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ボケる

2017-06-10 20:50:11 | 日記
耄碌という言葉があった。「ウチのお爺ちゃん、耄碌しちゃって、時々散歩に行って迷子になっちゃったりするの」という風に使われていた。それが、老人性痴呆症に変わった。これは痴呆が嫌われたのか、認知症になった。いずれにしても、老いによるボケである。ただ、ボケるというのは認識が不能・不自由・不確実であることだろうから、認知症でなく不認症が正しいのではないかと私は思っている。

ジョー・ディマジオとマリリン・モンローが日本に来たときのことを、重田名人の指圧治療の最中に私が話し始めると、家人が「あなた、それ、この前も話したでしょ」とストップをかけた。同じ話を繰り返すのはボケている証拠というわけだ。たしかにそのことは以前に名人に「モンローがそのときに胃痙攣を起こし、それを浪越徳次郎先生が指圧で治した」と説明したことがある。もちろん重田さんは浪越先生を知っている。

私が二度目に喋ったのは次のようなことである。ディマジオが新婚旅行に日本を選んだのは、新妻に、自分の偉大さを見せるためだった。彼はもう引退していたが、野球界ではまだ大スターだった。野球鋤の日本なら大歓迎を受けるはずである。しかし、テレビのない時代である。後楽園で日本のプロ野球を観戦し、グラウンドに降りて手を振れば確かに大きな拍手が沸いた。だが、それだけだった。一方、モンローは朝鮮に行った。朝鮮戦争で戦っている米軍兵士を見舞った。それが大変な人気を集めた。米兵たちが人間タワーを作って、そのテッペンにモンローを乗せた写真が日本の新聞や雑誌にも載った。モンローも愛嬌を振りまいた。ディマジオとモンローはまもなく離婚するが、その原因は、新婚旅行にあったとされている。 重田名人も付き添いのIさんも、時々相槌を打ちながら聞いていた。

話したあとで、私は気づいた。重田名人は35歳であり、Iさんは45歳である。モンローの名前ぐらいは知っているだろうが、ディマジオは知らないだろう。朝鮮戦争が始まったのは昭和25年であり、67年も前のことである。私の話がおもしろいわけがない。モンローのことは浪越先生の指圧まででよかったのである。私もボケている、不認症である。
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