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記憶にない

2017-03-20 20:18:36 | 日記
「記憶にございません」が流行語になったのは、40年ほど前のロッキード事件の時であって、国会に証人喚問された小佐野賢治(国際興業社長)が、この言葉を繰り返したからだった。また、小佐野氏は「ございません」がよく似合った。禿げあがった頭、ギョロッとした目、やや肥り気味の体に似合っていた。

今日(20日)の百条委員会での石原慎太郎氏の答えにも、「部下に任せていたので、記憶にない」というのがあった。そのことは昨年の文藝春秋に掲載された「東京都からの質問に答える文章(我が真意)」を読んでわかっていた。石原氏の応答にウソはない。その通りなのだと思う。もちろんそのことを無責任とする考え方もあり、これまたその通りと言える。問題は、この(豊洲に関するもろもろの)ことに、どこまで関心をもち、どこまで熱心だったかということに尽きるのだ。私は読んでいないが、近刊の書に『石原慎太郎への弔辞』というのがあって、その広告には「彼の辞書には、責任という文字はない」とある。著者は佐高信さんである。この本に、その辺の事は、どう書かれているのだろうか。

先週の事が記憶にない。インフルエンザに襲われたのが自分自身なのに、記憶にない。娘にいろいろと言われるが思い出せない。木曜日に熱が高くなって病院に行ったのは確かである。点滴を受けたのも確かだ。では、医師とはどんな話をしたのか。男のドクターだとはわかっていたが、顔は憶えていない。あとはこの前書いた通りである。体温37度以上の私はモノを考えられなくなる。何事も面倒になる。どうでもいいや、となる。それでも勝手なもので、この苦しみだけはなんとか取り払ってくれ、と言っている。言葉にはなっていないだろうから、唸り声である。熱が下がった金曜日のこともよくわからない。「記憶にございません」の中で時間が過ぎた。時間が過ぎて行く。
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