの連合軍がようやく態勢を整え、反撃に出ようとしているところでした。統制が乱れ司令が行き届かなかった連合軍も、やっと連携が緊密になり、トロツキー軍を首都ヤクーツクの手前のタバガという所で迎え撃つことになりました。ここはヤクーツクから20キロほど南西にある所で、レナ川の上流に面しています。
そして、もともと兵力で上回る連合軍は、ついにタバガでトロツキー軍を撃破したのです。トロツキー総司令官(西部軍)は、首都を目前にして退却せざるを得ませんでした。これが節目となって、戦局は連合軍に有利に働いていくのです。
次期皇帝をどうするかは後回しにして、スターリン、ジノヴィエフ、カーメネフの3人は「トロイカ・3頭政治」を始めることになりました。そして、その後は3人が密接に協力し、トロツキー軍を追撃することになったのです。
こうして少し余裕ができたスターリンは、サハリン情勢に目を向けるようになりました。彼は腹心のガガーリン将軍に対し、「このままではロマンス国が危ない。シベリアはもういいから、チェーホフを助けてやってくれ」と指示しました。 サハリンでチェーホフ将軍と共に戦ったガガーリンです。彼もロマンス国のことをとても気にしていたので、一も二もなく軍勢を引き連れサハリンへ戻ることになりました。ただし、この時期は“厳冬”の真っ最中だったので、行軍が非常に大変でした。オハの決戦までに、首尾よく戻れるかどうかは微妙な情勢だったのです。

 ガガーリン将軍が一軍を引き連れシベリアを出発した頃、オハでは決戦を前に両軍のにらみ合いが続いていました。双方とも作戦を十分に練っているところで、そう簡単には手出しをしません。せいぜい小競り合いが起きる程度です。
この状況にスパシーバ王子はいら立ち、一騎で敵陣の前に進み出て「プーシキンよ、いるなら出てこい!」と大声で呼びかけました。しかし、何の応答もありません。敵の放つ矢が何本か飛んでくるだけです。スパシーバはそれを払いのけては、やがて引き下がります。 彼は毎日のように単独行動を繰り返しました。集団戦ではなく、一騎打ちでプーシキンと決着をつけたいと思ったからです。彼は必ず出てくるとスパシーバは考えていました。あのティモフスクの戦いの時、プーシキンは「こんど会う時は必ず決着をつけるぞ!」と叫んでいたのです。

こうして何日かたったある日、スパシーバが敵陣に近づくと、向うから1騎の若武者が現われたではありませんか。まさにプーシキンです! 「お待たせした。スパシーバよ、さあケリをつけよう!」 プーシキンはそう叫ぶと、剣を振り回し向かってきました。
「おう、望むところだ!」 スパシーバも剣を抜き、念願の一騎打ちとなりました。両軍の兵士らは固唾(かたず)を呑んでこの戦いを見守ります。スパシーバは愛する従姉妹・故オテンバ姫の仇を何としても討とうと思い、プーシキンはリューバ姫を奪われた怨みを晴らそうと思っていました。宿敵同士です。
2人は激しく剣を交わし互いに譲りません。やがて馬同士が接触した弾みで、2人は振り落とされました。それから地上の戦いです。15分も20分もたったでしょうか。死力を尽くして戦ううちに、スパシーバの剣が相手の右腕を切り裂きました。プーシキンがうめき声を上げてのけぞる瞬間、スパシーバの必殺の一撃が相手の胴体に突き刺さりました。 プーシキンは血まみれになって倒れ、勝負がついたのです。カラフト・ヤマト陣営の兵士から歓声が上がりました。
スパシーバが倒れた敵に近寄ると、プーシキンは息も絶え絶えに呟きました。「スパシーバよ、俺の負けだ。見事だったな。リューバ姫をよろしく・・・」 そう言うと、彼は息を引き取ったのです。武人らしい立派な最期でした。 最後の言葉を聞いて、スパシーバはもう宿敵を怨む気持が失せました。彼は遺体を丁寧に扱い、馬に乗せて味方の陣営へと運んでいったのです。できれば、オテンバ姫の墓の横に葬ろうと考えながら・・・

プーシキンの討ち死にを知って、最も悲しんだのが父のラスプーチン宰相でした。最愛の息子を亡くしたのだから当然でしょう。その遺体が敵の陣営に運ばれたと聞いて、彼はいろいろ思い悩みました。こうなったら、ロマンス国に背いても息子の遺体を引き取りに行くかどうかということです。戦時中なので、遺体の引き取りに条件を付けられるかもしれません。しかし、ラスプーチンはどうしてもプーシキンと“再会”したかったのです。
ほどなくして彼は黒ずくめの衣装に身を包み、人目をはばかりながら夜、カラフト・ヤマト陣営を秘かに訪れました。警護の兵士は敵の宰相が来たと知ってびっくりしましたが、上司と相談してラスプーチンを本営に案内しました。誰もが、プーシキンの件で来訪したと察していたのです。本営にはタケルノミコト大将軍やスパシーバ王子らがいました。スパシーバは以前、ノグリキで彼と会って以来久しぶりの対面になりましたが、複雑な気持ですね。

ラスプーチンはタケルノミコトに対し、息子の遺体をぜひ引き渡して欲しいと懇願しました。タケルノミコトさえ了解してくれれば、スパシーバも従わざるを得ないと考えていたからです。タケルノミコトはスパシーバに問いかけましたが、彼は遺体を故オテンバ姫の墓の横に葬りたいと答えました。しかし、ラスプーチンは何としても息子を引き渡して欲しいと哀願しました。そのためには、どんな条件でも受け入れるというのです。
親の切ない気持は痛いほど分かるので、タケルノミコトはスパシーバに応じるよう説得しました。彼も子を持つ父親の身です。とうとう遺体を引き渡すことに同意しました。その代わりにというか、タケルノミコトはラスプーチンに対し、滅亡が間近いロマンス国を見限り、わが方に協力するよう求めました。それが遺体引渡しの「条件」だというのです。ラスプーチンはそれを受け入れました。前にも言いましたが、彼はもともとツルハゲ王朝には批判的な“野心家”だったので、それほど抵抗はなかったのでしょう。
こうして、プーシキンの遺体は父親のラスプーチンの手元に返されることになりました。彼はこれ以降、ロマンス国の実情をカラフト・ヤマト陣営に内通することになります。しかし、やがてそれが露見し、彼も哀れな末路をたどるのですが、その話はまた後でしましょう。

ジャンル:
小説
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« サハリン物語(8) | トップ | サハリン物語(10) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

小説『サハリン物語』」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL