矢嶋武弘の部屋

日一日の命
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デフレのどこが悪いのか!? 100円ショップ万歳!! 

2017年02月10日 07時15分46秒 | 経済・エネルギー・原発

<以下の記事は定年退職後の2002年6月に書いたものですが、現在にも通じる点があるので、一部修正して復刻します。>

1) この2~3年、テレビなどを見ていると、エコノミスト=経済学者が出てきて盛んにデフレの悪口を言っている。 正確に言うと、デフレスパイラルが良くないということだ。 経済語事典などによると、デフレスパイラルとは、物価が下落しているにもかかわらず、消費や投資などの需要が回復せず、売り上げや所得が減少し、それが需要を一層減少させて、更なる物価下落を招く“悪循環”を言うのだそうだ。 
つまり、物価下落と景気後退が繰り返されるので、経済は縮小し不況になるというわけだ。 確かに景気後退は良くない。失業者も増えるので悪いに決まっている。そんなことは、経済の専門家でもない私にも分かる。 しかし、物価の下落自体は、消費者にとって実に素晴らしいことである。 要は物価も安定し、景気も上昇してもらえれば、これほど良いことはないのである。(いやしくも「エコノミスト」を自称するなら、そのくらいのことはやってみろ!と言いたくなる。)
景気を良くするために、物価が上がってもよいというのは、実に乱暴な考えだ。 エコノミストとは、その程度のことしか言えないのかと呆れてしまう。そんなことは小学生でも言えることだ。 インフレ目標(ターゲット)だとかいろいろ言われているが、デフレよりインフレの方がはるかに怖いというのは、大方の国民が感じていることだ。
こんな経済状況で、物価が上がれば、消費や投資が更に落ち込むことは目に見えている。 物価だけが上昇し、景気が回復しないというスタグフレーションの恐れが出てくる。 いやしくも経済の専門家というなら、エコノミストはもっと説得力のある方策を示して欲しい。

2) 水は高きより低きに流れるように、消費者は高いものより安いものの方に流れる。 ブランド品は別として、同じ(ような)品質であれば、当然安いものの方を買うに決まっている。 こういう厳しい経済状況であれば、消費者の財布のヒモはますます締まってくるのだ。
私は昨年、テレビ局を定年退職してから、よく「100円ショップ」へ行くようになった。 テレビに出ているエコノミスト達は小金持だから、100円ショップなどにはほとんど行ったことがないだろう。 
私も昨年までは、100円ショップなどには行ったことがなかった。 そんな所に行かなくても充分に生活できたし、男としての見栄や外聞、プライドもあったので行く気にはなれなかった。 しかし、退職してから面白半分に100円ショップをのぞくようになって、ガラリと変わった。今ではしょっちゅうそこへ行くようになった。
100円ショップに行くと、なんと多くの品物が置いてあることか!! それも、以前は5~600円もしたであろう物が、消費税込みでみんな105円で買えるのだ! 私はその品物の多さと安さに驚いた。 日本はなんと豊かで暮らしやすい所だろうか、と思ってしまった。
別稿でも述べたことがあるが、戦後(第2次大戦後)の凄まじい貧困と物不足の中で育った私にとっては、物が安くて有り余っている100円ショップを見ると、天国か極楽に来たかのような錯覚に陥る。 しかも、100円ショップは“雨後の竹の子”のようにどんどん出店しているのだ。 どうして、日本はこんなに豊かになったのだろうか。

3) インフレよりも、デフレの方がはるかに良いと言ったが、年金生活者にとっては尚更である。 完全失業者で年金生活の私にとっては、物価の安定、下落は最大の恵みである。 私と同じような立場の人は増えつつある。 こうした状況を、エコノミスト達は本当に理解しているのだろうか。 テレビで彼等の言っていることを聞いていると、とても理解しているようには思えない。
彼等は、目先の景気回復だけを言っているようだ。冗談ではない! 私の知っている某宗教関係者が、「経済とは、消費するためにあるのではない」と言った。 消費を拡大させるために、経済があるのではない。 経済とは、国民生活の安定のためにあるはずだ。企業の収益のためにあるのではない。
企業に参画していない人達が、どんどん増えていることを忘れてはならない。年金生活者も確実に増えているのだ。 これから高齢化が進むと、その数は一層増えるだろう。こうした人達が近い将来、大きな政治勢力になることも予想される。 現にアメリカでは、高齢者が一つの政治勢力になりつつある。政治はそれを無視してはならないし、また無視することはできないだろう。
「成長の論理」だけから、経済を見てはならない。そんなものは、ひと昔もふた昔も前の話である。 経済の構造改革が叫ばれているのに、一方では、目先の景気回復ばかりに気を取られて“デフレ対策”などと言っている。 私のような立場の人間から見ると、「デフレのどこが悪いんだ!」と叫びたくなる。

4) 10数年前のバブル経済と、その後の破綻を顧みると、日本の経済政策は明らかに失敗したのだ。 政府もエコノミストもなんの責任も取らず、今度は「デフレ退治」を口にしだした。 これでは、国の経済政策など信頼できるわけがない。庶民は自分だけを頼りに、日々の生活を守っていかなければならない。
インフレになって一番困るのは、我々のような年金生活者だ。 物価スライド制と言ったって、どこまで生活を防衛できるのか分からない。我々にとっては、デフレよりもインフレの方が“ゴキブリ”のように嫌なのだ。
最近、私は1600円の理容室へ行くようになった。 ちょっと前までは、4300円の高級理容室や、カットだけで2000円の所へ行っていたが、出店したばかりの1600円のディスカウント理容室を利用することに決めたのだ。 勿論、生活防衛のためである。
この理容室は、大人の調髪が1800円だが、60歳以上のシルバー代金は1600円である。 支払いは図書券でもビール券でも、テレカでも商品券でもOKである。それでカット、シャンプー、顔剃り、セットを全て含んでいる。 これほど便利で安価な理容室は滅多にない。しかも、とても感じが良いのだ。
こういう理容室を、誰が悪いと言えるだろうか。我々年金生活者にとっては、実に有難いと言う他はない。 私達がそういう理容室を利用するようになると、他の理容室は当然影響を受けるだろう。 しかし、どんな乱暴なエコノミストでも、料金の高い理容室の方へ行けとは言えないだろう。

5) こういう生活の実態を、エコノミスト達はどれほど知っているのだろうか。小金持の彼等には多分、分からないだろう。「100円ショップ」の乱立、生活のユニクロ化はとどまる所を知らないだろう。
我々の下着類は、今や中国製、韓国製、台湾製、ベトナム製、タイ製などで占められている。 それほど品質が変わらないのに、庶民がどうして高価な(純粋)国内製品を買うだろうか。 しかも、安価な製品は余っているのだ。
主婦は1円でも安いものに殺到する。全て生活防衛のためである。 消費者の目は厳しい。安価で良質な商品だけが勝ち残るのだ。 それこそ、市場経済の原理である。
景気の回復や企業の論理だけを重視して、安易にインフレを云々するのは止めて欲しい。その場しのぎの経済政策はゴメンだ。 大体この10年以上、政府やエコノミスト達は、どれほどいい加減な経済政策を繰り返してきたというのか。「失われた10年」などと言われて、恥ずかしくないのか。
挙げ句の果てに、多額の不良債券を処理するために、国民の膨大な血税(公的資金)を投入する羽目に陥るとは、失政もここに極まれりである。 どうして、政府やエコノミスト達を信頼できるだろうか。 しかも、無能な彼等からほとんど反省、陳謝の言葉もない。まったく無責任である。
こうなっては、我々国民は自分自身の生活を防衛するだけである。 それぞれの立場から、言うべきことをはっきりと主張し、生活を防衛しなければならない。 年金生活者の1人である私としては、インフレに断固反対する。 (2002年6月23日) 

ジャンル:
経済
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