矢嶋武弘の部屋

風林火山
日一日の命 日々新たなり

血にまみれたハンガリー(6)

2017年05月18日 04時22分54秒 | 戯曲・『血にまみれたハンガリー』

第十一場(モスクワ・クレムリン内の一室。ソ連共産党政治局会議が開かれている。 フルシチョフ、ブルガーニン、モロトフ、カガノヴィッチ、ミコヤン、スースロフの他に、この日はマレンコフも出席)

モロトフ 「ブダペストにいるアンドロポフ大使からの報告によると、ナジは明日にも、連立政権を樹立するというではないか」

フルシチョフ 「そうらしい」

カガノヴィッチ 「そうらしいでは、済まされない問題だぞ。 小地主党や社会民主党、それに国民パルチザン党などの代表を入閣させると、勤労者党の指導体制は完全に失われるということじゃないか」

ミコヤン 「いや、ナジの下に勤労者党からカダルやロションツィ達も入閣するので、勤労者党の指導力が弱まるようなことはないだろう」

マレンコフ 「私は最近病気がちで、政治局会議に出席できなかったが、ポーランドといいハンガリーといい、一体どうなってしまったというのだ。 あのスターリンが存命中は、これほどまでにソ連の威信が、ぐらぐらと揺れ動くことはなかった。

 今さら、あの人を誉め称えるつもりはないが、こんな状態では、地下に眠るスターリンもきっと眉をひそめているだろう。 実に嘆かわしいことだ」

スースロフ 「今は慨嘆ばかりしている時ではないでしょう。問題は、ナジとカダルの力によって、ハンガリーの情勢が好転するか、しないかということだ。 ハンガリーが連立政権になろうとも、社会主義陣営に留まり、その中で民主化を進めるというのであれば、ポーランドと同様、それを認めざるを得ない。

 一番気になるのは、ハンガリーが反ソ的な方向に進むあまり、中立化を目指すことだ。よもや、そこまで行くとは思わないが、その危険がないとは言えない」

ブルガーニン 「君とミコヤン同志がブダペストへ行った時、その辺も含めてどんな状況だったのか聞かせてほしい」

ミコヤン 「ナジは国民の要望を出来る限り受け入れ、国民をなだめて秩序を回復しようとしていた。 だから、複数政党の代表を入閣させるのは自然の成り行きで、それ自体を“とやかく”言うことはできないだろう。 カダルもナジの方針を支持している」

スースロフ 「コルホーズの数も、ナジの政策で半減しているそうです。労働者の賃金も上げると言っているし、ノルマも緩和されている。 それは許せるとしても、小地主党を始め、ハンガリーの中立化やワルシャワ条約からの脱退を、ナジに強く迫っているグループがあるのも事実です」

モロトフ 「許せん! これまでソ連の恩恵を蒙りながら、ワルシャワ条約から脱退するなどとは、もってのほかだ!」

ミコヤン 「勿論、ナジもカダルもワルシャワ条約脱退の考えは持っていないと思う。 ただ気になるのは、それを言い出す連中が日毎に増えていることだ」

スースロフ 「しかも、その連中は、ソ連軍の撤退と絡ませてナジ政権に圧力をかけている。 ワルシャワ条約から離脱して、ソ連軍が一兵もいなくなれば、ハンガリーが西側陣営に傾いていくのは目に見えています」

カガノヴィッチ 「馬鹿な! こんなことを黙って見ていられるか! ソ連軍をもっと増強して、ナジに圧力をかけ屈服させるべきだ」

ミコヤン 「いや、そんなことをしたら、ハンガリー人民をますます怒らせ、一層反ソ的にしてしまうだけだ」

カガノヴィッチ 「それなら、どうしようというのだ。このまま黙って見ていろと言うのか! 大体、君やスースロフ同志、それに第一書記も、今度のハンガリー事件については対応が甘いぞ。そんな生ぬるいやり方で、もし取り返しのつかないような事態になったら、われわれは黙ってはいない!」

ミコヤン 「もとより、ハンガリーがわが陣営から離脱するようになったら大失態だ。そんなことは絶対にさせない。 ただし、軍事力で制圧するのは得策ではない。そんなことをすれば、ハンガリーを今以上の混乱に陥れ、西側陣営を始め国際世論が黙ってはいないだろう。

 だから、角(かど)を立てないように、平和裡に事を解決するために、社会主義国家間の“権利の平等”に関する、ソ連政府の声明を発表したらどうだろうか。 その中で、国家の主権や相互利益の尊重などを明らかにして、ハンガリーを始め東ヨーロッパ諸国とソ連との平等な関係、立場を約束すれば良いと思う。

 そうすれば、“被害妄想”に陥っているハンガリー国民も、ソ連に対する信頼を回復するようになるだろう。 要は、ソ連とハンガリーの信頼関係の確立しかないと思う」

スースロフ 「その中で、ソ連としても過去において、社会主義諸国との間に、過ちを犯してきたことを率直に認めるべきでしょう。 そうすれば、ハンガリーを始め東ヨーロッパ諸国と、再び友好関係を回復することが出来るはずです」

モロトフ 「そんなことで、ハンガリーが治まるとでも言うのか」

フルシチョフ 「いや、治まるかどうか分からないが、それぐらいの努力はソ連としてもやらなければならないだろう。 あまり高圧的な態度に出れば、第三、第四のポーランド、ハンガリーが再び生じてくるかもしれない」

ブルガーニン 「なるほど。 それでは、社会主義諸国間における平等互恵に関する、政府声明を用意するとしようか。私もそれに賛成だ」

マレンコフ 「致し方ない。そうしたらいいだろう」

カガノヴィッチ 「やむを得んだろう」

モロトフ 「それで事態が好転するなら、そうするしかないな」

ミコヤン 「ありがとう、そうしてもらいましょう。 それでどうでしょうか、政府声明を発表した後に又、スースロフ同志と私がブダペストへ行って、ナジ政府と事態収拾についてもう一度協議するということで」

ブルガーニン 「それは結構だ。是非、そうしてもらいたい」

フルシチョフ 「うむ、そうしてほしい」

モロトフ 「その際、ハンガリー政府の意向を徹底的に調査してもらいたい。 ナジやカダルが、本気で中立化やワルシャワ条約脱退を考えているかどうかということを」

ミコヤン 「勿論ですとも。私にもいろいろ考えがある。 大体、ナジとカダルでは、民族主義的な面では一致しているが、社会主義の大義という面では、若干ニュアンスが違っているように見えます。 また二人とも、民主化、自由化については熱心だが、ナジは行き着く所まで突き進む癖(へき)がある。

 それに対してカダルは、若輩ながら節度があり、“けじめ”を重んずる所がある。 いざとなれば、私としては、あの二人を“分断”することが出来ると思っています」

カガノヴィッチ 「ふむ、それは面白い。 今は一心同体に見えるあの二人だが、いざとなれば、どうなるか分からないのが人間関係というものだ」

ミコヤン 「それでは早速、ブダペストへ行くことにしましょう」

スースロフ 「私もミコヤン同志に同行します」

 

第十二場(ブダペストの勤労者党本部会議室。 ナジ、カダル、アプロと、ミコヤン、スースロフがテーブルを挟んで座っている)

ナジ 「ソ連軍の完全な撤退については、ハンガリー国民が一致して望んでいることです。 その点については、両国の軍事当局が具体的な撤退交渉をしていますので、あなた方も側面から積極的に協力していただきたい」

ミコヤン 「それは十分に承知している。 すでに、ブダペストに進駐していたソ連軍は、ほぼ完全に撤退したし、地方に散在している軍隊も、ハンガリー領から出ていく準備をしています。 両国の軍当局による撤退交渉は、順調に進んでいるはずです」

ナジ 「ありがとう。 それに、社会主義諸国間における“権利の平等”の原則について、あなた方の政府は明確な声明を発表された。その点について、ハンガリー政府としても満足しています。

 しかも、その声明の中で、ソ連が過去において、幾つかの過ちを犯したことを率直に認めている点は、ハンガリー国民の反ソ的な感情を和らげる上で、非常に良い影響を及ぼすものと考えます。 それもこれも、あなた方の努力のお陰だと感謝しています」

ミコヤン 「いやいや、ハンガリーとソ連は、同じ社会主義国同士ではないですか。お互いに手を取り合って、やっていくのが本当の姿です。 ソ連も反省すべき点は反省し、両国間の権利の平等の原則を尊重していかなくてはなりません。

 幸い、ハンガリーにおかれても、新たな連立政府が樹立され、また勤労者党も社会主義労働者党に改称され、政府も党も生まれ変わることになった。 ハンガリーとソ連の新しい友好関係を築いていく上で、今ほど良い機会は他にないと思っています」

ナジ 「結構ですね。ミコヤン同志の今のお考え、すぐにでも、ハンガリーの全国民に知らせてやりたい気持です。 われわれ連立政府の政策についても、あなた方は心良く支持してくれると期待してよろしいですね」

ミコヤン 「無論、新生ハンガリーの政治については、ソ連の政府、国民が一体となって支持するでしょう。 われわれも実は、ラコシ達の“強権政治”を常日頃、心良く思っていなかったのです。 ハンガリーが社会主義陣営の一員として、民主化、自由化政策を推進していくことは、大変好ましいと思っています。 大いに、新しい政策を進めていったら良いでしょう」

ナジ 「それを聞いて安心しました。 われわれとしては、各地に出来た労働者評議会や革命委員会の意見を十分に尊重して、すでに新しい政治を始めています。 コルホーズの削減や労働ノルマの緩和、政治犯の釈放や秘密警察の廃止など、民主化、自由化政策を進めています。

 ハンガリーは新しく生まれ変わり、これまでと違って、明るく開放的な活き活きとした国家として再生するでしょう。 又、そうしていかなければ、わが国民は決して納得しないだろうし、おのおのの職場に復帰することもないでしょう」

ミコヤン 「それは結構なことだ。ポーランドもハンガリーも、今や甦ろうとしているわけですな。 それはそうとして、御国の一部の人達が、ハンガリーの中立化や、ワルシャワ条約からの脱退を要求していると聞いていますが・・・」

ナジ 「実はその点が、われわれの最も悩んでいる所なのです。 今日も、ジュールのトランスダニューブ国民評議会や、ブダペストの国民委員会の代表がやって来て、政府が中立宣言を発表するよう強く求めてきました。

 中には、国連軍の介入を要請する者もいて、それは『とんでもない』と断りましたが、国民の多くが中立化や、ワルシャワ条約脱退を望んでいることも事実なのです」

スースロフ 「しかし、それは重大な問題ですぞ。 ハンガリーとソ連は、同じ社会主義国同士として、友好と信頼関係の上に立って、“運命共同体”の一員としてやってきたのです。 そのハンガリーが事もあろうに、オーストリアのような中立国になるとすれば、わが国だけでなく、同盟関係にある他の社会主義国も黙ってはいないでしょう」

カダル 「しかし、中立化がわが国民の総意ということになれば、われわれもそれを無視するわけにはいきません。 ハンガリーは、あくまでも社会主義国として再出発しようとしているのですから、中立国になろうとなるまいと、それは問題にはならんでしょう」

ミコヤン 「いや、そうはいきません。われわれは、ハンガリーがかつてのユーゴのようになってもらいたくないのです。 あくまでも、社会主義陣営の運命共同体の一員として、御国がやっていってほしいのです」

ナジ 「なかなか難しい問題ですね。 無論、われわれもワルシャワ条約を否定するものではない。東西間の“冷戦”の中で、ワルシャワ条約は、それなりに有効な力を発揮してきた。 しかし、わが国が仮に条約から脱退したとしても、わが国はあくまでも社会主義国として再出発するのですから、あなた方が考えるほどに、いわゆる“社会主義陣営の危機”を招くということにはならないでしょう。 ハンガリーは、資本主義国家に逆戻りするのではないのです」

スースロフ 「いや、御国の体制が変らないとしても、ワルシャワ条約から脱退することは、現在の社会主義陣営の統一と団結を乱すことになるのです。 その点については、すでに、東ドイツやチェコスロバキア、ルーマニアやブルガリアなどが危惧の念を表明しています。

 そればかりでなく、中国もここ数日の間に、ハンガリーの動向に非常に神経質になっている。 われわれも、これら友邦諸国の関心や懸念を無視するわけにはいかない。事は、ハンガリーとソ連の間だけの問題ではなくなってきているのです」

カダル 「そうは言っても、社会主義諸国間における権利平等の原則を、あなた方自身が明らかにされたではないですか。 どの国にも、それぞれが自立し、自国の進むべき道を選択する権利があるはずです。ハンガリーの進路については、われわれの責任と権限において決めて当然ではないですか」

ミコヤン 「それは“理論的”には納得できても、東西間の冷戦という現実の中で、そうしたことが社会主義陣営内で認められるとは限らないでしょう。 われわれとしては、あなた方に自重を求めざるを得ないのです」

ナジ 「分かりました。勿論、われわれも好き好んで混乱を求めているわけではない。 中立化やワルシャワ条約からの脱退問題は、慎重に検討していくことをお約束します。ただし、ハンガリーがどのような道を選択しようとも、われわれは決してソ連に敵対するものではありません。

 従って、事はあくまでも平和裡に、話し合いによって決めていきたいのです。 その点は、あなた方も了解していただけますね」

ミコヤン 「勿論ですとも。 大体、今回のソ連軍の出兵も、ゲレーやヘゲデューシュの要請に応じてやっただけのことです。その後、あなた方がソ連軍の撤退を要求してこられたから、今、その撤退交渉をしているではありませんか。

 われわれとしても、今後は、二度と軍事介入するというような非常手段は、まったく考えていません。 ナジ総理が言われるように、あくまでも平和裡に、話し合いによって両国間の問題を解決しようと考えているのです。その点は、十分にわれわれを信用してもらいたいのです」

ナジ 「それを聞いて安心しました。 話し合いによって問題を解決していくことから、両国間の信頼関係も本当に揺るぎないものとなっていくはずです。われわれとしても、あなた方の誠実な対応を信じています」

スースロフ 「その点はご心配なく。 われわれ二人もフルシチョフ第一書記も、クレムリン内の“強硬派”の意見を抑えながら、こうしてあくまでも、話し合いによって問題を解決しようと努力しているのですから」

カダル 「ナジ総理と同様、私もあなた方の誠意ある姿勢を信じています。 そういうことはないでしょうが、もし万一、ソ連が再び軍事介入するようなことがあれば、不肖このカダルも武器を手に取って、ハンガリー国民の先頭に立って戦いますぞ。その点はお忘れなく」

ミコヤン 「分かりました。 あなた方のお気持は細大漏らさず、わが政治局のメンバーに伝えておきます」

スースロフ 「ただし、先ほどミコヤン同志も言われたように、十分に自重していただきたい。私としては、それだけしか言うことがありません。 それでは、われわれ二人は失礼するとしましょう」(ミコヤン、スースロフが退場)

ナジ 「ミコヤン達は自重しろと言っていたが、われわれに警告を発したつもりなのだろうか」

カダル 「そのようにも受け取れる。 しかし、ハンガリーの進路は、あくまでもわれわれ自身で決めることだ」

アプロ 「そうだ。彼らの言うことに、いちいち左右されていてはかなわない。 われわれの背後には、一千万のハンガリー国民がついているのだ。ソ連の脅しや干渉に屈してたまるものか。 ナジ総理、あなたは自信を持って政治を進めていってほしい。わが党も、あなたを全面的に支援しますからね」

カダル 「アプロ同志の言われるとおりだ。 あなたは、全国民の声を十分に聞いた上で、ハンガリーの進路を決めていただきたい。党の方は、私やアプロ同志にお任せ願いたい。 党内を必ず取りまとめて、新政府の政治を存分にバックアップしますから」

ナジ 「ありがとう。あなた方の協力が得られるなら、何も恐れるものはない。 ミコヤン達の態度も、非常に柔軟そうに見えた。私としては今こそ、ハンガリー国民の声を十分に聞いて、新しい政治の進路を切り開いていくつもりだ」

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