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安楽死

2017-02-12 10:53:51 | 日記
安楽死で逝きたい…という文が、昨秋の文藝春秋に載った。書いたのは作家の橋田寿賀子さんであり、それに大きな反響があって、文春の3月号では安楽死について多くの人々の議論を編集するようだ。

安楽死にはいくつかの区別がある。区別よりは種類と言った方がよいかもしれない。たとえば、全く治る見込みのない末期がんで、その苦痛が耐えられないほどに著しい場合に、睡眠薬で苦しみを取り除き、眠っている間に死の薬を投与するといったことが、私のような素人の頭には最初に浮かぶ。

他にもいろいろと考えらえれるが、つまりは、時間の問題ではないだろうか。死の前の苦しみ、痛みの時間の問題ではないだろうか。関西に、ポックリ寺というのがあって、老人たちに人気があるそうだ。人はたいてい、死ぬときはポックリと、でありたいのだと思う。

7年前の8月、私は胸部大動脈瘤破裂に襲われた。それがカミソリの刃を粉々に砕いて作った小さな球が左胸から右わき腹に向けて転がり進んで行くような痛みであったことは前にも書いた。しかし、その苦しみの時間は4分間ほどだった。大量の出血で気を失ってしまうまでの時間である。今から考えれば、あれは一種の安楽死ではなかったかとなる。別の言い方をすれば、即死である。4分間の死は即死である。私がこれから何かの病気で大変な痛み、苦しみを味わうことがあれば、あのとき死んでいればよかったと思うはずだ。

父方の祖父は83歳で老衰死した。自宅で自分の布団で永遠の眠りについた。肉体に苦痛はなく、文字通り、枯れるが如く、だった。これも安楽死と言える。最終的には人の死は(生と同様に)それぞれの運である。前述のような、人工的安楽死が認められるのは、かなり先の話であるだろう。
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