矢嶋武弘の部屋

われ「記す者」なり
すばらしい出来事、すばらしい人物などに文章を捧げる

明治17年・秩父革命(17)

2017年08月14日 05時01分12秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第5幕

第1場[11月中旬、東京・下谷(したや)区内の住宅街。 松本カヨが“借家住まい”している平屋に、友人の山中ハツが訪れてくる。]

ハツ 「こんにちは、カヨさん。お久しぶりです」

カヨ 「ハツさん、ずいぶん待ちましたよ」

ハツ 「ごめんなさい、東京は初めてなので何度も道に迷いました。怒っていらして?」

カヨ 「ええ、とても、ホッホッホッホッホ。いえ、あなたに会える楽しさで、今か今かと待ちくたびれたのですよ。お元気そうな様子を見て安心しました」

ハツ 「本当にごめんなさい。わたし、昔から“方向音痴”なので皆さんに迷惑をかけます」

カヨ 「東京は広くて家が沢山あるでしょ、誰だって道に迷うわ。さあ、座って下さい」(ハツが“ちゃぶ台”の側に座って、風呂敷から土産を取り出す)

ハツ 「ありがとう、そう言っていただいて。これ、秩父のお饅頭です」

カヨ 「まあ、久しぶりだわ、ありがとう。早速、お茶を入れましょう。(茶を入れてハツに差し出す) それで、ご両親やお兄さんは、あなたが東京で勉強することに賛成してくれたの?」

ハツ 「父と兄が反対だったけど、結局、母が賛成に回ってくれたので、しぶしぶ認めてくれたわ。でも、なかば勘当扱いみたいで、母が当座のお金を工面してくれたの」

カヨ 「わたしと同じね。これからあなたは、生活費を得るために働きながら勉強していくのね」

ハツ 「ええ、その覚悟は出来ています。働きながら東京女子師範を受験して、一日も早く教師への道を進みたいと考えているのよ。 それで、あなたは女医さんになるために、いま頑張って勉強しているのでしょ?」

カヨ 「ええ、手紙でお伝えしたように、今この近くの好寿院という私学校で勉強しています」

ハツ 「女子師範と違い、学科が多くて大変でしょうね」

カヨ 「でも、自分で決めたことなので頑張るしかないわ」

ハツ 「女が医者になるというのは珍しいので、いろいろ“嫌がらせ”などがあるのでしょう?」

カヨ 「そう、同じ学校の男子生徒からいろいろな妨害や嫌がらせがあります。でも、そうした中で、妻沼村(めぬまむら)出身の荻野吟子さんという人は見事卒業して、いま女性として初めて医師国家試験を受けている最中なの。 荻野さんは私らよりもはるかに酷い妨害を受けていたのよ。それを考えれば、後輩の私達が挫折することなんか許されません」

ハツ 「あなたは意志の強い人だから、途中で挫けることなんてあり得ないわ。頑張って下さい」

カヨ 「ありがとう。 ところで、秩父の騒動は治まったけれど、その後もいろいろ大変なのでしょう?」

ハツ 「ええ、警察の手で、事件に関係した人達の逮捕が続いています。自首した人も入れるともう何百人も捕まったというのですよ」

カヨ 「あなたのお父さんも暴漢に斬られて大怪我をされたと聞きましたが、その後のご容体はどうですか?」

ハツ 「だいぶ回復したのですが、大変な衝撃だったようで、金貸しの仕事はもうやりたくない、質屋に“店替え”したいなどと話しています。兄もそれが良いだろうと言っていて、これ以上、農民達の怨みを買うのは御免だという感じです。 わたしも貪欲な高利貸しの仕事は嫌で堪らなかったので、今度の事件で父や兄が変ってくれたらと思っているのです」

カヨ 「そうなるといいですね。あなたも嫌だと言いましたが、申し訳ないけど、わたしも高利貸しの振舞いには憤りを覚えていました」

ハツ 「娘の私でさえ義憤を感じていたのですから、本当にそうですよ。でも、兄は父を襲った暴漢は決して許さないと怒っているのです」

カヨ 「犯人の心当たりはあるのですか?」

ハツ 「ええ、警察も追っているのですが、上吉田村の日下藤吉さんと言う人が犯人らしいというのです」

カヨ 「えっ・・・」

ハツ 「カヨさんも何か心当たりがあって?」

カヨ 「いえ、何も・・・」

ハツ 「わたしも二、三度その人と会ったことがあるような気がするのですが、その人のお父さんが私の父から借金をしたことが原因で、首を吊って亡くなったのを怨んでの犯行だというのです」

カヨ 「まあ、そういうことですか」

ハツ 「兄はその藤吉さんと言う人を絶対に許さないと言っていますが、わたしは父を始め金貸し業者が本当に酷い仕打ちをしていたのを知っていますので、その人のお父さんが自害なさったことに心から同情しているのです。父や兄にはそう言ってはいませんが」

カヨ 「そうですか・・・でも、“その人”はきっと秩父事件に巻き込まれたのでしょうね」

ハツ 「多分そうでしょう、負債農民の多くが事件に加わっていましたから。 あら、ちょっと長居をしてしまったかしら、こんな話しはもう止めましょう。わたし、これから下宿先を探さないと」

カヨ 「まだ時間は十分にあるでしょ」

ハツ 「いえ、早く下宿先を決めて落ち着かないと、その後のことが“はかどらない”のよ。 女子師範はお茶の水にあるから、その近くの借家がいいわね」

カヨ 「借家は沢山あるわ、より取り見取りよ」

ハツ 「それでは、これからお茶の水の方へ向いますが、家庭教師などの良い働き口があったら教えて下さいね。わたし、カヨさんが頼りですから」

カヨ 「ええ、良い働き口があったら直ぐに知らせます。下宿先が決まったら、また遊びに来てね」

ハツ 「ありがとう、本当にカヨさんだけが頼りですから。わたしのお姉さんみたい(笑)」

カヨ 「何を言ってるの、同じ年じゃないの。東京では女同士が助け合わないと、なかなかやっていけません」

ハツ 「ええ、それでは又、失礼します」(ハツ、一礼して立ち去る)

カヨ 「ああ、藤吉さんがハツさんのお父さんを斬ったとは・・・」

 

第2場[11月下旬、東京・芝の菊池藤助の家。 訪れた日下藤吉が菊池と話し込んでいる。]

藤吉 「何ということだ、井出さんがすでに逮捕されていたとは」

菊池 「そう、残念なことだ。 ここに匿(かくま)っていた時は何とか無事だったが、近くの宿に泊った折りに捕まったのだ。もっと遠くへ行っておれば良かったのに」

藤吉 「僕は井出さんと会えることだけを楽しみにして、東京に出てきたのです。以前から、同郷の貴方のことを聞いていましたので、こちらにお邪魔すれば井出さんに会う機会があると思っていました。残念です」

菊池 「日下君、わが家は警察から目を付けられている。君が密かに訪ねてこれたのは、運が良かったのだ。この後、どこに潜むかを考えた方がいい」

藤吉 「ええ、潜伏場所はこれから考えますが、田代さんや加藤さんら、それに井出さんまでが逮捕されたとなると、逃げ延びる気持も萎(な)えてきます。 いっそのこと、警察に出頭しようかと思ったりもするのですが・・・」

菊池 「何を言うのだ。君はまだ若いのだから、いったん逃げ落ちて再起をはかるべきだ。 いずれ世の中が変れば、君が活躍できる時が来るかもしれない。それまでは、身を隠すなりして雌伏の状態に耐えるしかないだろう」

藤吉 「いずれ、そういう時が来るでしょうか」

菊池 「罪を犯しても、大赦や恩赦で刑罰が無くなることがある。例えば、何年かして憲法が発布されたりしたら、恩赦が行なわれるだろう。そういう時まで潜んでおれば良いのだ。 また、たとえ捕まったりしても、恩赦で刑が減免されるのを待てばいいだろう」

藤吉 「それは分かりますが、捕まった田代さんや加藤さんらは死刑を免れないでしょうね?」

菊池 「これだけの大騒動になったのだ、首謀者は死刑を免れないだろう。しかし、君のような人達まで処刑されるはずはない。とにかく、逃げられるだけ逃げるのが一番だよ」

藤吉 「田代さんら首謀者が死刑になるなら、僕は黙ってはいられない。 皆が自由で公正な社会をつくろうと、正義の戦いに立ち上がったのです。それを弾圧したのは政府だ、軍隊まで使って弾圧したのは政府だ。その張本人・責任者は山県内務卿だ。僕は山県を殺(や)るしかない!」

菊池 「ちょっと待て、早まるな。 テロで山県内務卿を殺したからといって、今の政府が倒れるわけではない。テロの時代は終ったのだ。君がたとえ山県を殺(や)ったとしても、それは単なる“復讐”でしかない。政府はびくともしないだろう。 そんなことより、これからの新しい自由民権運動を建設的に考えていく方が、時代に即したものになるはずだ。 君は自分の命を大切にしながら、新しい日本を築いていくことに努めるべきではないのか。早まったことをしても、何も良いものは生まれてこないだろう」

藤吉 「そうですか・・・しかし、僕は今の政府が許せない、そのやり方が許せないのです。 民衆や農民に重税を押し付けて、富国強兵を図ろうとしている。つまり民衆を搾取し、民衆の犠牲の上に立って国づくりを進めようとしている。だから、末端の高利貸しまで法外な利息を取って、貧しい人達を苦しめているのです。 こんなことでは、本当に豊かな日本を築くことはできません。だから、僕達は決起して世直し、世均(なら)しを実現しようとしたのです。 しかし、僕らの戦いは弾圧されて失敗した。どこに怒りをぶつけたらいいのですか・・・ごめんなさい、こんな“繰り言”を菊池さんに言っても仕方のないことです。これ以上、話すのは止めます」

菊池 「君の正義感と真情は良く分かる。しかし、先ほども言ったように、早まったことはするな。これから暫くは、隠忍自重の時だ。 何年後に憲法が出来るかは知らないが、日本は確実に新しい時代を迎えようとしている。君はそういう動きを良く見極めながら、若い自分を生かしていってほしい。 いま、私が言えるのはそれだけだ。井出君らも捕まってしまったが、いずれ刑期を終えて、彼らも社会に復帰してくるだろう。 その時を待とう。もっと長い目で世の中を見ていこうじゃないか」

藤吉 「失礼しました。僕のモヤモヤした気持をぶつけてしまって、菊地さんを困らせてしまったようですね。自分なりに気持を整理していきます」

菊池 「焦ることはないよ、日下君。 君を匿いたいと思うのだが、ここは官憲に目を付けられている。他にもっと安全な所はないだろうか・・・出来れば遠い所へ行った方がいい。とにかく、捕まらないことが第一だ」

藤吉 「はい、気を付けて行動します。ここで捕まったら、菊池さんにも大変なご迷惑をかけます。 本当に有難うございました。また、お会いできる日が来ると嬉しいですね」

菊池 「うむ、達者でね。いずれまた会える日がきっと来るよ」

藤吉 「ええ、それではお元気で。これでお暇(いとま)します」(藤吉、深く頭を下げてから立ち去る)

 

第3場[12月上旬、東京・下谷にある松本カヨの借家。 カヨのいる所に日下藤吉が訪ねてくる。]

藤吉 「カヨさん、こんにちは。お元気ですか」

カヨ 「まあ、藤吉さん・・・びっくりしましたわ、ご無事だったのですね。どうしてここが分かって?」

藤吉 「ずいぶん探しましたよ。 下宿先が変ったというので、あなたが以前住んでいた下宿の大家さんに聞いたりして、こちらに住んでいることが分かったのです」

カヨ 「そうですか。さあ、どうぞお上がり下さい」(藤吉、座敷に入って座る)

藤吉 「突然のことで驚いたでしょ」

カヨ 「ええ、藤吉さんとは小鹿坂峠で別れて以来ですから。あれから4ヵ月以上たちましたね、お元気だったのですか?」

藤吉 「ご存知のように大変なことがありましたが、こうして無事でいます。 カヨさんは私学校で医学の勉強を続けているのですね」

カヨ 「ええ、何とか頑張ってやっています。でも、藤吉さんはお父さんが亡くなったり、秩父事件に巻き込まれていろいろご苦労があったのでしょ?」

藤吉 「巻き込まれたのではなく、自ら積極的に参加したのです。しかし、それを話すと長くなるので止めますが、僕はいま“お尋ね者”の身なのです。つまり、秩父事件で警察から追われているのです」

カヨ 「やはり、そうですか。 それで、これからどうなさるつもりですか?」

藤吉 「どうして良いのか、まだ見当が付きません。ただ、東京は広くて人が大勢いるので、潜伏するにはそれほど困っていません」

カヨ 「でも、生活費とかお金のことも大変でしょ?」

藤吉 「独り身だから何とかなりますよ。それに、働き口は土木作業とかいろいろあります。後はあまり言いたくないのですが、困民党の幹部から頂いた“軍資金”の残りもあるので、困っていません」

カヨ 「それで、今どちらに住んでいるのですか?」

藤吉 「木賃宿などを転々としています。でも、カヨさん、そんなことは心配しないで下さい。 それより、あなたが元気に勉学に励んでいる様子なので、僕はとても嬉しい。ところで、一つ頼みがあるのですが、聞いてもらえますか」

カヨ 「何でしょうか」

藤吉 「僕は秩父に帰れない身なので、これから妹のハルに手紙を出すことにしています。そこで、妹からの返事の宛先を、このカヨさんの所にさせてもらいたいのですが」

カヨ 「ええ、もちろん結構です。お母さんやハルさんはお元気なのでしょうか?」

藤吉 「詳しいことは分かりませんが、秩父事件や僕のことできっと苦労していると思います。警察からもいろいろ取り調べを受けているだろうし・・・」

カヨ 「そうですね、私も心配です」

藤吉 「出来れば、妹や母を東京に呼びたいと思っているのですが」

カヨ 「東京に?」

藤吉 「ええ、秩父に残っていても、お尋ね者の家族ではずっと苦労が続くでしょう。僕がこれからどうなるかは別として、妹達は東京へ出て来た方が勤め口も多いし、気苦労も減って何かと気楽になると思っているのです」

カヨ 「そうですか、それが良いでしょうね」

藤吉 「勝手なお願いをして、すみませんでした。それでは、これから妹に手紙を出しに行きますが、宜しいですか?」

カヨ 「どうぞ、そうして下さい」

藤吉 「ありがとう、助かります。 では、今日はこれで失礼しますが、10日ほど経ったら又お伺いしたいのですが」

カヨ 「ええ、どうぞ。でも、もっとゆっくりされたらどうですか?」

藤吉 「いえ、妹に早く手紙を出さなければ。急いでいてごめんなさい、それでは又」(藤吉が立ち上がる)

カヨ 「気を付けて下さいね。 藤吉さん、あの・・・」

藤吉 「何か・・・」

カヨ 「いえ、また今度お話しします」

藤吉 「では、失礼します」(藤吉、カヨの借家から出ていく)

 

第4場[12月上旬、秩父・大宮郷にある日下ミツの“実家”。 ミツと娘のハルが、藤吉からの手紙を読んでいる。]

ハル 「兄さんが無事に過ごしているので安心したわ。一日も早く会いたい」

ミツ 「私も藤吉に早く会いたいけれど、お尋ね者の身では秩父に帰って来れないし、困ったものだね」

ハル 「兄さんは私達に東京へ出て来たらと言っているけど、母さんの気持はどうなの?」

ミツ 「私はあまり行く気にはなれないけど」

ハル 「でも、ここにいては肩身が狭いし、思い切って東京へ行くのもいいのじゃないかしら」

ミツ 「そうね、お前は若いから、そう思うのも無理はないでしょう」

ハル 「それに、警察から追われている兄さんが心配なの。また、とんでもないことを考えたりしたら大変よ」

ミツ 「ええ・・・それなら、お前が先に行って藤吉と話しをつけなさい。母さんは行く前にいろいろ後片付けをしておかないと、秩父をすぐに離れるわけにはいかないよ」

ハル 「そうね、親戚の人達にも挨拶をしておく必要があるし、私が兄さんと会ってメドが付いたら、すぐに母さんを呼ぶことにしましょう」

ミツ 「そうしておくれ。せっかく東京に出ても、藤吉が警察に捕まってしまったら、何のために上京したのか分からなくなってしまう。 お前が大丈夫だと判断したら、すぐに母さんを呼んでおくれ」

ハル 「分かったわ、そうしましょう。 とにかく、私は一日も早く兄さんに会いたいの。このままでは他に頼れる人もいないし、不安だけが募ってしまう。東京へ出れば、後は何とかなるような気がするの」

ミツ 「父さんを亡くし、家が破産してしまったから、お前の不安は良く分かる。母さんも悪かったと責任を感じているよ」

ハル 「何を言っているのよ。母さんは悪くない、ご時世が悪いだけよ。 では、私はカヨさん宛てに手紙を出して、兄さんと会う段取りをつけることにするわ。それで、近いうちに東京へ行くことにするけど、いいわね」

ミツ 「ええ、そうしておくれ」

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