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不平不満

2016-10-18 18:05:08 | 日記
25歳のときに入社した自動車部品製造会社では、最初に製造部管理課計画係というところに配属された。そこは主として、工場内の現場の諸製品の製造進捗状況をチェックし、仕事を急がせる(これを工場用語で、アオる と言っていた)のが役目だった。仕事は遅れていた。常に遅延状態にあった。ときは高度成長期であり、自動車は売れていた。それに(これは少し経ってから理解したことだが)会社はキャパシティ以上の仕事を引き受けていた。
多忙であり、毎日が残業であり、ロクに休日もないから、現場の班長さん達も苛立っていた。その苛立ちを宥めたり、不平不満をきくのが、計画係の主たる任務だった。

私が経験したアルバイトの中で、本格的な製造会社は専売公社のユニフォームの縫製工場だけだった。いわゆる、若いお針子さん達が、200台ほど並んだミシンの前に腰かけてペダルを踏んでいた。昼休みなどに話してもみんな感じがよかった。明るかった。彼女達の日給は480円であって、私達のバイト料より20円安かった。でも、誰も不平も不満も言っていなかった。東京錦糸町という下町の女性達だったからだろうか。 私は会社でその錦糸町での日々を思い出したことが何度かある。不平不満の多い職場で働く人達は、家に帰っても家族にブツブツと愚痴を並べているような気がした。


Aという、とりわけ不満型の班長がいた。私と同じぐらいの年齢だったから、役職としては若い方だった。俗に謂う、女にモテないタイプだった。私達、事務系の人間とも麻雀を打ったり酒を呑んだりしたが、親しい友人はいなかったようだ。 しばらく経ってAが、これまた男にモテない女性のB子に惚れたという噂が広がった。その頃の私はもう別の部に移っていたので詳しくは知らなかったが、モテない同士もそれはそれで…と思った。そして、その恋もすぐに終わったと、これも噂で聞いた。

20年ほど前に、昔の会社の仲間が集まるOB・OG会ができて、年に2階ほど集まっていた。そんなあるとき、私は、ふざけて「あの頃、Aにプロポーズされたんだって?」とB子に訊いてみた。するとB子は、「だって、あの人、僻みっぽいでしょ?」と即答した。私は「ほう!」と思った。「女って、見るところは見ているんだ」と感心した。
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