市場経済と貧困

市場経済が謙虚になったとき、世界は変わる

ノーベル賞効果

2009年01月18日 20時53分17秒 | Micro Finance
http://konchan-euintegrity.cocolog-nifty.com/konchan/2009/01/post-d592.html

マイクロファイナンスもヘッジファンドの食い物になるかもしれないと、マイクロファイナンスの先行きを危惧する声です。ファンドの行動原理からすると、「猫も杓子も一斉に」お金がつぎ込まれます。実際、中国ブームの2004年頃、中国投資ファンドにお金が集まりすぎて、中国で買えるものがなくなってしまい、韓国とか台湾・香港に投資しているという話を聞いたことがあります。

自立を目指して、最低限必要なだけお金を借りたい、という心意気に投資するところが、いつの間にか趣旨が異なってきてしまう可能性がありますね。


私の場合、マイクロファイナンスに気づくのが遅かったのかよく分かりませんが、これからもよく考えていきます。

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派遣切りはスコープ外です

2009年01月16日 22時29分34秒 | Micro Finance
派遣村の様子をニュースで見ても同情できません。あれは、一種の暴動に近いものを感じます。やり方がひどい。施しを与えるよりも、どうやって雇用を創出し、同時に国際競争力を高めるかを考える、オバマ次期大統領を見習うべきではないでしょうか。
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市場経済という名の傲慢さ

2009年01月14日 00時44分27秒 | 市場経済という名の傲慢さ
市場経済の何が傲慢か。私は「消費者」もしくは「価格決定者」だと思う。

たとえば、トヨタ。別にトヨタが傲慢ではなく、市場経済にしたがって企業として存続可能な経営をしていくと、下請けの都合ではなく、消費者が求めるものを、消費者が求める価格で売ろうとする。すると、効率的な生産手法としてカンバン方式という生産方式が生まれた。下請企業が部品を納入するためにトラックが工場の前で列を成していても、それは、下請企業のコスト負担であってトヨタが負担するコストではない。

一方で、消費者が求める価格とは、よく分からなくて、市場が形成するものとしかいいようがない。結局、安くいいものを求めるのは至極当然のことである。所謂、市場経済である。実際、自分が下請企業に働いていて作る側の苦労も分かるから、ちょっと高めの買おうという人はいるのだろうか?まずいないと思う。

そうすると、トヨタが下請企業に対して行っている行為は、消費者が間接的に望んでできたシステムであると言えないか。

こういう議論を進めると、適正な競争が働くかという疑問も出てくる。より強い立場のものがその立場を(暗に)行使して、立場の弱いものに負担を負わせる。そこに貧困というか富の偏在が生まれると思う。この富の偏在をなくしていくことこそ、市場経済が謙虚になるときだと思う。

やはり、1兆円も利益が上がるというのは、1兆円誰かが泣いているのではないかと思う。では、非効率な生産システムを維持するために1兆円を余計に払おうというシステムも生まれにくい。

私としては、こんなことを考えているうちに、日本を例にとると正解が分からない問題ということで、片付けていたが、発展途上国を見ると様子が違うのではないかと思い、改めて考えてみようと思った次第である。

野村総研のリチャード・クー氏がよく使った言葉に「合成の誤謬」という言葉があります。個々は正しいと思い行っていても、社会全体という枠組みで考えると正しくない行為になってしまう、ということです。

どこかに解決の糸口がないかと思っています。
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マイクロファイナンス

2009年01月12日 23時48分47秒 | Micro Finance
KIVAというマイクロファイナンスを統合したようなページを発見。日経に載っていたところだと思います。ということで、2つ目のキーワードは「マイクロファイナンス」

早速、カンボジアで豚を飼うという若い夫婦に25ドル、タジキスタンで子供服を売っている婦人に25ドル融資しました。支払いの際に5ドルをKIVAに寄付するように求められますので、KIVAの運営に使われると思い寄付しました。

返済には、利息がつくという説明はどこにもないので、多分、元本が返済されるだけなのかなぁ。そうすると、5ドルの寄付があるので、10%のマイナス利回りということなのかなぁ。Defaultのリスクもあるのですが、Repaymentが終わるまで安易な評価はやめて、ストレートに寄付するわけではなく、借り手の名誉を傷つけない制度であることを理解して続けてみたいと思います。

貸し手の紹介ページができます。私はこちら。写真が不適切かな。
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フェアトレード

2009年01月12日 22時44分14秒 | Fair Trade
日経新聞の1面の左側の記事に「発展途上国に小口で融資している人たちがいる」というのがありました。また、「貧困に必要なものは援助ではない、投資である」というバングラディッシュの方もいらっしゃいます。
そうすると、日本株に投資して、上がった・下がったと一喜一憂しているよりも、こちらのほうが国際的にも意義深いのではないかと思い、空いた時間で調べてみたいと思います。
最初のキーワードは「フェアトレード」。ここにひとつのビジネスが生まれるような気がします。
日本は、食事も安く、というと中国で作ってとなりますが、いざ、問題があると、一切受け付けないような、両極端というかヒステリックな部分がありますが、どうせ、輸入するのであれば、こういうところからというのはいかがでしょうか。
通販もあります。無印良品でも取り扱っています。今は、まだ使い勝手がよさそうではありませんが、こういう商品をまとめて扱う業者が出てくれば、ひとつの動きになるかもしれません。1万人がここから商品を年間1万円購入すれば1億円です。
世界規模で考えれば、年間23億ユーロだそうです。しかし、日本はまだまだ浸透していないようで、経済規模からすると数百億円規模で取り扱っていなければならないですね。
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市場経済と貧困について考えます

2009年01月12日 21時08分04秒 | Micro Finance
2008年、市場経済が100年に一度とも言われる大激動に見舞われた。
ベアスターンズ証券の救済合併、リーマンブラザーズ証券の破綻、BOAとメリルリンチ証券の合併、モルガンスタンレイ証券・ゴールドマンサックス証券の銀行持ち株会社転換から公的資金注入と、高収益モデルともてはやされた所謂米系証券は消えた。
残ったのは、不良債権の山と世界的な恐慌対策のために費やされる巨大な財政赤字。
でも、これらってほんの一部の市場経済を操る人々の傲慢さが招いたものであって、普通に仕事している人たちには、さっぱりぴんと来ない。
更にいうと、この傲慢さがなくなり、謙虚になったとき、はじめて市場経済は成熟の域に達するのではないかと思う。
その代表が貧困対策ではないかと思う。市場経済と貧困対策は対極にあるようにも思えるが、実は、両立できるのではないかと思う。

ノーベル賞を受賞したバングラディッシュ・グラミン銀行のムハメド・ユヌス氏など大きく注目されているが、もっと個人レベルでできるのではないかと思う。

謙虚な市場経済とは、一部に富が集中しない、フェアな市場経済だと思って、いろいろと調べたり考えて見ます。
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