gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

八木東一の近況・読書感想文(平成25年1月5日)その3

2013-01-25 18:20:22 | 日記
4.読ツイート感想

(1)私を変えよう。

考えてしまった。確かに自分のためより、人のためにする方が自分の力は出る。しかしその正義が、戦争も生む。力がでなくても自分のためにやる方が、人間の自然と思うが、どうなのかな。--(瀬戸内寂聴)お子さんに「何のために生きるの?」と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」と答えてあげて下さい。(12月25日)

そうみんなと協力しよう。--競争心で、がんばる効力よりも、分かち合い、助け合う方が、その効力は何十倍にもなります。分かち合うと、うれしさは倍になり、悲しさは半分になります。助け合うと、何倍もの「幸せ」が生み出されます。 分かち合い、助け合って、上手に生きましょう。 船井幸雄(12月25日)

ムードで考えるより、自分の価値を考えて、それを追求する。同感。--(宋文州)デモの心配よりも競争力を心配すべきだ。@ni・・: ソニー、中国販売「反日デモ前水準に回復」 ・・日系企業の多くは未だに海外向け商品を、日本本社にいる技術者達に任せている。これが売れない最大な理由だ。(12月26日)

これをできるかな--(中矢伸一)「・・神仏を思い浮かべて、その神仏に向かって、『三膳の食のうち一膳を捧げ奉ります』という。そうして自分で二膳を食 べると、その一膳は神仏が受け取ってくれる。…小さい願い事なら一年で、普通の願い事なら三年、そして大望は十年で叶うのである」(水野南北)(12月26日)

動けば、自分の悪さにも気がつくのだろう。その時、変える勇気を持ちたい。--人間として生成発展を目ざす以上、最低限「良心」の主張には耳を貸してほし いのです。もし、いま自分の良心に添いきれないことをしているのなら、いち早くそれを止める勇気をもってやめてほしいのです。 船井幸雄(12月27日)

そうか。今の私にはリアリティある。--子孫のために計画を立てる場合、美徳は相続されないということを忘れてはならない。 (トーマス・ペイン『コモン・センス』)(12月27日)

人に知られなくても良い。良ければやる--(中谷伸一)「人に知れんように善いことつとめと申してあろが。人に知れんようにする善いこと神こころぞ。神の したことになるのさぞ」「善きことも現れると帳消しとなること知らしてあろが。人に知られんように善きことはするのざぞ」(日月の巻16帖)(12月28日)

長所は伸ばし、短所jはさわらない。私もこれで行こう。--上手に生きるコツというのは、まったく単純で、長所を伸ばし、短所はさわらないで、人に嫌われ ないで、好かれるようにすることです。そうすると、情報もいっぱい入ってくるようになるし、レベルも上がるということなのです。 船井幸雄(12月28日)

そう自分がやるしかない。--(宮崎駿)いろいろ問題があったにしても、本人が解決していくしかないんですよ。人から相談を受けても、結局3つか4つか5つぐらいのね、案をババババッと言ってしまうだけですから。それで本当の答えはそこになかったりするんですよ。(12月29日)

昔から言われているとおり、「早寝早起き」が、成功の原点か。--(中矢伸一)水野南北の強運をもたらす秘訣「朝は早く起床し、夜は早めに就寝する」(12月29日)

つくづく生きる上で、コミニュケーションは大事だと思う。私が女房に怒られていたのも、コミニュケーションの1つだった(笑)と思う。ありがたきは女房だった。--あんまり一人ばっちの人間は、しまいには病気になるもんだ。 (ジョン・スタインベック『ハツカネズミと人間』)(12月29日)

(2)世の中の仕組みの理解

私の父は戦争で、南京に行ったから、つい気になってしまった。大地の子--(中矢伸一紹介)国共内戦のとき中国東北部の長春で、国民党と市民は共産党に包囲されて30万人の人が、餓死したり殺されました。 中共は嘘の南京大虐殺を教えて、長春大屠殺は教えません。龍應台さんの本は大陸で禁書です。(12月25日)

君が代は、凄い。君は天皇のことでなく・・。--(中矢伸一紹介)【「君が代」凄すぎる】1903年世界国歌コンクールで1位。世界一短い国歌。詠み人知らずの祝歌で戦争を示す単語がない。・・ドレミがない雅楽。世界はドかソで始まるのに君が代は終始が唯一「レ」。カラヤンが世界一荘厳と評価。(12月25日)

ユングみたいだ。フロイトは無意識を言った。--(宮崎駿)どこに繋がっているんだか分かんない底に行くんです。作品ってそうだよね。意識の下が、全部無意識だっていう考え方は間違いだよ。無意識っていうのは、個人のもんだけど、もっと下に個人のものじゃないものがある。 http://(12月25日)

なるほど。--(中や伸一)水野南北の強運をもたらす秘訣「倹約は吉であるが、ケチは凶」(12月25日)

ふむ--(加治将一)幕末維新は、なぜ可能だったか?若者が腹空かして退屈していたからだよ。45年前の学生運動も同じ。することなくって退屈だったんだ。今? 無理。ゲームもあるし、腹空いてないし、海外旅行だっていけるし、面白いことはゴマンとあって、忙しくて学生運動なんてする暇ないんだよ。(12月25日)

昨日夜、自宅への帰り道に空を見上げたら、半月を過ぎた月が、煌々と光っていた。他の星もキレイに見えた。冬で湿気が少ないのだなと思ったが、月の隣に一 段と明るい星があったので、あれはナンだろうと思ったが・・--(中矢伸一)本日25日21時頃、南の空では、月と木星が接近 ~(・∀・)(12月26日)

事実が一番--(江川紹子)TBSのひるおびで、北朝鮮の中国国境近くの町の人々の暮らしを撮った映像を見た。国営テレビの映像とまったく違う、子どものホームレスや満杯以上のバスの様子など。北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を続けている石丸次郎さんの努力の成果だろう・・心から敬意(12月27日)

嬉しくなる。--(江川紹子)・・音楽家は、皆さん日本の裏方スタッフを褒めています。「日本では物事が予定通り進む」「仕事が丁寧」etc…。日本のホールも、たとえば火と水の両方を使える新国立劇場はスタッフの働きぶりも含めて絶賛されてるし、ベルリンフィルは札幌のキタラホールを激賞してる(12月27日)

ふむ。--(江川紹子)・・ヨーロッパの人がオペラを見ている目で歌舞伎を見ると面白い発見もある。・・以前、仁左衛門さんの『保名』を見て、オペラでは狂乱の場と言えばソプラノだけど、歌舞伎の世界には男の狂乱の場があるんだな~、昔の日本って表現の幅が広いんだなあって感動したもの。(12月27日)

逆説が本当でもあるから、この世は面白い。--(加治将一)君は僕で、僕は君で、自分が利口と感じた時がバカで、バカと感じた時が利口で、最悪と思った時が最高で、最高と思った時がまずい時なんだがな。(12月29日)

(3)社会がこう人でいっぱいになればいいと思う

生きていることは、素晴らしいと思うな。--(宮崎駿)僕は世界は奥深くてバラエティに富んでいるんだっていうことを知って欲しいと思っています。君たち が生きている世界には無数の可能性があって、その中にあなたはいる。この世界は豊かなんだっていうことだけでいいんじゃないかと思います。(12月26日)

私もそうだと思う。気づいていない。驚くべきこと。なんか、凄く納得してしまう。私も歳をとってきたから、分るのかな。--(マザーテレサ)わたしたちは 貧しい人々の偉大さに気づいていません。彼らがいかに多くのことをわたしたちのために与えているかをも・・・これは驚くべきことなのです。(12月26日)

これが宮崎ワールドの原点。ユングに似ている--(宮崎駿)人間一人一人の体験とか記憶を形成しているものって、自分の記憶にあるものと、思い出せないけど忘れていないもの、DNAの記憶やら何やらも含めて、先っぽのほうは、どこか得体のしれない所から繋がっているんじゃないかって思えるんです。(12月26日)

ふーん--(中矢伸一紹介)ツイッターの創始者 ビズ・ストーンはヴィーガン(菜食主義者)なぜなら彼は「作られた真実」にだまされず、「真実」を調べる政治力があるから(12月27日)

許しは強さから。弱い犬ほど良くほえる。--弱い者ほど相手を許すことができない。 許すということは、強さの証だ。  マハトマ・ガンジー(12月27日)

これを宝と感ずるのが凄い。--(マザーテレサ)何も持たず、だれにも一緒にいてもらえない人たち。彼らの生活そのものが祈りです。その人たちは、わたし たちのために知らずにとりなし続けているのです。だからこそわたしは、「死を待つ人の家」が、カルカッタの教会の宝の家だと思っているのです。(12月27日)

ふむ。--(加治将一)身銭切って、責任を取れるやつって、出世するよ。これは加治理論だ。自分と他人と仕事を愛していれば、責任感は強くなり、進んで取ろうとするんだ。逆に出世しないやつの典型は、逃げるやつだね。ノラリクラリ…そんなやつとの接点は出来るだけ避けることだけど、・・(12月28日)

良い案--(加治将一)密漁が問題になっている。いっそ、アメリカみたいにライセンス制度にしたらどうだろう。期間限定、数量限定で、釣りの許可証を販売 する。そのライセンスの売り上げで、魚の保護、魚場の整備をするんだよ。・・いつも対策は取り締まりの一本やりなの?考えが硬直している。(12月28日)

喜ぶ姿、笑う姿はいいですね。--(宮崎駿)小さい子が喜んだ姿を見るのは一番嬉しいことですね。小さい子が喜ぶ姿を見ると、大人も楽しくなりますからね。それが映画館全体を包んでいるというのがわかります。だから、人類は子供を産み続けるんですよ。(12月28日)

一歩前に進んでいる。--(マザーテレサ)すると、体中をむしばまれた一人の男の人が、わたしのサリーをつかんでこう言うのです。「もう一度、もう一度 おっしゃってください。この病気は神様の愛なのですね。マザー・テレサ、苦しんでいる人たちは、あなたの話しの意味がよくわかるのです」・・(12月28日)

何か、やたらと面白がっている私。--(江川紹子)やだ、うつる~ RT @m・・なんで朝から「節制と安打だよ〜♪」というフレーズがメロディつきで頭をグルグルしてるの(^_^;) …「母さんが〜夜なべ〜をして(略)せっせと編んだだよ〜」の聞きまちがいなんだけど。松井引退の報・・(12月29日)

(4)社会の動きから

一ケ月か--(高橋洋一)レジームチェンジの時、役人、マスコミ、御用学者、御用学者になりたい人の変わり身はとても早い。大半の人は一気に変わる。ただ変われない人も少しはいる。インフレ目標で来年1月21、22日の会合で変わると予告したのは、変わるための時間稼ぎ。これから1ヶ月の変化が見物。(12月25日)

うーむ。上手く行くかな、などと余計な心配をしてしまった。--(高橋洋一)民主新代表海江田よりインパクトがあるなあ←自民政調会長に高市早苗氏、総務会長は野田聖子氏  :日本経済新聞(12月25日)

覇権国は変りつつある--(孫崎亮)狂ってる米国:23日ロイター「全米ライフル協会が会見、学校に武装警官の配備訴え」「ラピエール副会長は”銃を持っ た悪人を止められるのは、銃を持った善人だけだ”」世界のどこに学校を銃で・・。米国は世界のモデル国の座を降りている。でも日本は属米花盛り(12月26日)

オリンパスの社員は、多くが喜んでいるだろうな。最後は製品力。製造現場の力。そして、ニア ザ カスタマーの力。信頼感。--(宋文州)私はオリンパス の中国事業の経営アドバイザーも務めているが、今年の伸びは25%。東京本社のスキャンダルとデモの影響を受けても、この伸びだから。(12月26日)

--(江川紹子)谷垣法相はこのポストへの思い入れを故後藤田正晴氏が財務、外交、教育、法の支配を司る省の重要性を語った言葉を紹介しながら、次々・・法相が替わった・・ 「法の支配の大事さへの視点を欠いていた」と。「法務行政をもっと大事にしないといけない」と。法務官僚泣いて喜ぶ?(12月27日)

いい動きかなと思う。--(江川紹子)谷垣さんが自分は法務大臣をやりたくて来た、なぜなら法務行政は国家の最も大事な部分を担うからだ、というメッセージは、法務省内を活性化させると思う。認識の異なる点も多いけど、言葉による議論ができる人だと思う。(12月27日)

ふむ。--(江川紹子)興味深いレポートありがと~ RT @8・・拳銃一丁で100㌦、アサルトライフルなどで200㌦の商品券と交換。大手スーパーマーケットチェーンのRalphsが商品券を市に寄付したとのこと。交換に訪れた市民が予想よりも多く、用意していた商品券が早々になくなってしま(12月27日)

これはどうなる?--(孫崎亮)円安・米国に警戒の声。どうなるでしょう。27日WSJ「円安の動きに対して日米関係を複雑化させると警告する人々がい る。2011年の日本の単独介入は安住財務相等への米国の反発で失敗、麻生大臣がブーイングや苦情をうけることになると予測する人がいる。](12月28日)

幻想か。--(江川紹子尾)成長幻想を持たない世代に、期待しているRT @yu・・ 物心ついたときには既にデフレだった私には、「あの日に戻りたい」と言っている人たちが「成長」に取り憑かれているように見えて、むしろ気の毒です。 RT 戻りたい「あの日」はいつだろう…(12月29日)

(5)震災・原子力関係

国民はそんなに甘くはない。--(孫崎亮)原発:電力会社全盛の時代が復活。10日『選択』「「完全復活」遂げる電力業界”「改革論議”見事に潰す」「電力業界は・・復活へ向け「満額回答」を手に。今後の政権が電力業界に牙をむき、彼らの機嫌を損ねれば・・民主党と同じく党壊滅の憂き目に遭う・・(12月26日)

民意はそういう選択をしたのだろうな。--(橋下徹)今回の選挙で示された原発政策に関する民意は、具体的な工程表を基に道筋を示せと言うこと。具体論なき原発0には国民は乗っからなかった。誠に懸命だ。だから日本維新の会は、まずは具体論を作る、それまでは0の年限を宣言しないと言い続けた。(12月26日)

ふむ--(孫崎亮)原発:メディアに選挙の争点からうまく外され、選挙が終われば再稼働に動く。国民はこんな流れ、操作され様で本当にいいのだろうか。 27日共同「茂木経産相は記者会見で、2030年代に原発稼働ゼロにする前政権の方針は”再検討が必要”・・、原発ゼロ目標を見直す方針を明言」。(12月27日)

脱原発目標は、カウンターブローのように効いてくると思う--(孫崎亮)原発3:錦の御旗にして、直ちに新増設の検討を始めるとなれば、衣の下から「原発推進」というよろいが透けて見えてくる。それでは、原発からの脱却を求める国民の声に逆行することになるだろう。」朝日同じ論調主張できるか・・(12月28日)

アメリカにもいろいろな意見がある?--(中矢伸一)自分らはさんざん核実験しておいて(-_-#)。 東電が身銭をきるならまだしも…。 要するにアメリカ様が他のエネルギーものに儲け口を見つけたという事では?@8b・・: 米兵「被ばく」東電に94億請求 8人連邦地裁に提訴 htt・・(12月28日)

外の目は基本的に無責任。外の人間は、そこは自覚すべし--(江川紹子)【参考】外の目は福島に「非日常」を求めるが、地元では「日常」を築き直す努力 が…【寄稿】ふくしまはいま、どんな状況なのか―若手世代が内側から見つめて  福島県いわき市民・伊藤江梨 - ちょっとだけ47行政ジャーナル(12月29日)

 最近私はツイッターに熱中していますが、有名人等のツイートを読んで感じたことを、ここでは書きました。( )の名前の後がその人のツイートの内容です。・・は、文字の数の関係で、その人のツイートから一部省略させた場合にいれています。( )の人が他の人のツイートを引用した時は、名前のあとに紹介と入れています。――の前に短いですが私の感想を書きました。最後の( )内は、私がツイートを見た日です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

八木東一の近況・読書感想文(平成25年1月5日)その2

2013-01-25 18:14:59 | 日記
3.読書感想文(戦後史の正体・・・孫崎 亮) 

<孫崎 亮さんは1943年満州鞍山市に生まれました。そして東大に行き、外務公務員上級試験に合格、1966年外務省に入ります。ここで国際情報局長もして各国の情報機関とも積極的に交流しました。外務省をやめたあと。防衛大学の教授もしていますが、今は著作で有名です。>

孫崎 亮さんは1943年満州鞍山市に生まれました。そして東大に行き、外務公務員上級試験に合格、1966年外務省に入ります。外務省では次のような経験を積みました。ロシア語研修(英国陸軍語学学校、ロンドン大学、モスクワ大学)、1985年アメリカ大使館参事官、1986年在イラク大使館公使、1989年在カナダ大使館公使、1991年から3年間総合研究開発機構に出向、その後駐ウズベキスタン大使、国債情報局長、駐イラン大使を歴任しました。2002年には外務省を退職し、防衛大学の教授になっています。

こういう経歴を見て、孫崎さんはいわゆる外務省エリートで、しかも世界の国々の現場での仕事を経験してきたな、と私は思いました。そして仕事で行った先の国を見ると、これは良い経験と思索の現場に、孫崎さんはいたのだなと思います。なぜなら行った先は、全部激動を経験した、あるいは経験している国ですから。そして、国際情報局長としても、各国の情報機関と積極的に交流しました。

外務省では、「情報屋」(いわゆる“=諜報屋”“=ソフトなスパイ”ですね)として、岡崎久彦氏の後輩にあたります。岡崎氏が国際情報局長をしていたとき、その下で分析課長をしていました。岡崎久彦氏は、親米派で「船井幸雄さんの合気道」(共著もあります)も好きな、どちらかというと、右翼、タカ派です。孫崎さんは、どちらかというと、左翼、ハト派でしょう。だから2人の関係を「うまく行くかな」と心配するむきもあったそうです。しかし岡崎久彦氏は、「勉強して自分の考えを持っているなら、タカ派でもハト派でもいいではないか」と意に介しませんでした。なるほどこれは大人の態度、岡崎氏は真の情報屋であったとつくづく思います。孫崎さんは外務省をやめたあと、防衛大学の教授になりました。しかし今はそれ以上に、その著作で有名です。この本を読んで私は、外交の現場にいた人が、その経験を吐露するのはいいことだと思いました。(正しく世界を読める人から語られる)現場の経験は、どうでもいい議論を省略して、正しい結論に早く行き着くのを、助けてくれますから。

<この本との出会い>

誰かがこの本を面白いと言ったのを、私は聞きます。でも聞くと眉にツバする部分もありましたので、しばらくはそのまま放っておきました。が本屋で立ち読みしたら、面白かったので、そのときすぐ買うことにしています。そして読んだら、「あ、これは全部事実だな」と思いました。この本には、1947年生まれの私と言う、自分が辿ってきた道(人生)で話題になった人、聞いた人がたくさん出てきます。ここに出て来るどの人も、自分の価値観を作ってきた素材の人達なので、それを孫崎さんの目で評価したものが書いてあるに、興味を持ったのでした。重光首相、片山首相、芦田首相など、私はどんな人だったのかなと思っていた人も書いてあります。だから、この本を読んで私は少し物知りになった気分です。

首相在任が短命の人達は、たいてい日本が自主的に政策を決めなければならないと考える自主派の人達です。この人達は日本のアメリカ占領時はアメリカのGHQから、ある種アメリカの謀略とも言えるやりかたで、首相を辞めさせられました。太平洋戦争で(沖縄戦争や東京大空襲や原爆で)完膚なきまでに日本を打ち負かした(日本は何でも言うことを聞くとして、戦争は無条件降伏で終わりました)アメリカからしてみれば、日本がアメリカに逆らうのは許せないとして、当然の措置だったのでしょう。だからアメリカ追随を標榜して、GHQの謀略部門G2の責任者ウイロビーの泊まっていた、帝国ホテルの部屋に裏階段から通いウイロビーの意向を汲んで、日本の方向を決めていった、吉田茂が長い間日本の首相をつとめました。そしてこの流れを組む、池田勇人らのアメリカ追随派が日本の保守本流になり、紆余曲折はありますが、今もこのアメリカ追随が日本の主流派です。そしてアメリカ追随でなければやっていけないシステムが、アメリカやそれに追随する日本のオーソリティの人達の手で、日本の政・官・産等内部に作られました。

孫崎 亮さんは、鳩山首相のブレーンを勤め、「沖縄普天間基地の国外移設・少なくても県外移設」を進言しています。当然のごとくアメリカは激怒し、謀略機関のCIAも持つアメリカは、鳩山構想を潰し、首相退陣に追い込みました。そういう背景もあって、孫崎 亮さんが、惨めに終わった政治音痴(少なくとも私にはそう見えます)の鳩山さんのブレーンだったのかと、最初私はこの本を読むのを躊躇したのです。しかしこの本の内容を読んでみたら、この本の内容が、私がこれまで本を読んでつくり上げてきた私の認識と、そんなに違ってないことが分りました。日本の外務省でエリートとして、いろいろな現場経験を積み、日本外務省の諜報部門のトップ、国際情報局長までなった人の経験談は、多分正確に書かれているだろうと思います。その事実から、どういう哲学を作るかは別ですし、私の哲学は少なくとも孫崎 亮さんと同じではありません。しかし、正しい事実から出発して考えるのは必要です。正しい事実は、私のこれまでの経験では、議論しなくてもいいことを、議論しなく済ませるメリットがありました。だから、この本を読んだとき、若干私に覗き見趣味もあるのかも知れませんが、ウイキリークスを最初に読んだときと同じ興奮を味わっています。「だからどうする」を考えるとき、正しい事実から出発することは重要で、この本は、それを過不足なく示していると思いました。

<この本の構成>

この本に書いてあることは、次の通りです。( )内はページ数です。

序 章 なぜ「高校生でも読める戦後史を書くのか(16ページ)
第1章 「終戦」から占領へ(72ページ)
第2章 冷戦の始まり(26ページ)
第3章 講和条約と日米安保条約(64ページ)
第4章 保守合同と安保改定(42ページ)
第5章 自民党と経済成長の時代(88ページ)
第6章 冷戦終結と米国の変容(64ページ)
第7章 9・11とイラク戦争後の世界(30ページ)

この本の「はじめに」と「おわりに」にこの本のエッセンスが書かれています。それを以下に一部引用してみます。
――(はじめに)この本は、かなり変った本かも知れません。というのも本書は、これまでほとんど語られることのなかった「米国の圧力」を軸に、日本の戦後史を読み解いたものだからです。こういう視点から書かれた本は、いままでありませんでしたし、おそらくこれからもないでしょう。「米国の意向」について論じることは、日本の言論界ではタブーだからです。

――(おわりに)私自身、40年近くを外交官として過ごしましたが、本当の外交をしようと思ったら、必ず歴史を勉強する必要が出てきます。相手国とのあいだに横たわる問題を共同で解決し、友好関係を維持する。または敵対関係のなかでなんとか妥協点を見出し、最悪の事態を回避する。どちらの場合も本当に必要なのは情報です。そのなかでもいちばん基礎となる本質的な情報を与えてくれるのが、歴史の研究なのです。

――「戦後史の正体」を書いたことで、私が確認できた重要なポイントは次の3点です。
① 米国の対日政策は、あくまでも米国の利益のためにあります。日本の利益とつねに一致しているわけではありません。
② 米国の対日政策は、米国の環境の変化によって大きく変ります。代表的なのは占領時代です。当初、米国は日本を二度と戦争の出来ない国にすることを目的に、きわめて懲罰的な政策をとっていました。しかし冷戦が起こると、日本を共産主義に対する防波堤にすることを考え、優遇しはじめます。このときの対日政策は180度変化しました。そして多くの日本人は気づいていませんが、米国の対日政策はいまから20年前(冷戦終結のとき)、ふたたび180度転換したのです。
③ 米国は自分の利益のためにさまざまな要求をします。それに立ち向かうのは大変なことです。しかし冷戦期のように、とにかく米国のいうことを聞いていれば大丈夫という時代はすでに20年前に終わっています。どんな困難でも、日本のゆずれない国益については主張し、米国の理解を得る必要があります。

――もう一つ、今回、日本の戦後史を勉強しなおして、うれしい発見がありました。私が思ったよりはるかに多く、米国に対して堂々とものをいった首相たち、政治家たち、官僚たちがいたことです。これは嬉しい驚きでした。ただそうした首相や政治家たちは、数は多いのですが、在任期間が短く、学者からもマスコミからも大きく取り上げられることはないのです。ここで戦後の首相達を「自主」と「対米追随」という観点から分類したいと思います。
(1) 自主派(積極的に現状を変えようと米国に働きかけた人たち) 重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護熙、鳩山由紀夫
(2) 対米追随派(米国に従い、その信頼を得ることで国益を最大化しようとした人たち) 吉田茂、池田勇人、三木武夫、中曽根康弘、小泉潤一郎、他、海部俊樹、小渕恵三、森喜朗、安部普三、麻生太郎、菅直人、野田佳彦
(3) 一部抵抗派(特定の問題について米国からの圧力に抵抗した人たち) 鈴木善行、竹下登、橋本龍太郎、福田康夫

――ここで指摘しておきたいのは、占領以降、日本社会のなかに「自主派」の首相を引きずりおろし、「対米追随派」に挿げ替えるためのシステムが埋めこまれていることです。ひとつは検察です。なかでも特捜部はしばしば政治家を起訴してきました。・・次に報道です。米国は政治を運営するなかでマスコミの役割を強く認識しています。占領期から今日まで、米国は日本の大半のマスコミのなかに、「米国と特別な関係をもつ人々」を育成してきました。・・さらには外務省、防衛省、財務省、大学のなかなどにも、「米国と特別な関係を持つ人々」が育成されています。

<アメリカ考>

私は日本の敗戦のあと、比較的すぐ生まれました。だから、私の人生はこの敗戦から日本が立ち直った期間と、シンクロしています。敗戦後のマッカーサは日本のヘソだといわれていました。マッカーサが司令官を勤めるGHQは、天皇(チン=朕)の上にいるから、面白おかしくそう言われていたのです。戦争前の天皇は、日本で圧倒的権力者であったのに、沖縄戦や東京大空襲や広島・長崎の原爆で、完膚なきまでにアメリカに敗れた日本は、戦後天皇も含めて、アメリカの意向にリードされてきたのです。

アメリカは日本を、太平洋戦争で日本と戦ったフィリッピンなどの国より、豊かにさせないという方針のもとで、最初は日本の生産設備を日本国内で充実させないようにしました。しかし米ソ間の冷戦が、戦後すぐ抜き差しならないものになって、アメリカは方針転換をします。日本を共産党の防波堤にすることに決めました。そのときA級戦犯として、巣鴨プリズンにいた岸信介は、「今まで首をくくられる(絞首刑になる)と思っていたが、冷戦が進むと助かるかも知れない」と、誰も冷戦を良くわからなかった時代に慧眼にも思っています。そして確かに、岸信介はA級戦犯でしたがその後無罪になり、出獄してからは首相にまでなりました。それから日本は、当時の世界一の国力の国、アメリカの支援でどんどん伸びて、いまや経済的に世界に冠たる国になっています。

60年安保、70年安保のアメリカ反対闘争は、何だったのでしょう。熱病のように学生や、労働組合はアメリカに反対でした。非武装中立のスローガンで、野党の社会党も共産党も一致団結していたと思います。憲法改正なんて、口にするのもアブノーマルと思っていました。当然、労働組合も学生達も野党やマスコミとともに。今では信じられないようですが、そのとき中国も北朝鮮も理想の国と考えています。私も25、6歳のころ、組合運動をしていて社会党友にもなっていました。これも今では信じられない人が多いと思いますが、中国の文化大革命は素晴らしい運動と、ほとんどの日本人は考えでいて、大新聞等マスコミは文化大革命を、しいては中国を批判するなんて信じられないという論調です。頭のいいはずの、日本のマスコミがほとんどそうですから、あれは何だったのだろと、今となっては思い返すようになりました。そのとき当然ながら、アメリカは悪役です。でも実務の現場にいた人は、先進的なほとんど全てのことをアメリカから学んでいました。私がいた電電公社でも、毎月アメリカの技術雑誌等に載っていたものを翻訳して、「外国通信技術」という雑誌に載せて有識者に配っていました。私も、21歳のころ「ポールナンバーリングシステム(電柱番号の付け方)」を訳させてもらって、載せてもらっています。「運動」と「現実」は別、なんでも「建前」と「本音」がある。そう「理屈」と「現実」は、別なものなのだと、考えて自分を納得させていました。

1989年、ベルリンの壁が壊されて、東西冷戦が終わっています。当然あると思っていたベルリンの壁が、民衆によって壊されました。これには、世界中のほとんどの人がショックを受けたと思います。今までのベルリンの壁はあるとの常識が崩れて、「常識って思い込みに過ぎないのだ」と思えたこの経験は、私にもショックな経験でした。そうかソ連圏(世界の東側)はダメで、アメリカ(世界の西側)が正しかったのだと、みんな思います。それから、アメリカ1極集中になって、世界が変りました。最近では中国が台頭してきています。こういう「冷戦の終結」という20年前に引き金がひかれた世界政治環境の変化によって、アメリカの日本に対する姿勢は、大きく変りました。20年前までは、「冷戦に勝たなければいけない」と言って、日本は(少なくとも日本のオーソリティは)アメリカの言うことを聞いて来ています。しかし、今度は「冷戦」という日本に言うことを聞かせる、切り札みたいな言霊はなくなったので、アメリカには新しく日本を脅かす言霊が必要になりました。「中国脅威論」でしょうか、「悪の枢軸国北朝鮮」でしょうか、「北方4島のロシア」でしょうか。領土の問題が、どれも関っているような気がしますが、それを日本の裏側にいて煽っているのは、新しい日本への脅かしの効く「言霊」を探している、アメリカのような気がします。

それにしても、ペリーの黒船来航以来ですから、日米関係は長いですね。

<序 章 なぜ「高校生でも読める戦後史を書くのか>

「高校生でも分る戦後史を書いてくれ」と、孫崎さんが出版社から言われたから、書いたというのが1つの回答でしょう。しかし、もっと経験的なノウハウがあったからというのも1つの回答のようです。外務省をやめて防衛大学に行き、大学2年生の学生に向けて最初に講義をしたとき、学生達は疲れていたのでしょう。1/3が居眠りをしてしまったそうです。自分が外務省で体験してきたことを整理して、みんなに聞かせられると張り切っていた孫崎さんは、「残念だ」と言って、授業をやめて帰ってしまいました。短気で熱血漢の孫崎さんらしいエピソードですが、次回からみんなが聞く気が起こる授業にしようと、準備の方法を変えたそうです。一度怒りますが、そこで考え方を変え、再度挑戦する孫崎さんの考え方に、孫崎さんが情報の世界で勝ち抜いてきた秘訣を感じました。そうなのだ「学生は自分の都合、興味優先で、面白くなければ寝る」、それは怒るより前に事実なのだ。事実から出発するのが、情報の世界のありかたと感じました。大学2年生は、高校生と同じような感性でしょう。そこで、高校生に分る戦後史を書く準備が出来ていました。

外務省では、いろいろ経験し情報の世界の勉強もしてきましたが、特にアメリカの人が書いたものから、知的刺激を受けました。そうです。みんな人間なのです。みんな自分のことしか考えないのが基本で、スタートはそこからなのです。自分は「自分の都合で動く」けど、人は「合理的考え方。するべき方法で動いている」というのは誤解で、人も自分と同じように「自分の都合、狭い視野で動いている」のです。この本には、そういう前提での話が、たくさん事実として載っていました。だからこの本を読んだことは、私にはとても面白い経験になっています。

<第1章 「終戦」から占領へ>

日本は、昭和20年8月15日、天皇が玉音放送で、ポツダム宣言を受けると決め、国民にラジオ放送をしたときを持って、9月15日を終戦の日としています。しかし、世界の常識では、一方が受諾を決めても、それはイベントといえず、両者が終戦に合意し、ミズリー号の船上で、日本が降伏文書に調印した、9月2日を持って終戦の日と考えるのが正しいし、海外の外交官はみな(最近も)そのように考えていました。そして、その文書の内容は、感覚的なものではなく、具体的で日本に過酷なものでした。日本の無条件降伏なのです。

そしてGHQの占領軍が日本に来ましたが、そのときまったく「朕」(天皇)のうえにマッカーサ占領軍司令官が、燦然と輝く「日本のへそ」であることを認識させられました。だからミズリー号船上で日本代表として調印した、重松葵は自主派であったようですが、アメリカが気に入らなければ、いつでも謀略できられる運命で、しばらくして重松葵は退場です。そして最後は、「まな板のうえの鯉」の心境で、アメリカの言うことをなんでも聞くと決めていた、吉田茂がアメリカから気に入られて、長期の政権となりました。

<第2章 冷戦の始まり>

戦後冷戦が深刻化していき、1950年には北朝鮮が韓国に攻め入り、朝鮮戦争が勃発します。これでアメリカの対日占領方針が変りました。日本を共産主義の防波堤にするべく、それまでの日本の自主性を認めない方針から、アメリカが日本の成長をバックアップすることに変えたのです。そして朝鮮戦争特需も起こり、日本はアメリカのバックアップで、成長をし始めました。そして戦争に敗れて貧しくなった日本は、戦後成長を遂げていきます。評論家的にあとから振り返ってみると、この冷戦は日本に吉とでたようです。

<第3章 講和条約と日米安保条約>

講和条約(平和条約)があって、日米安保条約があって、行政協定があると、誰もが思います。でも実際は、逆でした。国会での批准がいらない(安保条約は国会での批准が必要です)行政協定に、表にでるとアメリカの都合が悪くなることは何でも押し込めて、秘密裏(国民のみえないころで)に、実際のことは決めてしまう向きがあったようです。このアメリカの意向を恣意的に反映させた行政協定を成立させるため、日米安保条約があり、この日米安保条約を成立させるため、サンフランシスコ講和条約がありました。こう逆に考えると分りやすく、それぞれの位置づけが見えるそうです。それぐらい、占領政策は法を軽視して、運用されていった(戦争に負けるとはそういうことです。昔から戦争に負けた国は、奴隷状態におかれるのです)のですね。最初の安保条約は、「米軍の日本駐留の扱いについて」なんの取り決めもされていなく、代わりに国会で審議されない行政協定で「米軍の駐留等」がとりきめられていました。このため、建前論のサンフランシスコ講和条約は1951年、華麗なオペラハウスで、48カ国の代表が調印しています。これに対して日米安保条約はアチソン、ダレス、ワイリー、ブリッジスのアメリカの4人と、日本では吉田茂1人だが調印しました。しかも、調印した場所は、サンフランシスコ郊外にある、第6軍の基地のなか下士官クラブ(階級制度の厳しい軍隊では、ここは高級な場所ではない)の中だそうです。

占領期、国務省の顧問だったダレスは「われわれ(米国)の望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる、それが米国の目標である」と言っていますが、今も日本でその通りになっているのは、ほぼ60年以上前の米国の考えが、今も日本で生きているということなのですね。様々な日本の自主派による占領方法、軍隊の駐留方法の提案が、米国にあったようですが、そういう自主派は、全部米国に潰され、米国の言うことを丸呑みした吉田茂が首相として残りました。だから、アメリカ追随派の吉田茂の考え方が、今の日本の社会の隅々に残って、日本の戦後の哲学を作っていったのでしょう。私達が日本の政治にモヤモヤしたものを感じるとき、この哲学を感じます。私には左翼といわれる日教組にさえ、この米国の考えが浸透していると思われてきました。

<第4章 保守合同と安保改定>

自由党と保守党の保守2党が合同し、戦後の自由民主党の治める日本の基礎が作られましたが、岸信介の時代、安保改定がなされます。もともと最初の安保条約は、米国に都合の良い条約だったので、これを改定するのは岸信介が、政治生命をかけて行いましたが、左翼が「安保反対」と叫び、岸信介政権を打倒しました。岸信介が、日本の独立を保つためには、軍隊を持つ必要がある、憲法を改正する必要があるともいいましたので、労働組合、学生たちは反対したのです。安保改定反対は、憲法改定反対と結びついて、大きな動きとなりました。何か反対の動きは今思えば、ミソとクソを一緒にしておかしい気もしますが。再度今、憲法改定の話が出てきたのは、皮肉です。

米国は、岸信介を疎ましく思ってきたので、米国の考えにのっている経済同友会は、打倒岸の論陣をはり、米国の考えに近い、池田勇人に乗りました。こういう経済同友会の動きが、労働組合、学生の動きと連動したのですが、この2つの動きは、打倒岸で終わりを告げています。孫崎さんは、岸が今振り返ってみると、国士の動きをしたことに驚いていました。

<第5章 自民党と経済成長の時代>

自民党が政権を担っていた時代、米国大使ライシャワーが現れて鮮烈でした。日本で生まれ、日本を愛していたライシャワーは、奥さんも日本人ですが、その考えは深く、真に日米両国を考えた人だったということが、この本から改めて分りました。ただ日本は、今もGHQの幻想にひきずられている人(日教組などもそうだと思います)が多く、そのときも現実的でない思想が日本人の大勢になっていたので、そのおかしさにはライシャワーは耐えられなかったと思います。が、ほめてもらうために行動したのではなく、真の日米関係を築きたいとの思いが、ライシャワーの行動の原点と思いますので、行動の結果が理解されなくても、ライシャワーは割り切れたのだと思いました。この本とは関係ないのですが、テレビ「ワカメのみそ汁は美味しい」と、ライシャワーが奥さんに言っていたことばだけが、私の耳に残っています。

この章には、歴代の首相のやってきたことが、もっとたくさん書かれていますが、それらは、なんとなく分ることばかりですので、コメントは省略させていただきます。

<第6章 冷戦終結と米国の変容>

1989年ベルリンの壁が崩れて、40年以上続いた冷戦構造が崩れました。それまで、東側(共産党)への防波堤として日本は機能していたので、日本は米国の応援の対象です。しかし冷戦構造が崩れると、米国の新たな敵は、日本になりました(日本人は、あまり理解していませんが、そういうことだそうです)。そういえば、あの時期、日米調達摩擦がおき、テレビでアメリカに駐在していた日立の人が、FBIに後ろ手に縛られて、つれていかれる様が映し出されています。米国が日本を敵だと考えているとすると、ああいう動きは理解できますね。ローレンツの「攻撃-いわゆる悪の自然誌」に見えるように、「存在のためには、いつも敵が必要だ」という現実が、米国を支配しているようです。

<第7章 9・11とイラク戦争後の世界>

まあ、分りやすく断定的に書いているところが、この本の人気がある秘密でしょう。ここにも面白いことが書いてありました。いわく『日本はイラク戦争に参加しました。でもその理由はなんだったのでしょうか。「米国に言われたから」それ以外の理由はないのです』。思わず笑ってしまいますが、確かにそれしかないですね。「日本は戦争に反対して、米国に嫌われる必要はあるまい」という考えで動いたと言われると、確かにそのとおりです。でも、そのおかしさに気づいたということは、日本がそういう考えを終わりにする前兆なのだとも思いましました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

八木東一の近況・読書感想文(平成25年1月5日)

2013-01-25 18:11:15 | 日記
1. 近況報告(生活)

<多摩川散歩>

7時になって、多摩川に散歩に出かけた。多摩川大橋からガス橋まで、往復。セキレイがいた。河には鴨が20羽ぐらい浮いていた。すずめがいる。カラスがいる。鳩がいる。カモメがいる。ヒヨドリがいる。多分鵜が飛んでいく。その他の鳥も川の上を飛んでいくが名前は分らない。(12月24日)

犬を散歩で連れて歩いている人も多く居る。ガス橋を越えたところで、ブルドックを小さくしたような犬も散歩で連れられて歩いていた。私にほえて寄ってき た。つれていた人が、私に「すいません」と言っていたが、「私は大丈夫ですよ」と言った。少し怖かったけれど、よく見れば可愛い。(12月24日)

多摩川大橋とガス橋の間の往復は、昔、よく走っていたところだ。今は、走る元気はなくなったなと思った。そういえば、背中に「あ」と書いたTシャツを着て 走った。足立商工会議所青年部で、足立祭りでイベントをやるたびに、Tシャツを貰っていた。「あ」は、足立の「あ」で、驚きの「あ」でもある。(12月24日)

昔走っていたら、すれるちがったおじさんに「いい体をしている」と言われた。いい気持だった。今は、ただ歩いている。いつの間にか、8時半を過ぎていた。(12月24日)

<休みの日を片付けなどして、部屋で過ごす>

朝食を食べたり、布団を乾したり、洗濯をしたり。10時30分、女房の実家に行って、上の娘と、お母さんを車に乗せて、家に来た。その足で私は、整理して 捨てようと思っていた本のうち、文庫本を持って、第2京浜国道を、川崎側に少しいったところにある、ブックオフに行った。(12月24日)

12時30分、家に戻ったが、ご霊前の書留と、ミカンが今日の14時から16時の間で届くという。娘が車の運転をして、お母さんを乗せて、2人はお母さん の家まで帰った。そしたら、14時頃、下の娘も来た。でも直ぐ出かけるらしい。15時30分頃、郵便局が来て、佐川急便も来た。今日は天気も良くて外にでるのが気持ち良い(12月24日)

<新宿甲州街道沿いの桜水産で昼食>

お昼、いつもより少し早く出て、桜水産にいって昼食を食べた。ここの昼食には、今年もお世話になった。マスターも吉林出身の中国人の女の子も40代のおばさんも、私は好きなタイプで、ここは居心地がいい。今日は、アジの一夜干しがおかずで、そのほかごはん、ミソ汁、卵、海苔、沢庵、ふりかけを食べた。(12月25日)

<目黒の会社に行った>

目黒まで行って、いつもお邪魔している会社にいった。社長さん、部長さんが話し相手をしてくれた。女房が死んだので、多分私を元気付けるためだったと思うが、その気持ちだけで嬉しかった。それなのに私は、席上少し喋りすぎたかな。(12月25日)

<会社に私がいつもお世話になっている人が来た>

会社に戻った。15時にお客様が年末の挨拶に見えられた。いつもお世話になっている人達だ。いろいろな人に助けられて、私の今がある。こんな人達とお付き合いできるなんて、私も幸せものだと思った。(12月25日)

<女房>

女房が死んだのは、私にもそれなりにショックだったと見えて、結構な期間何もしていないのに、疲れていた。が、それも段段解消しつつある。早く新しい、自分の生活のリズムを作って、普通になろう。それにしても、いざというとき頼りになる女房は、私の精神的支えになっていたのが分った。(12月26日)

<渋谷の会社に行った>

受付で名前を言って、応接室でお二人の方とお話をした。今日も会う前には、話を余計に聞こうと思っていたが、結局自分のことを話してしまった。しかも熱を こめて長い時間。自分に酔っているなと思った。それにしても、私は人の迷惑顧みず、波乱万丈に生きてきたなと、改めて思った。(12月27日)

<豊洲の会社に行った>

それから、豊洲に行った。今日会う目的の人と、11時に会って話した。なにか人と会うと、また熱をこめて話してしまう。この方とは、死ぬまでつきあおうと思っている。だから、なにか一緒にやれないかと思って、タラレバだけどと言って、いろいろ話した。あっと言う間に1時間近くたってしまった。(12月27日)

<大崎の会社>

豊洲から、大崎まで来た。アポイントの方と会った。その方は今日は急に忙しくなったようなので、早々に失礼した。しかし、久ぶりに会うと、その人の持つエネルギーが伝わってくる。人と会うって素晴らしいと思った。(12月27日)

<会社で>

昨日は、会社で年の締めめくりの懇親をした。会社にはいろいろな人がいて面白い。アメリカ、中国、韓国、北朝鮮。これらの国が、これまで日本の隣国だった けど、これから800年ぐらいでは、どうなのだろう。グリンピースも少し話題に。なにしろ、みんな年をかんじさせず、興奮するのは、面白い。(12月29日)

<マンションで起きる。>

今日は、5時40分に起きたが、新聞読みや、祭壇の花に水をやる唐していたら、あっというまに、時間がたった。5時50分に見たらまだ暗かった外が、6時50分ころ見たら、富士山は丹沢の上にきれいに見えた。祭壇の女房に報告した。(12月24日)

今日は、朝6時40分に起きた。随分、遅く起きてしまったと思った。新聞は読んだが、私の朝の体操はパス。ベランダから外を見たら、今日は、湿気が多いみ たいで、富士山は見えなかった。諸々をして、女房の祭壇に向かって、7時30分には、「行ってくるよ」と声を掛けて、出かけた。(12月25日)

今日の朝は5時10分起きた。祭壇の蝋燭をたて、線香をあげた。新聞を取ってきて読んだ。祭壇の花が4鉢もあるので、これに水をやった。6時になって、私 の朝の体操を始めた。6時50分、暗かったので、天気が悪いのかなとおもったが、丹沢の山々の上に見える、富士山はクッキリ見えた。(12月26日)

真上の空は、真っ青。水平線の雲は、東と南にあって、これが太陽の光を遮って暗かった。そして水平線の西側には、雲がなくてだから、暗く見えても富士山が 良く見えたのだ。ベランダの鉢の草たちに水をやった。乾燥芋を1枚食べて、洗顔、トイレ、着替えなどをして、会社に7時30分出発。(12月26日)

今日は6時40分に起きた。寝坊。私の朝の体操は、全部パス。新聞を読むのはやめられない。富士山を見たら、天気は良かったのに、水平線に近いところに雲で見えなかった。女房に報告。線香をあげた。朝食を食べた。出かける準備。8時20分に家を出た。(12月27日)

今日、朝5時10分に起きた。祭壇に線香をあげて、新聞をとってきて読んだ。続けて私の朝の体操を60分。ベランダに出て富士山を見た。雲が多くて、見えないかと思ったが、富士山は丹沢の山々の上に神々しく白く見えた。そうか富士山の方の雲が少ないとこうなのか、と思った。東の雲の向こうに太陽が、これも雲を赤く染めて、神々しく見えた。(12月28日)

今日朝5時20分ころ起きた。女房の祭壇に線香をあげた。バナナとチーズとミカンを食べた。私の朝の体操を時間をかけてした。きのう洗濯したものを乾し た。テレビで2012.3.11東日本大震災時の「奇跡の釜石」を見た。自然エネルギーも見た。面白かった。大震災は、確かに世界を変えている。(12月29日)

<「矢口渡」駅まで朝歩く>

湿気が多いと思うのに、空は青空。今泉公園のゲートボールは2人の男性と2人の女性。「おはようございます」と言ったら、「おはようございます」と言われて、「今日もいい日だ」と思った。駅まで歩くが、私の朝の体操をやらないと、足の不自由さは増すようだ。これから沢山歩こうと思った。(12月25日)

今日の通勤路では、「今日もいい日だ」と言いながら歩いた。今泉公園のゲートボールは今日はやっていなかった。それで、公園の中を歩いて通勤した。第2京浜国道の信号を渡った。手前のうちのおばさんはいなかったが、葉牡丹や菊の花や、その他の花が鉢の中できれいに咲いていた。(12月26日)

通勤で、急ぎ足であるいた。今泉公園のゲートボールは昨日から休み。今日も休みだった。第2京浜国道の交差点の手前のおばさんとあったので、「お早うございます」と言った。「寒いですね」とおばさんが言ったので、私も「寒いですね」と言った。金子みすずの詩を思い出した。会話はなんでも2倍にする。(12月27日)

7時30分、家を出て、師走の東急多摩川線「矢口渡」駅までの、通勤路を急いだ。今日は、朝の体操をシッカリやったからか、いつもより足が軽いと思った。(12月28日)

家を9時40分頃でた。新しい靴で歩いた。すぐつまずく。私が年を取って、足が弱ったせいだと思った。歩くなどして、足を鍛えなければと思った。考え事を して歩いていたら、第2京浜国道の前の家のおばさんが、私に「おはようございます」と言った。気がついて私も「おはようございます」と言った。(12月29日)

<通勤電車で大勢の人の中にいる>

電車に乗って、「矢口渡」駅から「大崎」駅まで、3つの真言。座れた「大崎」駅から「戦後史の正体」を、ゆっくり少し読書した。この本は面白い。前に聞いたことばかりで新味はないが、こんなに体系的に、しかも条約を担当した元当事者が謙虚に書いてあるので、いいと思っている。(12月25日)

電車では、「大崎」まで、3つの真言を唱えた。今日は最近のいつもより熱心に唱えた。ありがとう真言も、言う対象を、家族、親戚から、友人に少し広げた。「大崎」で座れて、「戦後史の正体」を少し読んだ。ゆっくり、噛みしめるようにしながら読んで、本当に少しだけ進んだ。(12月26日)

電車に乗って、「今日もいい日だ」と3つの真言を「大崎」駅まで言った。大崎で座って、あとは読書。「天地明察」の下を読み返した。(12月27日)

電車で今日行く予定の人から電話がかかって、「今日は予定通りでいいか」と言われたので、10分予定より遅れていくといった。電話をしようと思っていたが、電話がかかってくるなんてラッキーと思った。渋谷で降りて、今ついたと電話をし、そして今日会う人の会社に急いだ。(12月27日)

「今日もいい日だ」と電車に乗る前に50回言った。電車に乗って、「大崎」まで3つの真言。合間に「戦後史の真実」を読んだ。「大崎」で座れたので、「戦後史の真実」に身をいれて読んだ。ライシャワーか。日本のために動いた人なのだな。「戦後史の真実」の内容は、私の育ち、考えた時代とシンクロしているので、面白い。(12月28日)

もう年末の休みなので、電車も空いている。今日は、電車で最初から座れて、読書。「動乱のインテリジェンス」。面白い。沖縄独立、北海道独立か。確かに私 たちは、今が当り前と思っているが、今の情況は時代を少し変えれば、当り前でないのだ。もっと頭を「柔らかく」と思った。(12月29日)

<新宿駅から会社まで歩く。>

新宿駅で、おりてプラットフォームを歩く。今日はついているのか、どこも普段より空いている。南口の改札のそばの、小田急との連絡口でも、小田急の電車が着かない時間だったのか、空いていた。改札を出て、エスカレータを降りるときも空いていた。へー、こんなときもあるのだと思った。(12月25日)

新宿駅でおりて、南口から地下道に入った。大股で歩くのに挑戦したが、前より少し大股歩きが、狭まった歩きになったように思う。これが私の健康のバロメータかと思った。大股歩きができるように、少し歩くのを増やす等、運動を増やさなければならないと思った。(12月26日)

新宿駅でおりた。年末に近くなって、人が少なくなった(学生が減ったのかな)ので、どこも少し歩きやすい。南口の地下道からのトイレに入ろうと思ったが、 今日はどこもいっぱい。飲みすぎて下痢をしている人が多いのか? 新宿ワシントンホテルの2つ目のトイレに空いているところがあったので、入った。(12月28日)

<今年1年、朝食のときビリースタンド等でお世話になった>

新宿ワシントンホテルのビリースタンドで、カレーライス、オレンジジュース、それにテレビ。テレビは物まね番組とか、年末用の番組になったと思った。私ら 歳のものには、なにか軽薄でで、つまらない内容と思えるが、これらの中から、明日に残るものが、出てくるのかとも思った。(12月25日)

新宿ワシントンホテルのビリースタンドで、今日もカレーとオレンジジュースを頼んで、朝食とした。テレビは何かやっていたけど、少し前のことなのに、何をやっていたのか、もうスッカリ忘れている。(12月26日)

新宿ワシントンホテルのビリースタンドで、今日もカレーとオレンジジュース。この店は、今日で今年はお休みになるとか。年始は、朝は7日から始まるそうだ。(12月28日)

新宿ワシントンホテルの「ゆで太郎」で納豆定食を食べた。ソバと納豆と温たまと、ネギもおいしかった。終わって、蕎麦湯をソバのタレで味をつけて飲んだ。今日も満足。(12月29日)

<私の寝どこ、マンション>

昨日、家に帰って、祭壇の女房に向かって、只今帰りましたといった。そして、シャワーを浴びて洗濯をした。風呂からあがって、布団を敷いて、「寝ゆる黄金の3点セット」をして、寝た。(12月26日)

会社を出て、御徒町へいった。多慶屋で食べ物の買い物をした。靴流通センタで靴を買った。家に21時過ぎ着いた。シャワーを浴びて、洗濯をした。本を読もうと思ったけど、ついテレビを見てしまった。そして寝た。(12月28日)

私の近況報告(生活)を書くのを、最近横着して、私のツイートしているのを、少し手直しをしてそのまま載せ(コピーペーストし)ています。これだと面倒がないので、今週もこのまま行きました。文章の後の( )内の日付には、ツイートした日を入れています。

2.近況報告(仕事)
 
<熱い>

今日は、年末の29日なのに、ビックプロジェクトに参加している人達は、出社はゆっくりだが昼には集まって、熱い議論をしている。仕事をしている。凄いなと思う。

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

八木東一の近況・読書感想文(平成24年12月24日)その4

2012-12-27 22:34:31 | 日記
4.読ツイート感想 1/2


(4)社会の動きから

なるほど--(宋文州)自民の勝利は本物。言い訳も遠慮も不要。選択の本質は常に消去法・・前回民主党の勝利だって消去法の結果。消去の対象は自民だった・・自民に対する消去に小沢一郎の選挙力・・投票率が低いのは悪いことではない。冷静にしている証拠だ。(12月17日)

分りやすい説明。勝ちすぎには、厳しい目が注がれるのがセットである。--(高橋洋一)安倍自民の勝因は争点を金融政策にしたこと。3月の日銀人事までにインフレ目標・金融緩和が効果をあげないと国会運営は厳しくなる(12月17日)

私も×10。江川さんは凄い。世の中をゆっくり実際に変える--(江川紹子)X10プロジェクトの最大の目的は、最高裁裁判官国民審査の制度の問題点について知って、考えて、何らかの意思表示をする・・考え始めたことは、とても貴重。今回の選挙を、制度改革の議論のきっかけにしたいと思います(12月17日)

そう。人類は長い時間のなかにいる--(孫崎亮)選挙:・・@em・・「先程、宇都宮さんと改めてお話し。「サラ金事件も30年闘い続けてきたんだよ。まだまだこれからだよ!」って宇都宮さんは笑顔で言ってくれた!私は日本をあきらめません!と宇都宮けんじさんに誓いました。みんなと一緒に・・(12月17日)

うむ--(高橋洋一)NHK政治番組で石破さん カネを増やしても何に使うかが重要・・そうだが、カネを増やしてインフレ予想が高まって、有効需要が増えるまでタイムラグあり。カネを増やすときに何に使われるか考えても意味ないし、考えようがない。金融緩和無効論者がよく持ち出す意味のない論法(12月18日)

そういうことだな。--(宋文州)結果を出せないリーダーが悪い。それだけなのだ。・・自民政権に戻ってほっとした。民主政権がなければ経済がもっとマシになったし、「尖閣問題」もなかった。(12月18日)

ふむ。--(中矢伸一紹介)安倍政権誕生について、中韓が警戒している、という報道をするならば、インド、フィリピンが歓迎しているという報道もしなければ、中立な報道とは言えない。TV局が連日ナチュラルに偏向報道していることを周知し、みんなで賢い視聴者になろう。(12月19日)

自分の手の内を明かすのは、諜報の原理に反する。明かすのに何かメリットはあるの?・・結局、保身は良くない。やって悪いと分ったら、すぐやり直し--(宋文州)「ブッシュ大統領と電話した」と安倍さんが言ったの?・・忠誠心だけで幹部を選ぶ気持ちは分かるが、それは組織ではなくリーダーを守る行為だ。(12月20日)

やさしいだけ、筋を通すだけでは、政治家はやれない――(孫崎亮)阿部さん自身がアキレスけんになる可能性が高いだろうな、米国支配が心配です、たぶん、 もうすべてオワタ、麻生太郎が安倍晋三に「参院選が終わるまでは、外交・防衛・憲法に一切触るな。経済一本でいけ」とアドバイスしたらしい…(12月20日)

変わる時は、変るな。「世の中は、正しく変らないからダメだ」なんて思わないほうがいい。時間がくれば変るか、自分が考えたことが正しくなかったかのどちらかだから。--(宋文州)男尊女卑の韓国に女性大統領が誕生。変わる時は変わる。(12月20日)

吹き出されない、経済の議論をしてみたい。マスコミは馬鹿な私でも分るように、経済の仕組を分らせて欲しい。--(高橋洋一)朝日の社説はどこかに英文があるのかな。それをまともな欧米の中銀関係者が読んだら吹き出すだろう。金融政策は「魔法の杖」でない、「すべて」の問題を解決できない、とかいって批判しているつもりが笑える。(12月20日)

ふむ。--(橋下徹)大阪城西の丸庭園で天守閣を借景にモトクロス競技をやることに挑戦します。役所の感覚ではそんなアホな。しかし政治が方向性を決めれば、役所はきっちりと仕事をやって見事に文化庁の許可を取りました RT @ke・・「前例がないからダメだ」が、日本の可能性を狭めています(12月21日)

朴新韓国大統領は良い顔をしている。韓国のためをいつも考えている顔をしている。こういう顔の大統領なら、日本の新しい首脳も協力したくなるだろうと思った。--(ジャーナル)【ニュース】竹島の日:来年の式典見送りを、石破幹事長が示す ht・・ "衆院選公約集に2月22日を「竹島の日」とし、政府主催で祝う式典を開くと明記していることについて「政権を担っている間に実現に向けた雰囲気を醸成していく・・」(12月21日)

私もそんな感じがしている。--(中矢伸一)敏感な方はわかるのかな@Shinobu6201508: 昨日あたりから、何だかエネルギーが身体中に充満している感じがして落ち着かないんですが…宇宙エネルギーの影響もあるんでしょうか。理由もなくすっごくウキウキしてます(12月23日)

ウム――(孫崎亮)日韓:自民党竹島の日式典開催見送る方針の怪。自民党、党公約に盛り込んだ政府主催式典、来年2月22日は見送る方針。タカ派で強行路線をとるはずの安倍次期政権が竹島で柔軟な路線・・次の事実を知るとわかる。ヘリテージ財団が2012年11月14日極めて興味あるレポート・・(12月23日)

日本が従属する米の戦略は、日本の戦略より進んでいる。--(孫崎亮)日韓2:軍事協力を行うよう推奨、米韓日軍事協力を増加、米国の強固な前方展開軍事力を維持し、韓日軍と一体化、安倍に対して修正主義的歴史問題を推し進めるなと個人的に助言。つまり米韓軍事行動促進のために日韓で騒ぐなということ・・(12月23日)

今度は、ヘリテージ財団レポートか。こういうウオッチンを続ける人達は凄い--(孫崎亮)普天間:21日読売「安倍総裁:米軍普天間基地”「辺野古移設に努力”と言明」。11月のヘリテージ財団レポートは、集団的自衛権、防衛費増大、日韓軍事協力促進、辺野古移転を提言。はい、安倍政権は満額回答です。・・(12月23日)

そうか、日本人は考えをシュリンクさせているな。余裕がないのかな--(宮崎駿)それは、特に1980年代以降だと思いますけれども、それがにっちもさっちもいかなくなって、まだ二十歳の娘が自分の年金を心配するという愚劣なことになったんです。自分の可能性を、いったいどういうふうに思っているのか。(12月23日)

丹羽さんの記事を私も読んだ。いい記事だった。日本の底力もわかった。--(宋文州紹介)うん、いい記事だ。日中関係が悪化するなかで中国大使を務めた丹羽さんの哲学と人格が伝わってくる。離任の日、大使館の中国人職員が男泣きしたとか RT 丹羽さんの単独インタービューを読むといい。朝日新聞17面(12月23日)

(5)震災・原子力関係

1人で怒ってもしょうがないのだ。それでも政治天才の日本人なのだ。--(孫崎亮)原発:・・日本国民、馬鹿な選択をしたもんだ。福島原発の経験すら生かせない国。操られる国。それだけの国に成り下がったと一人で怒ってもしょうがないか。・・17日朝日「原発ゼロ見直し確実 安倍新政権」(12月17日)

変化の方向はこれ--(江川紹子)「脱原発」を実現するには、異論を許さない純化路線ではなく、できるだけ緩やかに広く合意を形成できるようになる度量が必要と思う。違いを見るのではなく、共通点を模索する。「脱原発」のメリットだけでなく、そのもたらすデメリットにも目を向け・・知恵を出し合う(12月17日)

誘導の形はこうか――(江川紹子紹介)昨日、楢葉町民へのアンケートで「町に帰りたい」と応えた人が4割に減ったという記事を見た。「帰りたいか」と聞かれ・・即答できないから「いいえ」という人もいるだろう。「帰りたくないか」と聞いてみたら・・みんな「いいえ。帰りたいです」と答えるだろう。(12月20日)

さて、それでどうなるか--(橋下徹)原発政策については、何年に原発を0にするかだけが騒がれた。スローガンよりも、何をやるかが重要なのに。日本維新の会の方針は何も変わっていない。まずはルールの厳格化。ht・・ これまでは電力会社が活断層調査をやって行政へ書面報告。行政は書面審査。(12月21日)

そうか--(孫崎亮)原発:国民の皆様、皆様方の選択です。21日共同「安倍総裁は、民主党の野田政権が決めた原発の新設・増設は行わないとの原則を見直す可能性に言及。同時に自前のエネルギーについて研究し、10年間で考えていくという大方針がある。その中で新設・・は、これから検討したい」(12月23日)

これが世の中か。--(橋下徹)11月29日に試料採取した大阪市内の混合ごみのうち、ビニール・合成樹脂・ゴム・皮革類から、安全基準上全く問題ない レベルでセシウムが検出されました。つまり都市内のごみからは、わずかのセシウムが検出されることもあるのです。これが世の中です。(12月23日)

考えないから、風評被害が起こる。--(橋下徹)今回、被災地から受け入れたごみからは、セシウムは全く検出されていません。普段、我々はセシウムがわずかでも検出され得るごみを平気で燃やしておきながら、被災地のがれきになると放射能が危険と大騒ぎする。事実に基づかない主張の危険性です。(12月23日)

「絶対に事故を起こさない」は嘘だった。事故が起こるのを前提に対策は打っていると思っていた。それは科学だと思う--(加治将一紹介)町は絶対に事故を起こさないと言われて原発と共生してきました。しかし今は廃虚にさせられ町民関係も壊されました。自然も生活も生きがい希望やその他すべて壊されまし・・(12月23日)

新しいことをするには体力がいるな。--(孫崎亮)原発・安倍:この人には、もう物を新たに学ぶ体力ないのでないか。・・。21日読売「安倍氏は中国電力 が建設を計画している上関かみのせき原子力発電所(山口県)を巡り、着工を認めないとした民主党政権の方針を見直す考えを示した」(12月123日)

野田さんが言ったとき、私もガッカリ感を味わった。終わりにすれば、そう考えた人は楽だけど、当事者はそういかない。政治家の言葉は重いと思った。政治家はいつも当事者だ。--(江川紹子)「福島は終わった」と外からがっかりする身勝手 世界はそう簡単に終わらない (安積咲)<衆院選・特別コラム>(gooニュース)(12月23日)

原子力発電に笑うべきダメな現実があった--(橋下徹)日本の原発安全基準は基準足りえないことは露呈した。そしてもう一つ重要なことは、基準・・のチェックの仕組み。・・イニシアティブは電力会社が持っていた。活断層調査もまずは電力会社が行う。そして行政へ書面報告。原発の定期検査は、もう笑うしかない。(12月23日)

あいまいさが、日本の悪さなのかな。--(橋下徹)・・定期検査と言っても、規制機関が合格判定を下すことはない。検査済証は、文字通り検査が終わったことの通知なんだと。基準適合性はどこで行われたのかが判然としない。これが日本の行政体質の象徴例。制度は複雑で、かつ責任の所在があいまい。(12月23日)

新しい仕組が回りだした--(江川紹子)〈電力、都市ガス大手が液化天然ガスの輸入価格引き下げに向け調達地域を多様化する。東ガスや中部電は東アフリカ のモザンビーク、東電は米国などから、東アジアで定着している方式とは異なる価格決定手法で割安に購入。中長期的に現状より最大4割安い価格・・(12月23日)

新しい仕組は、いいことばかりではなさそう。やってみると、それこそ考えていなかったことが起こる。--(江川紹子)こういう問題も「想定」しておきたい →ドイツ:再生エネ普及で電気代高騰、戸惑う国民 野党批判、首相「想定外」と釈明(12月23日)

 最近私はツイッターに熱中していますが、有名人等のツイートを読んで感じたことを、ここでは書きました。( )の名前の後がその人のツイートの内容です。・・は、文字の数の関係で、その人のツイートから一部省略させた場合にいれています。( )の人が他の人のツイートを引用した時は、名前のあとに紹介と入れています。――の前に短いですが私の感想を書きました。最後の( )内は、私がツイートを見た日です。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

八木東一の近況・読書感想文(平成24年12月24日)その3

2012-12-27 22:32:03 | 日記
4.読ツイート感想 1/2
 
(1)私を変えよう。

そうだ私も経験は多くした。いい経験だったか、悪い経験だったか知らないが。全部良い経験だったと思おう。感謝か。抵抗なく人に自然に感謝できるようになった。--(瀬戸内寂聴)いろんな経験をしてきたからこそ、あなたの今があるのです。すべてに感謝しましょう。(12月17日)

そう。目の前のことを、明るく一生懸命で取り組むのが、良い人生と思えて来た。--望みをもちましょう。でも望みは多すぎてはいけません。(アマデウス・モーツァルト『モーツァルトの手紙』)(12月17日)

水野南北って凄い。これは事実だ。--(中矢伸一)「酒肉を多く食べて太っている者は、生涯出世栄達なし」(水野南北)(12月17日)

凄い。私もこうしよう。--(中矢伸一)「真心をこめて祈らなければ、神は感知してくれない。真心をもって祈るとは、自分の命を神に献じることである。そして食は、自分の命を養う基本である。これを神に献じるということは、自分の命を献じるのとおなじことである」(水野南北)(12月18日)

そうだろうな。好きだ、嫌いだと言う前に、相手を理解するのが必要と思う。私はこれが出来ているのかな。--(宋文州)「相互理解なくして共存共栄なし」。いい言葉だ。(12月18日)

空腹か--(中矢伸一)日月神示の“食べるから病む”は本当だった。食べ過ぎに注意!「健康や若さのカギをにぎるのは腸です。腸を老化させないことこそが、・・。腸を老化させないためには、腸を働かせすぎず、腸内環境を整えることができる食べ方…つまり【少食】が重要なのです」(鶴見隆史医師)(12月19日)

水野南北って凄い。--(中矢伸一)「怠け者でずるく、酒肉を楽しんで精進しない者には成功はない。成功・発展しようと思うならば、自分が望むところの一業をきわめて、毎日の食事を厳重に節制し、大願成就まで美食を慎み、自分の仕事を楽しみに変える時には自然に成功するであろう」(水野南北)(12月19日)

ここから日本は脱皮しなければならない。何回も繰り返してきたから、気合をいれて取組まなければいけない。--(宮崎駿)日本の軍閥時代の末期のあの愚かしさと、原発利益集団の愚かしさがそっくりなんですよ・・「なんだ、旧軍の愚かさをもう1回原発村がやってるんだ」・・こういう愚かさの歴史を何回繰り返せばいいんだろうと(12月20日)

そうだ。私たちはその子供たちなのだ。もっと軽薄に。・・--(宋文州)「もっと軽薄になろう」・・敗戦後、必死に母国に戻って廃墟の中で立ち上がろうとした日本人。彼らにはただただお腹いっぱい食べたい一心で高尚なことを言う余裕もなかった。しかし、彼らは日本歴史上の一番の難局を乗り越えた。(12月21日)

その軽薄さに、吐き気を催してはいけないのだ。そこに政治天才の日本人がいる?--(宋文州)敵国に屈服するのは「軽薄」ではなかったか。占領軍に女性が群がるのは「軽薄」ではなかったか。知識人から教育者まで昨日と全然違うことを言い出すのは「軽薄」ではなかったか。(12月21日)

なるほど--(宋文州)いまとなってまた勇ましいことを言い出す連中はいわゆる卑怯な「高尚人」達だ。戦後の日本と今の日本の違いを考えた場合、やっぱり「軽薄」と「高尚」の差ではないかと思う。戦後は「高尚な軽薄」であり、今は「軽薄な高尚」だ。(12月21日)

されど、人を愛する。人の不合理、非論理、利己的は、自分も含めて事実だから、それに絶望することなく考えるのをベースに、再スタートかな。--(マザーテレサ)人は、不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。(12月23日)

凄く分ると思うのは、私も歳なのだろうか。チャプリンの魅力ってナンなのだろう。いつも希望を捨てないことかも知れない。--この年になると希望なんてあるわけがないよ。瞬間瞬間を生きている。だけど時に人生には素晴らしい瞬間もある。 (チャールズ・チャップリン『映画「ライムライト」』)

なるほど--(中矢伸一)「遠くて近いものヒフミの食べ方してみなされよ」・・「近いもの」とは、自分の住む環境に・・近いところで採れた地場もの・・ヒフミの食べ方とは、いろは47音から成る「ひふみ祝詞」に合わせ、47回噛んだ後、最後に「ン」で呑み込む・・「遠い」人間の性から遠い生き物・・(12月23日)

(2)世の中の仕組みの理解

愚かな自分も、自分に違いない。それも含めて自分なのだ。--(宮崎駿)どのみち人間の集まりですから、国というのは愚かなこともするし、時にはまともなこともする。いつも賢い国なんてありはしないんで、どの国も必ず暗い部分や、恥の部分があって、愚かなことをすると思うんです。(12月17日)

実際のどん底があるのだ。そういう意味では、私はこの世では、人生に恵まれているのかも知れない。「少し無理した」だけだったような気がする。--「これが最悪」などと言える間は、まだ実際のどん底なのではない (シェイクスピア『リア王』)(12月17日)

ふむ--(中矢伸一)栄養学の専門家なら・・カロリーが充分でタンパク質が不足するような自然の食事など作れない・・総カロリーのたった6%のタンパク質があればいいのだから。ふつうの食事をしていてタンパク質量を9%以下に抑えるのは、実際には不可能だ(栄養学者:ネイサン・ブリティキン)(12月17日)

チャップリンはいいことを言う。私も自分の運命を生きよう。実は女房の死は、私のせいかも知れないと少し思ったけど、この言葉で私も、また新しい世界に乗り出していこうと思った--死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ。 (チャールズ・チャップリン『映画「ライムライト」』(12月17日)

これが、現在の事実。考えるのを事実からはじめよう。事実から離れたとき、よく間違えると思うが、その間違いが多いのが昔からの現実。--(宮崎駿)とにかく戦争をやったら、勝っても得しない。むしろ勝ったほうが損するね。軍隊だけが自信満々になって肥大化して、国民は妙な自信を持って。(12月17日)

でも世界が一変するのって、私の人生でもう何回か見たな。--(宮崎駿)日本は世界でいちばん蛍光灯が普及してしまった国で、部屋の中を隅から隅まで明るくしてます。一回戦争に負けたぐらいで、こんなに生活が変わってしまう民族というのもそうないんじゃないかなという気がします。(12月18日)

何を持って、宮崎さんはこういっているのかな。--(宮崎駿)突如歴史の歯車が動き始めたのです。生きていくのに困難な時代の幕が上がりました。この国だけではありません。破局は世界規模になっています。おそらく大量消費文明のはっきりした終わりの第一段階に入ったのだと思います。(12月19日)

世界はいろいろ。--(宮崎駿)僕はアニメーターを育成しようと思っていますが、種をまいて、水をやっても、芽が出ない種がたくさん混じっています。それは宿命ですね。芽が出る保証はないんです。水をあげたら、それで腐っちゃうやつもいるし、水をあげなかったら枯れてしまうものもいます。(12月18日)

何故か、これも引用してしまった。これを読んで、私は嬉しかったのだろうな。--(中矢伸一紹介)「日本人は貧しい。しかし高貴だ。世界でただ一つ、どうしても生き残って欲しい民族をあげるとしたら、それは日本人だ。」大正10年~昭和2年に駐日フランス大使を務めた詩人クローデル(12月19日)

そうだよね。--(宮崎駿)中国の学生たちがアメリカの社会が自分たちの理想だって言ったときにね、その理想の底の浅さに愕然としますよ! それは知らないだけだって言ったらそれまでだけど、知らないことによってどれほどいっぱい歴史を間違えたことかっていうふうに思うとね。(12月19日)

諜報の真髄。--(孫崎亮)宣伝2・優先順位を知れ、第五章一五秒で話せ、一枚で報告せよ、第六章スパイより盗聴、第七章「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報へ、第八章情報グループは政策グループと対立する宿命、第九章学べ学べ、歴史も学べ、第一〇章独自戦略の模索が情報組織構築のもと(12月19日)

医食同源という言葉を思い出した。--(中矢伸一)15人に1人!発達障害児急増のウラに「農薬汚染の食品」 http://news.livedoor.com/article/detail/7246357/ … … ハーバード大学などの研究チームが、有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子供はADHDになりやすいことを小児学会誌に発表した(12月20日)

そうだな。--(田母神俊雄)我が国のマスコミは揃ってTPP参加推進ですが、国民の声としては反対の声もいっぱいある・・マスコミが正しい・・か。国民は間違っている・・か。マスコミが全部一色に染まっているときは大抵間違っていると私は思って・・アメリカ情報に日本のマスコミは本当に弱い・・(12月20日)

そう思えば、悲惨はへるな。「たしなむ」って良い言葉だなと思えてきた。「武士は食わねど高楊枝」という言葉も思い出した。でも今までの私の経験では、言葉ではお腹イッパイにならなかったな。--貧乏ってのはするもんじゃねえ。「たしなむ」もんです。 (古今亭志ん生『びんぼう自慢』)(12月20日)

かもね。喧嘩をするときは、常軌を逸した精神状態だから、その人の本質があらわれる。--本当に他人の人柄がわかるのは、その人と大喧嘩した時だということです。その時こそ、そしてそのとき初めて、その人の真の人格が判断できるんです。 (アンネ・フランク『アンネの日記』)(12月20日)

へー--(加治将一)野菜、果物はアメリカの2〜3倍高い。住宅は2倍以上、スタバはアメリカの2倍以上。日本車もアメリカより平均3割高い。・・それでも安部さんは日本の物価が安いっていうんだ。自分で買ったことないんだろうな。だからインフレ政策で物価を上げるってんだ。それでいいのかい?(12月21日)

そうか。--(加治将一)ドイツを除く先進国では、核武装が常識だ。核の抑止力が大国同士の戦争を防いでいる・・70年で実証済み・・日本では核の議論をしたいといっただけで、潰されるよ。天皇制を廃止したいので、議論したいと言った段階で潰される。・・言論の自由など肝心なところはゼロ・・(12月23日)

諸行無常は大きなスパンで見ないと、分らないのだな。--(宮崎駿)やはり東京オリンピック以降、日本は変ったんですね。ある時期から若者達が「この世界 はずっと同じものが続いている」と思うようになっているんですよ。歴史的な時代の変化がこの国にあったということが届いていないんです。(12月23日)

そうだろう--(加治将一)日本は、渡り人が先住渡り人を束ねた国だ・・支那の複数の部族が朝鮮半島で勢力を伸ばし、何世紀にもわたって複数の部族が列島に侵入した。・・九州、出雲、奈良、岡山などを縄張りとし、最後に大量に渡ってきた秦一族と組んだ九州王朝が奈良で日本を名乗ったという説だよ。(12月23日)

酷いと思う。私の父親は戦争で南京にいったが、南京大虐殺はなかったと思うと言っていた。--(中矢伸一)教育は洗脳と同じ。これが日教組の実態ですね。日本精神を破壊したくて仕方ないようですね@Mi・・娘のテスト。ありもしない南京大虐殺をあったことにしないと〇が貰えない・・・(12月23日)

(3)社会がこうなればいいと思う

そうだろうな。--(宮崎駿)映画を作り始めるときは、「他人なんて笑わなくなっていいんだ」なんていいながら作るんですけど、いざ出来上がってみると、誰かが笑ってくれるとほっとしてるんですね。(12月17日)

私なんか、「戦後史の正体」なんていい本が出てきたと思っている。こういうので、日本が変るのには時間がかかる。でも情報がオープンになることはいい事だと思う。--(孫崎亮)総選挙:Lis・・「うん、自民になった瞬間家のみんな「日本おわった、もー原発もなくならないし、対米追随路線に拍車がかかるね。(戦後史の正体、みんな読もう)」(12月17日)

私は時間をかけて、少しずつ変ると思っている。オープンになってきたことは、良いことだと思う。戦後の闇に較べれば、ずーっと良くなっていると思う。--中矢伸一の今週のコラムが更新されました。『日本の政治は変われるのか』(12月17日)

そう思う。自分が悪いのかも知れないと思えたのは、日本にとって良かった--(宮崎駿)「自分の愛する街や愛する国が、世界にとって良くないものになるという可能性をいつも持っているんだ」ということを、私たちはこの前の戦争の結果から学んだのですから、学んだことを忘れてはいけないと思っています。(12月17日)

こういうことで、感慨にふける宋さんって、凄いセンス。私からみたら若すぎるけど、老練な考え方は若い歳を感じさせない。--(宋文州)ラーメン屋の前を通って、幼稚園時の子供達を連れてきたことを思いだした。もうあの可愛い彼らに逢えない。小学生の今の彼らもあっという間に私を通り過ぎる・・・(12月17日)

より良く生きるために、死を考える。なるほど。--僕が死を考えるのは、死ぬためじゃない。生きるためなんだ。(アンドレ・マルロー『王道』)(12月18日)

なんか妙に、今この言葉に惹かれる。--人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。(武田信玄『甲陽軍鑑』)(12月18日)

ほう。--(中矢伸一)マヤ暦は7千年先の暦まで見つかっている。コルマン博士によると12年12月説は計算間違いで、「終了するのは2011年10月 28日」とのこと。ということで、すでに終わっている。しかも、世界の滅亡ではなくて、新時代へ向けての人類の意識変化が完了すると・・(12月19日)

タブーが支配している世の中はダメだと思う。学術が世をリードすべし。--(加治将一)歴史の作文はもうウンザリだよ。古墳時代、中世、近代の墓を学術調査すべし。日本人は日本の正確な歴史の知る権利がある。“@ReutersJpEnt: ラムセス3世は首切られ暗殺か、ミイラに傷見つかる(12月20日)

何もしないのが一番安易だ。--(高橋洋一)金融緩和のときにリスクガ-という。何がと聞くとリスクガ-・・クルーグマンがいっていた。火事場で水で消火 しようとしているときに、家具に水かけないでくれというアレがいると。今の時期に金融緩和でリスクガーという人は、まさしくこれなんだろうな(12月20日)

「無冠でいいのです。無冠がいいのです」に男のロマンを感じてしまう。されど僕は行く。--(孫崎亮)戦後史の正体:2012年amazonの カスタマーレビューではトップ。「話題があったわりには賞などに縁がないですね」と聞いたら、出版社の人、「無冠でいいのです。無冠がいいのです」(12月20日)

分らないなかでも、前に進む。--(宮崎駿)僕らは今「もう人知の及ばない世界に来た」とつい思い込んでどうにもならないという危機感だけは持っているんだけど、それに立ち向かっていくのは人知しかないんですよ。いっぱい子供を生んでね、病気になりながら、でもそれを人知で解決していくしかない(12月20日)

日に日に手は硬くなっていく、か。--(宮崎駿)日に日に手は硬くなっていくし、すっと引けた線がごわごわになるとかね。そういうことがある。僕も今、 日々、経験しています。もうすぐ限界が来ることもよくわかっていますから。ただ僕がリタイアしても誰も責めないだろうという自信はありますが(12月21日)

そんなことより、今日は私の65歳の誕生日。アセンション。斉藤一人の大予言。「その日は何もありません」。前に読んだとき、思わず笑ってしまった。 --(加治将一)マヤ歴では今日が地球最後の日だとか、違うとか…。ひまだな〜。加治も暇だから、ヘルメットかぶって備えようかな。ハハハ。(12月21日)

同感。日本人は、ここからの脱出が必要。それとも臆病なのは、保守主義の原則に適っているから、今の日本のままでいいのかな。--(加治将一)孝明天皇と徳川家茂の暗殺説が有力だ。発掘調査すれば、すぐ分かること・・日本人は真実が怖いんだね。メディアの言論の自由度が世界60番目以下・・言論の自由が保証されていて、検閲がないのに不思議・・自己検閲でストップ・・臆病だから。 (12月23日)

同感。文明ね。--(加治将一)本当の問題は、人間の欲張り本能にあるんだ。もっと欲しいってね。 もっと欲しいと、もっと欲しいが、ぶつかって紛争になるんだね。人間が「足るを知る」って本能ならみんな平和なんだよなあ〜。縄文時代、インディアンはそうだったらしいね。文明ってなんだ?(12月23日)

大きく考えると、気持ちもおおらかになる。--(宮崎駿)地球全体の歴史から見れば、人間の問題なんて流行の風邪みたいなものですからね。(12月23日)

今はそのときと思う。--(橋下徹)新しいことをやろうとすると、必ずデメリットがある。このデメリットを重視して新しいことを止めるのか、それとも新しいことをまずやってデメリットに対する対策を講じるのか、ここは大きな分かれ道。日本の政治・行政はこれまで前者の傾向・・まずは新しいことをやるべき。(12月23日)

私達が感動することをやり続けた人の、これがスタンスだろうな--(マザーテレサ)わたしは一般大衆を責任の対象と見なしたことは一度もありません。わた しは個人を相手にします。わたしは同時に一人しか愛せません。同時に一人にしか食べさせることはできないのです。対象はつねにひとりなのです。(12月23日)

そうか、人は温かさも生んでいる。--(宋文州)酷寒の街でも、着込んだ人々が行き交うと、温かく感じる。(12月23日)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加